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Sweets Party 11

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 良太を背負い、保徳は自宅への道を重い足取りで歩く。百合から言われた言葉。その全てを保徳は理解している。理解した上で、決断に悩んでいた。

 「……重たくなったなぁ」

 ずり落ちそうになる良太を何度も背負い直し、保徳は良太がまだ小さかった時のことを思い出していた。

 当時から仕事人間であった保徳。思えば誕生日を一緒に祝った事が無かった。

 朝早く良太が起きる前に会社へ行き、寝静まった頃に帰ってくる。何度かその事で妻と喧嘩したのを思い出す。

 そして、怒った妻の顔ももう見る事が出来ない事を思い出す。

 「………何やってんだろうなぁ」

 気がつくと、保徳の目から涙がこぼれ落ちていた。妻を失った悲しさと寂しさ。失ってから始めて気がついたのだった。

 「……良太、お母さんが居なくて寂しいか?」

 背中で寝ている良太に、保徳は声をかける。背中で少し、頭が下がった様な感触があった。保徳は驚き、背中を見る。

 良太は保徳の肩にしがみつき、声を殺して泣いていた。

 「……なんだ、起きてたのか」

 背中に伝わる良太の寂しさ、悲しみを、保徳は背中で受け止める。

 「……ごめんな、お父さん…良太の事全然構ってあげられなくて」

 良太は保徳の背中に額を押し付け、左右に振る。

 「良太はお母さんが居なくて寂しいって言ったな。お父さんも寂しいよ、すごく寂しい。けど、良太はお父さん以上に寂しいんだろうな。ごめんな……」

 良太は我慢できず、声を上げて泣き始めた。

 時刻は午後から午前に差し掛かり、街の明かりは消え、街灯のみが2人を照らす。

 その光景は、まるで保徳と良太の心をそのまま映し出すかの様だった。大切なものを失い、暗く、先の見えない道を、小さな明かりを頼りに進んでいた。

 「……お父さん」

 「うん?」

 「……僕、頑張るから。我慢……できるから。遅くなっても良いから……ちゃんと帰って来てね」

 「…………うん………帰ってくるよ。良太の所に……毎日……ちゃんと帰るから………」

 保徳は良太を背負い直し、涙を拭いて言う。自分よりも、息子の方が現実を受け止めていた。自分がいかに息子を見ていなかったかを悔やみ、自分よりも遥かに強い心を持つ息子を誇りに思った。

 家に帰り、良太をベッドへ寝かせる。良太は保徳の手を握りしめ、安心した様に笑顔で眠りにつく。

 保徳は静かに良太の手を離し、玄関を開けて鍵を閉めた。

 良太を背負い、歩いた道を駆け戻る。

 街灯の小さな明かりを頼りに進んだ道。暗闇の中、手探りで歩いた道のその先へ。もう息子に寂しい思いはさせたく無いと言う一心で保徳は走る。

 そしてたどり着いた一軒の店。真夜中にも関わらず、一際大きな明かりを灯すその店へ。

 “チリンチリン”

 保徳が息を切らせて店へと入る。

 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 勇気、梓、未来が笑顔で出迎えた。3人の姿を見た時、保徳は驚きと安堵からか、力無くその場に座り込んだ。

 未来が静かに保徳の元へ歩く。座り込む保徳と目線を合わせる様にかがみ、ホワイトボードを見せる。

 『大丈夫ですか?』

 保徳は力無く頷き、返事をする。

 『何かお手伝い出来る事はありますか?』

 未来が微笑みながら文字を見せた。

 「……本当に、貴方達にお願いして良いのでしょうか?」

 保徳の言葉に未来は首を傾げた。

 「これは私の問題…私達家族の問題です。それなのに……貴方達に頼って良いのでしょうか?」

 保徳の問い掛けに、未来は笑顔で頷いた。

 『良いんですよ。私達に出来る事なら何でも言ってください。私はただ、良太君のと保徳さんが笑っている姿が見たいだけです。だって、それが親子だから。それが親子だと思うから』

 それを読んだ保徳は、もう一度未来の顔を見た。未来は笑顔で首を傾げ、ホワイトボードを保徳に見せた。

 『何かお手伝い出来る事はありますか?』

 「息子に……」

 未来は笑顔で次の言葉を待つ。

 「息子に、一生の思い出になる様な誕生日パーティーをしてあげたい。お手伝い願えますでしょうか……」

 ホワイトボードに文字を書く。梓と勇気は笑顔で頷くと、未来と目配せをした。

 未来は保徳を見て、笑顔で頷きホワイトボードを見せる。

 『かしこまりました。最高のパーティーにしましょう』

 保徳は立ち上がり、深々と頭を下げて言う。

 「どうか……よろしくお願いします……」

 3人は笑顔で頷き、その日は解散となった。

 保徳は1人、先程良太を背負って帰った道を歩く。その道は、先程とは打って変わり、とても明るかった。ふと空を見上げると、丸い月が夜空を照らしていた。

 「ごめんな…お前には苦労をかけてばっかりだったな……自分にとって何が大切か、ようやく気が付いたよ。お前は“遅いよ”って怒るだろうな」

 保徳は月を見上げて呟く。亡き妻に向かって、自分の声が届く事を信じて。

 「良太の事は俺に任せて、安心して見守っていてくれ」

 “うん。任せたよ”

 良太の耳に、妻の声が聞こえた気がした。保徳は少し笑い、月が照らす明るい夜道を歩いて行った。
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