絶対盟約の美少年従者(メイデンメイド)

あさみこと

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#038 夏期講習3時間目:非合法機術

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「……先生」
 僕は、恐る恐る手を挙げた。
「僕たち、アーク・リベリオンの信者たちと戦ってきました。彼らは、この学園の生徒じゃない、ただの一般人だったはずです。それなのに、どうして、彼らは機術を使えたんでしょうか? 脳の訓練も、物理の勉強も、何もしていないはずなのに」
 僕の質問に、杏那さん、怜士くん、そして真角くんも、頷いた。それは、僕たち全員が抱いていた、最大の疑問だった。
「ああ、その話ね」
 先生は、待ってました、とばかりに頷くと、ホワイトボードに、学園の『アクシス・リアクター』とは似ても似つかない、禍々しいデザインのデバイスの絵を描いた。
「君たちが言う通り、彼らは、本来なら機術を使えない。脳の回路ができていないし、計算式も知らないんだから。……でも、それを無理やり、ドーピングみたいにして、力づくで使わせる方法が、一つだけある。それが、彼らが使っていた『マス・デバイス』よ」
「マス・デバイス……」
 天樹錬から回収された、あの不気味な端末が、僕の脳裏に蘇る。
「『アクシス・リアクター』が、術者の脳を補助する『補助輪』だとしたら、『マス・デバイス』は、エンジンに直接ニトロを噴射するような『禁断のブースター』なの」
 先生は、厳しい表情で説明を続けた。
「あのデバイスはね、使用者の脳に直接干渉して、『憎悪』や『悲しみ』みたいな、負の感情を強制的に増幅させる。そして、その感情の爆発を『起爆剤』にして、術者の生命力そのものを『燃料』として、無理やり機術に変換してるのよ」
「生命力……!?」
 杏那さんが、息を呑む。
「そう。だから、彼らの力は、一時的に、訓練を積んだ私たちを上回るほどの、凄まじい威力を発揮することがある。でも、それは自分の命を前借りしてるのと同じ。使えば使うほど、心は憎しみに蝕まれ、体はボロボロになっていく」
 ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
「そんな危険なものを……どうして、彼らは……」
「そこに、もう一つのシステムの存在が関わってくるのよ」
 先生は、ホワイトボードに、大きな脳の絵と、それに繋がる無数の線を描いた。
「『ブレインリンクシステム』。あれは、彼の脳波パターンを基準にして、彼の言葉に『感応』しやすい……つまり、彼のカリスマに心酔する可能性が高い人間を、ピンポイントで探し出すための、大規模な盗聴システムよ」
「人の心を、勝手に……」
 怜士くんが、苦々しく呟く。当事者の一人だ。無理もない。
「そう。そして、そうやってリストアップされた『心の弱い』人たちに、アーク・リリベオンの勧誘員が接触する。『あなたの苦しみは、預言者様だけが理解してくれる』ってね。そして、救いの手として、あの『マス・デバイス』を渡す。……あとは、もう分かるでしょ? 憎しみを増幅され、偽りの万能感を与えられた彼らは、喜んで、預言者のための、使い捨ての兵隊になるのよ」
 何という、残酷で、計画的なやり方。
 人の心の傷に付け込み、命を燃料にして、歪んだ理想のために使い潰す。それが、アーク・リベリオンという組織の、本当の正体だったのだ。
 その時、怜士くんが、静かに、しかし、鋭い質問を投げかけた。
「……先生。一つ、疑問があるんですけど」
「何かしら、怜士くん」
「機術の才能は、脳の『量子演算野』の、演算方式の特性によって決まる、って言いましたよね。じゃあさ、もし、学園のカリキュラムで教えられる、どの計算方式にも適合しない脳を持つ生徒がいたら……そいつは、どうなるんです?」
 その言葉に、僕たちはハッとする。
 そうだ。もし、努力ではどうにもならない、才能の壁というものが、本当に存在するのなら。
 学業や身体能力は優秀なのに、機術の成績だけが振るわない生徒。そんな彼らが、学園で落ちこぼれのレッテルを貼られてしまったら……。
「……そういう生徒が、アーク・リベリオンのような組織の、格好のターゲットになっちゃうんじゃないんですか?……俺みたいにさ」
 怜士くんの問いは、この学園が抱える、根本的な矛盾を突いていた。
 エリートを選抜し、さらにその先へと導くこの場所は、同時に、その選抜から漏れた者たちを、絶望の淵へと突き落とす、残酷なシステムでもあるのではないか。
「……そうね。いくら機術学園の試験でも、そういった子が落とされず入ってきてしまうこともある。その後で、辛い思いをすることもある。そして、道を踏み外してしまう子だっている……怜士くん、今はこうしてここにいるとはいえ、一度は道を踏み外させてしまったのはあたしたちのせいよ。本当に申し訳ないことをしたわね」
「いいんですよ、もう。今の俺は楽しく毎日を過ごせてますし。ま……最大の理由はあの肆谷副会長とかいう恐ろしい御方の存在ですけどね。あんな人いたらおちおち闇堕ちもできませんよ」
 その言葉に、少し笑いが沸きあがると、美王先生は、僕たちを安心させるように、ゆっくりと語り始めた。
「……そうね。そういった生徒たちには、色々な手段が施されるわ。まず、本当に機術の才能がないのか?のチェックよ。もしかしたら、特殊な技能を持っていたりするかもしれないじゃない。それが万が一見つかった場合、その子に合わせた特別なデバイスを開発するわ。丁度あたしの作ったメタモフォシス・ギアみたいにね。後、さっき学園にとって専門とする分野が違うっていうのも言ったでしょ?デバイスを1から開発するのは勿論コストがかかるから、そういった分野に合わせての転校、っていうのもあるわね。ただここ東都本部は全般的に強いところだから、そういった転校はあまりないけど。で、それでもやっぱり機術使いに向いてないってことが分かった子の次の選択肢が、機術に関わりつつ別の道を目指すルートね」
「僕の研究者としての道みたいなものですか」
「そうね。戦闘に関わるのなら、デバイス開発、装備の改良、敵性機術の解析、作戦立案のサポートみたいな感じ。戦闘にすら関わらないのなら、機術社会を支える法律家、行政官、ジャーナリスト、あるいは機術倫理を専門とする学者の道を目指すルートがあるわ。そういったコースが機術学園には用意されている。ただ、前も言った通り機術の力は超強力。その力を一度味わってしまったからには、それを使えないことに大きな悔いや未練を残すこともある。そこをアーク・リベリオンみたいな連中に付け込まれたら、厄介な敵になるわ」
「……そうっすね」
 当事者の怜士くんがそう言った。
「だから、そういった子には専門のカウンセラーや先生と何度もカウンセリングを行ったりして、その未練を解きほぐしていくの。機術が使えなくても立派にやっていける、ってね」
 彼女は、楽しそうに、目を細めた。
「それらの力は戦闘以外の社会のあらゆる分野で、世界を豊かにできる、かけがえのない『才能』よ。機術学園は、そういう多様な才能の『受け皿』でもあるの。……だから安心して。この学園が、本気で見捨てようとする生徒なんて、一人もいないわ。この学園が差し伸べる手を自らの意思で振り払わない限りは、ね」
「……振り払う、って?」
「あら、怜士くん食いついちゃう?じゃあ、一応言っておこうかしら。今の怜士くんなら大丈夫だと思うけど、龍弥ちゃんに脅されてるから真面目にやってる、って言った感じ、夢を語るより脅しで怖がらせた方が効くと思うから♡」
 そうニコリと暗い笑顔を見せる美王先生に、怜士くんは「あ、いややっぱいいです……」と答えたが、「まぁまぁそう遠慮せずに♡」と美王先生は問答無用で話を続けた。
「機術学園にとって一番厄介な存在。それが『機術学園に入りさえすれば機術が身について無双できる』って思って勉強も運動も機術の修行もしないでどんどん落ちこぼれちゃう子たちよ。そういう子たちは機術方面での優秀な活躍も望めないから、残念だけど機術学園を中退してもらって、普通の高校にでも転校してもらうしかない。でも……」
「そういう生徒はアーク・リベリオンのような組織にとって格好の餌食。マス・デバイスでも渡されようものなら、絶対逆恨みして復讐してきたりしますよね。ちょっと違うけど、滑川くんみたいに……」
「そう。だからそうならないように彼らの道をこっちでいくらか誘導するわ。まずはカウンセリング。出席日数が足りてないだとか、テストの成績が悪いだとか、ちゃんと自己責任だって言うことをしっかり教え込む。それで直してくれるならそれでよしだけど、それでもダメな場合……最終勧告として二択を突き付けなければならなくなるわ」
「最終……勧告」
 僕は緊張して唾を飲んだ。
「一つ。一般の高校へと転校すること。学園側もしっかりサポートして、その子に合った高校を手配するわ。そして二つ目は……学園内の隔離施設、あるいは国の専門機関へと身柄を移すこと」
「マジかよ……」
 怜士くんが戦慄した声をあげる。
「当然よね?もし機術を悪用して犯罪でも犯せば、それはその子だけじゃない、その子をしっかり教育しなかった機術学園の信用問題にもなる。それを止めるためにはそうするしかないわ」
 かつて怜士くんが肆谷副会長を罵った時の言葉が想起される。

『ふざけんなよ! それじゃあ、あんたは自分のために俺を許さないって言うのか! 俺のことなんて、どうでもいいと思ってるってことじゃないか!』
『どうでもいい、とまでは言わないわ。ただ、あんたと私、どちらが大事かと聞かれれば、迷わず私だと答えるだけ。優先順位の問題よ。どちらにしろ、あんたに選択権はない。あんたは、私たちより弱いから。弱者は、強者の言うことに黙って従うしかないのよ。それが嫌なら、刑務所にでも入るしかないわね。危険分子として。そうなったら……あんたの大好きなアニメも、漫画も、web小説も、もう二度と自由には読めなくなる。いいの? それでも』

 怜士くんもそれを思い出していたのか、深刻な面持ちをしていた。
「そして、最後の仕上げを行うわ。それは機術に関する記憶の操作、そして機術を使うのに一番重要となる、量子演算野へのアクセスブロック」
「な……!」
 僕たちは絶句した。
「これを行うことにより、機術をその子の人生から完全に切り離すのよ。酷い、だなんて言わないでよね?さっきも言ったけど、その子たちが機術を悪用して罪もない人々が傷ついたら、誰が責任を取るのよ」
 空気が完全に冷え切ったところで、美王先生は少し顔を緩ませて続けた。
「……ま、そこまで行く子は本当に稀よ。折角入った機術学園、機術を学べずに終わるなんて普通の子なら勿体なくてできないわ。普通の高校へ転校する子だってほとんどいない。皆友達に支えられたり、ひとりぼっちでも先生に支えられて皆機術学園の生徒として卒業していくわ。ましてや皆なんか数々の戦いを切り抜けてきたエリート中のエリートなんだから、こんな話は関係ない!ただ一応、言っとかなきゃって思って言った話よ。皆は安心して毎日勉強に修行に励みなさい!」
「……はは」
 最後の最後に肝が冷える話があったものの、最後の言葉は、僕たちが抱いていた不安をいくらか拭い去ってくれた。
 僕たちがいるこの場所は、ただ強い者だけが生き残る、冷たい選別の場なんかじゃない。
 一人ひとりの、どんなに小さな輝きも見逃さず、それを育てようとしてくれる、温かい揺り籠でもあったのだ。ただ、頑張ろうとする意志がある限り。
 僕たちの、この学園への誇りが、また一つ、大きくなった。
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