16 / 18
守れない手、離れない視線
しおりを挟む—―睦月退所日から半月ほど前。
***
睦月のカウンセリングプログラムが終わるまで、あと半月で終わる。
携帯の中の睦月はのんきに笑っていた。
きっと、もうすぐまたこの顔が見れる。
「夜刃さん、そんなに睦月さんの事が気になるなら、いっそ告白でもして手に入れたらいいんじゃないですか?」
このマネージャーは怖いモノ知らずで、ずかずかと俺のプライベートに入ってくる。
かなり、うざい。
「うるせぇよ。恋愛はしないって決めてるんだ」
「はぁ、大昔の初恋をまだ引きずってるんですか? 一度女性に浮気されたくらいで、いつまでもグチグチと」
「おい、殺されたいのか?」
「無理ですよ。あなたに負ける気はしません。血まみれにはなりそうですけどね」
こいつは本気で言っているんだろう。俺も負ける気はしないが、こいつもまた世界チャンピオンに輝いたことがある男で、今は俺のしがないマネージャーなんてものをやっているが、ボディーガードとしては超一流だ。
「それに、仕事でもないのに貴方とやりあう気はありません」
淀橋才蔵。
メガネこのマネージャーの本来の仕事は、俺がカッとなった時、他人に危害を与えないよう、俺を止めることだ。勝俣が勝手に雇ってから、便利なので契約を続けている。
「毎日睦月さんの画像、携帯で見てるの知ってるんですよ」
「うるせぇっつってんだろ!」
ああクソ、まじでむかつく。
睦月にも、マネージャーにも。
「なんでアイツは返事しねえんだよ」
カウンセリングプログラムが始まってから一カ月半、睦月からの返事は一度もなかった。
「愛想をつかされたかもしれませんね」
エルボーをマネージャーにかましてから、撮影に向かった。
「山での撮影はトラブルが多い。マネージャー、みんなに気をつけるように言っておいてくれ」
「本当に、関係ない仕事ばっか頼んでくるんですから。あぁもう睨まないでください。わかりました、わかりましたよ」
雨がポツポツと振り出した。そこに、一条千夏が現れた。
「やあ俳優さん。元気にしてたか?」
マネージャーがすぐさま小さな声で「警察に連絡入れときますか」と聞いてきた。
俺の傍にはマネージャーが一人。何かあっても対処はできる。
「いい。様子を見る」
「あいつ、目が血走ってませんか?」
「いいっつってんだろ。もし俺とコイツがニュースにでもなってみろ、睦月が心配する」
「はぁ、ぞっこんですね」
誰がゾッコンだよ。このご時世、俺が醤油買っただけでもネットニュースになっちまうんだよ。
一条千夏はこちらから三メートル離れた場所で立ち止まった。
千夏はナイフを所持している可能性がある。緊張が走った。
「なんでテメェがここにいんだよ」
「俺のこと覚えてたんだな。どうやら鳥頭ではなさそうだ」
千夏はハハッと笑った。
「喧嘩売ってんのか? 買ってやるよ、こっちこい」
「撮影中に喧嘩したら、映画に悪いイメージがつくんじゃない? その恰好、今から撮影なんだろ」
「俺が監督してる映画だ。俺が何をしようと問題ない。一発でノックアウトしてやる」
「その強気、いつまでもつんだろうな。あーあ、前回の件、謝るなら許してあげようと思ったのに。せいぜい注意して生きる事だな」
千夏は何をするでもなく、ポケットに手を突っ込んで歩いて去っていった。
「なにがしたかったんです? あの男」
「知らねえよ、頭おかしいんじゃねーの」
***
「夜刃 監督!」
撮影機材が、不自然に倒れてきた。まるで俺だけを狙ったように。
重い機材におしつぶされ、俺は足に大怪我を負った。
「おい! あいつだ、追いかけろ!」
機材を押し倒した黒い姿を見逃さなかった。あいつが犯人で間違いない!
指をさす方向へスタッフは走ったが、天候は悪く、追いつける者はいなかった。
撮影は中止となり、ドクターストップで、俺は主演を降りることとなった。
「はぁ、一条千夏の仕業ですかねぇ」
「警察は手をこまねいてる。証拠がねぇんだと」
「面倒なネズミにひっかかりましたね、夜刃さん」
マネージャーの運転で家に帰宅する。
時間ができ、家で何もしないでいると、弱々しい笑顔の男が頭をよぎった。
「睦月は大丈夫なのか? なんかあった時、守ってくれるやつはいるのか?」
電話をしても、チャットをしても返事は無かった。
何もしていないと、睦月のことばかり考えてしまう。
「……くそ、うぜぇな。なんでだよ。ずっと一緒にいたせいか?」
怪我が回復し、運転が出来るようになった頃、久しぶりにバーに行った。
悩みはいつも、ここで聞いてもらっていた。
「なんかイラついてるわね。どうしたの?」
「貞夫に相談がある」
「ヤーネ、本名で呼ばないでよ。何かしら?」
オネエという生き物は相談を聞くのがうまい。好きではないが、モヤモヤしたらここに来るのが一番早く解決する。
睦月という男が気になることを相談した。
これまで感じていたこと、行動、全て。
悩みを自分で消化するのは苦手だった。感情面での悩みは、他人に考えてもらうのが、一番ラクだ。
「めちゃくちゃ好きになってるじゃない!」
「はぁ?」
「なんで? なんで気づいてないの? バカなの? きゃー!ごめんなさい、なぐらないでっ」
殴ろうと上げた腕を下げた。
「俺が、あいつを?」
「そーよ。起きたらつい睦月くんて子を無意識に探しちゃうんでしょ? しかも、その子のご飯が食べたくなっちゃうんでしょ? で、買い物に出かけたら、その子に似合いそうな服を衝動買いしちゃうんでしょ?これで気づかないなんて、本当にバ……コホン。鈍感よ」
嘘だろ、俺が?
「俺は……アイツにひどいことをした。一時は俺を好きだったみたいだが、たぶん、今はもうそれはない。俺に触られるだけで怖がるんだ」
「とりあえず告白してみたら?」
「俺のことを好きじゃねぇ奴に告白をするってことか?」
そんなの、無理だろ。
「プロポーズとかいいんじゃないの。最初から、あなたとの将来を見てますっていうことをアピールするのよ。お母さん以外にご家族いないんでしょ。家族になろうって言ったら、効くわよきっと」
「プロポーズだぁ? ……なに言やいいんだよ」
「そうねぇ。その子をどうしたいか決まってる?」
好きかと言われても、そう簡単に認められない。けど。
「……守ってやりたい」
一条千夏ってやつから。
「他には?」
「……ねぇよ」
「うそばっかり。アタシにはわかるわ。誰がアナタを育てたと思ってるの?」
くっそ、気に入らねぇ父親だ。
「……睦月を、大事にしたい」
「素直でよろしい! 一生俺が守ってやるから、傍にいてくれって、言ってあげなさい!」
***
家に戻り、睦月が映った携帯画面で練習をしてみることにした。
「睦月、い、一生お前を守ってやる。大事にしたい。だから、傍にいてくれ」
言葉にしたら、しっくりきた。
親父の言うとおりだった。
顔に熱が集まってくる。
「ああ! なんだよ、これ!恥ずかしいじゃねぇか!」
枕を何度もベッドにたたきつけた。
その時、アイツの日記を思い出した。腹の底が、ヒュッと冷えた。
「俺は……この気持ちに対して、あんなことを言ったのか?」
日記を見つけた時のことを思いだす。
あいつは一時、俺の事が好きだった。この気持ちの状態で、黙って、こっそり日記を書いて我慢してたんだ。
「ありえねぇ……」
今になって、自分がとんでもないことをしでかしたことに気づいてしまった。
***
翌日。
「勝俣さん、睦月いまどうしてる?」
「順調みたいだぞ。医師にこの間連絡したら、予定日に退所できそうだって言われた」
「ふぅん。あいつ、家族とか……親戚はいるのか? 入院してる母親以外に」
「いや、お母さんだけだって言ってたよ。ずっとお母さんがあんな感じだったから、児童施設で育ったって言ってた」
「……あいつ迎えに行くの、俺が行ってもいいか?」
***
――退所日。現在。
「駄目です。男性恐怖症の原因の一つは、あなたにもあるんです」
「は? 俺が?」
ゴロ、とじゃがいもが転がって来る。
睦月が立っていた。
いつもの困り顔は相変わらずだが、最後に見た日よりも顔色は良く、幾分元気そうだった。
「睦月!」
「お、お久しぶりです……」
「治ったのか?」
近づいて触れようとしたら、医者に腕を掴まれた。
「なにすんだよ」
「触らないでください。彼はまだ経過観察中なんです」
その腕を振りはらってやった。
「うぜぇな。睦月、帰るぞ」
「えっ あ、や、夜刃監督……!」
腕をひっぱってみたが、以前のような異常なほどの震えを見せることはなかった。
「治ってんじゃねぇか」
「こ、これを先生に渡したくて。挨拶する時間をください……っ」
またゴロリとひとつ腕からじゃがいもが落ちた。
「……ッチ、早く終わらせろ」
「は、はい……すみません」
***
医師に邪魔されないよう、すぐに睦月を引っ張って車に連れてきた。
「あの、どこに……?」
「俺んちに帰るんだよ」
「えっ? まだ荷物は施設に置いたままなんですが……」
「じゃあまずは取りに行くぞ。そのあとに俺んちだ」
「あ、あの、もう夜刃監督のお世話になるつもりはないんです」
「はぁ?住むとこないだろ。どっか契約してあんのか?」
「実は、転職を考えていて、いえ、転職をしたいと思っているんです」
「は? それ、本気か?」
さっきは医者が適当な嘘をついてるんだと思っていた。
本当だったのか。
「そ、その……僕がお世話になった施設管理の方から、住み込みでマッサージ担当として働かないかとお誘いを受けたんです」
「うちより給料がいいのか? いくらだよ」
「えっと、手取りでは毎月十九万ほど……」
「やめとけやめとけ、そんなとこ。うちで働いた方が稼げるだろ。それに、母親の入院費用はどうするんだ?」
「給与の半分くらいを使えば、なんとかできるので……」
「ハッ! それで入院費用上がったらどうするんだよ?」
「それは……」
「考え無しで動こうとするんじゃねぇよ。お前は俺んとこで働いてりゃ、それでいーんだ」
「……どうして、そんなに僕に執着するんですか? どうして、放っておいてくれないんでしょうか……」
ッチ、面倒だ。あんまりこれは言いたくなかったが。
「お前、俺に恩、あるだろ」
「!」
「返さねぇつもりか?」
「そ、そんなつもり……は……」
「荷物取るついでに、お前を誘ってきた管理者とやらに、仕事の断わりを入れろ」
「………………はい」
***
家に帰って、そっこーで睦月をベッドにひっぱっていった。
眠たくて、仕方ない。
こいつがいなくなってから、睡眠薬か酒が無いと眠れなかった。
どうしてこいつはこんなに良い匂いがするんだ?すごく、安心する。
「睦月」
「……はい」
くそ、眠くなってきた。
「一生……ここにいろ」
大事にするから。
守ってやるから。
「……」
***
ヒュー、ヒューー……
「なんだ?」
違和感のある音が聞こえた。目を開けると、苦しそうに首元を押さえている睦月がいた。
「過呼吸かっ?!」
「だ、大丈夫です、おさまって、きたところ……です」
ゼイゼイつらそうにしていたので、抱き寄せようとしたら、体をビクリと跳ねさせ、震えた。
この症状は……。
「あ、の……すみません、今日は、触らないで、いただけますか……?」
その後も、俺が触れようとするたびに顔を真っ青にして震えやがる。
本当に、俺がこの病気の原因の一つなのか?
とにかく、早く治療してやらないと。
「病院、戻るぞ。支度しろ」
「でも、お仕事は……」
「俺のはあとで調整がきく。お前が優先だ」
「僕は電車で……」
「いいから!」
ビク!と縮こまる睦月を見て、一瞬冷静になった。
またやっちまった。こいつは今、病気なんだから、優しくしてやらねーと。
「ッチ……いいから、お前は俺に甘えてりゃいいんだ」
「は、はい……」
***
病院にて。
「再発してますね。悪化していると言ってもいい。何をしたんですか?」
「なにって……軽いスキンシップも許されねぇのか?」
少し、気まずい。
昨日この医師には偉そうな態度をとって、病院を出た。
「……夜刃さん、少し席を外していただけますか。 睦月くんに伝えなければならないことがあります」
その後、睦月がもう一カ月、カウンセリングプログラムを受けることを聞かされた。
俺は医師から、睦月を大事に思うなら、接触、又は会話を控えるようにと注意をされてしまった。
俺は最初、杉浦医師の注意は無視して、施設に毎週通い詰めた。
すると睦月は顔を真っ青にする。
次第に俺は医師の言う通り、接触や会話を控えることにした。
それから一カ月。季節は春を迎える手前まできていた。
睦月はアイアン事務所を退職し、施設のボディケア要員として転職をした。
俺はもう、「家に来い」とは言えなかった。睦月の男性恐怖症は、治らなかったからだ。
ただ仕事の無い日は病院の外に立ち、離れた場所から睦月の姿を遠くから見守るだけだった。
そのときだった。
黒い服に身を包んだ覆面の大男たちが、睦月を囲む。
「!?」
睦月は黒いワゴン車に押し込まれ、ドアが乱暴に閉められた。
すぐに走り出し、追いかけるが距離は縮まらない。
「睦月!!」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!
ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!?
「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる