黎明のアンファング

あさみこと

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#013 新たな座標軸

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 フェーズ・シフターとの激闘から、一週間が経過していた。
 地下ドックでは、アンファングが静かな眠りについている。その翼と鱗――アルジェント・スヴァール・インパルサーとリヴァイアサン・スケイルは、あの常軌を逸した「共振蒸発」の反動で、その美しい姿が嘘のようにボロボロになっていた。
「やはり、理論だけを先行させた急造品だ。実戦投入するには、素材の耐久性からエネルギー効率まで、全てを一から見直す必要がある」
 創磨助教が、まるで自分の子供の怪我を診るかのように、インパルサーの装甲を撫でながら言う。その横顔は、以前のような刺々しさが嘘のように、穏やかだった。
「ああ。でも、今度はお互いの理論を最初から擦り合わせられる。もっとすごいものが作れるさ。俺とお前なら」
 昴助教が、その肩を軽く叩く。創磨助教は、少しだけ照れくさそうに、ふいと顔を背けた。
 彼らは、今回の戦闘データを持ち帰り、東都大学で本格的な改修作業に入るという。緊急投入された二つの装備は、一度アンファングから取り外されることになった。
 僕と美生奈先輩は、一時的にチームを去る二人を、ドックの入り口で見送っていた。
「……世話になったな、物部、琴吹」
 創磨助教が、ぶっきらぼうに、しかし確かに、僕たちの名を呼んだ。
「次に戻ってくる時は、誰にも文句は言わせない、完璧な翼と鱗を持ってきてやる。……それまで、死ぬなよ」
「当たり前です。僕たちにはまだやらなければならないことがありますから」
 それに加えて昴助教も、はにかむように笑って言った。
「俺たちも、君らに負けないように頑張るから。物部くん、琴吹さん、またな」

 二人の天才が去った後、ドックには、静寂と、そして確かな達成感が満ちていた。
 そんな僕たちのもとに、蟹江教授が、一枚の封筒と、画用紙を手にやってきた。
「君たちに、届け物だ」
 教授から手渡された封筒の宛名には、『あの巨大ロボットのパイロットさんへ』と、少し拙い、しかし丁寧な文字で書かれていた。
 中には、便箋が数枚。それは、今回僕たちが救助した、船員たちの家族からの感謝の手紙だった。
『ヒーローの皆さんへ。あなた方のおかげで、お父さんは無事に帰ってきました』
『ニュースで、白いロボットが船を持ち上げているのを見ました。本当に、ありがとうございました』
 そして、もう一つの画用紙。そこには、クレヨンで、力いっぱい描かれた、純白のロボットの絵があった。翼と鱗をつけたアンファングが、笑顔の家族を守るように、力強く立っている。
「……嬉しい、ですね」
 美生奈先輩が、その絵を愛おしそうに撫でながら、ふわりと微笑んだ。
「なんだか、昔を思い出します。私の弟が、初めて私宛にプレゼントをくれた時も、こんな気持ちだったかな」
「……弟がいるんですか、先輩は」
 初めて聞く、彼女のプライベートな情報だった。
「ええ。いつも生意気で、理屈っぽくて、すぐに自分の殻に閉じこもって……。本当に、手を焼かされるんですけどね」
 彼女は、そう言うと、悪戯っぽく僕に視線を向けた。
「……でも、かわいい弟なんです。なんだか、誰かさんに、似てるでしょう?」
 その笑顔に、僕は、ようやく腑に落ちた。
 僕の思考パターンを読み切り、時には突き放し、時には甘やかすように挑発する、彼女の絶妙な距離感。それは、彼女が、僕という存在を、年下の、少し手のかかる「弟」のように見ていたからなのかもしれない。僕に対する彼女の扱いが、なぜこうも巧みだったのか、その理由の一端を、僕は垣間見た気がした。
 僕は、手の中の手紙に、再び視線を落とした。
 ずっと昔、まだ僕が、自分の才能を自覚する前。普通の子供として、普通のコミュニティにいた頃の、嫌な記憶が蘇る。
 僕の言葉は、誰にも理解されなかった。僕の思考は、常に異端として扱われ、孤立した。だから、僕は彼らを切り捨てた。僕を理解できない、いわゆる「一般人」と呼ばれる人々との間に、厚い壁を築いた。僕を理解してくれる、ごく少数の、頭のいい人間たちとだけ関わっていれば、それでいいのだと。
 だが、今、僕の手の中にあるのは、そんな僕が切り捨ててきたはずの、「一般人」からの、純粋な感謝の言葉だった。
 彼らは、僕が構築した慣性制御システムの数式の美しさなど、知らない。
 彼らは、僕が導き出した戦闘の最適解など、理解できない。
 彼らはただ、僕たちが操るアンファングという「現象」を見て、そこに希望を見出し、感謝してくれている。
 その、あまりに直接的で、論理で説明のつかない感情の奔流が、僕の心の壁を、静かに、そして確実に溶かしていくのがわかった。
 胸の奥が、熱い。
 これが、守るということの、本当の意味なのかもしれない。
 僕は、今まで感じたことのない、温かい気持ちに包まれながら、クレヨンで描かれたアンファングの絵を、ただ、じっと見つめていた。
 僕たちの戦いは、決して、僕たちだけの自己満足であってはならない。
 その先にいる、名もなき、しかし確かに存在する、誰かのために。
 僕の中に、新しい座標軸が、生まれた瞬間だった。
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