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守れない手、離れない視線
しおりを挟む—―睦月退所日から半月ほど前。
***
睦月のカウンセリングプログラムが終わるまで、あと半月で終わる。
携帯の中の睦月はのんきに笑っていた。
きっと、もうすぐまたこの顔が見れる。
「夜刃さん、そんなに睦月さんの事が気になるなら、いっそ告白でもして手に入れたらいいんじゃないですか?」
このマネージャーは怖いモノ知らずで、ずかずかと俺のプライベートに入ってくる。
かなり、うざい。
「うるせぇよ。恋愛はしないって決めてるんだ」
「はぁ、大昔の初恋をまだ引きずってるんですか? 一度女性に浮気されたくらいで、いつまでもグチグチと」
「おい、殺されたいのか?」
「無理ですよ。あなたに負ける気はしません。血まみれにはなりそうですけどね」
こいつは本気で言っているんだろう。俺も負ける気はしないが、こいつもまた世界チャンピオンに輝いたことがある男で、今は俺のしがないマネージャーなんてものをやっているが、ボディーガードとしては超一流だ。
「それに、仕事でもないのに貴方とやりあう気はありません」
淀橋才蔵。
メガネこのマネージャーの本来の仕事は、俺がカッとなった時、他人に危害を与えないよう、俺を止めることだ。勝俣が勝手に雇ってから、便利なので契約を続けている。
「毎日睦月さんの画像、携帯で見てるの知ってるんですよ」
「うるせぇっつってんだろ!」
ああクソ、まじでむかつく。
睦月にも、マネージャーにも。
「なんでアイツは返事しねえんだよ」
カウンセリングプログラムが始まってから一カ月半、睦月からの返事は一度もなかった。
「愛想をつかされたかもしれませんね」
エルボーをマネージャーにかましてから、撮影に向かった。
「山での撮影はトラブルが多い。マネージャー、みんなに気をつけるように言っておいてくれ」
「本当に、関係ない仕事ばっか頼んでくるんですから。あぁもう睨まないでください。わかりました、わかりましたよ」
雨がポツポツと振り出した。そこに、一条千夏が現れた。
「やあ俳優さん。元気にしてたか?」
マネージャーがすぐさま小さな声で「警察に連絡入れときますか」と聞いてきた。
俺の傍にはマネージャーが一人。何かあっても対処はできる。
「いい。様子を見る」
「あいつ、目が血走ってませんか?」
「いいっつってんだろ。もし俺とコイツがニュースにでもなってみろ、睦月が心配する」
「はぁ、ぞっこんですね」
誰がゾッコンだよ。このご時世、俺が醤油買っただけでもネットニュースになっちまうんだよ。
一条千夏はこちらから三メートル離れた場所で立ち止まった。
千夏はナイフを所持している可能性がある。緊張が走った。
「なんでテメェがここにいんだよ」
「俺のこと覚えてたんだな。どうやら鳥頭ではなさそうだ」
千夏はハハッと笑った。
「喧嘩売ってんのか? 買ってやるよ、こっちこい」
「撮影中に喧嘩したら、映画に悪いイメージがつくんじゃない? その恰好、今から撮影なんだろ」
「俺が監督してる映画だ。俺が何をしようと問題ない。一発でノックアウトしてやる」
「その強気、いつまでもつんだろうな。あーあ、前回の件、謝るなら許してあげようと思ったのに。せいぜい注意して生きる事だな」
千夏は何をするでもなく、ポケットに手を突っ込んで歩いて去っていった。
「なにがしたかったんです? あの男」
「知らねえよ、頭おかしいんじゃねーの」
***
「夜刃 監督!」
撮影機材が、不自然に倒れてきた。まるで俺だけを狙ったように。
重い機材におしつぶされ、俺は足に大怪我を負った。
「おい! あいつだ、追いかけろ!」
機材を押し倒した黒い姿を見逃さなかった。あいつが犯人で間違いない!
指をさす方向へスタッフは走ったが、天候は悪く、追いつける者はいなかった。
撮影は中止となり、ドクターストップで、俺は主演を降りることとなった。
「はぁ、一条千夏の仕業ですかねぇ」
「警察は手をこまねいてる。証拠がねぇんだと」
「面倒なネズミにひっかかりましたね、夜刃さん」
マネージャーの運転で家に帰宅する。
時間ができ、家で何もしないでいると、弱々しい笑顔の男が頭をよぎった。
「睦月は大丈夫なのか? なんかあった時、守ってくれるやつはいるのか?」
電話をしても、チャットをしても返事は無かった。
何もしていないと、睦月のことばかり考えてしまう。
「……くそ、うぜぇな。なんでだよ。ずっと一緒にいたせいか?」
怪我が回復し、運転が出来るようになった頃、久しぶりにバーに行った。
悩みはいつも、ここで聞いてもらっていた。
「なんかイラついてるわね。どうしたの?」
「貞夫に相談がある」
「ヤーネ、本名で呼ばないでよ。何かしら?」
オネエという生き物は相談を聞くのがうまい。好きではないが、モヤモヤしたらここに来るのが一番早く解決する。
睦月という男が気になることを相談した。
これまで感じていたこと、行動、全て。
悩みを自分で消化するのは苦手だった。感情面での悩みは、他人に考えてもらうのが、一番ラクだ。
「めちゃくちゃ好きになってるじゃない!」
「はぁ?」
「なんで? なんで気づいてないの? バカなの? きゃー!ごめんなさい、なぐらないでっ」
殴ろうと上げた腕を下げた。
「俺が、あいつを?」
「そーよ。起きたらつい睦月くんて子を無意識に探しちゃうんでしょ? しかも、その子のご飯が食べたくなっちゃうんでしょ? で、買い物に出かけたら、その子に似合いそうな服を衝動買いしちゃうんでしょ?これで気づかないなんて、本当にバ……コホン。鈍感よ」
嘘だろ、俺が?
「俺は……アイツにひどいことをした。一時は俺を好きだったみたいだが、たぶん、今はもうそれはない。俺に触られるだけで怖がるんだ」
「とりあえず告白してみたら?」
「俺のことを好きじゃねぇ奴に告白をするってことか?」
そんなの、無理だろ。
「プロポーズとかいいんじゃないの。最初から、あなたとの将来を見てますっていうことをアピールするのよ。お母さん以外にご家族いないんでしょ。家族になろうって言ったら、効くわよきっと」
「プロポーズだぁ? ……なに言やいいんだよ」
「そうねぇ。その子をどうしたいか決まってる?」
好きかと言われても、そう簡単に認められない。けど。
「……守ってやりたい」
一条千夏ってやつから。
「他には?」
「……ねぇよ」
「うそばっかり。アタシにはわかるわ。誰がアナタを育てたと思ってるの?」
くっそ、気に入らねぇ父親だ。
「……睦月を、大事にしたい」
「素直でよろしい! 一生俺が守ってやるから、傍にいてくれって、言ってあげなさい!」
***
家に戻り、睦月が映った携帯画面で練習をしてみることにした。
「睦月、い、一生お前を守ってやる。大事にしたい。だから、傍にいてくれ」
言葉にしたら、しっくりきた。
親父の言うとおりだった。
顔に熱が集まってくる。
「ああ! なんだよ、これ!恥ずかしいじゃねぇか!」
枕を何度もベッドにたたきつけた。
その時、アイツの日記を思い出した。腹の底が、ヒュッと冷えた。
「俺は……この気持ちに対して、あんなことを言ったのか?」
日記を見つけた時のことを思いだす。
あいつは一時、俺の事が好きだった。この気持ちの状態で、黙って、こっそり日記を書いて我慢してたんだ。
「ありえねぇ……」
今になって、自分がとんでもないことをしでかしたことに気づいてしまった。
***
翌日。
「勝俣さん、睦月いまどうしてる?」
「順調みたいだぞ。医師にこの間連絡したら、予定日に退所できそうだって言われた」
「ふぅん。あいつ、家族とか……親戚はいるのか? 入院してる母親以外に」
「いや、お母さんだけだって言ってたよ。ずっとお母さんがあんな感じだったから、児童施設で育ったって言ってた」
「……あいつ迎えに行くの、俺が行ってもいいか?」
***
――退所日。現在。
「駄目です。男性恐怖症の原因の一つは、あなたにもあるんです」
「は? 俺が?」
ゴロ、とじゃがいもが転がって来る。
睦月が立っていた。
いつもの困り顔は相変わらずだが、最後に見た日よりも顔色は良く、幾分元気そうだった。
「睦月!」
「お、お久しぶりです……」
「治ったのか?」
近づいて触れようとしたら、医者に腕を掴まれた。
「なにすんだよ」
「触らないでください。彼はまだ経過観察中なんです」
その腕を振りはらってやった。
「うぜぇな。睦月、帰るぞ」
「えっ あ、や、夜刃監督……!」
腕をひっぱってみたが、以前のような異常なほどの震えを見せることはなかった。
「治ってんじゃねぇか」
「こ、これを先生に渡したくて。挨拶する時間をください……っ」
またゴロリとひとつ腕からじゃがいもが落ちた。
「……ッチ、早く終わらせろ」
「は、はい……すみません」
***
医師に邪魔されないよう、すぐに睦月を引っ張って車に連れてきた。
「あの、どこに……?」
「俺んちに帰るんだよ」
「えっ? まだ荷物は施設に置いたままなんですが……」
「じゃあまずは取りに行くぞ。そのあとに俺んちだ」
「あ、あの、もう夜刃監督のお世話になるつもりはないんです」
「はぁ?住むとこないだろ。どっか契約してあんのか?」
「実は、転職を考えていて、いえ、転職をしたいと思っているんです」
「は? それ、本気か?」
さっきは医者が適当な嘘をついてるんだと思っていた。
本当だったのか。
「そ、その……僕がお世話になった施設管理の方から、住み込みでマッサージ担当として働かないかとお誘いを受けたんです」
「うちより給料がいいのか? いくらだよ」
「えっと、手取りでは毎月十九万ほど……」
「やめとけやめとけ、そんなとこ。うちで働いた方が稼げるだろ。それに、母親の入院費用はどうするんだ?」
「給与の半分くらいを使えば、なんとかできるので……」
「ハッ! それで入院費用上がったらどうするんだよ?」
「それは……」
「考え無しで動こうとするんじゃねぇよ。お前は俺んとこで働いてりゃ、それでいーんだ」
「……どうして、そんなに僕に執着するんですか? どうして、放っておいてくれないんでしょうか……」
ッチ、面倒だ。あんまりこれは言いたくなかったが。
「お前、俺に恩、あるだろ」
「!」
「返さねぇつもりか?」
「そ、そんなつもり……は……」
「荷物取るついでに、お前を誘ってきた管理者とやらに、仕事の断わりを入れろ」
「………………はい」
***
家に帰って、そっこーで睦月をベッドにひっぱっていった。
眠たくて、仕方ない。
こいつがいなくなってから、睡眠薬か酒が無いと眠れなかった。
どうしてこいつはこんなに良い匂いがするんだ?すごく、安心する。
「睦月」
「……はい」
くそ、眠くなってきた。
「一生……ここにいろ」
大事にするから。
守ってやるから。
「……」
***
ヒュー、ヒューー……
「なんだ?」
違和感のある音が聞こえた。目を開けると、苦しそうに首元を押さえている睦月がいた。
「過呼吸かっ?!」
「だ、大丈夫です、おさまって、きたところ……です」
ゼイゼイつらそうにしていたので、抱き寄せようとしたら、体をビクリと跳ねさせ、震えた。
この症状は……。
「あ、の……すみません、今日は、触らないで、いただけますか……?」
その後も、俺が触れようとするたびに顔を真っ青にして震えやがる。
本当に、俺がこの病気の原因の一つなのか?
とにかく、早く治療してやらないと。
「病院、戻るぞ。支度しろ」
「でも、お仕事は……」
「俺のはあとで調整がきく。お前が優先だ」
「僕は電車で……」
「いいから!」
ビク!と縮こまる睦月を見て、一瞬冷静になった。
またやっちまった。こいつは今、病気なんだから、優しくしてやらねーと。
「ッチ……いいから、お前は俺に甘えてりゃいいんだ」
「は、はい……」
***
病院にて。
「再発してますね。悪化していると言ってもいい。何をしたんですか?」
「なにって……軽いスキンシップも許されねぇのか?」
少し、気まずい。
昨日この医師には偉そうな態度をとって、病院を出た。
「……夜刃さん、少し席を外していただけますか。 睦月くんに伝えなければならないことがあります」
その後、睦月がもう一カ月、カウンセリングプログラムを受けることを聞かされた。
俺は医師から、睦月を大事に思うなら、接触、又は会話を控えるようにと注意をされてしまった。
俺は最初、杉浦医師の注意は無視して、施設に毎週通い詰めた。
すると睦月は顔を真っ青にする。
次第に俺は医師の言う通り、接触や会話を控えることにした。
それから一カ月。季節は春を迎える手前まできていた。
睦月はアイアン事務所を退職し、施設のボディケア要員として転職をした。
俺はもう、「家に来い」とは言えなかった。睦月の男性恐怖症は、治らなかったからだ。
ただ仕事の無い日は病院の外に立ち、離れた場所から睦月の姿を遠くから見守るだけだった。
そのときだった。
黒い服に身を包んだ覆面の大男たちが、睦月を囲む。
「!?」
睦月は黒いワゴン車に押し込まれ、ドアが乱暴に閉められた。
すぐに走り出し、追いかけるが距離は縮まらない。
「睦月!!」
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