雑草姫、選ばれし花の庭で踏まれて生きる 〜ガラスの靴は、土いじりには不向きです〜

お月見ましろ

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最終話 ガラスの靴は、土いじりには不向きだわ

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 格式高いリヒトシュタイン王宮の中心部。本来ならば、代々の王妃たちが愛した、完璧に管理された大輪の薔薇が咲き誇るべきその庭園に、今、異変が起きていた。
 
 整然とした左右対称の美しさを無視し、そこには不揃いなハーブや、どこからか風に運ばれてきた名もなき野の花が、気ままに太陽を仰いで揺れている。土は柔らかく耕され、湿った大地の匂いが、かつてこの場所を支配していた冷たい香水の香りを塗り替えていた。
 
 その庭の真ん中、かつて母が「不浄」と呼んだその土壌に、一人の男が立っていた。
 
 若き王となったノア・リヒトシュタイン。王冠の重みに耐え、いくつもの荒波を越えてきたその瞳には、もはや澱みなど微塵もない。
 
「……この国はまだ、君が愛する庭のように自由ではないかもしれない」
 
 背後で足を止めた女性に、ノアは振り返り、優しく、けれどどこかいたずらっぽく微笑んだ。
 
「けれど、僕が一生をかけて、君が好きなだけ根を張れる土を作ると誓うよ。……待たせたね、僕のお姫様」
 
 そこにいたのは、数年前と変わらぬ灰緑の瞳を輝かせたロザリーだった。彼女は王宮に相応しい豪奢なドレスを纏いながらも、その袖を無造作に捲り上げ、手には使い古したスコップを握っている。ロザリーは不敵に口角を上げた。
 
「あら、旦那様、帰ってきていたの?……そうね、もし、私専用のハーブ畑……いえ、お手製『雑草園』を作らせてくれるっていうなら、考えてあげてもいいですよ?」

「それはもうとっくに君のものだよ」
 
 ノアが困ったように、けれど愛おしそうに笑った、その時だった。

「――おい! その貧相な庭はどうした。肥料が足りんぞ、肥料が!」
 
 庭園の入り口から、爆音のような声が響く。隣国の王となったレオンハルトが、相変わらずの不遜な笑みで歩いてきた。
 
「俺の庭の方が日当たりも土もいい。ロザリー、気が変わったら俺の国へ根を張りに来い。その『雑草園』ごと買い取ってやる」
 
「レオ! 君はまた予告もなしに……」
 
 ノアが呆れたように溜息をついた瞬間、さらに賑やかな足音が近づいてきた。

「ロザリー! お待たせしました!」
「お姉ちゃん! 例のブツ、手に入ったよ」
 
 現れたのは、かつて男爵家で共に苦労した妹のリリーと、彼女と結婚して今や商会の主となったフィンだった。 ロザリーが栽培したハーブはリリーの病を癒やし、フィンは長年の想いを結実させ、リリーを妻に迎えた。今や二人は王宮御用達の商人として、世界中を飛び回っている。
 
「フィン、リリー! 来てくれたのね」
「もちろん! お姉ちゃんが頼んでいた、北の果ての極上の球根。手に入れるのに少し手こずったけど、フィンの商売魂でかき集めてきました!」
 
 リリーが誇らしげに掲げた袋の中には、見たこともないほど立派な球根が詰まっている。フィンは相変わらずの調子の良さで、ノアとレオンハルトの間にするりと割り込んだ。
 
「陛下、レオンハルト様。そんなところで睨み合っていないで、早くこれを植えましょう。この花が咲けば、ここは世界一の色彩になりますよ!」

 困ったように笑うノア。苦々しくも「俺が持ってきた肥料の方が先だ!」と対抗するレオ。そして、そんな賑やかな男性陣を尻目に、リリーと手を取り合って「どこに植えようか」と瞳を輝かせるロザリー。
 
 ロザリーは、誰に選ばれるでもなく、自ら選んだ道の先で、軽やかに笑う。
 
 雑草は、花になるために咲いたのではない。
 ただ、生きるためにそこに在る。
 
 その気高い生命力が、冷え切った王宮の土壌を、誰の庭よりも温かく、色彩豊かに塗り替えていた。
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