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レッド姉さん
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以前、会社に訪問営業に来たエンバーマーの女性がいた。
そのときは、うちの会社は全員納棺師。
「エンバーマーなんか必要ない」と部長が言い、追い返した。
しかし、今度はこちらが頭を下げてお願いする立場になった。
状況は変わる。
ひとつ返事で笑顔で引き受けてくれた彼女に、部長は何度も頭を下げていた。
グリーン姉さんがネットで人気を得ている。
じゃあ、この赤く腫れ上がった方は、レッド姉さん、とでも呼ぶのだろうか。
そう思いながら、警察署で私は見ていた。
エンバーマーの女性が、手早く丁寧に、真冬の用水で水門に引っかかっていた彼女にメイクを施している。
魔法を見ているようで、息をのんだ。
機械は使わない。
お願いしたのは、メイクだけだった。
ご遺体はまだ26歳。美しい盛り。
赤や紫に腫れ上がり、崩れた顔に、遺族は誰も納得できなかった。
形が崩れた顔に、母親はすすり泣きながら「私の娘じゃない」と繰り返す。
父親は肩を震わせ、誰にも触れさせまいと手を組み続けた。
水深はわずか50センチ。
事故だった。自殺ではない。
その事実が分かっていても、現場の冷たさは胸に刺さる。
エンバーマーは黙々と道具を取り出す。
横文字だらけで、私たちには見慣れない化粧品。
指先が触れるたびに赤みが薄れていく。
何度も水の流れでぶつかったのだろう。全身の損傷がひどく、別人のように腫れ上がった顔だったのに、少しずつ、かつての彼女の顔が戻っていくようだった。
母親も、父親も、遺族も、そして私も、みんなこの小さな奇跡に息をのんでいた。
エンバーマーは、絶望の中に一瞬だけ光を差し込む。
作業が終わった後、私は思った。
この仕事は、現実と死が交錯する場所だ。
でも、人の手で、記憶や尊厳を取り戻すこともできる。
そのことを、この冷たい警察署で、私ははっきりと知った。
父親は、生前の姿に近づいた彼女を見て、私たちに何度も叫んだ。
「色が変わってしまう!ドライアイスを当ててくれ!」
実際、彼女が自分の姿を取り戻すと、緑色に変色していた部位が気になった。
その不自然な色の中に、真冬の一日だけ雪が晴れた日に、彼女が何故、用水なんかに用があったのか。
彼女の小指の付け根の金色のリングが、異様に美しく光を放っているのを見ながら、私は生前の彼女の最後の笑顔が、恐怖に変わる瞬間を頭に描いていた
そのときは、うちの会社は全員納棺師。
「エンバーマーなんか必要ない」と部長が言い、追い返した。
しかし、今度はこちらが頭を下げてお願いする立場になった。
状況は変わる。
ひとつ返事で笑顔で引き受けてくれた彼女に、部長は何度も頭を下げていた。
グリーン姉さんがネットで人気を得ている。
じゃあ、この赤く腫れ上がった方は、レッド姉さん、とでも呼ぶのだろうか。
そう思いながら、警察署で私は見ていた。
エンバーマーの女性が、手早く丁寧に、真冬の用水で水門に引っかかっていた彼女にメイクを施している。
魔法を見ているようで、息をのんだ。
機械は使わない。
お願いしたのは、メイクだけだった。
ご遺体はまだ26歳。美しい盛り。
赤や紫に腫れ上がり、崩れた顔に、遺族は誰も納得できなかった。
形が崩れた顔に、母親はすすり泣きながら「私の娘じゃない」と繰り返す。
父親は肩を震わせ、誰にも触れさせまいと手を組み続けた。
水深はわずか50センチ。
事故だった。自殺ではない。
その事実が分かっていても、現場の冷たさは胸に刺さる。
エンバーマーは黙々と道具を取り出す。
横文字だらけで、私たちには見慣れない化粧品。
指先が触れるたびに赤みが薄れていく。
何度も水の流れでぶつかったのだろう。全身の損傷がひどく、別人のように腫れ上がった顔だったのに、少しずつ、かつての彼女の顔が戻っていくようだった。
母親も、父親も、遺族も、そして私も、みんなこの小さな奇跡に息をのんでいた。
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作業が終わった後、私は思った。
この仕事は、現実と死が交錯する場所だ。
でも、人の手で、記憶や尊厳を取り戻すこともできる。
そのことを、この冷たい警察署で、私ははっきりと知った。
父親は、生前の姿に近づいた彼女を見て、私たちに何度も叫んだ。
「色が変わってしまう!ドライアイスを当ててくれ!」
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その不自然な色の中に、真冬の一日だけ雪が晴れた日に、彼女が何故、用水なんかに用があったのか。
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