正しすぎた僕の追放~追放された僕が「祝福」と称して呪いをかけたら、元仲間が勝手に最強になっていた件~

ヤシさ

文字の大きさ
7 / 12

第七話:僕と竜と、非効率な経験値

 王都までの道のりは、存外に退屈だった。
 
 乗り合い馬車というのは、どうしようもなく速度が遅い。ガタガタと揺れる荷台の干し草の上で、僕は何度目か分からない寝返りをうった。僕の『助人《アドバイザー》』が歌ってくれた子守唄のおかげで、眠りの質は最高だったが、それももう半日以上前のことだ。

『ねぇ、アイン。つまんないね』
 脳内に、僕だけのスキルが話しかけてくる。

『何か面白いこと、起きないかなぁ。例えば、山賊が百人くらいで襲ってきて、アインが一人でやっつけちゃうの!』

(馬車が壊れたら、王都に着くのが遅れるだろう。それは非効率だよ)

『えー、でも見てみたいんだもん。アインが活躍するところ』

 彼女の言う「活躍」というのが、僕にはよく分からない。僕は、僕の合理的な判断に基づいて、最も効率の良い選択をしているだけだ。そこに、他人が評価するようなドラマチックな要素はない。

 そんなことを考えていると、突如、馬車が大きく揺れ、甲高い馬のいななきと共に急停止した。

「どうしたんだい?」
 僕が荷台から顔を出すと、御者の男が真っ青な顔で前方の一点を指差している。
 街道の真ん中に、一体の巨大な影が立っていた。

 全長は十数メートル。蜥蜴のようにしなやかな身体は、黒光りする金属質の鱗で覆われている。そして、その背中からは、無数の槍のように鋭い棘が、まるでハリネズミのように突き出していた。喉の奥で、ゴロロ、と地響きのような音を鳴らしている。

「……ニードルドラゴン……! しかも、あれは成体……討伐ランクA級の魔物だぞ!」
 馬車の護衛をしていた冒険者の一人が、絶望的な声を上げた。

 なるほど。あれがニードルドラゴンか。図鑑で見たことはあったが、実物を見るのは初めてだ。全身から発せられるマナの圧力は、確かに高い。だが、動きは直線的で、攻撃パターンも単純だ。きちんと連携を取り、急所を的確に狙えば、討伐は不可能ではないだろう。この馬車の護衛は、確かCランクのパーティだったはずだ。彼らにとっては厳しい戦いになるだろうが、良い「経験」にはなるはずだ。

 僕は、再び荷台の奥に寝転がった。僕が出る幕ではない。これは、彼らの仕事であり、彼らの成長の機会だ。僕が介入するのは、彼らの機会を奪うことになる。

「うおおおおお!」
 外から、勇ましい雄叫びが聞こえてきた。戦闘が始まったらしい。
 剣戟の音。怒号。そして、ドラゴンの咆哮。
 僕は、目を閉じたまま、音だけで戦況を分析する。

 ……だめだ。護衛たちの連携が、まるでなっていない。

 盾役の戦士が突っ込むタイミングが0.5秒早く、後衛の弓使いの射線が塞がっている。遊撃役の盗賊は、ドラゴンの側面を取ろうとしているが、棘だらけの尻尾の攻撃範囲を完全に見誤っている。これでは、各個撃破されるだけだ。

 あの熊のような男……確か、馬宿で会った『鉄の爪』のリーダー。彼の動きは悪くない。大剣の威力は、ドラゴンの鱗をかろうじて砕けるレベルにはあるようだ。だが、いかんせん一人ではどうにもならない。

 案の定、数分後には、護衛たちの悲鳴が聞こえ始めた。一人、また一人と、ドラゴンの爪や尻尾の一撃で吹き飛ばされていく。

『あーあ、みんなやられちゃった。弱すぎ!』
 『助人《アドバイザー》』が、つまらなそうに言う。

(仕方のないことだ。彼らは、もっと下のレベルが適正だったというだけの話だよ)

 やがて、最後に残った熊の男も、盾を砕かれ、満身創痍で地面に膝をついた。
そして、ニードルドラゴンは、用済みとばかりに彼を一瞥すると、ゆっくりと、こちら――馬車本体へと向き直った。

 まずいな。
 僕は、ようやく体を起こした。

 あのドラゴンは、どうやらこの馬車を、柔らかくて大きな餌か何かだと認識したらしい。このままでは、馬車が破壊される。そうなれば、僕の王都への旅が、大幅に遅延してしまう。それは、最も避けたい、非効率的な結末だ。

『アイン! やっちゃうの!? やっちゃえ!』
 『助人《アドバイザー》』が、嬉しそうに囃し立てる。

 仕方ない。本来、僕が介入すべき案件ではないが、今回は「交通手段の維持」という、やむを得ない理由がある。

 ドラゴンが、大きく口を開け、ブレスの予備動作に入る。

 その瞬間。
 
 僕は、荷台から飛び出していた。

 僕の身体に付与された『瞬発力3倍』のエンチャントが、世界の時間を引き延ばす。周りの景色が、まるで濃厚な蜜の中を動くように、ゆっくりと流れていく。ドラゴンの顎が閉じるよりも早く、僕はその懐に潜り込んでいた。

 一撃目。

 薙ぎ払われようとした右前脚。その動きに合わせるように駆け上がり、剥き出しになった肩の関節の付け根に、腰に差していたただのナイフを突き立てる。
 もちろん、そのナイフには魔法付与で「攻撃力+400」を付与してある。

 二撃目。

 苦痛に咆哮するドラゴンの首が、僕を捉えようと迫る。僕は、その巨大な頭を踏み台にしてさらに跳躍。空中で体をひねり、落下しながら、鱗の薄い首筋の、太い動脈が走る位置を正確に切り裂いた。

 三撃目。

 激痛に暴れるドラゴンの背中から飛び降り、着地と同時に身を屈める。僕の頭上を、無数の棘がついた尻尾が、嵐のような速さで通過していく。その、力の抜けきった戻り際を狙い、尻尾の付け根にある神経節を、ナイフの柄で強かに打ち据える。

 四撃目。

 前脚と首に深手を負い、尻尾の自由も奪われたドラゴンは、ついにバランスを崩し、巨体を地面に横たえた。勝負は、決した。

 僕は、ゆっくりと歩み寄り、もはや抵抗する力も残っていないドラゴンの、大きな眼窩に、ナイフを、静かに、深く、突き刺した。

 脳を貫かれたドラゴンは、一度だけ大きく痙攣し、そして、完全に動きを止めた。

 しん、と。

 辺りが、静まり返る。

 僕が、ふぅ、と一つ息をつくと、その静寂は、爆発的な歓声によって破られた。

「す、すげえええええ!」
「たった一人で、A級モンスターを……!」
「貴方はいったい何者なんだ……!?」

 吹き飛ばされていた護衛たちや、他の乗客、そして、膝をついていた熊の男までもが、信じられないものを見るような、賞賛と畏怖に満ちた目で、僕を見ていた。

 だが、僕は、彼らがなぜそんなに興奮しているのか、全く理解できなかった。
 それどころか、僕の脳内には、ドラゴンの断末魔と共に流れ込んできた、膨大な経験値の奔流が渦巻いていた。

(……ああ。やってしまった)

 僕の心を満たしたのは、達成感ではなく、深い後悔だった。

(このニードルドラゴンは、本来、彼らが乗り越えるべき『試練』だったはずだ。彼らが、命がけで戦い、もしかしたら何人かは死んで、それでも、生き残った者が正当に得るはずだった『経験値』だった。それを、僕は……)

 僕は、彼らの成長の機会に、部外者として介入し、その報酬を不当に奪い取ってしまったのだ。

 なんて、倫理観のない、非効率なことをしてしまったんだろう。

『すごーい! アイン、かっこよかった! みんな、アインのこと、神様みたいに見てるよ!』
 『助人《アドバイザー》』が、無邪気に喜んでいる。

(静かにしてくれ、『助人《アドバイザー》』。これは、喜ばしいことじゃない。僕は、世界の経験値バランスを、ほんの少しだが、乱してしまったんだ。これは、大きな過ちだ)

 僕は、自分自身への失望に、深いため息をついた。
 そして、まだ興奮冷めやらぬ周囲には目もくれず、馬車の御者に向き直った。

「さて。邪魔者はいなくなりました。すぐに、出発できますか? もう、ずいぶんと予定が遅れていますので」
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です