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遠き山に、夕陽は落ちて。

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陽だまりが恋しい。いつだったか、遠い日に自分は、暖かい日差しの中に居た。自分にも、名前があった。
「なんて。。名前だったか?」
魔猫は、ふと、考えた。あまりにも、長い時間存在しすぎていて、自分の名前が思い出せない。
「大好きよ。。」
額に触れた唇の感触だけが、思い出される。魔猫の額には、薄く模様が浮き上がっている。三本の線に重なるようにMの文字が見える。
「女神の祝福の印なんだ」
誰かが言った。
「女神って?」
魔猫は、遠い日に思いを馳せた。自分の見上げる玉座には、長い足を組んだ女性の姿が見える。長い髪を胸元に垂らし、髪には、光り輝く宝石が編み込まれている。
「紅魔。。。大好きよ」
甘い髪油の香りがする。
「あぁ。。。」
魔猫は、泣いた。女神がいた。自分が、長く仕えていた。愛おしく存在する主が遠い日にいた。魔猫の額にキスをし、それは、消えない印となっていた。
「どこに。。。」
どこに消えた?あの日から、幾つもの夜が、通り過ぎていった。女神と崇めた主は、どうして消えた。
魔猫は、泣いた。細く長い声だった。
「どうして、自分は、生きている?」
「約束して。。。」
魔猫の耳が動く。懐かしい声が脳裏に浮かぶ。
「自分からは、決して、命を絶たないと。約束よ。紅魔」
紅魔。
魔猫の耳が、ピクっと、動く。主人は、亡くなった。夫となる人を亡くし、悲しみの中、その命を終わらせている。
「きっと。。。きっとよ。探して。私の代わりに、探し出してよ」
魔猫の額に、優しく口づけをした主は、旅立った。
「誰を探せと。。」
幾つもの世界を渡り歩いて、ようやく見つけた相手は、もはや、何も覚えていなかった。多くの人を殺め、そのせいで、魔猫の主まで、命を絶たなければならなかった事を。
「犀花。。。ようやく、見つけた」
細かく散らかったパズルのかけらを、ようやく、魔猫は、見つける事ができた。
「あとは。。。」
どんなに、探しても主の痕跡は、見つからない。ようやく、見つけた主の思い人は、やはり、犀花の側にいた。
「どうして、あの女の元にたどり着いたのか」
魔猫は、低く唸った。どうしても、合わせたくない2人だったが、まだ、互いの事は、覚えていないようだった。
「何もなく、過ごせる?そんな事あるものか。。」
ゆっくりと石棺の上から、魔猫は、降り立った。
「あの魔女も、同じ目的で、ここに現れたのだろう。。。眠りから、起こしてなるものか」
魔猫は、石棺の置かれた山々から、飛び立つように、夕日へと走り去っていった。
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