死神の守人

陽の中に映るのは

「なぁ。。。八」
僕は、市神に呼び出された家に入る前に、八に声を掛けていた。どうしても、八に伝えておきたい事があった。
「何だよ。急に改まって」
いつも通りに、八は、ヘラヘラして答えた。
「死んじゃうんじゃないし、改まるなよ」
「そうなんだけど。」
僕は、もう戻れない所まで、来ていると思っていた。
「今まで、ありがとな」
「へ？」
八は、怪訝な顔をした。
「そんな事言うなよ。後で、後悔するぞ」
「今。。。言っておきたいと思って」
僕は、真剣だった。
「これからも、何があっても、友達で居てくるか？」
八は、黙って頷いた。僕は、自信がなかった。僕自身が、僕の事を受け入れられないで、いる。高い門のそばには、市神達が、乗ってきたらしき赤い車が止まっていた。古い門をくぐると、玄関脇に、真っ赤に咲き誇る薔薇が見えた。中では、同じような真紅の花が咲いているのだろう。血生臭い建物の中に、市神達はいた。
「遅れました。」
僕は、頭を下げながら、市神の前に出て行った。何となく、市神の様子が違う。それは、一緒にいる看護師達も、同じで、市神の隣にいた、背の高い看護師が何やら、耳元で、囁いていた。嫌な感じのする奴だ。
「先生？」
その女は、三那月と呼ばれていた。冷たい感じのする女だ。
「いらっしゃいましたよ」
三那月の声が聞こえる間も無く、市神が、手を振り上げてきた。
「ちょっと待って！」
八が、慌てて、横に避け、市神は、空振りした。手には、光るものを持っていた。
「八！」
僕は、八を横目に見ながら、同じ事を考えていた。
「いつもの、市神ではない」
うなづき合った。が、市神は、早い。続くように、一緒にいた看護師達が、それぞれの手に刃物を持ち、切り付けてきた。
「本気だ！」
僕は、持っているバックで、刃物を避けながら、叫んだ。
「市神先生！どういう事ですか？」
意外と、市神達の動きは早い。家の中に入るのを諦め、外に出ようと踵を返すが、戸は、音を立てて閉まっていた。
「嘘！」
僕と同じく鞄を振り回していた八が呟いた。
「こんな目に会うなんて、俺達、なんかしました？」
ふらふらと追い詰められ、八は、柱を背にして叫んだ。
「悪いわね」
三那月は、笑った。
「何を言っても、届かないと思うわ」
市神の意識は、どこかに飛んでいた。あの眩しい位の力を放つ両手は、闇の染まっていた。
「市神先生！」
八は、大声で叫んだ。
「目を覚ましてください！」
叫ぶ八目がけて、三那月は、覆いかぶさっていた。女とは思えない力で、八を組みふした。僕は、市神の右手が、思うより早く、切りつけようと、動いてくるので、八を助けに行けない。
「うわ！」
倒れていた八の首筋を、三那月の刃物が掠めていった。
「八！」
気を取られた。その瞬間、市神の持つ刃物が、僕の腕を斬りつけていた。刃物は、小型のメスだった。
「ヒェ」
横目で、僕の鮮血が飛び散るのを見た八が悲鳴を上げた。
「先生。本気だ」
「そうみたいだ」
僕は、右手で、切り付けられた左手を押さえた。市神の目は、身開いたままだ。僕を見つめている訳ではない。市神の意志は、どこかに飛んだままだ。
「いつまで、持つかしら」
三那月の刃物は、八の喉元に振り下ろされた。
「まった」
八は、両手で、刃物を抑えようとした。指の間から、鮮血が飛び散った。
「八！」
「うわ。。」
鋭い痛みが、広がっていくのが、わかる。市神は、遠慮なく、僕を切りつけようとしていた。
「蓮！」
八が、叫んだ。それは、八が、襲われたから、発した声ではなかった。もう、僕は、我慢できなかった。
「蓮！やめろ！」
八は、絶叫していた。けど、僕は、もう、抑えられなくなっていた。僕の背中は、熱く燃えていた。三那月の甲高い悲鳴が上がり、八を押さえつけていた体は、戸を突き破り外に飛んでいた。そして、市神の両手をしっかりと押さえつけた僕の、右腕には、細かい鱗が生えていた。
「蓮。。。だめだよ。我慢しないと」
泣きそうな声で、八は呟いた。
「もう、遅いよ。。八」
突き破られた戸の奥は、紅い光に包まれていた。三那月を庇うかのように、たくさんの白衣を来た女達が、現れていた。
「来た。。」
こうなると思っていた。僕は、市神を床に寝かせ、八を抱え上げた。
「居場所が、バレてしまったわね」
吹き飛んだ三那月が、体を起こしながら言った。口元からは、幾筋もの鮮血が流れていた。
「探していたのよ。あなた達を」
三那月は、目の前に立つ男に言い放った。恐ろしく長い翼の影が、陽に映えていた。