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霧たちのぼる夕暮れ。向かいに立つのは。

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犀花の首を締め上げていた手が、ピックと震えた瞬間、力が抜けた。犀花は、腕から逃れ、激しく咳き込んだ。
「困った人」
白夜狐は、犀花が無事なのを確認すると、真冬の手を取った。
「勝手な事はしないで、欲しい」
「止めるんですか?」
「大事なお客様だと言ったはず」
「客なんかでは、ない。」
「無事に帰すつもりだ」
白夜狐は、真冬をつかん腕に力を入れた。
「こちらから、手を出してはならぬ。いらぬ災いを持ち込むな」
そばに控えていた狐目の少年が、おずおずと口を開いた。
「あ。。あの。俺が、余計な事を言ったので」
「お前が?」
「び。。白夜狐様が、余計な事に気をとられると思って」
「私が?」
白夜狐は、亜黄と呼ばれる狐目の少年の顔を見下ろした。
「真冬様との約束を守らなくなる気がして。。。それでは、我らも、主様も困りますので」
真冬は、冷たい目線を犀花に投げた。
「気にされている故、試しにきてみた。何故、この娘が気になる?」
白夜狐は、真冬に聞かれて、言葉に詰まった。
「う。。ん」
「言葉に詰まるのだな。その娘は、返しても良い。ただ、約束は、守るのだぞ」
「約束」
白夜狐は、首を傾げた。
「何だっけ?」
亜黄は、慌てて肘で、突いた。
「娶る約束ですよ。子を設けて、赤森の石棺に始まる守台をつなげるって」
「あぁ。。。大昔の話」
「ではない」
真冬は、打ち消した。
「社の守りも落ちてきている。白夜狐は、もう、主様の言葉を忘れた
のか?」
「待て待て、ここで話す事ではない」
白夜狐は、犀花の手を取った。
「帰りますか?」
「できれば」
真冬の眉間の皺が深くなったが、白夜狐は、気づかないふりをした。
「今日は、いろいろあって疲れたでしょう」
白夜狐の目は、美しい。右目と左目の色が、ほんの僅かに違う。青い瞳と灰色の瞳。交互に、見つめると、気分が、落ち着いてきた。
「一度に、いろんな事があって、考えるのも、大変だよね。どうして、君は、ここにきたの?君にとって、危険な場所なのに」
もう、後半の言葉は、犀花の耳に届かなかった。ふわりと、白夜狐の腕に倒れ込み、彼は、そっと、抱き上げた。
「送ってくる」
「白夜狐様!」
真冬は、引き止めようとした。
「真冬。魔猫も放してやれ。彼女は、悪くない」
「ですが」
「起きるべきして、起きている。赤森も、危険な波動がある。地の底から、嫌な波動がある」
「やっぱり。。」
「こんな事をしている暇はない。すぐ、赤森にいくぞ」
白夜狐は、亜黄に指示を出すと、犀花を抱え、宙に消えていった。
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