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36.ルア・シーク
談笑中に部屋をノックする音が聞こえ、ルイは眉をひそめて扉を開ける。
「お客様をいつまでも部屋に閉じ込めてはダメよ。庭を案内する約束でしょ?もうすぐお菓子が焼きあがるから外でアフタヌーンティーにしたら?」
「そっか、そうだった。」
「全くあなたは。カイルさんも居るとはいえ、今日初めていらしたレディーを突然部屋に連れ込んで…肝が冷えたわ。」
カイルと同じことを言ってる。
「マリー楽しかった?」
母様が顔を出して柔らかい雰囲気に変えてくれる。
「とても楽しかったわ。お家以外のお部屋を見るのは初めてだし、友人が一番安心する場所へ案内されたのですもの。おかげでリラックスできました。」
「それは素敵なおもてなしね。ルイードさん、マリーを喜ばせてくれてありがとう。夫人も気を使っていただいてありがとうございます。」
母様すごい。一気に場を和ませてくれた。ルイとカイルの表情も柔らかくなってる。
「そうですわね。良かったわ。ほらルイード、お庭へご案内して差し上げなさい。」
夫人の、ルイと同じ色の赤い瞳から怒りの色が消えた。
庭へと向かう途中、馬車に夫人に贈る絵画を取りに行こうとした母様にカイルが取りに行くと名乗り出て、庭へ着くなりルイがトイレへと走り去ってしまった。
さっきから取り残されていたルーファスはそのまま母様についてもらうことにした。
一人で庭を歩く。香りの強い花が多い。これは夫人の趣味で大まかな指示も夫人が出してる自慢の庭らしい。
だからあんなに庭へ行かせたかったのか。後で庭の感想を言わないといけないだろうから、拘っていそうな場所を探していると、一番香りの強い場所に着いた。
薔薇のアーチならぬ、薔薇のトンネル。中は昼でもほんのり薄暗く木漏れ日も差さない。
アーチへ入って中まで進むと、来た道から気配を感じ振り返る。
「……ぁ。」
「………。」
私について来たように背後からやって来た人物を見て固まってしまう。
周囲の薔薇と同じ色の深い深紅色の髪に、宝石と見紛う紫の瞳。スラリと背が高く圧倒される綺麗な男性。整った中性的な顔立ちから一際目立つ彼の猫目は男らしい力強さを持っていて美しさを引き立てる。
この人に今気が付いたことがおかしいと思えるほど、周囲の空気全てがこの人に魅了された空間に変わって目が離せない。
彼は王室のパーティーで見た。絶対に囚われてはいけない人。初めて瞳を見て明確な恐怖を覚えた人。
静かに私の瞳を見据えたまま彼の口角が片方だけ引き上げて笑みを作った。
「こんにちは…。」
彼が声を発しただけでピクリと体が跳ねた。
「…こんにちは。」
「パーティーで会ったな。俺を覚えてる?」
「はい…目が合っていたのにご挨拶出来ずに申し訳ございませんでした。」
サラリと流れる前髪。彼は口元に不敵な笑みを浮かべたまま、私にゆっくりと歩み寄る。
近付くほどに圧倒され…彼は危険だと胸がドキドキ悲鳴を上げて、それを守るように両手を胸の前に当ててギュッと拳を握った。
「……。」
彼は目の前で止まると、もう片方の口角も上げて笑みを作る。このトンネルが暗いせいか、彼の瞳に光は差しておらず、その笑みがとても恐ろしい物に見える。
困惑する頭の中でも気付いた。彼はルイの言っていた兄だ。名前は確か…
「ルア……。」
「あぁ…そうだよマリア。」
彼は口角を更に引き上げ妖艶に目を細めて、私にゆっくり手を伸ばしてきた。
「ルア様!」
大きな声に彼の手がピタリと止まり、眉をひそめて怪訝な顔を作る。
声の主は走り寄り私を背に庇い彼との壁を作る。
「カイル・エルターだったな。お前アルニムへ行ったんだろ?しかもマリアの専属騎士か…。」
「……。」
黙るカイルの背中に近付いて服を摘むと、カイルは肩を揺らしてから摘んでいる私の腕を後ろ手に強く掴んだ。
「今日はルイード様の客として呼ばれており、ルイード様をあちらで待たせていますので下がらせて頂きます。」
カイルに引っ張られてルア様を横切るときに肩に手を置かれて何かを囁かれた。必ず…の後が聞き取れなくて彼の顔を見上げると、その表情は私を見下ろすために下がった前髪で目が隠れていたが、口元は不敵に楽しそうに笑っていた。
「おっせーよ!紅茶が冷めちまうだろ。ってどうしたお前達?」
引っ張られたまま走って、カイルに何度呼びかけてもカイルは止まらず、とうとうルイの前まで走って来た。
カイルは息を乱していて、様子のおかしいカイルにルイが駆け寄るとやっと私の腕を離してくれた。
「なんだあれは…。」
カイルは化け物でも見たかのようなに、顔を青ざめている。そんなカイルから私に困ったように視線を移すルイ
「今薔薇のトンネルの中で…ルア様に会ったの。」
「兄貴に?今日は居ないのかと思ったけどおかしいな。予定変わったのか?庭にいんのも見たことねーけど…で、なんかされたか。」
ルイは声に怒りを表し、再びカイルに視線を落として眉間に皺を寄せる。
「何もされてない。挨拶してただけなんだけど…彼の空気に圧倒されてしまって。」
「あー確かに偉そうだよな兄貴。それで逃げてきたわけ?」
偉そうではなかった…というか名前を呼び捨てにした私の方が偉そうだったのでは?
「そうですね…逃げました。でも次は逃げません。」
カイルは冷や汗をかいてはいるが瞳に強さが戻った。
「つーか何で兄貴が庭なんかにいんだよ。何考えてるか分かんねーけど、関わんなきゃ向こうから関わってこねーし追いかけて来るとかあり得ねーから落ち着けよ。道塞いだとかじゃね?とりあえずお茶しろよ。もう冷めてるけど。」
「完全に道を塞いでいたわね。わざわざ止まってまで道を塞いでしまったわね。」
「だからじゃね?大丈夫だよ別に。」
ルイは気遣うようにカイルを見て座るように促した。
それからカイルも交えて他愛ない話をしていたけど、カイルは考え事をしているのか何となく上の空。
夫人は母様に贈られた絵画が凄く良い物だったようで上機嫌。庭を褒めて更に上機嫌で、ノンストップトークが凄かった。絵画や宝石の話が多かったが、母様の上手く聞き流しながらも相手を気持ちよくさせている技術は流石淑女だと感心した。
結局ルア様は出掛けたようで挨拶もしっかり出来ず、道を塞ぎ、こんにちはと言って名前を呼び捨てて走り去るしかしなかった。人の家の庭をウロウロピヨピヨする謎のヒヨコ…怪異である。
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