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第二話
張り巡らされた糸の中で(上)⑧
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〇鷹見邸 会議室
12日の土曜日。
朝の10時から、鷹見魔術探偵事務所と鶴星セキュリティサービスの、合同会議が行われた。
鷹見魔術探偵事務所からは、所長の要、俺、百合子、エイチ。
鶴星セキュリティサービスからは、朱兄を始めとして、精鋭とも言えるメンバー10人が集まっていた。
要のおっさんと朱兄から、研究所の庭や駐車場、建屋内部の地図を見ながら、警護体制や護衛対象の行動範囲、可能な制限、死角となりそうな場所について説明がされた。
研究所自体には、不審者やスパイを即座に発見出来るように、外や廊下、実験施設等の近くには監視カメラが、また鳳凰院独自に配備している警備員が巡回しているようで、セキュリティには気を配っているようだ。
来週月曜日の6月14日から18日までは、女性活躍推進室・室長の金井戸 幸子。
21日から25日までは、特別開発事業製造部・部長の吾太丘 太郎丸。
28日から7月2日までは、特別開発事業製造部・購買課課長の吾太丘 鼓舞一。
7月5日から9日は三人全員を、俺と百合子で護衛をしなくてはならない。
しかし、あのガキ……マスティマの『期間によって狙うターゲットを絞る』なんて予告は全く信用出来ないから、期間外で狙いから外れているターゲットにも、朱兄たち鶴星セキュリティサービスの護衛がつけられることになっている。
「……説明は以上です。
心配しているのは吾太丘太郎丸です。
この男は客先とその取引先において、不良社員として有名で、他の社員や取引先に対する嫌がらせ、いじめ等が問題になっているようです。
その伯父の吾太丘鼓舞一も、管下の社員に暴力を振るったり、怒鳴りつけたりが酷いらしいですね。
とにかく、この二人は社内での評判は悪く、誰が恨んでいても不思議はありません。」
なかなか、酷い奴らのようだ。
護衛中に喧嘩をしてしまいそうで心配になった。
我慢しろって?
それは場合にもよるだろうよ。
「鳳凰院自動車研究所の所長さんから、我々の指示に従わない場合、多少手荒な真似をしても構わないと承ってはおります。
もし、違法行為を見かけた場合は、研究所所長に速やかに報告して欲しい、とのお願いもありました。
護衛対象の反感を買う行為は、信頼関係に影響するので避けたいところではありますが、場合によっては、毅然とした対応が必要だということを、肝に銘じてください。」
と、朱兄は説明を終えた。
社長というだけあって、色々と様になっている。
俺の右隣では、百合子が熱心にメモをとっていた。
それとは対照的に、左隣の椅子の上では、座布団の上でエイチが仰向けになって、だらしなく寝ていた。
今更だが、こいつはホント、番犬にもならねぇな。
「凱、分かっているだろうが、護衛対象とトラブルを起こさないように。」
案の定、要が俺の心を見透かしていたように、釘を刺してきた。
「大丈夫だって。
俺は堅気には手は出さねぇから。」
「おまえはやくざか。」
と、要は呆れた様子だが、緊張感に包まれていた部屋の中は一転して笑いに包まれた。
俺も緊張はしているが、百合子がいれば、何とかなると思っていた。
百合子の方をチラッと見ると、偶然、百合子と目が合う。
百合子はニコリと笑みを浮かべるが、いつもより、どこかぎこちない。
当の百合子は、俺以上に緊張しているようだった。
会議が終わり解散すると、要の指示で俺とエイチだけが会議室に残された。
それから10分程待っていると、紫色の包みを大事そう携えた蒼源のジジイと要が、会議室に入ってきた。
「これが、鳳凰院自動車研究所で、『ある物』を探し出してもらうための魔具だ。」
蒼源のジジイはそう言うと、紫色の包みを広げ、中にあるものを俺達に見せた。
それは茶色のハードカバーに、金色の装飾が施された古びた書物だった。
本の表紙には、読めない文字で色々と何かが書かれている。
「なに、この汚い本は?」
「『転魂の書』。
人の魂を別に移す『禁呪』が込められた本だ。
初代当主・鷹見 蒼玄が、鳥飛光の二大神のうちの一柱である『蒼の始祖』より賜った至宝と言われている。」
鷹見の初代当主の名が蒼玄というのは知っていたが、ジジイと読みが似ているのが、ややこしい。
それにしても、神様から授かったというのは本当だろうか?
それと、『転魂』という魔法は初耳だった。
「人の魂を移す……ねぇ。
どうせ、死にそうになったら他人の体を乗っ取るためとか、ロクでも無い魔法なんだろ?
そういう邪悪な魔法使いが出て来る昔話、ガキの頃に聞いたことが……」
そこで要が、俺の質問を遮った。
「凱、転魂の魔法について、余計な詮索はやめておけ。
世の中には、知らない方が良いこともある。」
それを蒼源のジジイは笑みを浮かべながら静止した。
「ああ、いいんだよ。要君。
僕は『転魂』について凱にも知っておいて欲しいんだ。」
要君?僕?
ジジイの顔を見ると、いつものような険のある表情をしていない。
何と言うか憑きものが取れたような、優しい表情を浮かべている。
「お、おい、ジジイ、どうしたんだ?
変なモノでも食ったのか?
いつもと様子が違うじゃねぇか?」
蒼源のジジイは、戸惑う俺の顔を、穏やかな瞳でジッと見つめ、
「僕は、いつも君達と接している『蒼源』じゃない。
僕が『本来の蒼源』なんだ。」
静かに答えた。
「は?……本来の蒼源……だと?」
突然、このジジイは何を言い出すんだと、唖然としている俺に、蒼源のジジイは続ける。
「転魂の魔法は、代々の当主の記憶……魂と言った方が正しいかな。
それを引き継がせる禁呪だ。
鷹見家の当主は皆、この魔法によって代々の当主の魂を引き継いできた。」
「……ということは、ジジイは自分以外の、12代分の記憶を持っているということか?」
スケールのぶっ飛んだ話を聞かされているのだが、12人分の記憶を脳みそに放り込まれたら、頭の中はどんな風になるんだろうか?
……想像がつかない。
「もちろん、副作用もあってね……
引き継ぐ魂が多くなれば多くなる程、それを施される人間に、己を保つだけの心の強さが無ければ、心が歪んでしまうんだよ。」
12人分の魂を引継ぎつつ己を保つ心の強さ……それはどういうものなのだろうか?
そもそも、心の強さの問題なのだろうか?
それは、転魂の魔法を受けた者しか分からないだろう。
蒼源のジジイは言葉を続けた。
「しかし、僕が当主となった時、先代当主の蒼慶は転魂の魔法に失敗したのだろう。
幸いなことに、魔法が不完全だったようでね。
僕の心は分離された状態で、心の底に留まることになった。」
「つまり、今までの当主の記憶がごちゃまぜになって出来た、あのクソ迷惑なジジイと、当主になる前のジジイの人格が、別々にあるってことか。」
「僕が、鳥飛光の人達には多大な迷惑をかけていることは、本当にすまないと思っている。
特に、要君や凱には苦労をかけているね。申し訳ない。」
俺に頭を下げる蒼源のジジイ。
「お止めください。蒼源様。」
それを止める要。
俺は、蒼源のジジイのスパルタ教育や身勝手に今まで振り回されてきたことに、良い感情はもちろん持っていない。
しかし、今のジジイは、いつもの傍若無人な蒼源とは別の人格な訳で、謝罪されても意味が無い。
「もういいよ。
アンタに頭を下げられても、こっちが反応に困っちまう。
……ところで、あの蒼源に戻ることは無いのか?」
俺の疑問に、蒼源のジジイ……いや、『蒼源の爺さん』としておこうか、爺さんは頭を上げ、目を伏せながら答え始めた。
「今、この体の主人格は、いつも君達に傍若無人を働いている蒼源だ。
だから、あと一時間もしないうちに、奴は目覚め、僕は再び心の奥底に身を潜める。」
「そうか。
じゃあ、なんで爺さんは、今こうして話すことが出来るようになったんだ?」
「今、奴は眠っている状態……その時に、この転魂の書を使うことで、ほんの短い時間だけ、本来の僕が表出することが出来る。
だから要君には以前から、鳳凰院の特区にある研究所に入る機会が訪れたら、『普段の蒼源』を眠らせて、その隙に転魂の書を使って僕を呼び戻してもらうように、お願いをしていたんだよ。」
「要さん、蒼源のジジイを眠らせるなんて、凄いじゃないか。」
「私が蒼源様を相手に、真っ向から、そんな真似が出来る訳ないだろう。
蒼源様がご自分に対し、睡眠の札を罠として、転魂の書のある宝物庫に仕込んでおいたのだ。
ミーティングが終わった後、蒼源様をなんとか宝物庫に誘導し、宝物庫に仕込まれた札の魔法の発動、その隙に転魂の書を使っただけだ。」
どういう状況かは分からないが、珍しく疲労感を顔に浮かべている要を見れば、代々当主を出し抜くことは、想像以上の大仕事だったに違いない。
「僕についての話は、ここまでにして、話を戻そう。
実は、この転魂の書が、8年前に一時的に持ち出されるという事件が起きてね。
その時に、どうやら鳳凰院の特区に持ち込まれたこと、それに転魂の魔法を機械……多分、彼らが開発している試作品か何かに使用したことまでは、この本に残る『残滓』から辿ることが出来たんだ。
それを、彼に探し出してもらいたい。」
蒼源の爺さんは、退屈そうに寝っ転がっているエイチの方に、目を向けた。
「使ったものを探すなんて出来るのか?」
「魔具探知犬は魔力の残留……呪いについても嗅ぎ分けることが出来る。
どうやら転魂の書による魂の引継ぎは、呪いに分類されるらしいからな。」
俺のその問いには、蒼源の爺さんに代わり、要が答えた。
「そうなのか?
その割にエイチは、爺さんに無反応じゃねぇか?」
初めてエイチを蒼源のジジイの前に連れて行った時、こいつは物怖じすることも無く、鼻の下を伸ばしながら、グラビア雑誌を読んでいたくらいだ。
「鷹見家には数多くの魔具があるから、あえて鼻を利かせないように、コントロールしていたんじゃないかな?
彼、エイチ君は、そういった能力に長けた、優秀な魔具探知犬だと聞いているからね。」
「優秀ってなぁ……
それに、そんな器用な奴には見えないぜ。」
寧ろ、鼻がバカになっていた、という方が正しいんじゃないか?
「この本の匂いを覚えさせてみれば分かるよ。」
蒼源はしゃがみこむと、転魂の書をエイチの目の前に置いた。
するとエイチは、やる気の無さそうな顔をしつつも、その本の匂いを嗅ぎ、
「わぅ?!」
エイチは妙な鳴き声を上げると、蒼源の爺さんの方をジッと見つめた。
「おい、エイチ。
その本と同じ匂いが、爺さんからするのか?」
俺の問いに、
「ウ~ッ……ワン!」
と真面目な顔で吠えた。
この反応は、シュテンドウジの存在を感じた時と似ていた。
「どうやら、爺さんから、その本と同じ匂いを嗅ぎ取ったみたいだ。」
「そうか、良かった。
凱や百合子さんは護衛任務もあって大変だとは思うけど、エイチ君と共に研究所にある『転魂の書を使った対象』を、探り出して欲しい。」
「言っておくけどよ……俺と百合子は護衛任務に集中させてもらうぜ。
その転魂の魔法を使った機械か何かを探すよりも、重要なことだろ?」
マスティマを名乗るガキが約束を守るという前提はあるが、神器奪還=期間中の護衛の成功だ。
それを抜きにしても、人命と天秤にかける程のことだろうか?
「凱の言う事は尤もだよ。
しかし、転魂の魔法は、『命と魂の巡り』を根幹から覆してしまうが故に禁呪とされた。
鷹見家でも、ごく一部の人間しか、存在を知らないはずだ。
実在することを雀木、小夜啼、鶯黒が知れば、鳥飛光で戦争が起きかねない。」
蒼源の爺さんは、真顔でいきなり突飛なことを言い出した。
「戦争って……どうしてそうなる?」
「雀木当主が、錬金術で生命を生み出す研究をしているのは知っているかい?
ならば、転魂の書の存在を知れば、喉から手が出る程欲しがるだろう。
小夜啼と鶯黒は、命の始まりと終わりは、時間によって支配されるという『空の始祖』の教えを是としている。
神の定めた理に背いている鷹見家当主と転魂の書の存在を、決して許さないだろう。
例え、空の始祖の夫である蒼の始祖がもたらした物であってもね。」
「そんなヤバイものなら、さっさとその本、処分しろよ。」
「……僕も最初は、神様から頂いた宝だから、そんな罰当たりなことはしてはならないと思ったけど、鳥飛光が分断される可能性を考えれば、天にお返ししようと思い直したんだ。
そういう名目で、処分を試みてみたのだけれども……」
蒼源の爺さんはそう言うと、転魂の書を宙に浮かび上がらせる。
「むん!」
爺さんが転魂の書に向かって手をかざすと、それは瞬く間に炎に包まれた。
しかし、転魂の書を球状の膜が即座に覆い、本を守った。
「全然、燃えていない……」
転魂の書には、焦げ跡一つ見当たらない。
「色々試してみたが、本には傷一つ付けることは出来なかった。
蒼の始祖様は、この本を傷つけることをお許しにならないようでね。
結局この本は、厳重に宝物庫に封印しておくしかないんだ。
いつかは、どうにかしなければと、考えてはいるのだけれども……」
どういう意図かは知らないが、神様はとんでもない物を寄越してきたものだ。
「……それで『転魂の魔法を使ったブツ』を見つけたら、俺達はどうすればいいんだ?」
俺がそう聞くと、蒼源の爺さんと、要のおっさんが少し驚いた表情をした。
俺、何か変な事を言ったのか?
そう思った瞬間、
「某が始末する。
ヌシは、魔具探知犬が反応した場所を、鷹見に報告だけすればよい。」
「うおっ!」
ここにいる3人と別の男の声に驚いて振り返ると、そこには黒頭巾、黒装束に身を包んだ男が1人立っていた。
全く気配を感じなかったが、それも当たり前か……
それを見て、蒼源が苦笑いを浮かべながら、その男を窘めた。
「一矢、あまり、うちの孫をからかうのは感心しないね。」
「本当だぜ……相変わらず、いい趣味してんなぁ。
小鳥遊の当主様よぉ。
何時から、そこに居たんだ?」
黒装束の男の名は小鳥遊 一矢。
小鳥遊家の現当主だ。
身のこなしや佇まいからは想像出来ないが、歳は60を超えた爺さんだ。
小鳥遊家は、鳥飛光魔術4公家には数えられないが、鷹見家で諜報活動を選任で行っていた忍者の一族が分家になったのが始まりだという。
現在では、あくまで企業や組織の不正を暴くという意味で活動しており、鳥飛光公安委員会の依頼を受けて活動している。
そういう経緯もあって、小鳥遊家は今では、他家との繋がりでは中立の立場を取っており、決して鷹見家の味方という訳では無い。
「声を出すまで某に気が付かぬとは未熟……小鳥遊の血を継いでいるとは思えぬ。」
黒頭巾の間から覗く、鋭い目を俺に向けて来る。
悔しいが、何も言い返せない。
また、一矢の爺さんは、俺の祖母の兄であり、俺からすると大伯父にあたる。
口数は少ないし、俺に対して厳しいところがあるが、武術の事を聞けば色々と教えてくる、意外と面倒見の良い爺さんだ。
ちなみに、祖母は俺の親父を生んでから、すぐに亡くなったので、もちろん俺は一度も会ったことは無い。
「精進しますよ。
……で、蒼源のジジイと犬猿の仲のアンタが、珍しく協力的じゃないの。
どういう風の吹き回し?」
「いまの蒼源は某の友にして義弟……故に頼みを聞き入れたまで。」
「そうかい。
それに、小鳥遊に攻撃してきた連中を、血眼になって探さないところも珍しいじゃん。」
小鳥遊は、自分達を攻撃してきた連中や裏切り者に、容赦が無い。
大昔は、敵や裏切り者の遺体や首を、家の前で晒していたらしい。
今では、そんな時代錯誤な真似は出来なくなったが、敵対している奴が捕まれば、酷い拷問が待っているだろうし、行方知れずになった奴は、既に始末されている可能性が高い。
大抵、そういう目に遭う奴らは、それ相応の喧嘩を、小鳥遊に吹っ掛けているわけだが……
そういった厳しい姿勢が、秘匿情報などを手に入れるために、小鳥遊家を襲撃することを防いでいるのだろう。
「出来る事なら、ダスク教の者共に、北山神社を破壊し、神器を奪った報いを、今まで受けてきた屈辱と共に与えてやりたいところだが、友の中にいる忌々しい者の言う事にも一理ある。
故に、今回は大人しく、その任をヌシらに託そうと思った次第。」
忌々しい者……普段の蒼源のジジイのことを言っているのだろう。
「へぇ……どこに潜んでいたか知らねぇけど、一矢の爺さんも、あの会議に居たんだ。
堂々と参加すりゃいいのに?」
確かに、蒼源のジジイが神社襲撃について、他家を非難する際に、小鳥遊の名を呼んでいたが、あれは一矢の爺さんが聞いている事を知っていたからか。
「一大事の会合にも拘わらず、顔を合わせると酒盛りに誘う、女の話ばかりする馬鹿者もいるからな。」
酒、女の話ばかりする馬鹿者……ああ、朱王の爺さんのことだろう。
親友同士と聞いているが、朱王の爺さんが一方的にそう思っているだけなのだろうか?
そうだったら、なんか切ない。
「ぐっ……そろそろ、奴の意識が戻るだろう。
皆、この部屋から出て行ってくれ。」
蒼源の爺さんが頭を押さえ、体をふらつかせた。
「蒼源様。」
それを要が咄嗟に支えるが、蒼源の爺さんは要の手から離れた。
「大丈夫だ。
奴は真っ先に邪魔な僕の意識を、心の奥底に封じてしまうはず。
今、ここで話したことは、悟られないだろう。
君達も、うっかり他言しないよう……気を付けて欲しい。」
まだ聞きたいことも疑問もあるが、その時間も無いようだ。
それでも……
「次は、何時会える?
蒼姫達をアンタに会わせたい。」
「また、近いうちに……会えるよ。
ふふ…いい子に育ったじゃないか……
いつか、お前と凱が……」
蒼源の爺さんの、最後の言葉は独り言だろうか?
要のおっさんは、その言葉を聞くと、眉間に皺をよせ、沈痛といった面持ちになり、
「……部屋から出ましょう。」
と、蒼源の爺さんの意を酌んで、俺達に部屋を出るように促した。
それから、俺達は鷹見魔術探偵事務所にあてがわれている一室に移動した。
「……なぁ、鷹見家の当主になるには、あの転魂の書を使って、歴代当主の記憶を引き継がないとダメなのか?」
蒼源の爺さんのようになるなら、はっきり言って願い下げだ。
これは、俺がとやかく言える話では無いが、蒼彦の奴を当主になどしたくないと思った。
「『本来の蒼源』様はそれを望んではおられないし、転魂の書をどうにかして封じようと試行錯誤をしておられる最中だ。
しかし、『普段の蒼源』様、いや『歴代当主の意志』は転魂の書を次の当主に使い、記憶……魂の引継ぎを行うだろう。
当主しか知りえぬことだが、魂を引き継ぐことは、鷹見家にとっての『悲願』の成就のために、必要な事らしい。」
転魂の書をどうにかすることに関して、俺に出来ることがあれば協力したいと思う。
しかし、魂の引継ぎをしてでも成就したい『悲願』とは、一体何なのだろう?
「ところで要さん。
アンタ、この後は大丈夫なのか?
おっかない方の蒼源に、逆らったようなものだろ?」
「問題は無い。
『普段の蒼源』様は、眠っている間の事については、知ることは出来ない。」
要は俺の心配を他所に、いつもの涼しい顔で答えた。
「聞きそびれたことだけどよ、いつものジジイの方も、転魂の書を使ったブツ……
ああ!言い辛いから『X』と呼ぶぜ。Xをどうにかしようと動かなかったのか?
あと、転魂の書を持ち出した裏切り者は、誰なんだ?」
あのジジイなら、鳳凰院の特区を火の海にしても不思議ではない。
もちろん、裏切り者は即座に処刑だろう。
「持ち出した者は、未だに分かっていない。
そもそも、私はこの屋敷にいる者全員の調査と、あの研究所の立ち入り検査を進言したのだが、『普段の蒼源』様のご判断で、調査しないことになった。」
「は?なんで?」
「当時、『普段の蒼源』様は、『転魂の書が無事に戻ったのなら良い。鳳凰院ごときの魔法技術では、転魂の書を使ったとしても、魂を人間に継がせる事は出来ないだろう』と仰っていた。」
それが、放っておく理由になるのだろうか?
「これは、私の推測だが、普段の蒼源様はこう考えたのかもしれない。
そもそも、鳳凰院が研究所で開発したものを鳥飛光市外に持ち出す際には、鳥飛光魔術研究所のチェックが入る。
その基準は、表の世界で実現可能かどうかだ。
鳥飛光魔術研究所の連中は、転魂の魔法のかかった……Xを正確に見抜けず、悪霊の乗り移った『呪物』と判断すると踏んだのだろう。
呪物の持ち出し許可はまず絶対に下りないからな。
それに、何と言っても、鳳凰院家からの税収も多額だ。
追い出すことは、鳥飛光市にとって、デメリットでしかない。
多少の『お痛』には目を瞑った、ということだろう。」
要のおっさん、よほどジジイの判断に、納得がいかなかったのだろう。
自分を納得させるために、当時考えたであろう推測を並べ立てた。
しかしXを、雀木家当主の菜津希のババアや、小夜啼、鶯黒の人間が見る機会が無いとは言い切れない。
「盗み出した犯人にも、心当たりがあるのかもしれないが、始末してしまうと、鷹見にとって都合の悪い存在だったのかもしれない。
……あくまで、私の推測でしかないがね。
それなりにあの男に仕えているが、未だに理解の及ばないことも多いのさ。」
「持ち出そうと考えるということは、転魂の書の存在を知っているってことだよな。
それって誰だ?」
「分かっているのは、今、部屋で話をしていた4人。
蒼源様、それに私とお前、一矢様だけだ。」
俺を除けば3人か……
しかし、要が知っているならば、当主の座に近い蒼錬、蒼安、それに親父が知っていてもおかしくないのではないだろうか?
「先に言っておくが、私にも一矢様にも転魂の書を持ち出すことは出来ない。
宝物庫へは、鷹見家当主に先代の当主、それと『同等の存在』だけにしか出入り出来ないよう、鍵の魔法が施されているからな。
あの事件があった時点で、先代は既にお亡くなりになっている。
つまり、唯一、宝物庫に出入りできたのは、蒼源様だけということになる。
それが意味するところは……なんだろうな。」
一番怪しいのは蒼源のジジイか。
ならば、事件を捨て置くという判断は自然だが、動機が分からない。
それに要は、宝物庫に出入りできる資格者について話をしたが、それには違和感を覚えた。
俺が、それを口にしようか思案していたところで、
「ほう……お前は唯々諾々と、邪悪な蒼源に従っているだけと思っていたが、そうで無いようで安心したぞ。」
一矢の爺さんが柔らかい雰囲気で、要に声をかけた。
この二人が会話をするところは、あまり見たことが無いのだが、親しい仲なのだろうか?
「俺が……私が誰に従うかは、私が決める事です。
面従腹背は得意なんでね。」
要の言葉に、一矢の爺さんは俺と要を交互に見ると、
「ふっ、そうか……
では邪魔者は失礼するとしよう。
凱、それにエイチとやら、転魂の書の件……お前の言うところの『えっくす』の捜索、頼んだぞ。」
そう言い残し、一矢の爺さんは窓を開けて外に出ると、一瞬で姿を消した。
黒頭巾で目元しか分からないが、一矢の爺さんは去り際に笑ったように見えた。
「ちゃんと玄関から出て行けよ……」
「全くだ。」
要が珍しく笑った。
一矢の爺さんが居なくなったところで、疑問に思っていたことを口にした。
「要さん……アンタ、嘘ついていないか?」
「俺が嘘をついている?」
「蒼源の爺さんを呼び起こすには、寝ている爺さんに転魂の書を使う必要があるんだろ?
ジジイを眠らせて、転魂の書を使ったのはアンタだ。」
「ほう……」
要は感心したように声を上げた。
「アンタの血筋は未だに良く分からないが、『当主と同等の資格』って奴をアンタは持っているんじゃないか?」
「……宝物庫には札を二枚仕込んでいた。
一つは先ほど話した通り、蒼源様を眠らせる為の睡眠の魔法。
もう一つは発煙の魔法だ。」
「は、発煙?」
相手の目を眩ませるために使う魔法だ。
忍者が追っ手を撒くのに使う、煙玉をイメージして貰えばいい。
「宝物庫付近から煙が発生していれば、蒼源様は真っ先に宝物庫を確認する。
俺は蒼源様に同行していたからな。
それに緊急時だ。俺が蒼源様と一緒に宝物庫に入ることは、不自然ではないだろう?」
「それで、後は段取り通り……という訳か。
……疑って悪かったな。」
「いや、相手との会話の中から矛盾を探し出すこと、鷹見魔術探偵事務所の所員として、大切な事だ。」
要に褒められた……?
このおっさんとは、なんだかんだ付き合いは長いが、褒められたことなんて滅多に無い。
そんな要を見ていて、ふと、しばらく会っていない親父のことを思い出した。
「そういえば、親父にこれから面会って出来る?」
うちの親父の蒼次は、詳しい事は教えてもらえないが、重大な事件の容疑者として、表向きは幽閉されていることになっている。
しかし、一矢の爺さんや親父を慕う人達の調査によって、うちの親父が犯人でないことだけは分かっているのだ。
真犯人はまだ見つかっておらず、今では軟禁されるに留められている。
ただ、面会したい場合は要を通すことがルールとなっていた。
「蒼次か……悪いが今日は無理だ。
もし伝えたいことがあれば、俺から伝えておくが?」
要は手帳をチェックしながら答えた。
親父の奴、今日は何か『仕事』でもしているのだろうか?
「いや、いい。
単にひと月以上、顔を合わせていないから、会っておこうかと思っただけだ。」
「フッ。
可愛い息子が会いたがっていたと伝えておこう。」
「止めてくれ。
じゃあ、俺達も帰るわ。
月曜日からの準備もあるからな。」
「よろしく頼む。
それと、応接室に寄っていけ、小夜啼さんがお前を待っている。」
「百合子が?
あいつ帰らないで待っていたのか。」
とにかく俺はエイチと共に、早足で応接室に向かう。
そういえば、鷹見邸の建物ついて説明していなかった。
外観は日本の城を模しており5階建てで、権力を誇示したがる奴の多い、鷹見らしい建物だった。
和風の部屋が多いが、洋室もいくつもある。
5階には、蒼源のジジイ夫妻、4階には蒼錬一家と蒼安一家(とはいっても蒼安は前に述べた通り、鳥飛光駅前のマンション住まいだ)、3階には執事の一人である要と、うちの親父が軟禁されている。
3階から1階は、鷹見の経営する会社の事務所や、住み込みで働いている執事や女中達のための部屋や施設が多い。
ちなみに、建物には強固な結界が張られており、強力な魔法攻撃を受けてもビクともしないらしい。
途中、廊下で若い女中さんとすれ違うと、エイチの野郎が興奮して跳び付こうとするので、俺はエイチを脇に抱えて運ぶことにした。
とりあえず、応接室として作られた『離れ』には着いたが、百合子がどの部屋に通されたかは分からない。
女中さんに声をかけて、百合子がどの応接室に通されているか教えてもらい、その部屋の襖をトントンと叩いて、声をかけた。
「百合子、待たせたな。」
「あ……凱君?……どうぞ。」
声で俺だということには気づいたようだが、部屋に入ることへの了承に、少し間があった。
茶菓子でも、モグモグ頬張っていたのだろうか?
可愛らしくリスのように、お菓子で頬を膨らませた百合子を想像しながら、エイチと共に室内に入ると、上は黒いスーツと白のブラウス、下はスーツパンツに着替えた百合子が待っていた。
月曜日から始まる、護衛任務時に着る制服だ。
「あの……凱君、この制服、どうでしょうか?」
百合子は頬を赤らめながら、手をペンギンみたいに斜め下に降ろし、左右に身体を捻った。
胸が窮屈そうにスーツを押し上げ、白いブラウスの部分が突き出しているのが、まことに眼福だったが、流石にこの姿は他の奴には見せたくない。
「うむ。スーツはもう少し、大きい方がいいかもしれんな。」
俺は、内心では鼻の下を地面まで伸ばしているのだが、出来る限りイケメンな表情と声を作りつつ意見を述べた。
「外からでも分かりますか?
自分でも、ちょっとキツイと思っていたので……」
クソ……カメラがあれば撮っておきたい。
「ワフッ……」
エイチが、ニヤリと笑みを浮かべながら、俺の脚をポンと叩いた。
我慢をしている、俺に対する同情のつもりだろうか。
その後、百合子に付き合って、鶴星セキュリティサービスの事務所で、百合子はスーツを交換してもらい、昼食と任務に必要な買い物を一緒に済ませたのだった。
12日の土曜日。
朝の10時から、鷹見魔術探偵事務所と鶴星セキュリティサービスの、合同会議が行われた。
鷹見魔術探偵事務所からは、所長の要、俺、百合子、エイチ。
鶴星セキュリティサービスからは、朱兄を始めとして、精鋭とも言えるメンバー10人が集まっていた。
要のおっさんと朱兄から、研究所の庭や駐車場、建屋内部の地図を見ながら、警護体制や護衛対象の行動範囲、可能な制限、死角となりそうな場所について説明がされた。
研究所自体には、不審者やスパイを即座に発見出来るように、外や廊下、実験施設等の近くには監視カメラが、また鳳凰院独自に配備している警備員が巡回しているようで、セキュリティには気を配っているようだ。
来週月曜日の6月14日から18日までは、女性活躍推進室・室長の金井戸 幸子。
21日から25日までは、特別開発事業製造部・部長の吾太丘 太郎丸。
28日から7月2日までは、特別開発事業製造部・購買課課長の吾太丘 鼓舞一。
7月5日から9日は三人全員を、俺と百合子で護衛をしなくてはならない。
しかし、あのガキ……マスティマの『期間によって狙うターゲットを絞る』なんて予告は全く信用出来ないから、期間外で狙いから外れているターゲットにも、朱兄たち鶴星セキュリティサービスの護衛がつけられることになっている。
「……説明は以上です。
心配しているのは吾太丘太郎丸です。
この男は客先とその取引先において、不良社員として有名で、他の社員や取引先に対する嫌がらせ、いじめ等が問題になっているようです。
その伯父の吾太丘鼓舞一も、管下の社員に暴力を振るったり、怒鳴りつけたりが酷いらしいですね。
とにかく、この二人は社内での評判は悪く、誰が恨んでいても不思議はありません。」
なかなか、酷い奴らのようだ。
護衛中に喧嘩をしてしまいそうで心配になった。
我慢しろって?
それは場合にもよるだろうよ。
「鳳凰院自動車研究所の所長さんから、我々の指示に従わない場合、多少手荒な真似をしても構わないと承ってはおります。
もし、違法行為を見かけた場合は、研究所所長に速やかに報告して欲しい、とのお願いもありました。
護衛対象の反感を買う行為は、信頼関係に影響するので避けたいところではありますが、場合によっては、毅然とした対応が必要だということを、肝に銘じてください。」
と、朱兄は説明を終えた。
社長というだけあって、色々と様になっている。
俺の右隣では、百合子が熱心にメモをとっていた。
それとは対照的に、左隣の椅子の上では、座布団の上でエイチが仰向けになって、だらしなく寝ていた。
今更だが、こいつはホント、番犬にもならねぇな。
「凱、分かっているだろうが、護衛対象とトラブルを起こさないように。」
案の定、要が俺の心を見透かしていたように、釘を刺してきた。
「大丈夫だって。
俺は堅気には手は出さねぇから。」
「おまえはやくざか。」
と、要は呆れた様子だが、緊張感に包まれていた部屋の中は一転して笑いに包まれた。
俺も緊張はしているが、百合子がいれば、何とかなると思っていた。
百合子の方をチラッと見ると、偶然、百合子と目が合う。
百合子はニコリと笑みを浮かべるが、いつもより、どこかぎこちない。
当の百合子は、俺以上に緊張しているようだった。
会議が終わり解散すると、要の指示で俺とエイチだけが会議室に残された。
それから10分程待っていると、紫色の包みを大事そう携えた蒼源のジジイと要が、会議室に入ってきた。
「これが、鳳凰院自動車研究所で、『ある物』を探し出してもらうための魔具だ。」
蒼源のジジイはそう言うと、紫色の包みを広げ、中にあるものを俺達に見せた。
それは茶色のハードカバーに、金色の装飾が施された古びた書物だった。
本の表紙には、読めない文字で色々と何かが書かれている。
「なに、この汚い本は?」
「『転魂の書』。
人の魂を別に移す『禁呪』が込められた本だ。
初代当主・鷹見 蒼玄が、鳥飛光の二大神のうちの一柱である『蒼の始祖』より賜った至宝と言われている。」
鷹見の初代当主の名が蒼玄というのは知っていたが、ジジイと読みが似ているのが、ややこしい。
それにしても、神様から授かったというのは本当だろうか?
それと、『転魂』という魔法は初耳だった。
「人の魂を移す……ねぇ。
どうせ、死にそうになったら他人の体を乗っ取るためとか、ロクでも無い魔法なんだろ?
そういう邪悪な魔法使いが出て来る昔話、ガキの頃に聞いたことが……」
そこで要が、俺の質問を遮った。
「凱、転魂の魔法について、余計な詮索はやめておけ。
世の中には、知らない方が良いこともある。」
それを蒼源のジジイは笑みを浮かべながら静止した。
「ああ、いいんだよ。要君。
僕は『転魂』について凱にも知っておいて欲しいんだ。」
要君?僕?
ジジイの顔を見ると、いつものような険のある表情をしていない。
何と言うか憑きものが取れたような、優しい表情を浮かべている。
「お、おい、ジジイ、どうしたんだ?
変なモノでも食ったのか?
いつもと様子が違うじゃねぇか?」
蒼源のジジイは、戸惑う俺の顔を、穏やかな瞳でジッと見つめ、
「僕は、いつも君達と接している『蒼源』じゃない。
僕が『本来の蒼源』なんだ。」
静かに答えた。
「は?……本来の蒼源……だと?」
突然、このジジイは何を言い出すんだと、唖然としている俺に、蒼源のジジイは続ける。
「転魂の魔法は、代々の当主の記憶……魂と言った方が正しいかな。
それを引き継がせる禁呪だ。
鷹見家の当主は皆、この魔法によって代々の当主の魂を引き継いできた。」
「……ということは、ジジイは自分以外の、12代分の記憶を持っているということか?」
スケールのぶっ飛んだ話を聞かされているのだが、12人分の記憶を脳みそに放り込まれたら、頭の中はどんな風になるんだろうか?
……想像がつかない。
「もちろん、副作用もあってね……
引き継ぐ魂が多くなれば多くなる程、それを施される人間に、己を保つだけの心の強さが無ければ、心が歪んでしまうんだよ。」
12人分の魂を引継ぎつつ己を保つ心の強さ……それはどういうものなのだろうか?
そもそも、心の強さの問題なのだろうか?
それは、転魂の魔法を受けた者しか分からないだろう。
蒼源のジジイは言葉を続けた。
「しかし、僕が当主となった時、先代当主の蒼慶は転魂の魔法に失敗したのだろう。
幸いなことに、魔法が不完全だったようでね。
僕の心は分離された状態で、心の底に留まることになった。」
「つまり、今までの当主の記憶がごちゃまぜになって出来た、あのクソ迷惑なジジイと、当主になる前のジジイの人格が、別々にあるってことか。」
「僕が、鳥飛光の人達には多大な迷惑をかけていることは、本当にすまないと思っている。
特に、要君や凱には苦労をかけているね。申し訳ない。」
俺に頭を下げる蒼源のジジイ。
「お止めください。蒼源様。」
それを止める要。
俺は、蒼源のジジイのスパルタ教育や身勝手に今まで振り回されてきたことに、良い感情はもちろん持っていない。
しかし、今のジジイは、いつもの傍若無人な蒼源とは別の人格な訳で、謝罪されても意味が無い。
「もういいよ。
アンタに頭を下げられても、こっちが反応に困っちまう。
……ところで、あの蒼源に戻ることは無いのか?」
俺の疑問に、蒼源のジジイ……いや、『蒼源の爺さん』としておこうか、爺さんは頭を上げ、目を伏せながら答え始めた。
「今、この体の主人格は、いつも君達に傍若無人を働いている蒼源だ。
だから、あと一時間もしないうちに、奴は目覚め、僕は再び心の奥底に身を潜める。」
「そうか。
じゃあ、なんで爺さんは、今こうして話すことが出来るようになったんだ?」
「今、奴は眠っている状態……その時に、この転魂の書を使うことで、ほんの短い時間だけ、本来の僕が表出することが出来る。
だから要君には以前から、鳳凰院の特区にある研究所に入る機会が訪れたら、『普段の蒼源』を眠らせて、その隙に転魂の書を使って僕を呼び戻してもらうように、お願いをしていたんだよ。」
「要さん、蒼源のジジイを眠らせるなんて、凄いじゃないか。」
「私が蒼源様を相手に、真っ向から、そんな真似が出来る訳ないだろう。
蒼源様がご自分に対し、睡眠の札を罠として、転魂の書のある宝物庫に仕込んでおいたのだ。
ミーティングが終わった後、蒼源様をなんとか宝物庫に誘導し、宝物庫に仕込まれた札の魔法の発動、その隙に転魂の書を使っただけだ。」
どういう状況かは分からないが、珍しく疲労感を顔に浮かべている要を見れば、代々当主を出し抜くことは、想像以上の大仕事だったに違いない。
「僕についての話は、ここまでにして、話を戻そう。
実は、この転魂の書が、8年前に一時的に持ち出されるという事件が起きてね。
その時に、どうやら鳳凰院の特区に持ち込まれたこと、それに転魂の魔法を機械……多分、彼らが開発している試作品か何かに使用したことまでは、この本に残る『残滓』から辿ることが出来たんだ。
それを、彼に探し出してもらいたい。」
蒼源の爺さんは、退屈そうに寝っ転がっているエイチの方に、目を向けた。
「使ったものを探すなんて出来るのか?」
「魔具探知犬は魔力の残留……呪いについても嗅ぎ分けることが出来る。
どうやら転魂の書による魂の引継ぎは、呪いに分類されるらしいからな。」
俺のその問いには、蒼源の爺さんに代わり、要が答えた。
「そうなのか?
その割にエイチは、爺さんに無反応じゃねぇか?」
初めてエイチを蒼源のジジイの前に連れて行った時、こいつは物怖じすることも無く、鼻の下を伸ばしながら、グラビア雑誌を読んでいたくらいだ。
「鷹見家には数多くの魔具があるから、あえて鼻を利かせないように、コントロールしていたんじゃないかな?
彼、エイチ君は、そういった能力に長けた、優秀な魔具探知犬だと聞いているからね。」
「優秀ってなぁ……
それに、そんな器用な奴には見えないぜ。」
寧ろ、鼻がバカになっていた、という方が正しいんじゃないか?
「この本の匂いを覚えさせてみれば分かるよ。」
蒼源はしゃがみこむと、転魂の書をエイチの目の前に置いた。
するとエイチは、やる気の無さそうな顔をしつつも、その本の匂いを嗅ぎ、
「わぅ?!」
エイチは妙な鳴き声を上げると、蒼源の爺さんの方をジッと見つめた。
「おい、エイチ。
その本と同じ匂いが、爺さんからするのか?」
俺の問いに、
「ウ~ッ……ワン!」
と真面目な顔で吠えた。
この反応は、シュテンドウジの存在を感じた時と似ていた。
「どうやら、爺さんから、その本と同じ匂いを嗅ぎ取ったみたいだ。」
「そうか、良かった。
凱や百合子さんは護衛任務もあって大変だとは思うけど、エイチ君と共に研究所にある『転魂の書を使った対象』を、探り出して欲しい。」
「言っておくけどよ……俺と百合子は護衛任務に集中させてもらうぜ。
その転魂の魔法を使った機械か何かを探すよりも、重要なことだろ?」
マスティマを名乗るガキが約束を守るという前提はあるが、神器奪還=期間中の護衛の成功だ。
それを抜きにしても、人命と天秤にかける程のことだろうか?
「凱の言う事は尤もだよ。
しかし、転魂の魔法は、『命と魂の巡り』を根幹から覆してしまうが故に禁呪とされた。
鷹見家でも、ごく一部の人間しか、存在を知らないはずだ。
実在することを雀木、小夜啼、鶯黒が知れば、鳥飛光で戦争が起きかねない。」
蒼源の爺さんは、真顔でいきなり突飛なことを言い出した。
「戦争って……どうしてそうなる?」
「雀木当主が、錬金術で生命を生み出す研究をしているのは知っているかい?
ならば、転魂の書の存在を知れば、喉から手が出る程欲しがるだろう。
小夜啼と鶯黒は、命の始まりと終わりは、時間によって支配されるという『空の始祖』の教えを是としている。
神の定めた理に背いている鷹見家当主と転魂の書の存在を、決して許さないだろう。
例え、空の始祖の夫である蒼の始祖がもたらした物であってもね。」
「そんなヤバイものなら、さっさとその本、処分しろよ。」
「……僕も最初は、神様から頂いた宝だから、そんな罰当たりなことはしてはならないと思ったけど、鳥飛光が分断される可能性を考えれば、天にお返ししようと思い直したんだ。
そういう名目で、処分を試みてみたのだけれども……」
蒼源の爺さんはそう言うと、転魂の書を宙に浮かび上がらせる。
「むん!」
爺さんが転魂の書に向かって手をかざすと、それは瞬く間に炎に包まれた。
しかし、転魂の書を球状の膜が即座に覆い、本を守った。
「全然、燃えていない……」
転魂の書には、焦げ跡一つ見当たらない。
「色々試してみたが、本には傷一つ付けることは出来なかった。
蒼の始祖様は、この本を傷つけることをお許しにならないようでね。
結局この本は、厳重に宝物庫に封印しておくしかないんだ。
いつかは、どうにかしなければと、考えてはいるのだけれども……」
どういう意図かは知らないが、神様はとんでもない物を寄越してきたものだ。
「……それで『転魂の魔法を使ったブツ』を見つけたら、俺達はどうすればいいんだ?」
俺がそう聞くと、蒼源の爺さんと、要のおっさんが少し驚いた表情をした。
俺、何か変な事を言ったのか?
そう思った瞬間、
「某が始末する。
ヌシは、魔具探知犬が反応した場所を、鷹見に報告だけすればよい。」
「うおっ!」
ここにいる3人と別の男の声に驚いて振り返ると、そこには黒頭巾、黒装束に身を包んだ男が1人立っていた。
全く気配を感じなかったが、それも当たり前か……
それを見て、蒼源が苦笑いを浮かべながら、その男を窘めた。
「一矢、あまり、うちの孫をからかうのは感心しないね。」
「本当だぜ……相変わらず、いい趣味してんなぁ。
小鳥遊の当主様よぉ。
何時から、そこに居たんだ?」
黒装束の男の名は小鳥遊 一矢。
小鳥遊家の現当主だ。
身のこなしや佇まいからは想像出来ないが、歳は60を超えた爺さんだ。
小鳥遊家は、鳥飛光魔術4公家には数えられないが、鷹見家で諜報活動を選任で行っていた忍者の一族が分家になったのが始まりだという。
現在では、あくまで企業や組織の不正を暴くという意味で活動しており、鳥飛光公安委員会の依頼を受けて活動している。
そういう経緯もあって、小鳥遊家は今では、他家との繋がりでは中立の立場を取っており、決して鷹見家の味方という訳では無い。
「声を出すまで某に気が付かぬとは未熟……小鳥遊の血を継いでいるとは思えぬ。」
黒頭巾の間から覗く、鋭い目を俺に向けて来る。
悔しいが、何も言い返せない。
また、一矢の爺さんは、俺の祖母の兄であり、俺からすると大伯父にあたる。
口数は少ないし、俺に対して厳しいところがあるが、武術の事を聞けば色々と教えてくる、意外と面倒見の良い爺さんだ。
ちなみに、祖母は俺の親父を生んでから、すぐに亡くなったので、もちろん俺は一度も会ったことは無い。
「精進しますよ。
……で、蒼源のジジイと犬猿の仲のアンタが、珍しく協力的じゃないの。
どういう風の吹き回し?」
「いまの蒼源は某の友にして義弟……故に頼みを聞き入れたまで。」
「そうかい。
それに、小鳥遊に攻撃してきた連中を、血眼になって探さないところも珍しいじゃん。」
小鳥遊は、自分達を攻撃してきた連中や裏切り者に、容赦が無い。
大昔は、敵や裏切り者の遺体や首を、家の前で晒していたらしい。
今では、そんな時代錯誤な真似は出来なくなったが、敵対している奴が捕まれば、酷い拷問が待っているだろうし、行方知れずになった奴は、既に始末されている可能性が高い。
大抵、そういう目に遭う奴らは、それ相応の喧嘩を、小鳥遊に吹っ掛けているわけだが……
そういった厳しい姿勢が、秘匿情報などを手に入れるために、小鳥遊家を襲撃することを防いでいるのだろう。
「出来る事なら、ダスク教の者共に、北山神社を破壊し、神器を奪った報いを、今まで受けてきた屈辱と共に与えてやりたいところだが、友の中にいる忌々しい者の言う事にも一理ある。
故に、今回は大人しく、その任をヌシらに託そうと思った次第。」
忌々しい者……普段の蒼源のジジイのことを言っているのだろう。
「へぇ……どこに潜んでいたか知らねぇけど、一矢の爺さんも、あの会議に居たんだ。
堂々と参加すりゃいいのに?」
確かに、蒼源のジジイが神社襲撃について、他家を非難する際に、小鳥遊の名を呼んでいたが、あれは一矢の爺さんが聞いている事を知っていたからか。
「一大事の会合にも拘わらず、顔を合わせると酒盛りに誘う、女の話ばかりする馬鹿者もいるからな。」
酒、女の話ばかりする馬鹿者……ああ、朱王の爺さんのことだろう。
親友同士と聞いているが、朱王の爺さんが一方的にそう思っているだけなのだろうか?
そうだったら、なんか切ない。
「ぐっ……そろそろ、奴の意識が戻るだろう。
皆、この部屋から出て行ってくれ。」
蒼源の爺さんが頭を押さえ、体をふらつかせた。
「蒼源様。」
それを要が咄嗟に支えるが、蒼源の爺さんは要の手から離れた。
「大丈夫だ。
奴は真っ先に邪魔な僕の意識を、心の奥底に封じてしまうはず。
今、ここで話したことは、悟られないだろう。
君達も、うっかり他言しないよう……気を付けて欲しい。」
まだ聞きたいことも疑問もあるが、その時間も無いようだ。
それでも……
「次は、何時会える?
蒼姫達をアンタに会わせたい。」
「また、近いうちに……会えるよ。
ふふ…いい子に育ったじゃないか……
いつか、お前と凱が……」
蒼源の爺さんの、最後の言葉は独り言だろうか?
要のおっさんは、その言葉を聞くと、眉間に皺をよせ、沈痛といった面持ちになり、
「……部屋から出ましょう。」
と、蒼源の爺さんの意を酌んで、俺達に部屋を出るように促した。
それから、俺達は鷹見魔術探偵事務所にあてがわれている一室に移動した。
「……なぁ、鷹見家の当主になるには、あの転魂の書を使って、歴代当主の記憶を引き継がないとダメなのか?」
蒼源の爺さんのようになるなら、はっきり言って願い下げだ。
これは、俺がとやかく言える話では無いが、蒼彦の奴を当主になどしたくないと思った。
「『本来の蒼源』様はそれを望んではおられないし、転魂の書をどうにかして封じようと試行錯誤をしておられる最中だ。
しかし、『普段の蒼源』様、いや『歴代当主の意志』は転魂の書を次の当主に使い、記憶……魂の引継ぎを行うだろう。
当主しか知りえぬことだが、魂を引き継ぐことは、鷹見家にとっての『悲願』の成就のために、必要な事らしい。」
転魂の書をどうにかすることに関して、俺に出来ることがあれば協力したいと思う。
しかし、魂の引継ぎをしてでも成就したい『悲願』とは、一体何なのだろう?
「ところで要さん。
アンタ、この後は大丈夫なのか?
おっかない方の蒼源に、逆らったようなものだろ?」
「問題は無い。
『普段の蒼源』様は、眠っている間の事については、知ることは出来ない。」
要は俺の心配を他所に、いつもの涼しい顔で答えた。
「聞きそびれたことだけどよ、いつものジジイの方も、転魂の書を使ったブツ……
ああ!言い辛いから『X』と呼ぶぜ。Xをどうにかしようと動かなかったのか?
あと、転魂の書を持ち出した裏切り者は、誰なんだ?」
あのジジイなら、鳳凰院の特区を火の海にしても不思議ではない。
もちろん、裏切り者は即座に処刑だろう。
「持ち出した者は、未だに分かっていない。
そもそも、私はこの屋敷にいる者全員の調査と、あの研究所の立ち入り検査を進言したのだが、『普段の蒼源』様のご判断で、調査しないことになった。」
「は?なんで?」
「当時、『普段の蒼源』様は、『転魂の書が無事に戻ったのなら良い。鳳凰院ごときの魔法技術では、転魂の書を使ったとしても、魂を人間に継がせる事は出来ないだろう』と仰っていた。」
それが、放っておく理由になるのだろうか?
「これは、私の推測だが、普段の蒼源様はこう考えたのかもしれない。
そもそも、鳳凰院が研究所で開発したものを鳥飛光市外に持ち出す際には、鳥飛光魔術研究所のチェックが入る。
その基準は、表の世界で実現可能かどうかだ。
鳥飛光魔術研究所の連中は、転魂の魔法のかかった……Xを正確に見抜けず、悪霊の乗り移った『呪物』と判断すると踏んだのだろう。
呪物の持ち出し許可はまず絶対に下りないからな。
それに、何と言っても、鳳凰院家からの税収も多額だ。
追い出すことは、鳥飛光市にとって、デメリットでしかない。
多少の『お痛』には目を瞑った、ということだろう。」
要のおっさん、よほどジジイの判断に、納得がいかなかったのだろう。
自分を納得させるために、当時考えたであろう推測を並べ立てた。
しかしXを、雀木家当主の菜津希のババアや、小夜啼、鶯黒の人間が見る機会が無いとは言い切れない。
「盗み出した犯人にも、心当たりがあるのかもしれないが、始末してしまうと、鷹見にとって都合の悪い存在だったのかもしれない。
……あくまで、私の推測でしかないがね。
それなりにあの男に仕えているが、未だに理解の及ばないことも多いのさ。」
「持ち出そうと考えるということは、転魂の書の存在を知っているってことだよな。
それって誰だ?」
「分かっているのは、今、部屋で話をしていた4人。
蒼源様、それに私とお前、一矢様だけだ。」
俺を除けば3人か……
しかし、要が知っているならば、当主の座に近い蒼錬、蒼安、それに親父が知っていてもおかしくないのではないだろうか?
「先に言っておくが、私にも一矢様にも転魂の書を持ち出すことは出来ない。
宝物庫へは、鷹見家当主に先代の当主、それと『同等の存在』だけにしか出入り出来ないよう、鍵の魔法が施されているからな。
あの事件があった時点で、先代は既にお亡くなりになっている。
つまり、唯一、宝物庫に出入りできたのは、蒼源様だけということになる。
それが意味するところは……なんだろうな。」
一番怪しいのは蒼源のジジイか。
ならば、事件を捨て置くという判断は自然だが、動機が分からない。
それに要は、宝物庫に出入りできる資格者について話をしたが、それには違和感を覚えた。
俺が、それを口にしようか思案していたところで、
「ほう……お前は唯々諾々と、邪悪な蒼源に従っているだけと思っていたが、そうで無いようで安心したぞ。」
一矢の爺さんが柔らかい雰囲気で、要に声をかけた。
この二人が会話をするところは、あまり見たことが無いのだが、親しい仲なのだろうか?
「俺が……私が誰に従うかは、私が決める事です。
面従腹背は得意なんでね。」
要の言葉に、一矢の爺さんは俺と要を交互に見ると、
「ふっ、そうか……
では邪魔者は失礼するとしよう。
凱、それにエイチとやら、転魂の書の件……お前の言うところの『えっくす』の捜索、頼んだぞ。」
そう言い残し、一矢の爺さんは窓を開けて外に出ると、一瞬で姿を消した。
黒頭巾で目元しか分からないが、一矢の爺さんは去り際に笑ったように見えた。
「ちゃんと玄関から出て行けよ……」
「全くだ。」
要が珍しく笑った。
一矢の爺さんが居なくなったところで、疑問に思っていたことを口にした。
「要さん……アンタ、嘘ついていないか?」
「俺が嘘をついている?」
「蒼源の爺さんを呼び起こすには、寝ている爺さんに転魂の書を使う必要があるんだろ?
ジジイを眠らせて、転魂の書を使ったのはアンタだ。」
「ほう……」
要は感心したように声を上げた。
「アンタの血筋は未だに良く分からないが、『当主と同等の資格』って奴をアンタは持っているんじゃないか?」
「……宝物庫には札を二枚仕込んでいた。
一つは先ほど話した通り、蒼源様を眠らせる為の睡眠の魔法。
もう一つは発煙の魔法だ。」
「は、発煙?」
相手の目を眩ませるために使う魔法だ。
忍者が追っ手を撒くのに使う、煙玉をイメージして貰えばいい。
「宝物庫付近から煙が発生していれば、蒼源様は真っ先に宝物庫を確認する。
俺は蒼源様に同行していたからな。
それに緊急時だ。俺が蒼源様と一緒に宝物庫に入ることは、不自然ではないだろう?」
「それで、後は段取り通り……という訳か。
……疑って悪かったな。」
「いや、相手との会話の中から矛盾を探し出すこと、鷹見魔術探偵事務所の所員として、大切な事だ。」
要に褒められた……?
このおっさんとは、なんだかんだ付き合いは長いが、褒められたことなんて滅多に無い。
そんな要を見ていて、ふと、しばらく会っていない親父のことを思い出した。
「そういえば、親父にこれから面会って出来る?」
うちの親父の蒼次は、詳しい事は教えてもらえないが、重大な事件の容疑者として、表向きは幽閉されていることになっている。
しかし、一矢の爺さんや親父を慕う人達の調査によって、うちの親父が犯人でないことだけは分かっているのだ。
真犯人はまだ見つかっておらず、今では軟禁されるに留められている。
ただ、面会したい場合は要を通すことがルールとなっていた。
「蒼次か……悪いが今日は無理だ。
もし伝えたいことがあれば、俺から伝えておくが?」
要は手帳をチェックしながら答えた。
親父の奴、今日は何か『仕事』でもしているのだろうか?
「いや、いい。
単にひと月以上、顔を合わせていないから、会っておこうかと思っただけだ。」
「フッ。
可愛い息子が会いたがっていたと伝えておこう。」
「止めてくれ。
じゃあ、俺達も帰るわ。
月曜日からの準備もあるからな。」
「よろしく頼む。
それと、応接室に寄っていけ、小夜啼さんがお前を待っている。」
「百合子が?
あいつ帰らないで待っていたのか。」
とにかく俺はエイチと共に、早足で応接室に向かう。
そういえば、鷹見邸の建物ついて説明していなかった。
外観は日本の城を模しており5階建てで、権力を誇示したがる奴の多い、鷹見らしい建物だった。
和風の部屋が多いが、洋室もいくつもある。
5階には、蒼源のジジイ夫妻、4階には蒼錬一家と蒼安一家(とはいっても蒼安は前に述べた通り、鳥飛光駅前のマンション住まいだ)、3階には執事の一人である要と、うちの親父が軟禁されている。
3階から1階は、鷹見の経営する会社の事務所や、住み込みで働いている執事や女中達のための部屋や施設が多い。
ちなみに、建物には強固な結界が張られており、強力な魔法攻撃を受けてもビクともしないらしい。
途中、廊下で若い女中さんとすれ違うと、エイチの野郎が興奮して跳び付こうとするので、俺はエイチを脇に抱えて運ぶことにした。
とりあえず、応接室として作られた『離れ』には着いたが、百合子がどの部屋に通されたかは分からない。
女中さんに声をかけて、百合子がどの応接室に通されているか教えてもらい、その部屋の襖をトントンと叩いて、声をかけた。
「百合子、待たせたな。」
「あ……凱君?……どうぞ。」
声で俺だということには気づいたようだが、部屋に入ることへの了承に、少し間があった。
茶菓子でも、モグモグ頬張っていたのだろうか?
可愛らしくリスのように、お菓子で頬を膨らませた百合子を想像しながら、エイチと共に室内に入ると、上は黒いスーツと白のブラウス、下はスーツパンツに着替えた百合子が待っていた。
月曜日から始まる、護衛任務時に着る制服だ。
「あの……凱君、この制服、どうでしょうか?」
百合子は頬を赤らめながら、手をペンギンみたいに斜め下に降ろし、左右に身体を捻った。
胸が窮屈そうにスーツを押し上げ、白いブラウスの部分が突き出しているのが、まことに眼福だったが、流石にこの姿は他の奴には見せたくない。
「うむ。スーツはもう少し、大きい方がいいかもしれんな。」
俺は、内心では鼻の下を地面まで伸ばしているのだが、出来る限りイケメンな表情と声を作りつつ意見を述べた。
「外からでも分かりますか?
自分でも、ちょっとキツイと思っていたので……」
クソ……カメラがあれば撮っておきたい。
「ワフッ……」
エイチが、ニヤリと笑みを浮かべながら、俺の脚をポンと叩いた。
我慢をしている、俺に対する同情のつもりだろうか。
その後、百合子に付き合って、鶴星セキュリティサービスの事務所で、百合子はスーツを交換してもらい、昼食と任務に必要な買い物を一緒に済ませたのだった。
0
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クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
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