【完結】赤い瞳の英雄は引き際を心得た男装騎士の駆け落ちを許さない〜好きだと言えない二人の事情〜

たまりん

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第三話 辺境での再会

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―――ようやく会えた、生きていてくださった

「皆、よく来てくれた、私がこの部隊を指揮するライシス・クラディッシュだ、歓待したいところではあるが、諸君も知っての通り状況は緊迫しているので、手短に自己紹介をして今日は疲れをとり明日からの任務に備えて貰いたい」

「はっ!!」

 険しく凛々しい戦う猛者となったライシス様を目にした瞬間、胸に様々な気持ちが渦巻いた。

「すげぇ、あれがライシス隊長か、でかいな…」
「敵国からは赤目の魔王って恐れられてるらしいぜ」

 そんな言葉がこそこそ囁かれている。

 だけど、ライシス様は多くの援護兵の中から私を私だと認めただろうその瞬間、明らかに凍り付いていた。

 「っ、お前は……」
 「はっ、ミシェル・フランシスでございます、隊長、以後よろしくお願い致します」

 無言で任命書と、彼の戦友でもある上官からの手紙を見たライシス様は、顔色を変えてワナワナと震えそうになっていたが、その場ではなんとか平静を保ったのだろう、任命の挨拶は無事に終わった。


 だけどその夜、ライシス様は闇に紛れて私の元を訪れた。

「こいっ!!」
「お前、一体どういうつもりだ!」
「ライシス様、お久しぶりです」
「久しぶりではない、お前はこの状況が分かっているのか?一体何がどうなったらこんなことになると言うのだ」

 私は人目につかない場所で、数年ぶりに対峙したライシス様にこっぴどく怒られたが、これについては想定内だったから仕方がない。

 そして、私はライシス様が私を無碍に追い払うことが出来ないことも計算済みだった。

 「いいか、後の事は自分が何とかするからすぐに帰れ」

 私を睨みつけて有無を言わさない圧を醸し出すライシス様に、私はここで負けてはなるものか、と頑なに首を横に振った。

「帰れません!」
「なにっ、俺の言うことが聞けないと言うのか?」

 ライシス様からは全身が震えるくらいの憤りを感じた。
 だけど、私はライシス様の瞳を射るように見つめたまま口調を強めた。

―――ここまで来て負けない

 傍にいたい。
 だからこそ屈するわけにはいかない。

「私は最早、貴方様の知るミシェルとしてここにいる訳ではありません」
「なっ……?」

 皺が刻まれた不機嫌な顔でライシス様は絶句した。
 私が彼に反抗するなど予想外だったのだろう。

「既にこの剣は国に捧げておりますし、ここに至るまでに多くの民の血税をこの身体と技術に貰い受けております。そんな私がここで任務を投げ出し、国に帰る事は、国王陛下に対する不敬、そして国に対しての許されない不義に値することはライシス様ご自身が一番ご存じのはず……」
「っ、お前…………」

 一層険しくなった表情で固まるライシス様。

「どうか、お傍に、私は女ですが、性別を隠して志願したわけではありません。一定の評価を受けてここにおります、今は国家の大事な時、必ずやお役に立てるよう努めます」
「………」

 怒りを堪えた赤い瞳が悔しそうに歪み私を捕らえる。 

「何故だ…」
「は…?」
「何故、このような大事なことを、事前にこの俺に一言も相談しなかった?」

 やりきれないとばかりにそう言われた瞬間、私は図らずも苛立ってしまう自分に気付いた。

(私から、離れていったのはライシス様なのに)

 離れていく相手を自分ばかりが必死で追いかけ、拘り続けてきた。慕う気持ちをどうしても抑える事が出来なかった。

 きっとライシス様にとっては私との日々は子供時代の思い出のほんの一部分にすぎないのだろう。
 だけど、私にとってはあの期間こそが人生のかけがえのないものであるのだ。

 ライシス様は遠かった。
 容易く話しかけることも、傍に近づくことも憚られるほどに、だからこうするしかなかった。
 それなのに、その距離にすら気付いて貰えないほど自分はやはりライシス様の眼中にもなかったのだ。

 改めてライシス様のなかでの自分の存在の小ささ思い知らされ、私はつい飄然とした態度を取ってしまった。

「これは国に仕える一騎士として、私がキチンと筋を通したうえで、熱望したことですから、個人としてのライシス様には無関係な話ではないですか?」
「っ……、勝手にしろ!!」

 不機嫌そうに眉根を寄せて、怒りの色を表すライシス様に、私もまた石のような固い表情で黙ったまま、奇麗にお辞儀をして彼に帰りを促した。

「いいか、危険なことはするなよ!?」
「軍令であれば順守しますが……」

 牽制するように最期にそう言い放たれた言葉に、私は敢えて飄然とした可愛げのない言葉を返す。

「っ、お前は……」

 その態度に額に青筋を浮かべたライシス様は真っ赤になってぷいっと踵を返して、大きな足音を立てて去っていった。

(これでいい、私は、守られる為にここに来た訳ではないのだから……)


 そうして、ライシス様のいる辺境で戦いに身を置く日々が始まったのだ。

 敵国と接するその辺境の地ではライシス様は、前線部隊の団長で、私は援軍部隊の一隊員だった。
 
 同じ隊と言っても、戦地では部隊は細かく分かれていて、私も別働部隊の一人として活動することが多かったが、本体に戻る砦勤務の夜間などには、彼の世話を自然と任されることが増えていった。

 後になって考えれば、私とライシス様が旧知の仲であるという事実が伝わっていた結果の配慮かもしれないし、もう少し下世話に深読みをすれば、男ばかりで慰めのない戦場で、上官に気を遣った部下が、比較的線が細くて見目が良い男を夜の世話係として傍に侍らせた結果なのかもしれない。

 だけど、そんな理由などは私にはどうでもよいことで、ライシス様の傍で彼と業務上の僅かなやり取りでも時間を共にできることが内心嬉しくて仕方がなかった。
 
 遠征中の場合は夕刻頃にライシス様が各部隊を視察して回った後に軽く食事をとる。
 その後、幹部が集う作戦会議までの間の数時間に仮設のテントで身体を清めて仮眠をとるのが通例となっていた。

 そんな状況のなかで彼の厳つい鎧を外し、飲み物を差し出し、湯を張った桶で足を浸しながら、顔や首、逞しい背中を布で拭き上げる。
 その途中でいつも「この先は自分でするからもういい、帰って休め」と追い出されるのが日常となっていた。

 だけど、そんな関係が突然変わったのは、私が前線に来てから数か月が経った頃だった。


 私が加わっていた部隊が戦闘中に孤立したのだ。 

「ミシェル、奴らを連れて離脱しろ!」
「ですが…」
「これは命令だ!!行け、頼んだぞ」
「はっ、命に変えても…」

 部隊長から負傷兵を連れての離脱を指示された私はそれに従うしかなかった。
 草木に隠れて、負傷兵四名と共に小規模の戦闘を繰り返し、少しずつ歩みを進めるしかなかった。

「レオン、もうすぐだ、あと少し…」
「ミシェル……、俺は生き残ったのか?」
「あぁ、もう歩かせない、着いたら休め…」
 
 結果的に四日間消息を絶った後に、一名の死者を出しながらも砦にようやく辿り着いたのだ。

「隊長、消息を絶った後、壊滅と見られていた第十五部隊の負傷兵達が帰還しました!」
「本当か……」
「隊長?」
「見舞う、いや、報告を聞かねばな、どこだ……」

 あの日、負傷した同僚に肩を貸し、数名の負傷兵と共にボロボロになって帰還した私をみたライシス様は、見た事がないほどの恐ろしい顔をしていた。
 その憔悴した表情に私は胸をぎゅっと鷲掴みにされたような苦しい気持ちになった。

 野獣のように暗く光る目で「怪我はないのだな?状況を話せ!」と詰め寄られた私は、まるで叱られた犬のような気持ちになって知っている事を話し始めた。
 その報告をライシス様は歯を食いしばって何かを睨みつけるように聞いていた。
 ライシス様が震える指先を懸命に握りしめていたことに私は気付かなかった。

 私の戦う部隊が敵兵から挟み撃ちになったこと、部隊長の指示により負傷兵を隠して、部隊が出撃する隙を見計らってその場を離れ、一人でも多く本隊に帰還させよ、という命令に従った事を話した。

 「それで、部隊はどうなったのでしょうか隊長?情報は入っていますか、皆は……」

 その問にライシス様の表情が暗く陰った。

 「壊滅だ……、その戦闘で運よく数名生き残ったものがいて、離脱後遭遇した別部隊の者に部隊壊滅の戦況を伝えていたらしいが、その者らも、続く戦闘で死んだと報告を受けた……」
 「……そう、ですか」

 想定していた状況に、不思議と涙は流れなかった。
 だけど最期に「本隊に戻れ、頼んだぞ!」そう言った隊長の背中を思い出す。
 
 その数日前に、手紙を手にして子供が生まれたんだ、そう照れ臭そうに父親の顔をして笑っていた姿と、それを祝っていた皆の顔と共に……

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