ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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諦められない過去の旋律

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架は、眼下に広がる夜景を見下ろしていた。綾葉は、とうに寝息を立てて、眠りに落ちていた。これで、何回目だろうか。一旦、別れを告げても、なかなか互いに離れ難く、結局、関係は、架が、莉子と結婚しても続いていた。莉子の父親は、復興事業を仕切っている県議員であり、架は、何代も続く大手の建設会社だった。
「絶対、成功させろ」
父親には、きつく言われている。今の事業を成功させるには、莉子の親の力が必要だった。決して、親の家業を継ぐつもりはなかった。ピアノが好きで、将来は、演奏家になりたかった。無理でも、ピアノに関わる仕事をしたかったが、家業のせいで、断念するしかなかった。不注意で、ピアニストの命ともいう、右手を怪我してしまった。二度と繊細な動きができなくなっていた。
「諦めないで」
綾葉は、そう言って慰めてくれた。いつも、架を支えてくれる。将来は、一緒になるつもりだった。家業を継げば、綾葉と一緒になれる。架は、そう、思っていたが、実際は、違かった。親の決めた莉子と、結婚するしかなく、苦労を共にした綾葉と、別れるしかなかった。莉子は、親が決めたとは言え、少しずつ、魅かれていく自分がいた。このまま、何もかも忘れ、莉子と歩んでいけば良かったのだが、綾葉を捨てる事ができず、連絡があると、つい逢ってしまう。逢っていれば、離れられなくなる。そんな時に、莉子の友人心陽と出会った。心陽は、ピアノコンクールで、何度も、優勝していた憧れの女性だった。
「話す時間が取れますか?」
莉子と同級生の心陽は、架に興味を持ち始めた。期待されていた新人が、家業の事故で、ピアノから去らなければならなかった悲劇は、ピアノの奏者の間で、語り継げられていたのだ。心陽は、友人の夫と知りながら、架に魅かれていった。綾葉と架、莉子と心陽の歪な関係が出来上がっていた。架は、ピアノという過去に縛られ、現実を見れないで、いる。綾葉と一緒にいる事で、昔の自分に戻る事ができ、心陽と一緒にいる事で、ピアノと一緒に生きていた輝かしい自分が取り戻せていた。全て、自分の勝手だと、架は、わかっていたが、2人と離れる事が出来なかった。莉子には、出張と言って、綾葉と過ごす時間を作っていたが、心陽は、莉子以外に、女性が居る事に、薄々気付いていた。
「今、どこにいるの?」
心陽から、しつこく、何度もメールが届いていた。最初は、無視していたが、着信が何度もあった。
「仕事だって、言っているだろう?」
話しているうちに、語気が強くなってしまう。
「忙しいんだ。埋め合わせするよ」
「嘘!莉子に言うから」
「待て!」
ちょっとした言い争いで、心陽は、莉子に自分との関係を告げると言いはじまった。
「本当に言うから!」
電話は、そのまま、切れた。
「何か、あったの?」
綾葉は、気付き起きたが、架は、仕事で、トラブルが起きたと説明し、そのまま、帰宅する事にした。
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