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エミーリエはチャンスだと思った

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エミーリエは七つの頃に聖女になった。
七つを迎える頃に、神殿にて女神様にご挨拶をするという儀式がある。ご挨拶することで、存在を認めてもらい、場合によっては何かしらの特別な力を授かることもある。多くの場合は、ただ存在を認めてもらうだけで終わるらしい。
エミーリエはその儀式の時に、可愛らしい少女の声を聞いた。くすくす笑う声が耳をくすぐり、話しかけられる言葉は、お年寄りのような喋り方。姿の見えないその声の主は、女神だと名乗った。
その儀式で、女神様の声を聞ける者を聖女と呼ぶのだと知り、エミーリエはそのまま神殿に言われるがまま聖女となった。

それはエミーリエにとって一番のだった。



輝かんばかりの白さを誇る神殿の奥の方にある、誰の目にも触れることのない祈り場。
円状の部屋の壁は、白い壁に金の模様が入っており、ドーム状の天井は色ガラスで女神様が浮かび上がっている。
聖女が女神様と話すための場であり、そこでエミーリエは祈るような姿勢で女神様と話をする。
それが聖女の役目だからだ。
聖女なんて大層な呼ばれ方をするけれど、特別な力を持っているわけではなかった。
神殿の神官たちに言わせると、女神様の声を聞けることこそが特別な力、らしいけれど、エミーリエはどうせなら、弟のような治癒の魔法を使える方が良かった。
女神様の声を聞けることはとても貴重な力ではあるけれど、有り難がるのは神殿の人たちや領地を持つ貴族ばかりだ。
どこそこで災害が起きる、不作が起きるなどのお知らせを女神様からもらい、その場所の領主に伝える。
その対策をするのは領地を持つ貴族だから、領地を持たない貴族や平民たちからすれば、何が行われているなんて知ることはないし、これといった影響がない。
そのため、懐疑的な眼差しを向けられることもある。
それに比べて、弟の治癒魔法はどんな人間にも喜ばれるし、有り難がられる。
治癒の魔法は魂や肉体に干渉する魔法であるため、属性魔法のようにおいそれと覚えられるわけじゃない。
女神様に力を授けられた選ばれし者だけが使える魔法だ。
この国においても、弟を含めて三人ほどしかいないし、近隣諸国では一国に一人しかいないらしい。
我が国の三人の中でとりわけ力が強いのが弟で、弟は神殿にくるどんな人にも感謝されていた。
怪我や病気が治っていく様を体感するため、明確に誰もがその力を実感することができるのだ。
だから、弟は泣いて喜ばれ有り難がられる。

どうにもならないと思いつつも、少しの不満を抱えながら、聖女を務めてきた。

聖女なんて肩書を与えられたため、婚約者は王族から選ばれ、十歳になる頃には王太子殿下の婚約者にまでなった。
公爵令嬢であったエミーリエだからこそ、聖女という肩書も箔となってしまった。
当の婚約者のロベルト王子は王子様らしく横柄な態度で、エミーリエは苦手だったし、彼も政略的な理由であてがわれたエミーリエを嫌っていた。

聖女なんていいこと何もないと思いながらも、聖女で居続けるしかないエミーリエの心はいつだって暗くなるばかりだった。

そんな彼女に転機が来たのは、貴族であれば皆が通うこととなる王立学園に入学した時である。
両親の元から通いで神殿にお役目をしに行っていたエミーリエには、神殿から護衛のための神殿騎士をつけられていた。
学園に入学するにあたり、エミーリエにとっては年嵩だった護衛騎士が若い青年へと変えられたのだ。
それこそ、四十代の騎士から、十五歳のエミーリエと三つほどしか変わらない、十八歳の青年たちが配置された。
エミーリエが接したことのある男性は、父、兄たち、弟や屋敷に勤める男性、神殿にいる男性くらいだ。
しかも、聖女であり、王太子殿下の婚約者であるエミーリエに何かあることがないように年齢は父親と同年代の者が多く、年が近い男性となると、兄弟、王太子殿下だけだった。
そんなエミーリエは、少し年上の男性、しかもロベルト王子とは違い落ち着いた雰囲気に、言葉は少なくぶっきらぼうながらも、一人の人間として接してくれる神殿騎士に、恋に落ちた。
護衛騎士である彼は常にそばにいるため、話す機会は山ほどあり、彼女はそうした交流の中でますます彼を好きになっていった。
けれど、彼と話して楽しい気持ちになっている時に、ふとロベルト王子の存在がぎる。
自分は王太子殿下の婚約者であり、聖女である、と。
ホワホワと温かな幸せな気持ちに、水が注されるのだ。
エミーリエは彼に会ってから、この時間が長く続くことを願い続けた。
けれど、王立学園は三年制で、よほどの成績でない以上卒業できてしまう。
楽しく幸せな三年間はあっという間に終わってしまった。
卒業パーティーという本来ならば楽しいひとときも、この日ばかりは護衛がパーティーホールに入ることができず、エミーリエにとっては全くもって楽しくないものだった。
ましてや卒業してしまえば、ロベルト王子との結婚も差し迫ってくる。
どうにか先延ばしにできないものかと考えてみれど、家族に迷惑をかけたくないし、穏便に婚約者をやめる方法も思いつかなかった。
このまま、また不満を抱えるだけの鬱屈とした生活に戻るのかと、エミーリエはため息を吐き出した。
彼以外と踊る気もないし、聖女であり王子の婚約者であるエミーリエを誘うものもいないため、エミーリエは壁の花となっていた。

「エミーリエ・べネシュレム!!」

そんなエミーリエの名ををロベルト王子が叫んだ。
広いパーティーホールのど真ん中で、全てを見下すような顔のロベルト王子は見知らぬ少女の肩を抱いていた。
面倒ごとが起きそうな気配に、また出そうになるため息を我慢して、人垣を掻き分けようとしたところでロベルト王子を取り囲んでいた人垣が道を開けてくれる。
さっさと行けと言わんばかりにできた道に不愉快に思いながらも、ロベルト王子の元へ寄った。
向き合うように立てば、少女の肩を抱いているロベルト王子は大声を上げた。

「エミーリエ・べネシュレム!貴様との婚約を破棄することをここに宣言する!」

一瞬頭が真っ白になった。
けれど、言葉の意味を理解すれば、エミーリエの中でじわじわと歓喜が溢れ出す。


、とエミーリエは思った。


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