正しすぎた僕の追放~追放された僕が「祝福」と称して呪いをかけたら、元仲間が勝手に最強になっていた件~

ヤシさ

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第十話:臆病な神官、僕らの聖なる誓い

 大神殿の門前は、異様な緊張感に包まれていた。
 ケインの必死の形相を前に、神殿長——ヴァレリウスは、他の神官や聖騎士たちを下がらせる。だが、その指導者然とした冷静な態度の裏で、娘の名を聞いた彼の指先が、わずかに震えているのをケインは見逃さなかった。

「……ケイン君か。一体、何があった。娘に、何かあったのかね?」
 その声は、気丈にも平静を装っていたが、隠しきれない父としての不安が滲んでいた。

 ケインは、これから語られるであろう、あまりにも残酷な真実を前に、一度、固く唇を結んだ。そして、昨夜から今朝にかけて起きたこと――アインの裏切り、三人にかけられた呪い、そして、セレスが今も耐え続けている地獄のような苦痛について、一言一句、必死に言葉を紡いだ。

 話が進むにつれて、ヴァレリウスの顔から、みるみる血の気が引いていく。真面目そうで、威厳に満ちたその表情は、信じられないという驚愕と、恐怖によって崩れていった。

「そ、そんな……馬鹿な……」

「本当なんです! 俺たちも、信じたくはなかった!」

「アインが……あのアイン君が、そんなことを……。ありえん。断じて、ありえん!」
 ヴァレリウスは、ほとんどパニックに陥ったように、激しく首を振った。その姿は、街の最高位聖職者ではなく、ただの臆病な父親のものだった。

「なぜ信じられないのですか!」

「決まっている! 四人が『暁の翼』を結成した日、私は、この手で、我が神殿に伝わる『真実の水晶』を使って、君たち一人一人の魂を鑑定したのだ! 」

「君やリリア君の魂には、若さゆえの迷いや葛藤の影が見えた。だが、アイン君だけは違った! 彼の魂は、一点の曇りもない、完全な『白』だったのだ! そこには、何の迷いも、悪意も、嘘もなかった。ただ、赤子のように純粋で、真っ直ぐな魂がそこにあったのだぞ! そんな彼が、君たちの言うような、悪魔のような所業を……できるはずがない!」

 その言葉に、ケインは息を呑んだ。
 純粋。真っ直ぐ。その評価は、ある意味で、正しいのかもしれない。アインは、自分が行った全ての行為を、心の底から「正しいこと」だと信じきっていた。彼の中には、罪悪感という概念そのものが存在しない。だからこそ、彼の魂は、水晶の鑑定すら欺くほどに、歪んでいながらも「純粋」だったのだ。

「神殿長……。それでも、これは現実なんです」
 ケインは、懇願するように言った。

「あなたの言う通り、彼は純粋なのかもしれない。だが、その純粋さが、俺たちをこの地獄に突き落とした! それに……今朝、神殿の周りが騒がしかったのも、無関係ではないはずです。」

 その言葉を聞いた瞬間、ヴァレリウスの顔が、恐怖に凍り付いた。彼は、ケインの瞳の奥にある、嘘偽りのない絶望と、今朝の神殿の騒ぎとを結びつけ、そして、信じたくない真実を、渋々受け入れざるを得なかった。

「……わ、分かった。すぐに、娘の……セレスの受け入れ準備をさせよう。夜、人目がない時間に、ここへ」

「ありがとうございます……!」
 ケインは、深く、深く頭を下げた。



 その夜。
 ヴァレリウスは、自らの権限を使い、「凶兆が天に満ちたため」という名目で、街に夜間外出禁止令を出した。娘の惨状を知った彼にとって、今日はまさしく「厄日」であり、その言葉に嘘はなかった。

 静まり返った夜道を、三人は大神殿へと向かう。

「……っ、う……ぅ……」
 一番分厚く、柔らかい毛布に幾重にも包まれても、セレスの苦悶は止まらない。リリアが、その小さな身体を、祈るように、しかし決して肌には触れないように、絶妙な力加減で抱きかかえている。ケインは、全ての荷物を背負い、まるで手負いの獣のように、周囲への最大限の警戒をしながら、リリアとセレスを守るようにして歩いた。

 ようやく、大神殿の白亜の門が見えてくる。
 扉の前で待っていたヴァレリウスは、毛布の隙間から見える、苦痛に顔を歪める娘の姿を認めた瞬間、威厳も何もかもかなぐり捨てて、わっと泣き出した。

「おお……おお……! セレス、私の……私の娘が……!」

 すぐに、待機していたシスターたちが、三人を聖堂の奥にある、清められた私室へと導く。
 セレスの身体が、この大神殿で一番柔らかいベッドへと横たえられる。そして、熟練のシスターたちが、一斉に介護と癒やしの魔法を彼女にかけ始めた。

 部屋を満たす、温かく、清浄な聖なる光。大神殿の結界と、シスターたちの魔法。その二つの力が、アインの呪いを、ほんの少しだけ、和らげる。

「……ぁ……」
 セレスの口から、数時間ぶりに、苦悶ではない声が漏れた。

 全身を苛んでいた、情報の奔流が、まるで穏やかな川の流れのように、少しだけ、緩やかになる。

「……すこし……だけ……らくに、なりました……。みなさん……ありがとう、ございます……」

 その、震える声を聞いた瞬間、リリアは「よかった……!」と叫んで、その場に泣き崩れた。ケインは、天を仰ぎ、飛び上がらんばかりに拳を握りしめた。ヴァレリウスは、今すぐにでも娘を抱きしめたい衝動を、ぐっと堪え、父親として、ただ優しく微笑んだ。


 ……深夜。
 セレスの容態が落ち着いたのを見届けた後、ケインは、ヴァレリウスの私室にいた。リリアも、そこには同席している。

 ケインは一つ、疑問が残っていた。今朝の神殿の騒ぎ。
 ヴァレリウスがケインたちの話を信じる、最後の一押しとなった出来事。
 

「神殿長。今朝、門の前で騒ぎになっていたことについて、詳しくお聞かせいただけますか」

 ケインの問いに、ヴァレリウスは重々しく頷くと、告白するように語り始めた。

「……数日前、この大神殿から、あるものが盗まれたのだ」

「盗まれた?」

「うむ。大神殿のこの強力な結界を形成するための、核心素材……『精霊魂』が、だ」

 精霊魂。ケインも、名前だけは聞いたことがある。S級討伐任務で、ごく稀に手に入ると言われる、伝説級の魔力素材だ。

「だが、奇妙なのだ。宝物庫に設置してあった、あらゆる検知魔法や、悪しき企みを持つ者に作用する罠には、全く異常がなかった。まるで、そこに最初から誰もいなかったかのように……『精霊魂』だけが、忽然と消えていたのだ」

「……」

「我々の間では、二つの説が囁かれておる。人の身では感知できぬ、幽霊や精霊のような、『人以外の誰か』の仕業か。あるいは……」
 ヴァレリウスは、苦々しげに続けた。

「悪意も、罪悪感も一切なく、ただ純粋な目的と、神業のような高い技術を持つ『誰か』が、全ての罠を無効化して盗み出したのか……」

「純粋な目的と、高い技術……」
 リリアが、氷のように冷たい声で、その言葉を繰り返した。

「まるで、研究のために、貴重なサンプルを『お借り』するような手口ね」
 その視線が、ケインと交錯する。間違いない。アインだ。

 ケインは、声にならない絶叫を上げ、開いた口が塞がらなかった。セレスの苦しむ姿が、脳裏に焼き付いて離れない。拳を、強く、強く、握りしめる。


「……それでも、最善は尽くす。だが、完全な解決には……」
 ヴァレリウスは、言葉を濁した。今の状態では、大神殿の結界も本来の力を発揮できない。セレスの苦痛を和らげ続けるのが限界。それに、もし結界の力だけで彼女を安定させられたとしても、彼女は永遠に、この大神殿から一歩も出られない身体になってしまう。

 その、重い沈黙を、破ったのは、意外にもヴァレリウス自身だった。
「……だが、道が、一つだけある」
 彼は、そっと口を開いた。

「『精霊魂』を、取り戻す必要はない。新たな『精霊魂』を、手に入れればいい」

「!」

「『精霊魂』は、それ自体が膨大な経験値を持つだけでなく、取り込んだ者の中で、永久に聖なる結界を生成し続ける特性を持つ。つまり……大神殿の結界を治すのではない」

 「まさか」と、リリアが息を呑んだ。

「セレスに、直接、取り込ませる……? 神殿長、正気ですか!? 『精霊魂』は、膨大で、混沌としたマナの塊ですよ! 常人の魂など、その奔流に耐えきれずに砕け散ってしまいます!」

 リリアの、魔術師としての冷静な指摘に、ヴァレリウスは、静かに頷いた。
「その通りだ。普通の人間ならばな。だが、セレスは違う。今、彼女を苦しめている、彼女自身の強大な聖なる加護……その力が、坩堝(るつぼ)の役割を果たすはずだ。彼女の魂を守りながら、『精霊魂』の力を濾過し、彼女自身の力へと変える。アインの呪いの仕組み、そのものを、逆利用するのだ。危険な賭けだ……だが、残された道は、これしかない」

 ヴァレリウスは、父親としての、そして神殿長としての、全ての覚悟を決めた目で、ケインをまっすぐに見つめた。

「セレス自身の中に、彼女だけの、決して破られることのない、聖域を作り上げる。それしか、娘を救う道はない」

「……本当に、それで、セレスは……」
「ああ」
 ヴァレリウスは、力強く、頷いた。

「必ず、治る。この、神殿長ヴァレリウスの名において、君に、誓う」
 ヴァレリウスは、父親としての、そして神殿長としての、全ての覚悟を決めた目で、ケインをまっすぐに見つめた。

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