黎明のアンファング

あさみこと

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#024 始まりに続くもの

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『――シークェル、ならびに金剛・改 5機、現場に到着。直ちに、認識番号774……クリスタル・レプリカントの排除を開始する』
 それは、救援の言葉ではなかった。
 ただ、自らの任務を、告げただけ。
 シークェル……英語で続きという意味だ。アンファングの続きを名乗るその巨人は、僕たちを一瞥することもなく、その手に持った巨大な荷電粒子加速砲を、眼前のフラグメントの群れへと、静かに向けた。
 僕たちの戦場に、もう一体の、全く異なる思想を持つ主役が、現れた瞬間だった。
「全機、散開。フォーメーション・デルタ。オーディン、各個体の脅威レベル判定を開始しろ」
 シークェルのプライマリパイロットであるだろう男の声は、まるで凪いだ湖面のように、静かで、一切の感情が乗っていなかった。
 その一言で、戦場の空気が一変した。
 彼が率いる5機の金剛・改は、まるで一つの生き物のように、一糸乱れぬ動きで展開していく。二機が前進して巨大な盾を構え、フラグメントの注意を引きつける。残りの三機は、左右に広がり、完璧な十字砲火を形成した。
 それは、僕たちのような、その場の閃きや連携に頼る戦い方とは、全く異なるものだった。
 事前にプログラムされた、冷徹で、美しい、殲滅のためのアルゴリズム。
「目標、脅威レベル判定完了。1番機、2番機、正面のシールド・タイプを集中攻撃。3番機、4番機は、左右から回り込んでくるブレード・タイプを排除。5番機は後方待機、ドリル・タイプの出現に備えろ」
 軍場の指示と同時に、金剛・改の部隊が一斉に火を噴いた。
 アサルトライフルの弾丸が、グレネードランチャーの榴弾が、寸分の狂いもなく、それぞれの目標へと吸い込まれていく。
 僕たちが、あれほど苦戦していたフラグメントの連携が、いとも容易く分断され、一体、また一体と、結晶の塵となって砕け散っていく。
「……すごい……」
 後部座席で、美生奈さんが、呆然と呟いた。
 僕も、言葉を失っていた。
 これが、研究者と軍人の違い。
 僕たちが、未知の敵を解析しようと躍起になっている間に、彼らは、敵を、ただの的として、効率的に処理していく。
 その時、僕たちのコックピットに、別の通信が入ってきた。甲高く、そして、僕たちを明確に見下した、プライドの高い女性の声。彼女がシークェルのセカンダリパイロットなのだろう。
「あら、見てるだけ? 研究者さんたちは」
 その声は、女言葉で丁寧でありながら、その実、鋭い刃物のような侮蔑を含んでいた。
「まあ、無理もないわね。あなたたちのような素人が、泥臭い掃討任務などできるはずもないわ。手を出されても、私たちの統率が乱れて、邪魔になるだけよ」
 彼女は、くすくすと、喉の奥で笑った。
「だから黙って、わたくしたちプロの戦い方を見ていなさいな。そして、学ぶことね。これが、本当の『戦闘』なのだと」
 その言葉は、僕のプライドを、深く、抉った。
 だが、僕は、何も言い返すことができなかった。
 なぜなら、彼女の言う通り、僕たちは、ただ圧倒されているだけだったからだ。
 僕たちが一体のフラグメントを倒す間に、彼らは五体を沈黙させる。
 僕たちが回避に専念している間に、彼らは次の一手を計算し、布石を打つ。
 それは、もはや戦闘ではなかった。
 シークェルが、金剛・改という駒を動かし、フラグメントという敵を、一方的にチェックメイトしていく、冷徹なチェスゲーム。
 そして、そのゲームの主役であるシークェルは、戦場の中心で、ほとんど動くことすらなかった。
 ただ、時折、金剛・改が撃ち漏らした、あるいは予測外の動きをしたフラグメントに対し、その手に持った巨大な荷電粒子加速砲を、静かに向けるだけ。
 そしてそれから鳴り響く、アンファングのライフルとは比較にならない、天を裂くような轟音。
 一筋の、極太の光の槍が、フラグメントの群れを、直線状に、数体まとめて貫き、蒸発させた。
 その一撃だけで、戦況は、完全に決してしまった。
「……目標の98%を排除。残存個体は、各機で掃討しろ」
 男の、淡々とした声が響く。
 僕たちが、あれほど死力を尽くして戦っていた戦場が、彼らが現れてから、わずか10分足らずで、静寂を取り戻していく。
 後に残ったのは、無数の結晶の残骸と、煙を上げるクレーター。そして、その中央に、まるで王のように君臨する、漆黒の巨人。
「……任務完了。これより、帰投する」
 シークェルは、最後まで、僕たちを一瞥することすらなかった。
 まるで、僕たちが、この戦場に最初から存在していなかったかのように。
 僕と美生奈さんは、ただ、何もできずに、その圧倒的な力の差を、見せつけられることしかできなかった。
 僕たちの戦い方は、間違っているのだろうか。
 僕の胸に、これまで感じたことのない、重く、そして冷たい疑念が、静かに芽生え始めていた。

 戦闘終了後、僕たちは、近くに設営された臨時の合同ブリーフィングテントへと召集された。そこには、僕たちのアンファング開発チームと、シークェルの開発チームが一堂に会するという、ある意味、歴史的な会合の場が設けられていた。
 僕たちの側からは、パイロットである僕と美生奈さん。そして、チームの頭脳である蟹江教授と紫京院教授。さらに、旧体制からの重鎮である高坂先生と篠宮先生が顔を揃えた。
 向かい側に座るのは、漆黒の巨人から降り立った、二人のパイロット。感情の読めない鋼の男。
軍場宗十郎くさばそうじゅうろう。階級は一尉」
そして、勝利の余韻に浸り、あからさまにこちらを見下している女性。
篝伊佐那かがりいさな。階級は三尉よ」
 その二人を後方に控えさせ、中心に座るのは、かつてアンファングを見限った二人の男。情報工学の権威であり、シークェルの頭脳『オーディン』を開発した、矢部教授。そして、政府から派遣され、今はシークェル計画の最高責任者となっているであろう、伊集院監査官だった。
 テントの中の空気は、まるで氷のように冷え切っていた。
「…やあ、高坂くん、篠宮くん。君たちが、あの“失敗作”にまだ付き合っているとは、ご苦労なことだね」
 最初に口火を切ったのは、矢部教授だった。その眼鏡の奥の瞳は、昔と変わらず、しかし今は明確な優越感に満ちていた。
「見たまえ、今日の戦闘結果を。我が『オーディン』の戦術予測と、訓練されたパイロットの連携。これこそが、対存在戦闘における唯一の正解だ。君たちがやっているような、学生の閃きに頼った博打とは、訳が違う」
 その言葉に、僕と美生奈さんの拳に、ぐっと力が入る。
 隣に立つ篝三尉も、まるで追い打ちをかけるように、扇子で口元を隠しながら、くすくすと笑った。
「本当にその通りね。私たちが到着した時のお二人の戦いぶりといったら……まるで、獣の群れに追い詰められた、哀れな子羊。素人は、やはり素人ね」
 嫌味ったらしい。
 そのあまりに直接的な侮辱に、僕の頭に血が上りかけた、その時だった。
「……矢部くん」
 静かに、しかし凛とした声で、高坂先生が口を開いた。
「君の言う通り、今日の戦闘における君たちの成果は、見事だった。それは、素直に認めよう。だが、君は、何か勘違いをしているようだ」
 高坂先生は、穏やかな、しかし決して怯むことのない瞳で、矢部教授をまっすぐに見据えた。
「我々は、博打を打っているのではない。未知なる存在を『学び』、人類の新たな可能性を『探求』しているのだ。君たちのように、ただ殲滅することだけを目的としているわけではない」
「なんとでも言いたまえ」
 矢部教授は、鼻で笑った。「結果が全てだ。君たちの理想論が、一体、いくつの命を救えるというのかね?」
 その言葉に、今度は紫京院教授が、優雅に脚を組み替えながら、反論した。
「あら、矢部教授。わたくしたちの『学び』がなければ、あなた方のその自慢の装甲も、存在しなかったのではなくて?」
 彼女の指摘に、矢部教授の顔が、わずかに引きつる。シークェルの対存在装甲が、僕たちが命がけで集めた敵のデータに基づいていることは、紛れもない事実だった。
「それに、篝三尉、でしたかしら?」
 紫京院教授の、蠱惑的な視線が、篝伊佐那を射抜く。
「確かに、あなた方は戦闘のプロフェッショナル。ですが、戦場とは、常に予測可能な盤面の上だけで行われるものではありませんことよ? いつか、あなた方のその完璧なマニュアルが、全く通用しない『不条理』が、牙を剥く時が来るかもしれませんわ」
 その言葉は、まるで未来を予言するかのように、テントの中に響き渡った。
 篝三尉は、一瞬だけ、不快そうに眉をひそめたが、すぐにいつもの自信に満ちた笑みを取り戻した。
「その時は、私たちが、新たなマニュアルを作り上げるだけよ」
 平行線だ。
 僕たちの理想も、矜持も、彼らの前では、ただの負け惜しみにしか聞こえていないらしかった。僕と美生奈さんは、ただ悔しさを噛みしめることしかできなかった。
 
 会合が終わり、僕たちのチームが自陣のテントに戻った時、その重苦しい空気は、蟹江教授の、どこか楽しげな一言によって、破られた。
「……ふん。面白いじゃないか」
 彼は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、目を輝かせていた。
「ああいう、自分の理論だけが絶対だと信じ込んでいる人間は、嫌いではないよ。いつか、その鼻っ柱を、へし折ってやるのが、楽しみになるからな」
 その、あまりにいつも通りの狂気に、僕たちは少しだけ、毒気を抜かれた。
 高坂先生も、苦笑しながら、僕たちの肩を叩いた。
「彼らもああは言うが、根底にあるのは、この国を、人々を守りたいという、強い正義感なのだよ。まあ、多少、虚栄心が強すぎるようだがな」
「そうだとも」と、篠宮先生も頷く。「彼らが戦闘のプロであることは、事実だ。我々が、学ぶべき点も多い。だが我々が、戦場において、全てにおいて彼らに劣っているわけではない」
 最後に、蟹江教授が、僕と美生奈さんを見て、にやりと笑った。
「そうだとも。いずれ、彼らも、我々の……君たちの有り難みを、骨身に染みて知る時が来る。我々でなければ解けない『謎』が、彼らの前に立ちはだかった、その時に、な」
 その言葉は、確信に満ちていた。
 そうだ。僕たちの戦い方は、間違っていない。
 ただ、役割が違うだけだ。
 僕たちの胸に、再び、小さな、しかし確かな闘志の炎が灯った。
 いつか、あの傲慢なプロフェッショナルたちに、僕たちでなければできない戦い方で、僕たちの価値を、証明して見せる。
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