上 下
11 / 75

月は重なり、冥府の星は影になり

しおりを挟む
「すっかり、この環境になれたわね」
勿論、私もだけど。犀花は、自分で、作ったあまり、美味しくない弁当を箸で突いていた。ナチャが現れて、確かに、自分の待遇が変わってきたと感じている。それは、度重なる嫌がらせも、ナチャの力で、回避できたし、ほんの少し、怪我しない程度に、仕返しする事ができた。いつも、誰かに虐げられていた中で、いつの間にか、下ばかり、見ていた日が、ナチャが現れた事で、少し、自分が、変わった気がした。こんな自分を慕ってくれる他者がいると思うと、孤独に悩んでいた時が嘘の様に、消えていった。確かに、ナチャは、蜘蛛のいわゆる使い魔で、声も高くビジュアル的に、気持ちは悪い。が、気持ちは、優しく、この犀花を気に掛けてくれている。その存在が、嬉しかった。
「でも。。」
気になっている事がある。
「マスターと呼ぶのは、止めてくれない」
「そんなマスター。無理っす」
「だから」
自分は、どこからきたのか。マスターと呼ぶのは、何故?
「知りたいっすよね」
「それはね」
あまりにも、色んな物達が、関わり始めている。知らない間に、自分のいる世界が変わったようだ。
「どうして、マスターが、ここにいるのか、知りたいっす」
ナチャは、言った。
「本当は、ここにいるべきじゃない。全く、この日本ていう国は、マスターに合わない」
自分でも、ここは、居場所でないとは、思っていた。この空気に、体が、馴染まない。
「そう言われてみると、納得する」
ここではない。自分も、何ども、そう思ってきた。
「マスター。連れて行きたいっす。そして、俺らの世界も見てほしいっす。絶対、力が戻ります」
「力が戻るね。。。」
戻ったとて、正体のわからない者達に、翻弄される。何が、目的で。集まってくるのかは、わからない。
「マスター。帰りましょう」
ナチャは、突然、言い放った。
「帰るって?」
飛行機代なんて、自分には、出せない。咄嗟に、犀花は、思った。
「いやいや。。。そんな事しなくても」
ナチャは、くるくると、地面を這い出した。
「どうするの?」
犀花は、踊り出すナチャに聞いた。
「忘れてるんですね」
ナチャは、細い銀の糸を吐き出しながら、忙しく動き回った。
「地は、繋がっているって、言っていたじゃないですか?」
「そんな事、言っていた?」
白い糸は、縦にも、横にも、つながり1枚の小さな円になっていった。ナチャが、地面をとんと蹴ると、丸く編まれた小さな布は、犀花の座っている膝の上に落ちた。
「昔みたいに、手のひらに乗せてみて」
丸い円の形をした小さな布は、犀花の掌に、小さな水溜まりを作り上げていた。
「覗いてみてほしいっす」
キラキラと輝く円は、まるで、空に浮かぶ月の様だった。覗き見ようとして、犀花は、それが夜空に浮かぶ月である事に気づいた。
しおりを挟む

処理中です...