ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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夢を諦めない力を与えて

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藤井にとって、莉子は、娘同様可愛い存在だった。年齢的に、親子というよりは、歳の離れた妹ではあるが、ただ、流されて生きてきた莉子が、フラメンコを始める事によって、生き生きと輝いていく姿に救われる時もあった。藤井の娘は、学生でありながら、スペインに留学に行っている。シングルマザーで、父親は、公然の秘密であった。紙に縛られない関係とは、自分と連れ合いの事で、莉子の婚姻関係が、苦しむだけの関係なら、必要ないと考えていた。紙で縛り付けないと続かない関係なんて、必要ない。藤井の持論だ。ある時は、娘の様に、妹の様に、レッスンを見てきた藤井にとって、莉子の気持ちは、よくわかっていて。二人の間に、何かがあったと思えてならなかった。
「スタジオの生徒さん達の、レッスン前の準備をお願い」
レッスンによって、怪我をしないように、準備体操をしてほしいと伝える。莉子のみのリハビリをする事で、あらぬ噂が立たないように、配慮する。
「合間見ながら、レッスンをお願い。莉子の送迎は、スタッフがするから、ここで、体幹トレーニング。」
スタジオを下見に来た新は、女性が多く、ムッとした空気に、酔いそうになっている。リハビリ病院とは、全く違う雰囲気に、眩暈がしそうだ。
「すぐ、復帰するのは、無理だと思うの。だから、パルマから、始めさせたい」
パルマとは、ギタリストが奏でるメロディーに、合わ拍を入れるのだ。音楽に踊り手が、合わせるのではなく、踊り手を見ながら、音を合わせていく。リズムは、裏や表に入り、その判断は、慣れたものでないと困難だ。
「もう一度、彼女を立たせたいの。協力してほしい」
「どうして、僕が?」
「あなたになら、任せたいと思ったから」
「僕より、いいリハビリ師は、たくさんいますよ」
「そうね。リハビリ師としては、そう言える」
藤井は、のんびりとした口調で、コーヒーを入れている。
「だけど、今の莉子の状態を打破するには、強力な力が、必要なの」
二つ入れたコーヒーのうち、一つを新に差し出す。
「あなたが、結婚しようがどうだろうが関係ない。誰かが、莉子と通う思いが必要なの」
「通い合いなんて・・・」
僕は、思わず、赤面した。
「まぁまぁ・・・若いわね」
莉子のあの時の言葉は、藤井先生の影響だろう。藤井は、失笑した。
「彼女を生きらせるの。わかった?」
藤井先生は、僕に謎の笑みを浮かべると、スタジオの入り口へと向かっていった。時間になるとレッスンの生徒達が、待ってましたとばかり、雪崩れ込んでくる。
「みんな、ストレッチの先生よ。怪我しないように、お願いね」
藤井先生は、僕の気持ちをお見通ししていた。
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