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虚構の家

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白夜狐は、犀花の家に入るとそっと、ベッドの上に降ろした。意識は、戻ったはずだが、現実を受け入れられないのか、眠り続け、瞼がかすかに動くだけだった。白夜狐の唇が、そっと犀花の額に触れる。
「こうなるのは、避けたかった」
犀花の母親の顔をした女性が現れた。
「連れ戻すのを望んだのは、僕だった」
白夜狐は、犀花の顔を見下ろす。
「ご苦労。もう、犀花を見張らなくていい」
白夜狐は、右手を振り上げ女性の姿を消そうとしたが、女性が口を開きかけたのを見て、手を下げた。
「迷っているのでは?」
犀花の母親の振りをして、見守っている依代が、白夜狐に言う。
「迷う?僕が?」
「長い時間をかけて、待っていたが、現れたのは、1人ではなくて、2人だった。きっと、1人だけだったら、迷わなかったはず。だけど、キリアスの魂が入り込んだ身体には、別の魂があった」
白夜狐は、ふと遠い目をした。
「目覚めさせてはいけなかった」
白夜狐が右の拳を開くと満開に咲き開いた青い炎の花びらがあった。少しずつ、気づかれないように、犀花の額に、触れようとする。
「何をするのです?そんな事をしたら、犀花まで、死んでしまう」
「このまま、2人がダメになるなら」
「今までの、努力を無駄にするのですか?この少女を守ろうと事故で、何人もの依代達が消滅させられた」
何年か前の事故は、目覚めようとしたキリアスを、再び、眠りに付かせようと、意図的に起こした事故だった。犀花の父親役も、役目を果たす為、命を失くしている。
「このまま、キリアスを消滅させましょう」
「僕は・・・」
白夜狐は、首を振った。
「キリアスだけを消滅させる事なんて、できる筈がないわ」
白夜狐は、その声にハッとして、右手を引いた。振り向いた先には、真冬が今までの様子を見ていたかのように、腕を組んで立っていたのだ。
「柊雨。長い時間をかけて待っていた様だけど、無駄だったの。結局、何度、転生してもキリアスは変わらない。いつか、犀花の魂を食い尽くし、また、災厄の神として戻るだけ・・・何度も、見ていたでしょう」
真冬が、片手を上げると、その掌からは、赤く燃えた剣が、姿を現す。
「ここで、終わりにしましょう。ナチャやハワードの不幸も、あなたが、キリアスを連れて行かなければ、起こらなかった」
白夜狐は、真冬が犀花の体に剣が振り下ろされるのを、力無く見ていた。が
「待って!」
やはり、体が動いて、神典で、剣を跳ね飛ばす。
「だめだ。だめなんだ・・・」
白夜狐は、真冬の剣を跳ね飛ばしただけでなく、真冬の両肩を掴んで、叫ぶ
「僕が、やらなくては、ダメなんだ」
「だったら・・・自分で、やりなさいよ」
真冬は、冷たく言い放つ。
「あなたが、逃したから、始まった事よ。全て、この地から始まった」
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