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15.スコール
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俺はクリス殿下と、庭園のガゼボにいる。昼前というのに人はまばらで静かだ。それも朝はあんなに晴れ晴れしていた空が、今は厚い雲に覆われているせいだろう。生ぬるい風が吹いている。
ここでクリス殿下と話すのは二回目だ。一度目はまだ転生されて間もない頃だった。連れ出して来たのは良いものの、どう口火を切るか悩んでいる。先に沈黙を破ったのはクリス殿下だ。
「昨日は話の途中だったよね。カイ団長はいつもあんな感じなんだ。もちろん悪い人ではないし、僕も信頼してるからそのままにしてたけど大丈夫だったかな?」
昨日、俺がカイに担がれて城下町に行った時のことだろう。最初は怖くなかったと言えば嘘になるが、その誤解も既に解けている。だからもちろんカイが晩餐会で俺の護衛を担ってくれることを拒否したい訳じゃない。ただ、クリス殿下からは聞いていない。
「はい。カイのおかげで晩餐会で使うクラバットピンが買えました。護衛もカイがしてくれるみたいで・・・。」
「僕から話そうと思ってたのに。先越されちゃったね。」
心苦しそうに笑うクリス殿下に胸が痛む。それでもなぜカイなのか疑問が浮かぶ。
「どうしてアルベルトじゃないんですか?」
「不必要に怖がらせることは言いたくないんだけど・・・。どうしてもナオトには警戒しておいて欲しい人がいるんだ。もし何かあった時でも、アルベルトよりカイ団長の方が適任だと思ってね。」
「警戒?」
「・・・スティーブン侯爵。普段は国境付近を統治してるけど・・・。あまり良い噂を聞かなくてね。」
これ以上は聞いてはいけない雰囲気が醸し出される。大事なことは言ってくれないのか。カイに連れ出してもらえなかったらあんな平和な街知らなかった。もっともっとこの国のことが知りたい。魔法だって使いたい。それなのになんで俺には自由がないんだ。なんで俺には何も教えてくれないんだ。
「護衛が誰であろうとクリス殿下の采配なら何も言うことはありません。ただそれを決定した本人から聞きたかっただけです。」
「カイ団長は一日で随分とナオトの信頼を得たんだね。」
「カイも信頼してるし、何よりクリス殿下のことを信頼してます。ただクリス殿下は俺を信頼してない。俺はもう守られるだけの立場じゃない。クリス殿下は俺を飼い殺しにしたいんですか?」
クリス殿下が俺のことを心配して言ってくれてるのは分かる。でも故意的に辛辣な言い方をしたのは、どうしてもこれ以上クリス殿下に離れていってほしくないからだ。
直人の言葉にクリスは破顔する。辺りは湿った、雨が降る時の独特な香りがし、ポツポツと雨が降り始めた。
「・・・!そんなことない。ナオトに何かあれば治癒魔法が使えないから助けられないんだよ。まだ帰還魔法は確立されていないけど、もし家族のもとへ帰れるようになった時、傷だらけの状態で返すわけにはいかない。ナオトのことを信頼してないわけじゃない!」
元の世界へ帰すつもりでいる事も気に食わない。俺のことを全然分かってない。それに帰れることになっても多分俺はそれを選ばない。クリス殿下の言葉は俺のことを考えてのことだと理解できる。でも・・・。
直人は真っ直ぐにクリスを見て告げる。
「クリス殿下は、俺が元の世界に帰ることを選んでも何も思わないんですか?俺はこの世界でアルベルトに出会えた。今更帰るつもりはありません。」
「・・・っ。・・・そっか。そうなんだね。」
クリスは動揺を隠せない表情で唇を噛み、言い止まってしまった。こてんと直人の肩に頭を乗せる。また沈黙が流れる。そのうち「はぁー。」と長いため息がこぼれる。
「クリス殿下は一国の王子として俺を守ろうとしてますか?」
「違うって前に言ったよ。勅令を受けたから近くにいるわけじゃない。」
「でも、最近はずっと距離を感じてました。俺はクリス殿下に距離を取られるのも、辛そうな顔を見るのもどうしても嫌なんです。」
「僕自身がナオトを危険な目に合わせてしまったからね。アルベルトはいい男だよ。ナオトの選択は間違ってない。でも・・・。僕だって。」
突然バケツをひっくり返したような雨が降る。屋根が意味がないくらい飛沫が散る。
「スコールだね。すぐやむと思うよ。」
クリス殿下は外に目を向ける。俺もそれに釣られて視線を外に向けようとしたが憚られた。雨に濡れてしっとりとしているものに・・・。驚きで目を見開くが長いまつ毛しか見えない。そっと離れていき、いつもの穏やかな笑顔が見える。
「ごめんね。縛り付けたかったわけじゃない、僕なりにナオトを守りたかったんだ。ただ、兄上が言っていたことは本当に気にしなくていいよ。それとは関係なくナオトのために魔力のことを調べてみよう。」
クリス殿下は、さっきまでのことがなかったかのように振る舞うのに、唇に残った感触がそれを忘れさせてくれない。手の甲で口元を隠し返答できないでいると背後から砂利を踏む音が聞こえる。
「発破をかけたのはナオトだと思うんだ。そう思わない?アルベルト。」
いつの間にか雨が止んでいた。雨雲の隙間から見える太陽が恨めしい。髪も隊服も水が滴っているアルベルトが後ろから俺を抱きしめる。
「ずっと落ち込んどけば良かったんだ。」
アルベルトが俺越しにクリス殿下を睨んでいる。
「ひどっ、そんなこと言うんだ。ナオトは本当にアルベルトでいいの?僕の方が絶対優しいよ。」
「うるさい。ヘタレ。」
「あっ、また酷いこと言った!」
すっかり通常運転に戻った。名残惜しさもありつつ、部屋に戻り着替えることになった。
「さっきはいきなりごめんね、でも後悔はしてないんだ。僕のことも考えておいてね。」
クリス殿下は振り返ると、人差し指を自分の唇をつけその指で俺の唇に触れる。
嫌じゃないことに気づいた時にはすでに顔が熱くなっていた。
ここでクリス殿下と話すのは二回目だ。一度目はまだ転生されて間もない頃だった。連れ出して来たのは良いものの、どう口火を切るか悩んでいる。先に沈黙を破ったのはクリス殿下だ。
「昨日は話の途中だったよね。カイ団長はいつもあんな感じなんだ。もちろん悪い人ではないし、僕も信頼してるからそのままにしてたけど大丈夫だったかな?」
昨日、俺がカイに担がれて城下町に行った時のことだろう。最初は怖くなかったと言えば嘘になるが、その誤解も既に解けている。だからもちろんカイが晩餐会で俺の護衛を担ってくれることを拒否したい訳じゃない。ただ、クリス殿下からは聞いていない。
「はい。カイのおかげで晩餐会で使うクラバットピンが買えました。護衛もカイがしてくれるみたいで・・・。」
「僕から話そうと思ってたのに。先越されちゃったね。」
心苦しそうに笑うクリス殿下に胸が痛む。それでもなぜカイなのか疑問が浮かぶ。
「どうしてアルベルトじゃないんですか?」
「不必要に怖がらせることは言いたくないんだけど・・・。どうしてもナオトには警戒しておいて欲しい人がいるんだ。もし何かあった時でも、アルベルトよりカイ団長の方が適任だと思ってね。」
「警戒?」
「・・・スティーブン侯爵。普段は国境付近を統治してるけど・・・。あまり良い噂を聞かなくてね。」
これ以上は聞いてはいけない雰囲気が醸し出される。大事なことは言ってくれないのか。カイに連れ出してもらえなかったらあんな平和な街知らなかった。もっともっとこの国のことが知りたい。魔法だって使いたい。それなのになんで俺には自由がないんだ。なんで俺には何も教えてくれないんだ。
「護衛が誰であろうとクリス殿下の采配なら何も言うことはありません。ただそれを決定した本人から聞きたかっただけです。」
「カイ団長は一日で随分とナオトの信頼を得たんだね。」
「カイも信頼してるし、何よりクリス殿下のことを信頼してます。ただクリス殿下は俺を信頼してない。俺はもう守られるだけの立場じゃない。クリス殿下は俺を飼い殺しにしたいんですか?」
クリス殿下が俺のことを心配して言ってくれてるのは分かる。でも故意的に辛辣な言い方をしたのは、どうしてもこれ以上クリス殿下に離れていってほしくないからだ。
直人の言葉にクリスは破顔する。辺りは湿った、雨が降る時の独特な香りがし、ポツポツと雨が降り始めた。
「・・・!そんなことない。ナオトに何かあれば治癒魔法が使えないから助けられないんだよ。まだ帰還魔法は確立されていないけど、もし家族のもとへ帰れるようになった時、傷だらけの状態で返すわけにはいかない。ナオトのことを信頼してないわけじゃない!」
元の世界へ帰すつもりでいる事も気に食わない。俺のことを全然分かってない。それに帰れることになっても多分俺はそれを選ばない。クリス殿下の言葉は俺のことを考えてのことだと理解できる。でも・・・。
直人は真っ直ぐにクリスを見て告げる。
「クリス殿下は、俺が元の世界に帰ることを選んでも何も思わないんですか?俺はこの世界でアルベルトに出会えた。今更帰るつもりはありません。」
「・・・っ。・・・そっか。そうなんだね。」
クリスは動揺を隠せない表情で唇を噛み、言い止まってしまった。こてんと直人の肩に頭を乗せる。また沈黙が流れる。そのうち「はぁー。」と長いため息がこぼれる。
「クリス殿下は一国の王子として俺を守ろうとしてますか?」
「違うって前に言ったよ。勅令を受けたから近くにいるわけじゃない。」
「でも、最近はずっと距離を感じてました。俺はクリス殿下に距離を取られるのも、辛そうな顔を見るのもどうしても嫌なんです。」
「僕自身がナオトを危険な目に合わせてしまったからね。アルベルトはいい男だよ。ナオトの選択は間違ってない。でも・・・。僕だって。」
突然バケツをひっくり返したような雨が降る。屋根が意味がないくらい飛沫が散る。
「スコールだね。すぐやむと思うよ。」
クリス殿下は外に目を向ける。俺もそれに釣られて視線を外に向けようとしたが憚られた。雨に濡れてしっとりとしているものに・・・。驚きで目を見開くが長いまつ毛しか見えない。そっと離れていき、いつもの穏やかな笑顔が見える。
「ごめんね。縛り付けたかったわけじゃない、僕なりにナオトを守りたかったんだ。ただ、兄上が言っていたことは本当に気にしなくていいよ。それとは関係なくナオトのために魔力のことを調べてみよう。」
クリス殿下は、さっきまでのことがなかったかのように振る舞うのに、唇に残った感触がそれを忘れさせてくれない。手の甲で口元を隠し返答できないでいると背後から砂利を踏む音が聞こえる。
「発破をかけたのはナオトだと思うんだ。そう思わない?アルベルト。」
いつの間にか雨が止んでいた。雨雲の隙間から見える太陽が恨めしい。髪も隊服も水が滴っているアルベルトが後ろから俺を抱きしめる。
「ずっと落ち込んどけば良かったんだ。」
アルベルトが俺越しにクリス殿下を睨んでいる。
「ひどっ、そんなこと言うんだ。ナオトは本当にアルベルトでいいの?僕の方が絶対優しいよ。」
「うるさい。ヘタレ。」
「あっ、また酷いこと言った!」
すっかり通常運転に戻った。名残惜しさもありつつ、部屋に戻り着替えることになった。
「さっきはいきなりごめんね、でも後悔はしてないんだ。僕のことも考えておいてね。」
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