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幕間 ライオルのたばこ休憩
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しおりを挟むある日の海王軍カリバン・クルス基地でのこと。会議を終えたライオルは、第九部隊の朝の鍛錬に合流するため、訓練用広場に向かっていた。
騎馬師団本部の建物を出たところで、建物の影でたばこをふかす一人の兵士の姿があった。ライオルは見知った後ろ姿を見つけて近づいた。
「ダミアス!」
ライオルが声をかけると、ダミアスはくるりと振り返り、たばこを持った手を上げてにやっと笑った。
「よう色男、久しぶり」
「また仕事を抜け出したんだろ」
「ふざけんな。休憩だって」
ダミアスは笑って言った。
「お前も一本どうだ」
ダミアスはたばこの箱を開けてライオルに差し出した。ライオルは片手を上げてそれを制した。
「俺はもう吸ってない」
「まあいいじゃないか。たまにはつきあえよ、ほら」
ダミアスはライオルの顔の前でたばこの箱を振った。ライオルは少し迷ったが、昔のように二人でたばこを吸うのも悪くないと思い、一本受け取った。ライオルはたばこをくわえると、指先に小さな火を出してたばこに火をつけた。ダミアスはライオルが紫煙をくゆらす様子を眺めた。
ダミアスはライオルが海王軍に入隊した当初からの友人だ。なんだかんだでもう十年のつきあいになる。
ダミアスは騎馬師団第十三部隊の隊長で、つんつんした短い茶髪に垂れ目の美形の男だ。剣の腕が立ち戦略を立てるのもうまいが、色恋沙汰でよく面倒を起こすのが玉に瑕だった。
「お前、最近どうしてるんだ?」
ライオルが言った。
「全然噂を聞かないから、仕事で忙しくしてるんだろ?」
「おい、人を問題児みたいに言うな」
「だってそうだろ。ひまさえあれば街で女引っかけてたくせに」
「うるせえな。お前のほうこそ派手にやらかしてるじゃねえか」
「俺?」
「聞いたぜ」
ダミアスは素早く周囲を見渡し、誰もいないことを確認してから口を開いた。
「お前があのクウリーを潰したんだろ? あいつなにしたんだよ?」
ライオルはゆっくりと白い煙をはきだした。
「……たまたまあいつの罪を見つけちまったんだよ。ヒューベル王に仕える兵士として、見過ごすわけにはいかなかっただけだ」
「クウリー・エディーズはライオル・タールヴィの逆鱗に触れて消されたってもっぱらの噂だぞ。ほんとお前って紳士面して怖いやつだよな」
「噂なんか当てになるか」
「あいつがお前の連れてきた風の魔導師を誘拐して物好きに売り払ったって本当なのか?」
ライオルは事情通の友人をぎろりとにらんだ。
「……誰から聞いた」
「王都裁判所の事務官から」
「ダミアス、そのことはよそで言うな……。王太子候補が人身売買してたなんて世間に知られたくない」
「へえ、本当なんだ! ああ、もちろん外部にはもらさないって。で、どうやって風の魔導師を取り戻したんだ?」
「かくかくしかじか」
「えっ、その変態貴族のいる地上まで奪い返しに行ったのか!? リーゲンスの件といい、お前の行動力とんでもねえな……命がいくつあっても足りねえぞ」
「いいんだよ、もう終わったことだし。無事にクウリーと変態伯爵を潰して一件落着だ。またなにかやらかそうとしたら今度こそ殺せばいい」
「こわ」
ダミアスは壁に寄りかかり、おもしろそうに旧友を見つめた。
「お前がそこまでするなんて、よっぽどその風の魔導師が大事なんだな」
ライオルはひょいと肩を上げただけでなにも言わなかった。
「どんな子なんだよ?」
「とんでもない世間知らずだよ。目を離すとなにをしでかすかわからないから困ってるんだ。おとなしくしてろって言ってもすぐどこかに行っちまうし」
「黒髪で色白の、華奢なかわいい子だろ?」
「は?」
ライオルは目を丸くした。同じ騎馬師団の兵士とは言え、第十三部隊と第九部隊は執務室も遠いし接点はないはずだ。なのにダミアスは知った顔でにやついている。
「ルイに会ったことあるのか?」
「いや、ないよ」
「じゃあなんで黒髪のかわいい奴って知ってるんだよ」
「こないだたまたま店で会った守衛師団第一大隊の奴らから聞いたんだよ。あいつら王宮の警護が仕事だろ? 風を吹かせるために王宮に来るルイ・ザリシャをよく見かけるって言ってたぞ」
ライオルは声には出さずに悪態をついた。どうやらダミアスはルイに興味があるらしい。ダミアスはすれていない純粋で無邪気なかわいい子が好みだ。ルイはまさしくそれに当てはまるので、ライオルは絶対にダミアスとルイを会わせたくなかった。
「すごくかわいい子だから今度声かけてみようって言ってたぞ」
「誰だそんなこと言ってるのは。名前は?」
「なんだったかな。忘れた」
「思いだしたらすぐに教えろ」
ダミアスはぷっと吹き出した。
「お前その子が好きなんだろ。ユーノのことずっと引きずってるのかと思ってたのにな」
「そんなわけあるか。何年前のことだと思ってんだ」
「だってお前最近全然俺と遊びに行ってくれないじゃねえか。違うならたまには行こうぜ。やっぱりお前がいないと前みたいにいかねえよ」
「お前、まだ街をふらふらしてるのか? いい加減にやめとけよ。ポッペルの件でこりたんじゃなかったのかよ」
「ああ、もちろんもう二度と二股はかけないさ。でもあの子たちが俺をほっといてくれなくてさ。しょうがないから、今は誰のものにもならないみんなの自由な恋人ってことにしてる」
「悪化してんじゃねえか……」
ライオルはげんなりして女癖の悪い友人を見つめた。
「次なにかやらかしても俺はかばわないぞ……」
「そんなことにはならないってば」
「信用できないんだよ」
ライオルはたばこをくわえ、ふと向こうからルイがこちらに歩いてくるのを見つけた。軍服を着て、のほほんとした顔で近づいてくる。
「今行くから、先に行ってろ!」
ライオルは慌ててルイに向かってしっしっと手を振った。ルイは途中でぴたりと足を止めた。だが、すかさずダミアスが声をかけた。
「なに、ライオルに用事? ただ雑談してるだけだからいいよ、おいでよ」
ダミアスに手招きされ、ルイは嬉しそうに小走りにやってきた。ライオルは手で顔を覆った。
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