黄昏の花は吸血鬼に愛される

シアノ

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2章 吸血鬼の屋敷④

「……でも、どうして白夜さんは、私にこんになにも親切にしてくれるのですか?」

 夕花はずっと疑問に思っていたことを口にする。

「それは……」

 白夜の紅色の瞳が一瞬逸らされる。

「夕花は倒れた俺を介抱してくれただろう。あの日は天気が悪かったから、油断して帽子を忘れてしまってね」
「あ、亘理くんから聞きました。吸血鬼は日差しに弱い人がいるって」

 夕花がそう言うと、白夜は頷いた。

「曇っていたのに、急に晴れたから立ちくらみを起こしてしまった。倒れた俺を君は暖かい場所に寝かせてくれた。その恩返しだ」
「たったそれくらいのことで? やっぱりおかしいです。だって、父に何千万もお金を渡していたじゃないですか。恩返しといっても、あんな大金に釣り合うとはとても思えません」
「いや、あのままなら風邪を引いていたかもしれない。財布を盗まれたり、最悪の場合、身ぐるみ剥がされて殺されることだってあり得た。少なくとも……あの時の俺には、君のしてくれたことが、とてもありがたかったんだ」
「でも……」

 夕花はやはり色々なことに納得がいかなかった。それを問いただそうとした時、白夜の腕が夕花に伸ばされた。
 白夜は夕花を軽々と抱き上げると、そのままベッドに降ろした。

「えっ、あの……」

 突然のことに、思考が停止してしまう。白夜はそんな夕花に馬乗りになるように、上から押さえ付けた。
 ギシッとベッドが軋む。

「夕花、君が何を言おうと、君は俺の花嫁だ」

 白夜の顔は影になり、紅色の瞳がギラッと光った。見上げた夕花は息を呑む。
 至近距離で白夜の顔を見るのも、見られることも恥ずかしい。咄嗟に顔を手で隠そうとしたが、腕が動かなかった。

(え……? 体が動かない……)

 腕だけではなく体が動かない。舌すら固まったように声が出ないのだ。呼吸と目の瞬きしか出来なくなっていた。
 不意に白夜が夕花の首筋を撫でた。着たばかりのワンピースのボタンを上から一つ、二つと外していく。
 その指は熱いくらいだった。だというのに、触れられた場所からゾクッと肌が粟立つ。

(どうして、白夜さん……)

 夕花は首筋を撫でる白夜から目を逸らすことも出来ない。それはつまり、夕花からも白夜の表情がはっきりと見えているということだ。
 白夜の目に情欲の色はない。であれば、血を吸うのだろうか。白夜は吸血鬼なのだから。
 しかしその様子はなく、ただ夕花の頬や首を戯れに撫でている。
 むしろどことなく苦しさに耐えているように見えるのが不可思議だった。

(白夜さん……辛そう)

 何が辛いのか聞いてあげたい。夕花に出来ることであれば、力になりたい。
 血を望むのであれば構わないとすら思った。
 しかし夕花には白夜を見つめることしか出来ないのだ。
 ふと、白夜は息を吐いた。
 途端に張り詰めていた空気が緩み、体の自由が戻ってくる。

「すまなかった。戯れが過ぎた」

 白夜はワンピースのボタンを直し、夕花から離れた。
 夕花が起き上がると、髪が乱れていたのか、白夜が撫でるように手櫛で直してくれた。

「あ、あの……今のは」
「魔眼という吸血鬼の持つ異能の力で金縛りにさせた。俺が恐ろしくなっただろう」

 夕花はプルプルと首を横に振った。言っていいものか少し考え、躊躇いながら口を開く。

「いえ……あの、血を吸うのかと……思ったのですが」
「俺は血を吸わない」
「吸血鬼なのに、ですか……?」

 白夜の言葉に、夕花は目をぱちくりとした。
 その様子に、白夜が微笑む。

「夕花……俺たちが何故吸血鬼と呼ばれていると思う?」
「それは……血を吸うから、では?」
「そうだな。俺たちの持つ異能の力は人それぞれなんだが、共通していることに、血を吸うと怪我が治るという能力がある。他人の血から生命エネルギーを得て、治癒力が高まるそうだ。だが、吸血鬼は血を吸わなくても普通の食事だけでも生きていける。そもそも大半の吸血鬼は生涯に二、三回程度しか吸わないんだ。俺は一度も人間から直接血を吸ったことはないし、これからも血を吸うつもりはない」
「でも、幻羽族では、吸血鬼に攫われると血を吸い尽くされて殺されてしまうと言われていて……」

 夕花は言ってから後悔した。吸血鬼である白夜本人に、そんな荒唐無稽な話をするのは、あまりにも失礼だと気付いたのだ。
 しかし白夜は気分を害した様子はなく、苦笑して肩をすくめた。

「一度の吸血で人を殺せるほど大量に飲める者はいないだろう。人間の血は四、五リットルあると聞くからね。実際に吸血する量も一匙分程度だそうだ。ただ、吸血鬼は幻羽族の娘を花嫁に迎えたがるんだよ」
「それはどうしてですか」

 夕花が尋ねると、白夜は夕花と並ぶようにベッドに腰を下ろす。白夜の重みでベッドが揺れたが、先程のように軋むことはなかった。

「それを説明するにはまず我々の一族の歴史からになる。吸血鬼の一族は外つ国からやってきた、異能を持つ人間だというのは知っているな?」

 夕花は黙って頷いた。

「日差しに弱いことから、昼に眠り、夜に活動するため、祖国では月の守人という名称で呼ばれていたそうだ」
「もしかして、苗字の月森というのは、それが由来ですか」
「ああ。先祖はこの日天国に帰化し、この国の人間と婚姻するようになった。しかし血が混ざると数代で異能の力が消えてしまうと気が付いたんだ。それを防ぐために血縁同士で婚姻をすれば、今度は血が濃くなり過ぎてしまう。しかし、幻羽族との間に生まれた子供は、異能の力が強く残るんだ。先祖は異能の力を用いて財産を築いた者が多かった。その金でどんどん幻羽族の娘を花嫁として迎えた、というわけだ」
「そうだったのですね……!」
「我々吸血鬼とは逆に幻羽族は穏やかで争い事を好まず、素直な人間が多い。逆に言えばそういう性質は騙されやすいことから、事業を失敗する者も多くいた。手塩にかけた娘を、まるで売り渡すように結婚させるのが気が引けたのだろう。攫われたなどと、吸血鬼を悪し様に言うようになっていった。もちろん、かつては強引に攫われたり、借金のカタに花嫁の意思に反して、無理矢理に連れて行かれた娘もいたのだろうが」

 それも納得の話だった。父には商才がないらしく、何度も失敗を重ねて家の財産を食い潰してきたのを見ていた。
 しかし、父のことばかり言えない。長らく九郎に騙されていた夕花も、それに当てはまると思ったのだった。

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