家出先のその先は

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蓮の謎

仕立て屋 よし

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えっと…この状況はいったい?

「蓮!お茶いるか?つまみは何がいい?とにかく座れや」

「そんな置き前はいい…」

「そんな連れねぇこと言うなよ!ゆっくりしてけや」

「はぁ…」

まるで人懐っこい大熊に絡まれてるみたい…

私は玄関先でよしから無理やり中に入れられ座らされる蓮を見ながらそう思った。
よし と名乗る男は髭面に短髪の黒髪に前髪を赤い鉢巻であげ色鮮やかな蝶が散りばめられた金色の着物を緩く着て嫌でも目に付くぐらいの派手な服装だった。

金太郎と熊を割ったらこんな感じなのかなぁ…

あまりの状況に違う意味で私の発想は壊れていった。

「で、今日はどげなしたんだ?蓮」

「だから、何度も言っているだろ…そこの娘用に着物をだな…」

「蓮、煎餅食べるか?」

「はぁ…お前と話してると疲れる」

ご愁傷様です…

蓮は疲れたように肩を落とすとそれ以上何も口に出すことなく押し黙る。

うわっ、いかにも不機嫌そう…

「蓮、ところで何で来たんだ?」

またかっ!

蓮はよしの質問にふいっと顔を逸らし知らない振りをする。

そりゃ、そうなるよ…何十回も聞かれて無視されてるんだから。

「蓮?ああ、そういやそうだったな。そこの娘の着物が何とかだっけ?」

「はぁ…もうこれで最後だ。そこに棒立ちで立っている娘用の着物を仕立てて欲しい」

「あいよっ!娘さん、気づかなくてすまねぇな。中に入らんせ!」

気づいてなかったんかい!

「うわっ!?」

よしは、蓮の頼みをようやく聞き入れすんなりと承諾すると玄関先で呆然と立っていた私を見るなり腕を引っ張り無理やり中に入れる。

「娘さんも、ゆっくりすわりなさんな!ほら、煎餅」

「あ、ありがとうございます…」

 「で、娘さんは蓮のこれかい?」

よしは、目の前で右手で小指を立てるとそれをみた蓮が横から足で蹴る。

ドカッ

「痛てっ!?」

「ふざけたこと聞いてんじゃねぇ!いいから早く仕立てろ」

「わりぃわりぃ、ついな?それはまた後から聞くとして…娘さんどのような着物がご希望で?」

「あ、えっと男物の着物を…」

「え!?娘さん女だよな?何でまた男物の着物なんか…」

ドカッ

「痛てっ!?」

「いいからお前は黙って作れて!」

「わかったよ…蓮がそういうならそうするが、お前は女の扱い分かっちゃいねぇからこの娘さん傷つけるなよ?」

「分かってる…」

蓮、よしさんの前だとくだけてるっていうか素で話してるみたいで、二人を見てると何だか昔からの幼馴染みたい…

「娘さん、色は何色がご希望でぇ?」

「えっと、基本何でもいいんですけど…無難に白と青かな?」

「白と青ね…娘さんには袴が似合うから袴でいいかい?」

「はい、おまかせします…」

「おう!じゃあ、採寸はかるから…ちさと、頼む」

「はーい!」

ちさとと呼ばれたおかっぱ頭の小さな女の子は紙と筆を持って私に近づく。

「初めまして、よしの妹のちさとと申します。お姉さんが着物を着るんですか?」

「あ、はい…」

びっくりした、よしさんの娘さんかと思った…
だって、見るからに五歳児だし…よしさんどう見てもおじさんだし…

失礼な言葉を飲み込みながら心の中でそう呟く。

「じゃあ、採寸するのでお姉さんは私と一緒にあそこの部屋に来てください。」

「はい」

めっちゃしっかりしてる!
あの、よしさんの妹とは思えない…

「よしの妹には見えないな…」

すると、蓮がよしに聞こえないように私と同じ言葉をボソリと呟いた。

同感…

私はちさとちゃんに引っ張られ一緒に隣の部屋に入る。

虎牙とちさとが採寸している間、蓮とよしは二人で胡座をかきながら話していた。

「蓮が、女連れてくるなんてさくらちゃん以来じゃねぇか?」

ガタッ!

「よし!その話はすんじゃねぇ…」

蓮はよしの胸ぐらを掴むと俯きながら苦しそうに呟く。

「すっ…すまねぇ…」

「…いや、俺も悪い」

スっとよしを離すとゆっくりと元いた場所に戻る。

「あの娘は拾いもんだ。気まぐれで拾った…」

「にしては、あの異国と似た髪や服は何かあるみてぇだな…」

「ああ…俺もそう思う。来た場所からしておかしいしな…」

「来た場所?」

「いや、それはまだ聞かなかった事にしてくれ」

「蓮がそういうならそうするが…問題はお前の正体がバレないかどうかの問題だな?」

「それが一番の問題だ。誰にもバレるわけにはいかねぇからな…」

「ああ…肝に銘じて行動しろよ、蓮」

「分かってる…」

「よし兄ちゃんー!終わったよー」

「おう!ありがとな、ちさと」

タイミングよく話が終わると同時にちさとの声が届き襖が開き、虎牙とちさとが出てきた。

「蓮、出来上がりは明日になるがいいか?」

「ああ…早く頼む」

「分かってるって!任せとけ」

「よしさん、色々ありがとうございます…」

私は、よしに向かって小さくお辞儀をする。

「いいんだよ!蓮の頼みだしな」

蓮の肩に腕を乗せるよしに、蓮は見るからに嫌そうな顔をする。

「それより、よし…こいつに仮の着物貸してやってくれ」

「ああ、そうだったな!えっと、確かこの辺に…あった!これだこれだ」

よしは、後に並ぶタンスをあさぐると紅葉が散りばめられた赤い男物の着物を取り出した。

「これに、ねずみ色の帯を胸元で巻いて下の丈を少し短くして黒の履物を下に履けば見えねぇし中々仮にしちゃあいいと思うが…どうだ?」

「えっ!?めちゃくちゃ可愛いですよ!それがいいです!」

紅葉もデザインも可愛い!!

「だそうだ、よし…」

蓮は虎牙の反応を見ながら言うとよしはよし来た!と言わんばかりに作業に取りかかる。
数分後、紅葉の着物のアレンジが終わり私は採寸した隣の部屋でちさとちゃんに手伝ってもらいながらも紅葉の着物に袖を通した。

「うわぁ…お姉さん、中々似合っております!」

「そう?ありがとう!あとは…髪を二つに結んで…」

右腕にはめていた黒ゴムを取り出し結んでいた髪を解くと二つのゴムで長い茶髪の髪を二つ結びにする。

「ふふん♪これで、完成っと…」

「可愛らしいです!」

褒めるちさとちゃんの頭を優しく撫でると待っていた蓮とよしさんの元に戻る。

「ほぅ…中々似合ってるな、娘さん」

「ありがとうございます、よしさん!」

「いいってことよ!」

再度、よしさんにお辞儀をしお礼の言葉を述べる。

「じゃ、そろそろお暇する…」

「おう、そこまで見送るわ!」

玄関先までいくと蓮はすぐにスタスタ歩いていく。

「ちょっ、蓮待ってよ!あっ、よしさんまた明日です」

「おう、娘さ…いや、名前を聞かせてもらおか?」

「あ、千歳 虎牙です!よろしくお願いします…」

「虎牙か…じゃ、虎ちゃんだな」

「え、虎ちゃん?」

よしは無造作に私の頭を撫でると顔を近づけ小さな声で呟く。

「蓮には気をつけろよ…」

「えっ…」

「じゃ、またな虎ちゃん!」

すぐにさっきまでの能天気な顔に戻ると私に向かって大きく手を振った。

「あ、はい!」

よしたちの姿が見えなくなり蓮の横で歩きながら先程の怖いともとれるよしの雰囲気を思い出す。

蓮に気をつけろって、どういう意味なの?

隣に立つ真顔の蓮を見ながら少しの不安と疑問が交差した…





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