声を失くした女性〜素敵cafeでアルバイト始めました〜

MIroku

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明日の未来①

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 「みーちゃん! どうしたの!?」

 顔面蒼白になり、ガタガタと震える未来。牡丹はいても立ってもいられずスマートフォンを拾った。

 スマートフォンの画面が牡丹の目に入り、内容を理解した。

 牡丹も顔から血の気が引いていく。震える唇をギュッと噛み締め、ゆっくりと未来を抱き起こした。

 「と…とにかく病院へ向かいましょう!」

 牡丹がそう言うも、未来の耳のは届かない。

 今までの楽しい時間が、沢山の思い出が音を立てて崩れる。

 一番支えてくれたのは勇気だった。一番理解してくれていたのが勇気だった。未来の中心に居たのは、勇気だった。

 いつも冷静で、優しい声で、優しい笑顔で迎えてくれた勇気。

 そんな勇気が事故に遭っただなんて、未来は現実を否定し、その原因を作った、作ってしまった自分を嫌悪した。

 「みーちゃん!」

 パシン!

 左頬がじんじんと痛む。頬をそっと撫でて顔を上げると、悲しそうに涙をこぼす母の顔があった。

 「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 未来はゆっくりと首を左右に振ると、力無くふらふらと立ち上がった。牡丹がそれを支えていた。

 「大丈夫だから。きっと大丈夫だから」

 自分を一生懸命慰めようとしている牡丹を見て、未来は少しだけ冷静になれた。自分を抱きしめる母を優しく放し、にっこりと微笑んでゆっくりと頷く。

 牡丹は、震えながらにこりと微笑む。

 「気をつけてね」

 とだけ声をかけて未来から離れた。

 未来は走った。息が切れる。足が重い。肺が切り裂かれるように痛い。でも、それよりも心が痛む。たくさんの人に迷惑をかけた。たくさんの人に心配をかけた。自分勝手な行動で、大切な人が傷ついた。

 「……っ‼︎」

 足がもつれ、転ぶ。膝を擦りむき、血が流れ落ちる。未来は歯を食いしばり、立ち上がると、また駆け出した。

 転ぶ。今度は肘から血が流れる。

 転ぶ。靴が破け、足の指から血が流れる。

 転ぶ。

 満身創痍になりながら、未来は走り続けた。あの日、家から、家族から逃げたあの日がフラッシュバックする。

 なぜ走ってるの?
 
 理由なんて決まってる。

 大切な人が傷ついたから?

 大切な人が傷ついてしまった。

 もう手遅れじゃない?

 そんな事ない!

 私が走っても間に合わないし、私のせいでこうなったんだから、行ってもみんな私を責めるよ?

 責められてもいい! 早く行かなきゃ!

 あの人みたいに『お前のせいだ』って言われるよ?

 それでも、走らなきゃ!

 このまま逃げちゃっても良いんじゃない?
 あの日みたいにさ。どこかへ逃げちゃおうよ?

 絶対に嫌だ!

 どこか知らない街に行ってさ、新しく始めるのはどう?

 絶対に嫌だ!

 知らない人と仲良くなって、たくさん新しい思い出作ろうよ?

 私はもう黙ってて!

 嫌だ。黙らない。私は私を守らないとね。

 守ってもらわなくて良い! 私は今を生きてる! お母さんにも言いたい事を言った! お父さんにもきっと言える! まだまだ言いたい事たくさんあるから! 店長にも、言いたい事がたくさんあるから!

 声も出ないのにどうやって言うの? またノートとペンで書く? それって、後で手紙でも書けば良いんじゃないかな?

 自分で言う! 自分の声で!

 ふーん。じゃあどうぞ、ご自由に。

 気がつくとそこは病院の前だった。不安そうにスマートフォンと暗闇を見比べている唯一無二の友の姿がそこにあった。

 未来は息も絶え絶えにゆっくりと近づく。未来を見つけ、慌てて駆け寄る梓。つま先から頭までボロボロになり、血を流している未来。梓が抱き抱えようとすると、未来はそれを手で制した。

 未来はゆっくりと息を胸いっぱいに吸い込み、梓に向かって微笑む。

 苦しい! 苦しい! 苦しい! 苦しい!
 苦しくても! 辛くても! 自分で伝えたい事があるから! 勇気を出さなきゃ!

 「……し、んぱいかけて…ごめんなさい」

 未来が小さな声で呟く。

 「未来ちゃん?」

 「も…う、だ、いじょうぶ…だから…」

 「未来ちゃん…声が……」

 「て…んちょう…は?」

 「店長は命に別状はないよ…大丈夫だから…今は寝てるけど…大丈夫だから…」

 「よ…良かった」

 安堵し、気力が一気に抜けた未来はその場に倒れ込んだ。
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