ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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あなたにとっての妻とは。

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病室に現れた架を、莉子は、見上げていた。2人の他は、誰もいない。窓から、差し込む暖かであろう陽射しも、冷たく感じる。いつから、だろう。こんなに、冷めた目で、夫を見るのも。ヒビの入った窓ガラスが、そこに新の残した痕跡のような気がして、見守ってもらえていると思い込んでみた。新とは、何でもない。ただ、話の通じる人。そう莉子は、思っていた。自分には、夫がいるし、新には、恋人がいるのは、わかっていた。黒壁とのリハビリの間も、新の様子は、遠くからよく見ていた。自分の担当になって、まだ、ほんの数日だが、彼とのリハビリは、今までの景色を鮮やかな物に変えていってくれた。フラメンコの踊り手でもあったと聞いて、彼なりのリハビリを考案してくれた。莉子を理解しようとする姿勢が、嬉しかった。だが、事件のせいで、莉子の秘めた想いが、明らかになろうとしていた。
「すぐ、帰ろう」
架は、言った。
「両親の側が、安心だと思っていたけど、もう、自宅に帰ろう。リハビリは、自宅に呼んで行えばいい。いいリハビリ師は、すぐ、見つけてやる」
自宅は、あの日のままなのだろうか?
「帰りたくない」
「君の居場所は、あそこなんだ。ここではない」
冷たく抑揚のない声。ステージの隅から、見つめていたあの架とは、程遠い。あの憧れていた人が、夫になると聞いて、どんなに嬉しかったか。だが、一緒になると、架との生活は、中身のないものだった。
「長く付き合った恋人がいたみたいよ」
人の噂は、勝手なもので、残酷にも、莉子の耳に入ってくる。
「あの場所には、帰りたくない。事故を思い出すから」
自分のいない間に、恋人をそこに呼んだんでしょう?そう言いたかったが、言葉を飲み込んだ。事故の直前の記憶はない。何が起き、転落したのかは、誰も知らない。あの日、約束をしていた心陽が、自分を見つけ、救急車を呼んでくれた。あの日、あなたは、駆けつけてくれたの?どこにいたの?莉子は、言いたい言葉を飲み込んだ。
「帰りたくないのは、別の理由があったんじゃないか?」
架の顔は、引き攣った。
「どういう事?」
莉子は、架が、何を言おうとしているか、わかった。リハビリ室で感じた冷たい視線。あの時、入ってこれたリハビリ室の外で、黙って、見つめていた視線は、架の物だった。
「何を勘違いしているの?」
「勘違い?僕には、わかる。君は」
「やめて!あなたとは、違う」
莉子は、絶叫した。久しぶりに、大きな声を出して、少し、咳き込んだ。
「ほどほどにしなさいよ。あんな事があった後だから」
頃合いを見て、看護師が入ってきた。ドアの外に、言い争う声が聞こえたのだろう。安達の破壊したドアは、すぐ、新しいものに変わっていた。
「あんな事の後だから、勿論、部屋は変えるわ。本人の意思もあるから、旦那さんも、落ち着いて考えてみたら?」
看護師が声をかけると架は、赤面して、急足で、病室から飛び出していった。
「心配しているのよ」
そう言いながら、検温準備をし始める。
「一旦、帰って、また、戻ってきてもいいのよ」
そう言いながら、脈診をする。
「戻れるんでしょうか?」
莉子は、考えていた。足が動くなら、すぐ、追いかけて話がしたかった。が・・・本当に、話がしたいのは、架なんだろうか・・。危険を犯した新は、怪我をしちないのだろうか。
「お願いがあるんです。リハビリ室に連れていってください」
莉子は、看護師に頼んでいた。
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