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#031 相補性の証明
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「あの子が……! ガーディアンが…誰かに、何かされてる……! 痛い、痛いよぉ…!」
潤葉の悲痛な叫びが、部屋に響き渡る。その言葉の意味を、僕たちが理解するよりも早く、異変は、現実のものとして眼前に現れた。
療養施設の敷地の外れ、あの緑の丘が、不自然に、そして急速に、膨張を始めたのだ。瑞々しい緑は、見る見るうちにどす黒い紫に変色し、大地からは、まるで巨大な腫瘍のような、おぞましい形状の植物組織が、ミシミシと音を立てながら隆起していく。
ほんの数分前まで、穏やかな眠りについていたはずの「友達」の、断末魔の叫び。それが、潤葉の精神を直接苛んでいた。
そして、次の瞬間。膨れ上がった丘の頂点が弾け、中から、以前とは比較にならないほど巨大で、凶悪な姿へと変貌を遂げたガーディアンが、咆哮と共にその巨体を現した。
全長は、優に六十メートルを超える。全身は、刃物のように鋭利な棘と、分厚い外骨格で覆われ、その体表からは、周囲の植物を瞬時に枯らす、毒々しい紫色の瘴気が立ち上っていた。
「どういうことなんだ! 奴はもう、活動を停止したはずじゃ……!」
復活したガーディアンは、明確な殺意を持って、一直線に、彼らが滞在する療養施設へと向かって進撃を開始した。大地が揺れ、窓ガラスがビリビリと震える。
「潤葉ちゃん、今ガーディアンは何て言ってるの!?」
美生奈さんは、恐怖に泣きじゃくる潤葉の肩を強く掴み、必死に問いかけた。
「あの子は……あの子は……『皆を殺したい』って……! うぅ……なんで、なんでなの……!? あんなに、優しかったのに……!」
潤葉は、自らの親友が、理解不能な破壊の化身へと変貌してしまったことに、混乱し、泣き崩れるしかなかった。
その時、愛都が持つ通信端末から、蟹江教授の緊迫した声が響いた。
『物部君、琴吹君、無事かね!?』
「教授! ガーディアンが再活動し、こちらに向かってきます! それに、鳴海潤葉が……!」
『話は聞いている! 東京から、アンファングとシークェルを、今、シュライクで送り込んだ! 到着まで、もって数分だ! 君たちは、なんとか施設から脱出し、それに乗って奴と戦いたまえ!』
あまりに一方的な、しかし、現状ではそれしかない、無慈悲な命令。美生奈は、通信機に向かって叫んだ。
「教授! 彼女が、ガーディアンは『皆を殺したがっている』って…! 何かがおかしいんです! ガーディアンは彼女と心を通じ合わせた。こんなことをするとは……!」
『……分かった』
蟹江の声のトーンが、わずかに、しかし確かな怒りの色を帯びた。
『どうやらこの件、ガーディアンの裏で糸を引いている、不届きなネズミがいる可能性が高い。そちらの詮索は、我々に任せたまえ。君たちの仕事は、目の前の脅威を排除し、これ以上の被害を食い止めることだ!』
通信が切れる。その直後、遠くの空に、輸送ユニットの影が見えた。
ガーディアンの巨大な腕が、療養施設の病棟に振り下ろされる。轟音と共に、壁が崩れ落ち、粉塵が舞い上がった。
「行きますよ、美生奈さん!」
潤葉を抱きかかえる美生奈さんの手を引き、崩落する建物の中を駆け抜けた。
施設の正面玄関から転がり出た、まさにその時だった。二機のシュライクが、彼らの頭上で急制動をかけ、ホバリングを開始する。そして、電磁カタパルトから、純白の巨人と、紺色の巨人が、まるで天からの遣いのように、ガーディアンの眼前に射出された。
アンファングと、シークェル。
『……全く、素人さんのお守りも、楽じゃないわね』
『軍場、篝。民間人の最終避難が完了するまで、対象の足止めを最優先とし、行動を開始する』
篝の皮肉と、軍場の冷静な指示が、コックピットに響く。
駆けつけた救助隊員に潤葉を預けると、アンファングの足元へと走り、ワイヤーでコックピットへと昇っていく。
ハッチが閉まり、慣れ親しんだ空間に身体を固定する。目の前のモニターには、瘴気を撒き散らしながら咆哮する、かつての友の、変わり果てた姿が映し出されていた。
その時、預けられた潤葉が、救助隊員の腕の中から、アンファングに向かって、涙ながらに叫ぶ声が、通信機を通して届いた。
「お願い……! アンファングのお兄ちゃん、お姉ちゃん……!」
その声は、悲痛な祈りだった。
「あの子に……あの子に、これ以上、酷いことをさせないで……! 止めてあげて……!」
美生奈さんは、操縦桿を握る手に、ぐっと力を込めた。
「……行きましょう。あの子の願いを、叶えてあげないと」
「……ええ。分かっていますとも」
目の前の敵は、もはや潤葉の友達ではない。誰かの歪んだ野心によって汚され、狂わされた、ただの狂戦士だ。
ならば、自分たちがやるべきことは、一つ。
『アンファング、発進します』
『攻撃を開始する。アンファングは、我々の援護に回れ』
軍場宗十郎の、感情を排した声が通信回線を震わせる。その言葉と同時に、紺色の巨人『シークェル』は、背部のブースターを点火させ、ガーディアンへと突貫した。
「……了解。我々は、対象の動きを阻害し、シークェルへの攻撃を妨害します」
その声に冷静に応じ、アンファングをシークェルの側面へと回り込ませる。目の前のガーディアンは、もはや対話の余地のない、純粋な破壊の権化。ならば、取るべき戦術は効率的な排除のみ。その点において、シークェルチームの判断力は、感情に揺れがちな自分たちよりも遥かに信頼がおけた。
『お遊びは終わりよ』
篝伊佐那の勝ち気な声と共に、シークェルはその両腕に装備された超硬質タングステン振動ブレードを起動させる。高周波の駆動音が、大気を切り裂いた。
ガーディアンは、その巨体に見合わぬ俊敏さで、シークェルに襲いかかる。以前の、どこか怯えを含んだ動きとは全く違う。その一挙手一投足には、明確な殺意と、生物兵器としての洗練された動きが見えた。
「速い……! 以前の個体とは、運動性能が比較にならない!」
美生奈さんが驚愕の声を上げる。ガーディアンの鋭利な爪が、シークェルの装甲を掠め、火花を散らした。だが、シークェルは怯まない。軍場の完璧な操縦技術は、最小限の動きで致命傷を回避し、即座に反撃へと転じる。
振動ブレードが、ガーディアンの腕の外骨格を切り裂く。甲高い金属音と共に、紫色の体液が飛散した。しかし、ガーディアンは痛みを感じている様子すら見せず、さらに凶暴な反撃を繰り出す。その傷口からは、おぞましい速度で新たな棘が生え始め、自己修復を完了させていく。
「驚異的な再生能力……! これでは、キリがない!」
シークェルの近接戦闘能力は圧倒的だが、決定打を与えるには至らない。その隙を埋めるのが、アンファングの役割だった。
「アームド・ファランクス、腕部ガトリング、連射!」
愛都の指示で、アンファングの両腕から、再び徹甲弾の嵐が放たれる。だが、その目的は破壊ではない。弾幕をガーディアンの顔面と関節部に集中させ、その視界と思考を、一瞬だけ飽和させるのだ。
ガーディアンの動きが、コンマ数秒、怯んだように停止する。その、常人では到底捉えられない一瞬の隙を、軍場は見逃さなかった。
シークェルは、ブースターを逆噴射させてガーディアンとの距離を取ると、その肩部にマウントされた荷電粒子加速砲を展開。莫大なエネルギーが、砲身へとチャージされていく。
だが、ガーディアンもまた、ただの獣ではなかった。その体表に無数にある棘の先端が、一斉にシークェルへと向き、不気味な光を帯び始める。
「エネルギー反応高騰! 熱線攻撃です!」
美生奈さんの警告と同時に、数十条もの紫色の熱線が、ガーディアンから放たれた。それは、まるで生物が作り出したとは思えぬ、極めて指向性の高い、レーザー兵器の雨だった。
「させるか!」
アンファングをシークェルの前面へと躍り出させた。その肩部に装備された、多連装マイクロミサイルポッドのハッチが、全て解放される。
「全弾発射! 目標、敵熱線群! 面で制圧する!」
ミサイルが、白い煙の尾を引きながら、ガーディアンとシークェルの間に弾幕のカーテンを展開する。空中で炸裂したミサイルの爆炎が、熱線の軌道を逸らし、あるいは相殺していく。それでも防ぎきれなかった数条が、アンファングの装甲を焼き、コックピットを激しい衝撃が襲った。
「ぐっ……!」
その、アンファングが文字通り身体を張って作り出した、わずか数秒の時間。それが、軍場にとっては十分すぎる時間だった。
エネルギーチャージを完了した荷電粒子加速砲が、閃光を放つ。
一条の光の槍が、ガーディアンの右腕を、付け根から完全に消し飛ばした。
凄まじい威力。だが、ガーディアンは、まだ倒れない。右腕を失ったにもかかわらず、その再生能力は、傷口を瞬時に焼き切り、出血すら止めていた。そして、その憎悪に満ちた視線は、今や完全に、アンファングへと固定されていた。
「……どうやら、ミサイルが余計だったようですね」
自嘲気味に呟く。ガーディアンを操る誰かは、シークェルよりも、自分たちの存在そのものを、何よりも憎んでいるらしかった。
ガーディアンは、残った左腕を、鞭のようにしならせ、アンファングへと叩きつけてきた。あまりの速度に、回避が間に合わない。
「美生奈さん!」
「はいっ!」
二人の思考が、完全にシンクロする。美生奈さんは、衝撃が来る瞬間に、人工筋肉の張力を最大限に高め、機体の重心を低く安定させる。僕は、慣性制御システムを局所的に発動させ、衝撃を受ける左腕部分の慣性質量を、仮想的に無へと近づける。
轟音と共に、アンファングの巨体が吹き飛ばされる。だが、二人の完璧な連携は、直撃のダメージを、機体が耐えうるぎりぎりのレベルにまで軽減させていた。
しかし、体勢を崩したアンファングに、ガーディアンの追撃が迫る。その口が、大きく開かれ、内部に、先ほどの熱線を遥かに凌駕する、膨大なエネルギーが集束していく。
「最大出力のブレス攻撃……! あれを受けたら、装甲が……!」
絶体絶命。その、誰もが終わりを覚悟した瞬間だった。
『――まだよ』
篝の叫びと共に、シークェルが、ガーディアンの背後から、その胴体へと組み付いていた。そして、アンファングを庇うように、自らの分厚い装甲を、ブレスの射線上に割り込ませた。
「篝三尉!?」
『……この貸しは高くつくわよ』
シークェルの背部装甲が、超高熱のブレスを受けて、赤熱し、融解していく。だが、その鉄壁の防御力は、致命的なエネルギーの奔流を、確かに受け止めていた。
「……今です!」
美生奈さんが叫ぶ。彼女たちの脳裏に、同じ光景が浮かんでいた。キメラ・パラサイト戦。絶望的な状況を、知恵と、勇気と、そして仲間との連携で覆した、あの時の記憶。
「ええ、分かっています!」
好機は、今しかない。
崩れた体勢のまま、アンファングに残された最後の武装――腰部にマウントされたツェルニク・プロジェクターの予備カートリッジを、右手で引き抜いた。
「慣性制御システム、最大出力! 目標、カートリッジ本体! 質量を、極限まで増大させる!」
それは、本来ありえない、狂気の沙汰としか言えない操作だった。慣性制御は、慣性を消すためのシステム。だがその応用で、特定の物体の慣性質量を、逆に増大させるという離れ業をやってのける。それしか手段はなかった。
全長数メートルの予備カートリッジが、その数万倍もの、小惑星に匹敵するほどの仮想的な重さを、一瞬だけその身に宿す。
アンファングは、その、超質量の塊と化したカートリッジを、野球のピッチャーのように振りかぶり、ブレスを吐き終えて無防備になった、ガーディアンの開かれた口の中へと、全力で投げつけた。
それは、砲弾ではなかった。擬似的な、ブラックホール。
ガーディアンの口内に叩き込まれたカートリッジは、その巨体内部で、凄まじい質量崩壊を引き起こした。再生能力の源であるエネルギーコアが、過剰な質量負荷に耐えきれず、内部から暴走。連鎖的に、全身の細胞が崩壊していく。
ガーディアンは、声にならない叫びを上げ、その巨体は、内側から青白い光を放ちながら、ガラス細工のように砕け散っていった。
後に残されたのは、完全な静寂と、機能を停止し、元の植物の姿へと還っていく、哀れな残骸だけだった。
アンファングのコックピットで、荒い呼吸を繰り返していた。そんな中、潤葉の声が、通信機を通して、震えながら届く。
「……ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん……。あの子、やっと、眠れたみたい……」
その、安堵に満ちた声が、二人の疲弊した心に、温かく染み渡った。
その時、蟹江教授からの通信が、コックピットに割り込んできた。その声は、氷のように冷徹で、静かな怒りに満ちていた。
『……ご苦労、二人とも。素晴らしい連携だった』
そして、彼は、衝撃の事実を告げた。
『たった今、今回の事件の首謀者たる、ネズミを捕らえた。君たちの戦闘中に、こちらではガーディアンの体液から特殊な成長ホルモン剤と神経毒を検出してね。その化合物のデータと、完全に一致するものを、彼の研究室のサーバーから発見した。出どころから見ても、確実に黒で間違いないだろう』
モニターに、映像が表示される。そこに映っていたのは、一人の男の、野心と焦りに歪んだ顔だった。
潤葉の悲痛な叫びが、部屋に響き渡る。その言葉の意味を、僕たちが理解するよりも早く、異変は、現実のものとして眼前に現れた。
療養施設の敷地の外れ、あの緑の丘が、不自然に、そして急速に、膨張を始めたのだ。瑞々しい緑は、見る見るうちにどす黒い紫に変色し、大地からは、まるで巨大な腫瘍のような、おぞましい形状の植物組織が、ミシミシと音を立てながら隆起していく。
ほんの数分前まで、穏やかな眠りについていたはずの「友達」の、断末魔の叫び。それが、潤葉の精神を直接苛んでいた。
そして、次の瞬間。膨れ上がった丘の頂点が弾け、中から、以前とは比較にならないほど巨大で、凶悪な姿へと変貌を遂げたガーディアンが、咆哮と共にその巨体を現した。
全長は、優に六十メートルを超える。全身は、刃物のように鋭利な棘と、分厚い外骨格で覆われ、その体表からは、周囲の植物を瞬時に枯らす、毒々しい紫色の瘴気が立ち上っていた。
「どういうことなんだ! 奴はもう、活動を停止したはずじゃ……!」
復活したガーディアンは、明確な殺意を持って、一直線に、彼らが滞在する療養施設へと向かって進撃を開始した。大地が揺れ、窓ガラスがビリビリと震える。
「潤葉ちゃん、今ガーディアンは何て言ってるの!?」
美生奈さんは、恐怖に泣きじゃくる潤葉の肩を強く掴み、必死に問いかけた。
「あの子は……あの子は……『皆を殺したい』って……! うぅ……なんで、なんでなの……!? あんなに、優しかったのに……!」
潤葉は、自らの親友が、理解不能な破壊の化身へと変貌してしまったことに、混乱し、泣き崩れるしかなかった。
その時、愛都が持つ通信端末から、蟹江教授の緊迫した声が響いた。
『物部君、琴吹君、無事かね!?』
「教授! ガーディアンが再活動し、こちらに向かってきます! それに、鳴海潤葉が……!」
『話は聞いている! 東京から、アンファングとシークェルを、今、シュライクで送り込んだ! 到着まで、もって数分だ! 君たちは、なんとか施設から脱出し、それに乗って奴と戦いたまえ!』
あまりに一方的な、しかし、現状ではそれしかない、無慈悲な命令。美生奈は、通信機に向かって叫んだ。
「教授! 彼女が、ガーディアンは『皆を殺したがっている』って…! 何かがおかしいんです! ガーディアンは彼女と心を通じ合わせた。こんなことをするとは……!」
『……分かった』
蟹江の声のトーンが、わずかに、しかし確かな怒りの色を帯びた。
『どうやらこの件、ガーディアンの裏で糸を引いている、不届きなネズミがいる可能性が高い。そちらの詮索は、我々に任せたまえ。君たちの仕事は、目の前の脅威を排除し、これ以上の被害を食い止めることだ!』
通信が切れる。その直後、遠くの空に、輸送ユニットの影が見えた。
ガーディアンの巨大な腕が、療養施設の病棟に振り下ろされる。轟音と共に、壁が崩れ落ち、粉塵が舞い上がった。
「行きますよ、美生奈さん!」
潤葉を抱きかかえる美生奈さんの手を引き、崩落する建物の中を駆け抜けた。
施設の正面玄関から転がり出た、まさにその時だった。二機のシュライクが、彼らの頭上で急制動をかけ、ホバリングを開始する。そして、電磁カタパルトから、純白の巨人と、紺色の巨人が、まるで天からの遣いのように、ガーディアンの眼前に射出された。
アンファングと、シークェル。
『……全く、素人さんのお守りも、楽じゃないわね』
『軍場、篝。民間人の最終避難が完了するまで、対象の足止めを最優先とし、行動を開始する』
篝の皮肉と、軍場の冷静な指示が、コックピットに響く。
駆けつけた救助隊員に潤葉を預けると、アンファングの足元へと走り、ワイヤーでコックピットへと昇っていく。
ハッチが閉まり、慣れ親しんだ空間に身体を固定する。目の前のモニターには、瘴気を撒き散らしながら咆哮する、かつての友の、変わり果てた姿が映し出されていた。
その時、預けられた潤葉が、救助隊員の腕の中から、アンファングに向かって、涙ながらに叫ぶ声が、通信機を通して届いた。
「お願い……! アンファングのお兄ちゃん、お姉ちゃん……!」
その声は、悲痛な祈りだった。
「あの子に……あの子に、これ以上、酷いことをさせないで……! 止めてあげて……!」
美生奈さんは、操縦桿を握る手に、ぐっと力を込めた。
「……行きましょう。あの子の願いを、叶えてあげないと」
「……ええ。分かっていますとも」
目の前の敵は、もはや潤葉の友達ではない。誰かの歪んだ野心によって汚され、狂わされた、ただの狂戦士だ。
ならば、自分たちがやるべきことは、一つ。
『アンファング、発進します』
『攻撃を開始する。アンファングは、我々の援護に回れ』
軍場宗十郎の、感情を排した声が通信回線を震わせる。その言葉と同時に、紺色の巨人『シークェル』は、背部のブースターを点火させ、ガーディアンへと突貫した。
「……了解。我々は、対象の動きを阻害し、シークェルへの攻撃を妨害します」
その声に冷静に応じ、アンファングをシークェルの側面へと回り込ませる。目の前のガーディアンは、もはや対話の余地のない、純粋な破壊の権化。ならば、取るべき戦術は効率的な排除のみ。その点において、シークェルチームの判断力は、感情に揺れがちな自分たちよりも遥かに信頼がおけた。
『お遊びは終わりよ』
篝伊佐那の勝ち気な声と共に、シークェルはその両腕に装備された超硬質タングステン振動ブレードを起動させる。高周波の駆動音が、大気を切り裂いた。
ガーディアンは、その巨体に見合わぬ俊敏さで、シークェルに襲いかかる。以前の、どこか怯えを含んだ動きとは全く違う。その一挙手一投足には、明確な殺意と、生物兵器としての洗練された動きが見えた。
「速い……! 以前の個体とは、運動性能が比較にならない!」
美生奈さんが驚愕の声を上げる。ガーディアンの鋭利な爪が、シークェルの装甲を掠め、火花を散らした。だが、シークェルは怯まない。軍場の完璧な操縦技術は、最小限の動きで致命傷を回避し、即座に反撃へと転じる。
振動ブレードが、ガーディアンの腕の外骨格を切り裂く。甲高い金属音と共に、紫色の体液が飛散した。しかし、ガーディアンは痛みを感じている様子すら見せず、さらに凶暴な反撃を繰り出す。その傷口からは、おぞましい速度で新たな棘が生え始め、自己修復を完了させていく。
「驚異的な再生能力……! これでは、キリがない!」
シークェルの近接戦闘能力は圧倒的だが、決定打を与えるには至らない。その隙を埋めるのが、アンファングの役割だった。
「アームド・ファランクス、腕部ガトリング、連射!」
愛都の指示で、アンファングの両腕から、再び徹甲弾の嵐が放たれる。だが、その目的は破壊ではない。弾幕をガーディアンの顔面と関節部に集中させ、その視界と思考を、一瞬だけ飽和させるのだ。
ガーディアンの動きが、コンマ数秒、怯んだように停止する。その、常人では到底捉えられない一瞬の隙を、軍場は見逃さなかった。
シークェルは、ブースターを逆噴射させてガーディアンとの距離を取ると、その肩部にマウントされた荷電粒子加速砲を展開。莫大なエネルギーが、砲身へとチャージされていく。
だが、ガーディアンもまた、ただの獣ではなかった。その体表に無数にある棘の先端が、一斉にシークェルへと向き、不気味な光を帯び始める。
「エネルギー反応高騰! 熱線攻撃です!」
美生奈さんの警告と同時に、数十条もの紫色の熱線が、ガーディアンから放たれた。それは、まるで生物が作り出したとは思えぬ、極めて指向性の高い、レーザー兵器の雨だった。
「させるか!」
アンファングをシークェルの前面へと躍り出させた。その肩部に装備された、多連装マイクロミサイルポッドのハッチが、全て解放される。
「全弾発射! 目標、敵熱線群! 面で制圧する!」
ミサイルが、白い煙の尾を引きながら、ガーディアンとシークェルの間に弾幕のカーテンを展開する。空中で炸裂したミサイルの爆炎が、熱線の軌道を逸らし、あるいは相殺していく。それでも防ぎきれなかった数条が、アンファングの装甲を焼き、コックピットを激しい衝撃が襲った。
「ぐっ……!」
その、アンファングが文字通り身体を張って作り出した、わずか数秒の時間。それが、軍場にとっては十分すぎる時間だった。
エネルギーチャージを完了した荷電粒子加速砲が、閃光を放つ。
一条の光の槍が、ガーディアンの右腕を、付け根から完全に消し飛ばした。
凄まじい威力。だが、ガーディアンは、まだ倒れない。右腕を失ったにもかかわらず、その再生能力は、傷口を瞬時に焼き切り、出血すら止めていた。そして、その憎悪に満ちた視線は、今や完全に、アンファングへと固定されていた。
「……どうやら、ミサイルが余計だったようですね」
自嘲気味に呟く。ガーディアンを操る誰かは、シークェルよりも、自分たちの存在そのものを、何よりも憎んでいるらしかった。
ガーディアンは、残った左腕を、鞭のようにしならせ、アンファングへと叩きつけてきた。あまりの速度に、回避が間に合わない。
「美生奈さん!」
「はいっ!」
二人の思考が、完全にシンクロする。美生奈さんは、衝撃が来る瞬間に、人工筋肉の張力を最大限に高め、機体の重心を低く安定させる。僕は、慣性制御システムを局所的に発動させ、衝撃を受ける左腕部分の慣性質量を、仮想的に無へと近づける。
轟音と共に、アンファングの巨体が吹き飛ばされる。だが、二人の完璧な連携は、直撃のダメージを、機体が耐えうるぎりぎりのレベルにまで軽減させていた。
しかし、体勢を崩したアンファングに、ガーディアンの追撃が迫る。その口が、大きく開かれ、内部に、先ほどの熱線を遥かに凌駕する、膨大なエネルギーが集束していく。
「最大出力のブレス攻撃……! あれを受けたら、装甲が……!」
絶体絶命。その、誰もが終わりを覚悟した瞬間だった。
『――まだよ』
篝の叫びと共に、シークェルが、ガーディアンの背後から、その胴体へと組み付いていた。そして、アンファングを庇うように、自らの分厚い装甲を、ブレスの射線上に割り込ませた。
「篝三尉!?」
『……この貸しは高くつくわよ』
シークェルの背部装甲が、超高熱のブレスを受けて、赤熱し、融解していく。だが、その鉄壁の防御力は、致命的なエネルギーの奔流を、確かに受け止めていた。
「……今です!」
美生奈さんが叫ぶ。彼女たちの脳裏に、同じ光景が浮かんでいた。キメラ・パラサイト戦。絶望的な状況を、知恵と、勇気と、そして仲間との連携で覆した、あの時の記憶。
「ええ、分かっています!」
好機は、今しかない。
崩れた体勢のまま、アンファングに残された最後の武装――腰部にマウントされたツェルニク・プロジェクターの予備カートリッジを、右手で引き抜いた。
「慣性制御システム、最大出力! 目標、カートリッジ本体! 質量を、極限まで増大させる!」
それは、本来ありえない、狂気の沙汰としか言えない操作だった。慣性制御は、慣性を消すためのシステム。だがその応用で、特定の物体の慣性質量を、逆に増大させるという離れ業をやってのける。それしか手段はなかった。
全長数メートルの予備カートリッジが、その数万倍もの、小惑星に匹敵するほどの仮想的な重さを、一瞬だけその身に宿す。
アンファングは、その、超質量の塊と化したカートリッジを、野球のピッチャーのように振りかぶり、ブレスを吐き終えて無防備になった、ガーディアンの開かれた口の中へと、全力で投げつけた。
それは、砲弾ではなかった。擬似的な、ブラックホール。
ガーディアンの口内に叩き込まれたカートリッジは、その巨体内部で、凄まじい質量崩壊を引き起こした。再生能力の源であるエネルギーコアが、過剰な質量負荷に耐えきれず、内部から暴走。連鎖的に、全身の細胞が崩壊していく。
ガーディアンは、声にならない叫びを上げ、その巨体は、内側から青白い光を放ちながら、ガラス細工のように砕け散っていった。
後に残されたのは、完全な静寂と、機能を停止し、元の植物の姿へと還っていく、哀れな残骸だけだった。
アンファングのコックピットで、荒い呼吸を繰り返していた。そんな中、潤葉の声が、通信機を通して、震えながら届く。
「……ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん……。あの子、やっと、眠れたみたい……」
その、安堵に満ちた声が、二人の疲弊した心に、温かく染み渡った。
その時、蟹江教授からの通信が、コックピットに割り込んできた。その声は、氷のように冷徹で、静かな怒りに満ちていた。
『……ご苦労、二人とも。素晴らしい連携だった』
そして、彼は、衝撃の事実を告げた。
『たった今、今回の事件の首謀者たる、ネズミを捕らえた。君たちの戦闘中に、こちらではガーディアンの体液から特殊な成長ホルモン剤と神経毒を検出してね。その化合物のデータと、完全に一致するものを、彼の研究室のサーバーから発見した。出どころから見ても、確実に黒で間違いないだろう』
モニターに、映像が表示される。そこに映っていたのは、一人の男の、野心と焦りに歪んだ顔だった。
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センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
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古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
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大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
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ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
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上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
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真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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