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第六話:狂気の断片、僕らの希望
彼女は言った。その声は、もう震えていなかった。
「あいつに、復讐しましょう」
誓いの言葉は、しかし、すぐに部屋の重い沈黙の中に溶けて消えた。
「復讐……だが、どうやって」
ケインは、自嘲するように呟いた。
「リリア、君の魔力は……。俺は、もう強くはなれない。そして、セレスは……」
ケインの視線が、ベッドの上で毛布にくるまる小さな塊に向けられる。
その塊は、絶えず小刻みに震えていた。時折、部屋の床が軋む、ほんのわずかな音にさえ、びくりと大きく跳ねる。寒くもないのに、カタカタと歯の根が合わない音が、静かな部屋に響いていた。彼女の額には、ランプの光を反射して、玉の汗が光っている。
それは、病や毒による苦しみとは、明らかに異質だった。世界そのものが、彼女にとって耐え難い暴力と化している。その事実が、ケインの胸を締め付けた。
「ええ」
リリアは、ベッドから目を逸らさずに答えた。
「復讐の前に、まず、セレスをどうにかしないと。このままでは、彼女が……彼女でなくなってしまう」
その言葉に、ケインは頷いた。そうだ、優先順位は決まっている。
「何か、方法はないのか。君の知識で、どうにかならないか」
「……分からない。でも」
リリアは、ローブのポケットから、先ほどアインの鞄から奪い取った、数枚の羊皮紙の切れ端を取り出した。それは彼女の涙で少しだけ湿り、怒りで握りしめたせいで、端がくしゃくしゃになっていた。
「ここに、何か手掛かりがあるかもしれない」
彼女が広げたノートの切れ端には、見たこともない数式や魔法陣の断片、そして、おびただしい量の細かい文字が、アインの、不気味なほど整った筆跡でびっしりと書き込まれていた。
「これは……あいつの研究ノートの一部か。何が書いてあるんだ?」
「ほとんどは、理解できない」
リリアは、元魔術師としての、学者としての目で、その紙片を睨んだ。
「ここに書かれている魔法定数も、公式も、私がアカデミーで学んだものとは全く違う。既存のどの魔法体系にも属していないわ。まるで、あいつが一人で、全く新しい魔法体系をゼロから構築したみたい……。正直、気味が悪いわ」
その声には、アインの才能に対する、畏怖と嫌悪が入り混じっていた。
「だけど」と、彼女は続けた。
「一つだけ。今の私たちにとって、意味のあるページがあった」
彼女が指差したページの上部には、こう記されていた。
『聖性係数の定量化に関する考察:被験体セレス』
「ひどい……」
ケインの口から、呻き声が漏れた。アインは、仲間であるはずのセレスを、ただの「被験体」としか見ていなかったのだ。
リリアは、その下に続く文章を、震える声で読み上げ始めた。
「……『魔法付与《エンチャント》』による、高負荷感覚情報の強制入力……通称『祝福(ギフト)』……対象の全身神経を強制的に最大活性化させ、同時に、脳が持つ感覚情報の許容量、すなわち『感覚耐性』の閾値を強制的に拡張する……」
「感覚耐性……? どういう意味だ、それは」
「ええ。普通、人間は外部からの刺激が強すぎると、痛みで気絶したり、最悪の場合、ショックで死に至る。脳が、自分自身を守るために、意識をシャットダウンするからよ。でも、アインの魔法は、その安全装置を、無理やりこじ開けている……」
リリアは一度言葉を切り、ごくりと唾を飲んだ。
「ダムの決壊を防ぐために、ダムそのものの大きさを、無理やり広げているようなものよ。だから、セレスは気絶することすらできず、あの地獄のような感覚を、絶え間なく、意識がはっきりしたまま受け止め続けている……」
「なんて、ことを……」
「ここに書いてあるわ。『通常の人間ならば、数十秒で精神が崩壊し、廃人となるか、自らの舌を噛み切って死に至る』って……」
ケインは、ベッドの上で苦しむセレスを見た。彼女は、もう何時間も、その状態に耐えている。
「じゃあ、なんでセレスは……」
「皮肉なことに」
リリアの声が、絶望に濡れた。
「彼女自身の、聖なる力のおかげよ。『対象が強靭な精神力、あるいは神聖な加護を持つ場合、感覚耐性はより強固に維持され、長時間の情報入力に耐えうる貴重なサンプルとなる』……そう、書いてある」
セレスの、人々を癒し、守るための聖なる力が、今、彼女自身を最も残酷な形で生かし、苦しめ続けている。アインは、それすらも計算ずくだったのだ。彼は、セレスの優しさと信仰心を、自分を苛む拷問の燃料として利用したのだ。
ケインは、腹の底からこみ上げてくる吐き気を、必死でこらえた。絶望が、再び彼の心を塗りつぶそうとする。打つ手なしか。このまま、セレスが狂ってしまうのを、ただ見ていることしかできないのか。
「……でも」
その時、リリアが、かすかに震える声で言った。
「待って。まだ、続きがある……」
彼女の瞳が、ノートの切れ端の、さらに下の部分に食い入るように注がれる。
「これは……仮説? アインの考察よ。『現状の加護による感覚軽減率は、推定3-5%に留まる。しかし、被験体が『叙階の祝福』のような、より高位の儀式による加護を受けた場合、聖性係数は指数関数的に増大。増幅された聖なるマナが、一種の“相殺フィールド”を形成し、感覚情報を相殺、差し引きゼロにする可能性がある』……」
「……リリア、それは、どういう意味だ?」
ケインは、藁にもすがる思いで尋ねた。
「つまり……セレスの呪いは、彼女自身の加護によって、ほんのわずかだけど、軽減されている。もし、もっと巨大な、もっと強力な加護を彼女が受けることができれば……呪いの効果を、完全に打ち消せるかもしれない……!」
巨大な加護。高位の儀式。
ケインの脳裏に、一つの可能性が、閃光のように突き刺さった。
「……この街の、大神殿……」
「ええ」
リリアも、同じ結論にたどり着いていた。
「この街の神殿長……セレスの、お父様なら。もしかしたら……!」
希望。
暗闇のどん底で、初めて見えた、蜘蛛の糸よりも細い、しかし確かな希望の光だった。
だが、その光は、同時に新たな絶望をケインに突きつけた。
「だが、リリア……どうやってセレスを、あそこまで……」
ケインは、ベッドの上の塊に視線を落とした。
「俺たちが触れるだけで、彼女は叫び声を上げるんだ。街の中を、どうやって運ぶ? 人目に晒すのか? ただでさえ苦しんでいる彼女に、これ以上……」
そこで、ケインははっとした。
「待て。運ぶのが無理なら……呼べばいいんじゃないか? セレスのお父様に、この宿まで来てもらうんだ。それなら、セレスを動かさなくて済む」
それは、現状で考えうる、最も穏当で、合理的な判断のはずだった。
だが、リリアは静かに首を振った。その瞳には、憐れみではなく、冷静な分析の色が浮かんでいた。
「私も、最初にそう考えたわ。でも、おそらく無意味よ」
「なぜだ!?」
「大神殿よ。あの建物は、ただの教会じゃない。アインのノートと、私がアカデミーで学んだ神聖魔法の知識を照らし合わせると、一つの結論に至る。あそこは、街で最も強力な聖域……建物そのものが、巨大な『加護の結界』で守られている」
リリアは、ケインに分かるように、言葉を選びながら続けた。
「考えてみて、ケイン。大神殿の中は、いつも空気が澄んでいて、心が安らぐでしょう? あれは、ただの気のせいじゃない。結界が、外部からのあらゆる邪なもの……魔力だけでなく、悪意や、人の苦しみさえも和らげる効果を持っているからよ」
「……」
「セレスを、その結界の中に連れて行くだけでも価値がある。もしかしたら、あの中にいる間だけでも、彼女の苦痛は少しは和らぐかもしれない。そして、彼女のお父様が『叙階の祝福』ほどの高位儀式を行うには、祭壇や聖遺物、つまり、結界の力が最も凝縮された場所の助けが、絶対に必要になるはずなの」
リリアの冷静な言葉が、ケインの淡い期待を打ち砕く。そうだ。物事は、そんなに簡単ではない。彼らが進むべき道は、やはり、この地獄を真正面から突き進む道しかないのだ。
「やるしかないのよ、ケイン」
リリアは、きっぱりと言った。
「夜になるのを待つ。この宿で一番分厚くて、柔らかい毛布を借りる。もしかしたら、薬で眠らせることも……いいえ、下手に薬を使えば、神経がどう反応するか分からない。とにかく、私たちが彼女の鎧になるのよ。どんな視線も、どんな声も、私たちが遮る。それしかない」
その瞳には、もう迷いはなかった。魔力を失っても、彼女はまだ、誇り高い魔術師だった。
ケインは、リリアの覚悟に、そして自分が今すべきことに、心を奮い立たせる。
だが、その時だった。
恐怖。怒り。そして、今生まれたばかりの、あまりにもか細い希望。
それら全てが、ケインの心の中で渦を巻き、彼の精神を許容量の限界まで押し上げた。
圧倒的な疲労。
極度の緊張と、怒りと、絶望。そして、希望という名の新たな重圧。その全てが、鉛のように重い眠気となって、彼の意識を奪っていく。
リリアの声が、だんだんと遠くなる。
セレスの呻き声が、まるで子守唄のように、彼の耳を通り過ぎていく。
瞼が、自然と閉じていく。
ああ、少しだけ。少しだけ、休ませてくれ……。
ケインが次に目を覚ました時、頬に朝日の温かい光が差し込んでいるのを感じた。
いつの間にか、硬い床の上で眠ってしまっていたらしい。
身体を起こすと、リリアがベッドの脇で、祈るように手を握りながら、壁に寄りかかって眠っているのが見えた。
そして、セレスが横たわるベッドのシーツは、彼女の汗と涙で、ぐっしょりと、哀れなほどに濡れていた。
夜が、明けたのだ。
地獄のような、長い夜が。
ケインは、静かに立ち上がった。
絶望の夜は明けた。
そして、復讐と、仲間を救うための、戦いの朝が、始まったのだ。
最初にすべきことは、決まっている。
「あいつに、復讐しましょう」
誓いの言葉は、しかし、すぐに部屋の重い沈黙の中に溶けて消えた。
「復讐……だが、どうやって」
ケインは、自嘲するように呟いた。
「リリア、君の魔力は……。俺は、もう強くはなれない。そして、セレスは……」
ケインの視線が、ベッドの上で毛布にくるまる小さな塊に向けられる。
その塊は、絶えず小刻みに震えていた。時折、部屋の床が軋む、ほんのわずかな音にさえ、びくりと大きく跳ねる。寒くもないのに、カタカタと歯の根が合わない音が、静かな部屋に響いていた。彼女の額には、ランプの光を反射して、玉の汗が光っている。
それは、病や毒による苦しみとは、明らかに異質だった。世界そのものが、彼女にとって耐え難い暴力と化している。その事実が、ケインの胸を締め付けた。
「ええ」
リリアは、ベッドから目を逸らさずに答えた。
「復讐の前に、まず、セレスをどうにかしないと。このままでは、彼女が……彼女でなくなってしまう」
その言葉に、ケインは頷いた。そうだ、優先順位は決まっている。
「何か、方法はないのか。君の知識で、どうにかならないか」
「……分からない。でも」
リリアは、ローブのポケットから、先ほどアインの鞄から奪い取った、数枚の羊皮紙の切れ端を取り出した。それは彼女の涙で少しだけ湿り、怒りで握りしめたせいで、端がくしゃくしゃになっていた。
「ここに、何か手掛かりがあるかもしれない」
彼女が広げたノートの切れ端には、見たこともない数式や魔法陣の断片、そして、おびただしい量の細かい文字が、アインの、不気味なほど整った筆跡でびっしりと書き込まれていた。
「これは……あいつの研究ノートの一部か。何が書いてあるんだ?」
「ほとんどは、理解できない」
リリアは、元魔術師としての、学者としての目で、その紙片を睨んだ。
「ここに書かれている魔法定数も、公式も、私がアカデミーで学んだものとは全く違う。既存のどの魔法体系にも属していないわ。まるで、あいつが一人で、全く新しい魔法体系をゼロから構築したみたい……。正直、気味が悪いわ」
その声には、アインの才能に対する、畏怖と嫌悪が入り混じっていた。
「だけど」と、彼女は続けた。
「一つだけ。今の私たちにとって、意味のあるページがあった」
彼女が指差したページの上部には、こう記されていた。
『聖性係数の定量化に関する考察:被験体セレス』
「ひどい……」
ケインの口から、呻き声が漏れた。アインは、仲間であるはずのセレスを、ただの「被験体」としか見ていなかったのだ。
リリアは、その下に続く文章を、震える声で読み上げ始めた。
「……『魔法付与《エンチャント》』による、高負荷感覚情報の強制入力……通称『祝福(ギフト)』……対象の全身神経を強制的に最大活性化させ、同時に、脳が持つ感覚情報の許容量、すなわち『感覚耐性』の閾値を強制的に拡張する……」
「感覚耐性……? どういう意味だ、それは」
「ええ。普通、人間は外部からの刺激が強すぎると、痛みで気絶したり、最悪の場合、ショックで死に至る。脳が、自分自身を守るために、意識をシャットダウンするからよ。でも、アインの魔法は、その安全装置を、無理やりこじ開けている……」
リリアは一度言葉を切り、ごくりと唾を飲んだ。
「ダムの決壊を防ぐために、ダムそのものの大きさを、無理やり広げているようなものよ。だから、セレスは気絶することすらできず、あの地獄のような感覚を、絶え間なく、意識がはっきりしたまま受け止め続けている……」
「なんて、ことを……」
「ここに書いてあるわ。『通常の人間ならば、数十秒で精神が崩壊し、廃人となるか、自らの舌を噛み切って死に至る』って……」
ケインは、ベッドの上で苦しむセレスを見た。彼女は、もう何時間も、その状態に耐えている。
「じゃあ、なんでセレスは……」
「皮肉なことに」
リリアの声が、絶望に濡れた。
「彼女自身の、聖なる力のおかげよ。『対象が強靭な精神力、あるいは神聖な加護を持つ場合、感覚耐性はより強固に維持され、長時間の情報入力に耐えうる貴重なサンプルとなる』……そう、書いてある」
セレスの、人々を癒し、守るための聖なる力が、今、彼女自身を最も残酷な形で生かし、苦しめ続けている。アインは、それすらも計算ずくだったのだ。彼は、セレスの優しさと信仰心を、自分を苛む拷問の燃料として利用したのだ。
ケインは、腹の底からこみ上げてくる吐き気を、必死でこらえた。絶望が、再び彼の心を塗りつぶそうとする。打つ手なしか。このまま、セレスが狂ってしまうのを、ただ見ていることしかできないのか。
「……でも」
その時、リリアが、かすかに震える声で言った。
「待って。まだ、続きがある……」
彼女の瞳が、ノートの切れ端の、さらに下の部分に食い入るように注がれる。
「これは……仮説? アインの考察よ。『現状の加護による感覚軽減率は、推定3-5%に留まる。しかし、被験体が『叙階の祝福』のような、より高位の儀式による加護を受けた場合、聖性係数は指数関数的に増大。増幅された聖なるマナが、一種の“相殺フィールド”を形成し、感覚情報を相殺、差し引きゼロにする可能性がある』……」
「……リリア、それは、どういう意味だ?」
ケインは、藁にもすがる思いで尋ねた。
「つまり……セレスの呪いは、彼女自身の加護によって、ほんのわずかだけど、軽減されている。もし、もっと巨大な、もっと強力な加護を彼女が受けることができれば……呪いの効果を、完全に打ち消せるかもしれない……!」
巨大な加護。高位の儀式。
ケインの脳裏に、一つの可能性が、閃光のように突き刺さった。
「……この街の、大神殿……」
「ええ」
リリアも、同じ結論にたどり着いていた。
「この街の神殿長……セレスの、お父様なら。もしかしたら……!」
希望。
暗闇のどん底で、初めて見えた、蜘蛛の糸よりも細い、しかし確かな希望の光だった。
だが、その光は、同時に新たな絶望をケインに突きつけた。
「だが、リリア……どうやってセレスを、あそこまで……」
ケインは、ベッドの上の塊に視線を落とした。
「俺たちが触れるだけで、彼女は叫び声を上げるんだ。街の中を、どうやって運ぶ? 人目に晒すのか? ただでさえ苦しんでいる彼女に、これ以上……」
そこで、ケインははっとした。
「待て。運ぶのが無理なら……呼べばいいんじゃないか? セレスのお父様に、この宿まで来てもらうんだ。それなら、セレスを動かさなくて済む」
それは、現状で考えうる、最も穏当で、合理的な判断のはずだった。
だが、リリアは静かに首を振った。その瞳には、憐れみではなく、冷静な分析の色が浮かんでいた。
「私も、最初にそう考えたわ。でも、おそらく無意味よ」
「なぜだ!?」
「大神殿よ。あの建物は、ただの教会じゃない。アインのノートと、私がアカデミーで学んだ神聖魔法の知識を照らし合わせると、一つの結論に至る。あそこは、街で最も強力な聖域……建物そのものが、巨大な『加護の結界』で守られている」
リリアは、ケインに分かるように、言葉を選びながら続けた。
「考えてみて、ケイン。大神殿の中は、いつも空気が澄んでいて、心が安らぐでしょう? あれは、ただの気のせいじゃない。結界が、外部からのあらゆる邪なもの……魔力だけでなく、悪意や、人の苦しみさえも和らげる効果を持っているからよ」
「……」
「セレスを、その結界の中に連れて行くだけでも価値がある。もしかしたら、あの中にいる間だけでも、彼女の苦痛は少しは和らぐかもしれない。そして、彼女のお父様が『叙階の祝福』ほどの高位儀式を行うには、祭壇や聖遺物、つまり、結界の力が最も凝縮された場所の助けが、絶対に必要になるはずなの」
リリアの冷静な言葉が、ケインの淡い期待を打ち砕く。そうだ。物事は、そんなに簡単ではない。彼らが進むべき道は、やはり、この地獄を真正面から突き進む道しかないのだ。
「やるしかないのよ、ケイン」
リリアは、きっぱりと言った。
「夜になるのを待つ。この宿で一番分厚くて、柔らかい毛布を借りる。もしかしたら、薬で眠らせることも……いいえ、下手に薬を使えば、神経がどう反応するか分からない。とにかく、私たちが彼女の鎧になるのよ。どんな視線も、どんな声も、私たちが遮る。それしかない」
その瞳には、もう迷いはなかった。魔力を失っても、彼女はまだ、誇り高い魔術師だった。
ケインは、リリアの覚悟に、そして自分が今すべきことに、心を奮い立たせる。
だが、その時だった。
恐怖。怒り。そして、今生まれたばかりの、あまりにもか細い希望。
それら全てが、ケインの心の中で渦を巻き、彼の精神を許容量の限界まで押し上げた。
圧倒的な疲労。
極度の緊張と、怒りと、絶望。そして、希望という名の新たな重圧。その全てが、鉛のように重い眠気となって、彼の意識を奪っていく。
リリアの声が、だんだんと遠くなる。
セレスの呻き声が、まるで子守唄のように、彼の耳を通り過ぎていく。
瞼が、自然と閉じていく。
ああ、少しだけ。少しだけ、休ませてくれ……。
ケインが次に目を覚ました時、頬に朝日の温かい光が差し込んでいるのを感じた。
いつの間にか、硬い床の上で眠ってしまっていたらしい。
身体を起こすと、リリアがベッドの脇で、祈るように手を握りながら、壁に寄りかかって眠っているのが見えた。
そして、セレスが横たわるベッドのシーツは、彼女の汗と涙で、ぐっしょりと、哀れなほどに濡れていた。
夜が、明けたのだ。
地獄のような、長い夜が。
ケインは、静かに立ち上がった。
絶望の夜は明けた。
そして、復讐と、仲間を救うための、戦いの朝が、始まったのだ。
最初にすべきことは、決まっている。
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※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です