旭くんは作家さん。

たっち

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プロローグ

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    憧れ、というものがある。人によってそれは、スポーツ選手だったり、アイドルだったり、恩人だったりする。けれども、それはほとんどの場合、直に話したりする機会は無く、あったとしても肝心なところが言えなかったりする。    
     雲の上の存在、などと言われるのはこれが理由だろう。だから人はそれに少しでも近づこうと努力するし、その目標を心の支えとして、生きていこうとする。     
    それは、素晴らしい事だが、同時に残酷な事でもある。
例えば、大好きなミュージシャンに憧れていた青年がいたとする。青年は、自分も同じようになりたいと願い、毎日駅前でギターを弾いていた。しかしその青年は、夢半ばに挫折した。それまで働いた事がなかった青年は、社会不適合者の烙印を押されてしまった。
    夢を追い続けるのはいい事だ。
決して悪い事ではない。しかし、同時に現実も見なければならない。よく「諦めなければ夢は叶う」とか言われているが、それは傲慢だ。人は弱いから、諦めだってする。逃げたりもする。ただ、その限界値が人によって違うだけだと思う。
    まぁ今、俺が言っている事は、ただの妬みかもしれない。周囲に対するただの愚痴かもしれない。しかし現実とはそれほどまでに酷く虚しいものだったりもする。
    夢が叶ったとしてもそれは変わらない。周りを見れば自分よりも優れた人間はごまんといるし、圧倒的な差というものを、目に焼き付けられたりもする。いくら足掻いても辿りつけない高みだって存在するし、誰にも理解されない事だってくさるほどある。それが生きるというものだからだ。
    何故そんな事が言えるのかって? 理由は簡単、俺がそうだからだ。
    木ノ宮 旭、16歳。高校二年生。外見は少し身長が低い事と目つきが悪いことを除けばTHE平均的。運動神経も、勉強もそこそこ出来るタイプだし、人望も普通にある。故に、一度として一番になった事もなく、全力を尽くすという事もなかった。
    そんな俺だが、周囲とは違うところが一つだけある。それは、俺は既に仕事をしているという点だ。"仕事"といっても、バイトとかではない。世間では「ラノベ作家」と呼ばれているやつだ。
    先程俺は、人望も普通にあるといった。だから友人の恋愛相談に乗る事も少なからずあった。そしてその内容を脚色して、面白い話にするのが俺の数少ない楽しみだった。(性格悪いと思ったひと、素直に挙手して下さい。)
    そんな俺の書いた短編を、なんの嫌がらせか、一つ上の姉が、現在お世話になっている出版社の新人賞に応募。俺の知らないところでいつの間にか大賞にノミネート。俺の知らないところで、だ。
    俺としては勝手にされたことには腹が立ったが、初めて自分の事が評価されて、悪い気はせず。そのままラノベ作家としてデビュー。学校側とも相談し、一部の人間を除いてはあまり知られないようにしているのだが、問題はそこではない。
    俺がデビューしたのは、中三の初め頃だが、人気かどうかと言えば悩ましいところ。売れ行きが好調かと言うと、悪くはないし、他の作家さんたちにも期待されてはいる。が、やはり「差」というものは確かに存在する。始まりこそ他人任せだったとはいえ、なったからには売れたいし、あわよくばメディア化されたい。というか、もっとチヤホヤされたい。だって思春期の高校生ですもん。
     もう高二なんだから、周りは進路のこととかを真剣に考えだすだろう。そんな中だからこそ将来が確定している俺は、自分の事に集中出来る。けれど自分と他人を比べると、どうしても自分の無力さを痛感させられる。
    しかし、俺にはその差をどうしようもできないのも、また事実で……
結局、何も答えは出ないままに次の日を迎える。そんな毎日を送っていた…。
    さて、前置きが長くなったが、本題へ行こう。
    俺はあくまでただの登場人物に過ぎない。俺と、"彼女"に起こった、様々な出来事を一つの物語とするならば、この物語の主人公は、彼女だった。主人公という
やつが、最後まで物語の中心にいた人物を指すのであればだが。         
    俺は綴る。


    これは、ひとりの少女のお話。  
    少女が夢を叶えるまでの物語。
    憧れに追いつくまで、俺が描き続けた彼女の為の彼女の記録。


俺が綴る彼女の小説だ。
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