葬祭会館で働いて

夕暮

文字の大きさ
4 / 5

レッド姉さん

しおりを挟む
以前、会社に訪問営業に来たエンバーマーの女性がいた。
そのときは、うちの会社は全員納棺師。
「エンバーマーなんか必要ない」と部長が言い、追い返した。

しかし、今度はこちらが頭を下げてお願いする立場になった。
状況は変わる。
ひとつ返事で笑顔で引き受けてくれた彼女に、部長は何度も頭を下げていた。

グリーン姉さんがネットで人気を得ている。
じゃあ、この赤く腫れ上がった方は、レッド姉さん、とでも呼ぶのだろうか。

そう思いながら、警察署で私は見ていた。
エンバーマーの女性が、手早く丁寧に、真冬の用水で水門に引っかかっていた彼女にメイクを施している。
魔法を見ているようで、息をのんだ。

機械は使わない。
お願いしたのは、メイクだけだった。

ご遺体はまだ26歳。美しい盛り。

赤や紫に腫れ上がり、崩れた顔に、遺族は誰も納得できなかった。
形が崩れた顔に、母親はすすり泣きながら「私の娘じゃない」と繰り返す。
父親は肩を震わせ、誰にも触れさせまいと手を組み続けた。

水深はわずか50センチ。
事故だった。自殺ではない。
その事実が分かっていても、現場の冷たさは胸に刺さる。

エンバーマーは黙々と道具を取り出す。
横文字だらけで、私たちには見慣れない化粧品。
指先が触れるたびに赤みが薄れていく。
何度も水の流れでぶつかったのだろう。全身の損傷がひどく、別人のように腫れ上がった顔だったのに、少しずつ、かつての彼女の顔が戻っていくようだった。

母親も、父親も、遺族も、そして私も、みんなこの小さな奇跡に息をのんでいた。
エンバーマーは、絶望の中に一瞬だけ光を差し込む。

作業が終わった後、私は思った。
この仕事は、現実と死が交錯する場所だ。
でも、人の手で、記憶や尊厳を取り戻すこともできる。
そのことを、この冷たい警察署で、私ははっきりと知った。

父親は、生前の姿に近づいた彼女を見て、私たちに何度も叫んだ。
「色が変わってしまう!ドライアイスを当ててくれ!」
実際、彼女が自分の姿を取り戻すと、緑色に変色していた部位が気になった。

その不自然な色の中に、真冬の一日だけ雪が晴れた日に、彼女が何故、用水なんかに用があったのか。

彼女の小指の付け根の金色のリングが、異様に美しく光を放っているのを見ながら、私は生前の彼女の最後の笑顔が、恐怖に変わる瞬間を頭に描いていた
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。 意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。 隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...