正しすぎた僕の追放~追放された僕が「祝福」と称して呪いをかけたら、元仲間が勝手に最強になっていた件~

ヤシさ

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第十一話:僕と子猫と、合理的な交渉術

静かになった路地裏で、僕は子猫のような少女と顔を見合わせていた。

(……アエル、か)

 僕は、この新しく手に入ってしまった、厄介で、しかし『助人《アドバイザー》』曰く「才能のある」拾い物を、どうしたものかと、静かにため息をついた。まずは、状況の整理が必要だ。

「アエル。君はなぜ、彼らに追われていたんだい? 事実に基づいた、具体的な状況報告を求めるよ」
 僕がそう言うと、アエルは少し得意げに胸を張り、まるで吟遊詩人が英雄譚を語るかのように、朗々と話し始めた。

「ん? ああ、あれね。話せば長くなるんだけど、あたしはまず、かの有名なパン屋『麦の穂』の、不当な価格設定に疑問を呈したのよ。このパン一個と、飢えた民衆の幸福、天秤にかけるべきはどちらかとね! だがあの強欲な店主は、あたしの崇高な問いかけを理解できなかった。だから、あたしは圧政の中の市民を代表し、彼の独裁への抵抗の証として、たった一つのパンを『解放』してあげたのさ。まさに英雄的行為でしょ?」

 なるほど。

 要約すると、金が足りないからゴネてみたが通用せず、腹いせに万引きを働き、店主が呼んだチンピラに捕まりそうになった、と。

 その、あまりにも稚拙な自己正当化と、それを英雄譚として恥ずかしげもなく語る、常軌を逸した精神力。

『すごい! この子、すごいよアイン! 頭のおかしい度胸がある! 最高!』
 『助人《アドバイザー》』が、腹を抱えて笑っているような気配がする。

(同感だ。この積極性と、倫理観の欠如、そして、致命的なまでの頭の悪さ。使い方によっては、極めて有用な駒になるかもしれない)

 僕は、改めてアエルに向き直った。
「僕はアイン。しがない、ただの冒険者だ。とりあえず、こんな場所で話していても仕方ない。宿を探そう」

 僕が、最も効率的だと判断した路地裏のルートで宿屋街へ向かって歩き出すと、アエルは子犬のようについてきた。だが、その歩調は、あちこちの露店や、裕福そうな商人の懐に気を取られ、遅々として進まない。非効率だ。これでは、目的地に到着するまでに、余計な時間がかかりすぎる。

 僕は、立ち止まり、振り返った。そして、当然の権利として彼女の細い手首を掴んだ。
「ひゃっ!?」
 アエルは、驚いたように素っ頓狂な声を上げ、少しだけ顔を赤らめた。

「歩く速度を上げる。僕の邪魔をしないでくれ」

『なっ……! なにしてるのアイン! わたしの目の前で、他の女と手を繋ぐなんて! 浮気者! 最低! ……でも、なんか、小さい子が一生懸命ついてきてるみたいで、可愛いから、今回は許してあげる。私たちの子供みたいね、あの子!』
 『助人《アドバイザー》』が、一人で騒いで、一人で納得している。本当に、子供のようなスキルだ。

 このままでは、宿探しに時間がかかりすぎる。僕は、情報を得るために、近くにいた、井戸端会議中の主婦らしき二人組に声をかけた。アエルは、僕が何をするのかと、興味深そうに見上げている。

「失礼、奥様方。少々お尋ねしてもよろしいでしょうか」
 僕は、可能な限り人好きのする笑みを浮かべて、腰を低くした。

「我々は、旅の者でして。この辺りで、王侯貴族が使うような華美な宿ではなく、実用的で、かつ、価格と安全性のバランスが取れた、良質な宿をご存じないでしょうか。先日、街道で竜が出た際に、ささやかながらお手伝いをさせていただいた者なのですが、いかんせん、旅の資金が心許なくて」

 僕は、自分を「しがない冒険者」として、可能な限り控えめに、しかし「ドラゴンを倒した」という事実は、紛れもない担保として、言葉の端々に散りばめた。
 
 主婦たちは、僕の噂と、その謙虚な(ように見える)態度に、すっかり気を良くしたらしい。

「まあ! あなたが、あのドラゴンを! なんて、立派な若者なんでしょう!」

「それなら、あそこの大通りを曲がった先の『銀の匙』亭がいいわよ! 地元の者しか知らないけど、安くて、食事が美味しくて、それに主人が腕利きだから、冒険者の方でも安心できるわ!」

「それは、大変ありがたい。ご親切に感謝します」
 僕は、完璧な笑顔で礼を言った。

 隣で、アエルが、尊敬と、わずかな畏怖が混じったような目で僕を見上げていた。
「……すっご。脅しも騙しもしてないのに、あの噂好きのオバサンたちから、一瞬で、しかも一番欲しい情報を引き出した……。あんた、一体何者なの?」

(これが、論理と社会的記号を用いた、高等な情報戦だよ)

『ふふん! すごいでしょ、アインは! あんたみたいな、ただ盗むだけの子分とは、格が違うんだから!』

 教えられた宿は、確かに外見は地味だが、清潔で実用的な雰囲気がした。
 受付で、僕は再び「噂」と「仮面」を最大限に活用する。

「部屋を一つ。支払いは、ギルドからの報酬が入り次第、つまり、明後日の朝でお願いしたい。担保は、僕が『ドラゴンを倒したアイン』であるという、この街での評判そのものです」

 受付の主人は、一瞬、呆気に取られた顔をしたが、すぐに、満面の笑みで鍵を差し出した。
「ええ、ええ! もちろんですとも、英雄様! どうぞ、ごゆっくり!」


 完璧だ。

 僕は、鍵を受け取ると、アエルを伴って、指定された部屋へと向かった。
 扉を開けると、そこには、簡素だが清潔なベッドが二つと、小さなテーブルが一つ置かれていた。十分すぎる。

「ふぅー! やっと落ち着けるー!」
 アエルは、そう言うなり、ベッドの一つに元気よく飛び込んだ。スプリングが、ぎしりと音を立てる。

 僕は、革袋を床に置くと、彼女に向き直った。
「休む前に、もう少しだけ報告を続けてもらうよ、アエル」

「えー、まだあんの?」

「君のパーソナルデータについてだ。君の行動と思考は、特定の生育環境を強く示唆している。親はいないね?」

 僕の、何の感情も含まない問いかけに、アエルはベッドの上で体を起こすと、少しだけ驚いた顔をした。だが、すぐに、からりと笑って見せた。

「まーね! 物心ついた時から、この王都の路地裏が、あたしの家で、寝床さ。だから、この街のことは、貴族様より詳しいんだ!」

「なるほど。だから、あれほどの行動力を」

「そ! 生き抜くためには、やるしかないんだよ。それに、あたしには才能があるからね!」
 アエルは、得意げに自分の胸を叩いた。

「ただのコソ泥と一緒にすんなよ? あたしは、見えるんだ。人混みの流れ、衛兵の視線の死角、金持ちが懐に隠してる財布の重さまで、ぜーんぶね! 多分、あたしは、この王都で一番の盗賊だよ!」

 類稀な才能。
 『助人《アドバイザー》』が言っていた通りか。その言葉が、僕の純粋な探究心を刺激した。

「……面白い。その才能とやらは、スキルによるものかい? それとも、君自身のステータスに起因するものなのかな。アエル、学術的な探究心から、君のステータスを開示してもらうことは可能だろうか。君の自己評価を、客観的なデータとして観測してみたい」

 僕の、あまりにも真摯で崇高な問いかけに、アエルの得意げな表情が、一瞬で警戒の色に変わった。

「はぁ!? あんた、あたしを助けてくれた恩人だけど、さすがにそれは……! 女の子のステータスには、歳とか、レベルとか、ぜーんぶ書かれてんだぞ! プライバシーの侵害だ!」
 彼女は、両腕を胸の前で交差させ、断固として拒絶の姿勢を示す。

(アクセスを拒否されたか。残念だ。貴重なデータが得られると思ったのだが)

 僕は、心の底からがっかりした。その感情が、無意識に表情に出てしまったらしい。僕は、興味を失ったように、ふいと彼女から視線を外し、深いため息をついた。

「……そうか。それなら、仕方ないな。素晴らしい研究対象になると思ったのだが」

 その、僕の残念そうな横顔を見て、アエルはなぜか、急に狼狽え始めた。

「う……。いや、でも……そんなに、見たかった…? 私のこと…?」

「……いや、いい。君が嫌なら、僕は強制はしない。ただ、純粋な知的好奇心が満たされなかったことに、少し、落胆しただけだ」

「うぐぐ……」

 アエルは、数秒間、葛藤するように唸っていたが、やがて、観念したように、大きなため息をついた。

「……分かったよ! 分かったから! 見せればいいんだろ、見せれば! その代わり、一瞬だからな! 変なこと考えたら、喉笛かっ切るからな!」

 彼女は、ぶっきらぼうにそう言うと、不承不承、自らのステータス画面を僕の目の前に開いて見せた。

——アエル LV 15 盗賊
——年齢:14
——EXP: 65900
——HP: 70/150 MP: 20/70
——筋力:10/80
——体力:20/240 
——知力:60/120 
——瞬発力:330/430 
——器用さ:10/40 
——運:50/60
——混沌属性:風
——スキル:孤児、第六感、軽業
——状態:恥辱、栄養失調

 僕は、彼女の顔が真っ赤に変化した事には一切構わず、その瞳を皿のようにしてそこに表示された文字列と数字の羅列を、脳に焼き付けていく。

(ふむ。なるほど。スキル『第六感』と『軽業』。そして、瞬発力の値が、極めて高い……。体力を消耗していてもこれほど……。これは、確かに……)

「もう、いいだろ!」
 アエルが、真っ赤な顔で唐突にステータス画面を閉じてしまった。

「ああ。有益なデータだった。ありがとう」

 報告は終わった。データも、手に入れた。

 その瞬間、僕の緊張の糸も、ぷつりと切れた。
 昨夜からの追放劇、ドラゴンとの戦闘、そして、この王都に来てからの、非効率な人間とのコミュニケーション。僕の精神は、どうやら限界まで疲労していたらしい。

 僕は、アエルの目の前で、糸が切れた人形のように、ベッドへと倒れ込む。
 シーツの、日に当たった匂いがする。いい匂いだ。

「あ、こら! あんたが先に寝るな!」
 僕の様子を見て、毒気を抜かれたのか。アエルも、悪態をつきながら、もう一つのベッドへと、元気よく飛び込んだ。

 (……静かだ)
 『助人《アドバイザー》』も、さすがに疲れたのか、今は何も言ってこない。
 
 厄介な拾い物はしてしまったが、とりあえずの寝床は確保できた。
 まあ、今日のところは、これで良しとしよう。

 明日のことは、明日の僕がやってくれる。

 僕は、ゆっくりと意識を手放した。
 隣のベッドから小さな寝息が聞こえ始めるまで、そう時間はかからなかった。
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