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第4章 ジャンヌの西進
閑話33 クロエ・ハミニス(オムカ王国ジャンヌ隊副隊長)
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隊長殿が帰還されて2日が経った。
それでも隊長殿は目を覚まさない。
軍医ができる限りの治療をして首を振った時、ウィットがその胸倉を掴んで騒ぎ出したのにはびっくりした。
軍医に言っても意味のないことなのに、あいつにあんな熱いところあったなんて初めて見た。
そして今朝。
早馬に連れてこられて疲労困憊という様子のオムカから来た医者が到着して、隊長殿を診てくれた。
けど薬と包帯を取り換える以上のことはできなかったことには、私を含め、誰もが落胆をした。
リナさんは食を断って看病に当たっていた。
彼女のことを思うと複雑な気分になる。確かに彼女はオムカの人たちにとって仇だ。ザインのことを思うと腸が煮えくり返る。
けど、普段の彼女を知ってしまった以上、そして隊長殿への想いを感じれば感じるほど、責める言葉はなくなる。
というより、自分自身にどこか力が入らない。
今の私にはウィットみたいな熱さも、リナさんのような献身の熱もない。
ただお日様が消えた世界みたく、何もかもがなくなってしまったようでぼんやりと日がな過ごすことになった。
だから砦の修復作業でもミスばかりで、ウィットから聞きたくもない小言を言われる始末。副長の座を降りろとまで言われた。
けどそれがなんなの。
私たちは隊長殿の旗下、ジャンヌ隊だ。
その隊長殿がいないのに、一体どうしろっていうの。
隊長殿の心配と、気の乗らなさと、ウィットへの苛立ちと、もやもやして爆発しそうになったので、井戸で頭を冷やしていると、珍しい来訪者が来た。
「おぅ、元気かクロエ」
声をかけられて振り返る。
そこにはサカキ師団長の大きな体があった。
この体が、隊長殿を背負って半日山道を歩き続けてこの村まで運んできたのか。
そう思うと、感謝の言葉もない。てゆうかこの人、自分も体中傷だらけになりながらもそれを成し遂げて、さらにもう元気に動き回っているのだから化け物としか言いようがない。
「怪我人がこんなところで、どうしたんです?」
「あんなの怪我のうちに入るかよ。それにジャンヌを背負ってりゃ怪我なんてみるみる回復すらぁ」
いや、そう言ってのけるの私と貴方だけです。
さすがファンクラブ会員番号ナンバー2。
「で、何の用です?」
「おいおい、用がなくちゃ来ちゃいけないのかよ……ならば、ファンクラブ会員の掟! ジャンヌ・ダルクは!」
「あ、すみません。ちょっと今。そういうテンションじゃないので」
「寂しい事いうなよ。てかやっぱり重症じゃねぇか。お前がジャンヌの話に乗ってこないなんて」
「そうなんでもかんでも隊長殿隊長殿って言ってるつもりはないんですけど……なんですか、その目は」
はぁ……てかやっぱりその件か。
隊長殿が目を覚まさない。それで自分が駄目になった思われているんだろう。
「で? 帰還ですか? 左遷ですか? 邪魔ならそうと言ってくれればいいのに」
「おいおい、自棄になるなって。お前の気持ちも分かるけどよ」
「もういいんです。冷めちゃいましたから」
「冷めたやつがあんなこと言うか? 『隊長殿に託されたあんたが、生きるのを放棄するな!』だって? 熱いところまだあるじゃないの」
う……この人にも伝わってたか。
まぁしょうがない。あんなことすればそうなる。
隊長殿が帰還される前日。
逃げて帰って来た人たちの中にサールがいた。
わんわん泣きわめく傷だらけの彼女を張ったおして理由を聞くと、隊長殿を途中まで守っていたが、彼女の兄であるフレールが死んだことを聞き半狂乱状態になってしまったらしい。
それで師団長に隊長殿を任せ、自分は敵に向かって暴れ回ったということだが。
『もう……殺してください。兄も、ジャンヌさんもいなくなって……生きていけない』
それでそんなことを言ってのけたサールに対して、カチンときて一発くらわして言ってやったわけだけど……。
「ま、ただ自棄になって変な気を起こすなってことだ。ジャンヌが戻った時、あいつが悲しむからよ」
「信じてるわけですか。隊長殿が戻ってくると」
「当然だろ。俺のジャンヌがこんなところで死ぬタマかよ。絶対生きて戻ってくる。だからそれまで、帰る場所を守らないとだろ。お前は、どうなんだ?」
言われ、気付いた。
そうだ。言われていた。
ここを守るように、隊長殿から。
忘れていたわけではない。
私が隊長殿のお言葉を忘れるわけがない。
てゆうかそれを認めるとこの人が隊長殿を信じていて、自分が信じていないということだから、やっぱりかなり混乱していたってことだ。そういうことにする。
てかそれを師団長とはいえナンバー2に指摘されるのが癪でならない。
そしてあのウィットにデカい面されたままというのも我慢ならない。
こうなったらクロエ・ハミニス。隊長殿の右腕として、ここから挽回するっきゃない!
「っしゃあ! やってやりますよ!」
頬を両手でパンと張って気合を注入。
「ん、その意気だ。ジャンヌも喜ぶだろ」
嬉しそうに笑う。
この人はやっぱり私を気にして来たのだろう。これまであまり話したこともなく、雲の上の存在だったけど、隊長殿のファンクラブを介してなんとなく距離が近くなったような気がする。
いや、距離が近くなったといえば……。
「あの、ちょっと聞いていいですか?」
「ん、どうした?」
さっきから気になっていた。
あまりに自然な会話の流れ過ぎて、スルーしてしまったけど、よくよく考えたらおかしい。
これまでのの師団長と違って、果てしなく違和感がある。
つまり――
「なんで隊長殿を呼び捨てなんですか」
「ん? おお、それか。いやー、それ聞いちゃうかー、でゅふふふ」
何やら目を輝かせて照れ笑いするオッサン1名。果てしなく気持ち悪かった。
「ふっふ。まぁ、俺もまた一皮むけたというか。もう昔の俺じゃないのさ」
「あ、分かりました。頭やっちゃったんですね。ご愁傷さまです」
「違ぁーう! そう、俺とジャンヌは、危機を一緒に乗り越えることによって一つになったのさ。もうちゃん付けなんて軽い気持ちで呼ばない。対等の立場で呼び合う関係……ふっ、そういう意味では男と女ってわけだな」
それは今年に入って一番の衝撃的発言だった。
一瞬頭が真っ白になり、これまでの会話を反芻して、それでもやっぱり信じられなくて、自慢げに話すこの男に対する怒りと不安と不信と、若干の殺意がないまぜになる。
「な、な、なななな! なんですとー!」
この男! なんてことを言いやがりましたか!
偉い人でも言っていい事と悪いことがあります!
「なんですか、それは! 許せません! ファンクラブの掟、第3条を忘れたんですか! 決してジャンヌ・ダルクと一線を越えるなかれ。彼女は崇拝対象であって、人ではない、と!」
「いや、お前も色々一線超えてる気がするが……」
「聞こえません! 何があったか話してください!」
「なんて都合の良い耳!? ふっ……けどよぉ。さすがにそればっかりは話せねぇなぁ。なんてったって、未来の妻のピロートークになるんだからな」
「つ、つつ、ツマ!?」
わけが分からない。一体何があったんだというのか。
でも隊長殿がこうも言わせるようなことをするはずが……いや、怪我で朦朧していたなら、いかに隊長殿とはいえガードが甘くなる。
そして既成事実を作ってしまって、あとはなし崩し的にゴールインする可能性もかなり高いと見た!
こうなったらこの男……埋めるしかない。
大丈夫。相手は猛将といえどこっちもあのニーアと対等に渡り合った使い手。
なら今。そっぽを向いて哀愁漂わせている相手なら、背後から襲って――
「恋バナの匂いがします!」
「きゃわっ!?」
突然の闖入者に思わず悲鳴を上げていた。
いつの間にか来たのか、リンドーが興味津々な顔で私たちの間に入り込んできた。
「お、リンドーちゃんも聞くかい? 俺とジャンヌの熱い語りを」
「な、なんと! 先輩が!? あれ、でも先輩ってあのジルって人のじゃなかったんですか?」
「ふっ、まだまだ青いなリンドーちゃんは。ジルなんかにジャンヌはもったいないのさ。そう、ジャンヌは俺のような男に似合う」
「嘘です! きっと隊長殿は怪我で熱に浮かされてたのです! そうでなきゃ、どうしてこんな筋肉ダルマ!」
「きっ、筋肉ダルマ……ええい、聞いていれば知ったような口を! お前、上官を敬うって言葉を知らんのか!」
「何が上官ですか! ファンクラブナンバー2のくせに! 軍でもナンバー2のくせに! もうこうなったら除名です! ファンクラブから永久追放です!」
「それがどうした。俺にはもうジャンヌと一緒になる未来が見える」
「ほぉー、ついに薬に手を出しちゃいましたか!? 幻覚が見れるなんて末期です!」
「お前に言われたくないわ!」
あーいえばこーいう。
本当に面倒ですね、この手合いは。
「ちょーーーーと待ったぁ!」
と、ヒートアップしていく私と師団長の隊長殿争奪戦に、リンドーが体ごと割り込んできた。
「お二人の気持ちはよーーく分かりました。先輩への想い。その深さに」
「当然でしょ。隊長殿は私の隊長殿なんですから」
「いーや。ここは生死を共にしたオレだろ」
「まぁ、それぞれ主張はあると思いますが……その前に、クロエさんは同性ですよね?」
「え? 愛に性別は関係ないでしょう?」
何を今さら。
そんな質問に何の意味があるのかまったくもって理解できない。
「そうだぜ、関係ない!」
「ううーん、確かにそういうのはありますけど……ん? そういえばなんでサカキさんまで同調するんですか?」
「え? あ……いや、それはなぁ。うん、ノリだ!」
急にどもる師団長。変な感じ。
ま、いいや。どうせ幻覚だろうし。
「まぁいいです! とにかくこの恋の三角関係ドキッ水着だらけの湯煙殺人事件はこの恋愛マスターのわたしが預かります!」
なんかリンドーがかなりノリノリだ。
けど言っている意味が1つも分からない。
師団長も同じらしく、共に首をかしげる。
「ともかく! これは先輩が回復してから、しっかり4人で話し合いましょう!」
「いや……それはそうなのかもしれないけど、なんでリンドーも?」
「私が恋愛マスターの称号を持っているからです! それが正義だからです!」
やっぱり意味が分からない。
けどそんな私たちを置き去りにして、リンドーはビシッとこちらに指をさし、
「というわけでここでの言い争いは終了です! いいですか? 私がいないところで勝手に話を進めちゃだめですよ!」
言いたい事だけ言って満足したのか、リンドーは踵を返すと颯爽と立ち去ってしまった。
「…………」
「…………」
残された私たちは言葉もなく、視線を合わせると、深く嘆息した。
「……ま、そうですね。隊長殿が回復してからにしますか」
「あぁ、そうだな……」
2人してどこかテンションが低くなっている。
あの圧倒的な熱量に当てられて、頭が冷えたのかもしれない。
「しっかし、元気だな。あのリンドーってのも、お前も」
「ま、それだけが取柄ですから」
「ふむ……じゃあ、ちょっと頼んでいいか?」
「隊長殿の仲を取り持つこと以外ならなんでも」
「蒸し返すなよ。そうじゃない。今後のことだ」
「今後?」
「あぁ、正直、今の状況はマズい。皆ジャンヌのことでがっくし来てる。今攻められたら負けるぞ」
「そうですね。でもそこをなんとかするのが師団長の手腕なのではないですか?」
「それはそうなんだけどな。俺も傷は癒えたが、正面きって戦うのはまだ少し時間かかる。だから今は正面からどうにかする場面じゃない。搦め手を使って時間を稼いで体力を回復させるんだ」
「確かにそうかもですが……それ隊長殿以外に誰ができるんですか」
「いるだろもう1人。ジャンヌと同じ、軍師格の男で、無傷じゃないがピンピンしてる野郎がよ」
あ、なるほど。
でも私もそれほど接点がないからなぁ……。
「頼むよ、あいつ。苦手なんだよ」
私だってそうだ。
けど、まぁ……仕方ないですね。ファンクラブナンバー1としては、こういうところで懐の深さを示さないと。
「分かりました。けどその代わり、隊長殿と何があったか聞かせてくださいよ」
「それは断る」
「なんで!?」
「なんでも断る」
それから、あーだこーだと言い合いをしているうちにめんどくさくなって、こちらから折れることになった。
あーもう、しょうがない。行くか!
それでも隊長殿は目を覚まさない。
軍医ができる限りの治療をして首を振った時、ウィットがその胸倉を掴んで騒ぎ出したのにはびっくりした。
軍医に言っても意味のないことなのに、あいつにあんな熱いところあったなんて初めて見た。
そして今朝。
早馬に連れてこられて疲労困憊という様子のオムカから来た医者が到着して、隊長殿を診てくれた。
けど薬と包帯を取り換える以上のことはできなかったことには、私を含め、誰もが落胆をした。
リナさんは食を断って看病に当たっていた。
彼女のことを思うと複雑な気分になる。確かに彼女はオムカの人たちにとって仇だ。ザインのことを思うと腸が煮えくり返る。
けど、普段の彼女を知ってしまった以上、そして隊長殿への想いを感じれば感じるほど、責める言葉はなくなる。
というより、自分自身にどこか力が入らない。
今の私にはウィットみたいな熱さも、リナさんのような献身の熱もない。
ただお日様が消えた世界みたく、何もかもがなくなってしまったようでぼんやりと日がな過ごすことになった。
だから砦の修復作業でもミスばかりで、ウィットから聞きたくもない小言を言われる始末。副長の座を降りろとまで言われた。
けどそれがなんなの。
私たちは隊長殿の旗下、ジャンヌ隊だ。
その隊長殿がいないのに、一体どうしろっていうの。
隊長殿の心配と、気の乗らなさと、ウィットへの苛立ちと、もやもやして爆発しそうになったので、井戸で頭を冷やしていると、珍しい来訪者が来た。
「おぅ、元気かクロエ」
声をかけられて振り返る。
そこにはサカキ師団長の大きな体があった。
この体が、隊長殿を背負って半日山道を歩き続けてこの村まで運んできたのか。
そう思うと、感謝の言葉もない。てゆうかこの人、自分も体中傷だらけになりながらもそれを成し遂げて、さらにもう元気に動き回っているのだから化け物としか言いようがない。
「怪我人がこんなところで、どうしたんです?」
「あんなの怪我のうちに入るかよ。それにジャンヌを背負ってりゃ怪我なんてみるみる回復すらぁ」
いや、そう言ってのけるの私と貴方だけです。
さすがファンクラブ会員番号ナンバー2。
「で、何の用です?」
「おいおい、用がなくちゃ来ちゃいけないのかよ……ならば、ファンクラブ会員の掟! ジャンヌ・ダルクは!」
「あ、すみません。ちょっと今。そういうテンションじゃないので」
「寂しい事いうなよ。てかやっぱり重症じゃねぇか。お前がジャンヌの話に乗ってこないなんて」
「そうなんでもかんでも隊長殿隊長殿って言ってるつもりはないんですけど……なんですか、その目は」
はぁ……てかやっぱりその件か。
隊長殿が目を覚まさない。それで自分が駄目になった思われているんだろう。
「で? 帰還ですか? 左遷ですか? 邪魔ならそうと言ってくれればいいのに」
「おいおい、自棄になるなって。お前の気持ちも分かるけどよ」
「もういいんです。冷めちゃいましたから」
「冷めたやつがあんなこと言うか? 『隊長殿に託されたあんたが、生きるのを放棄するな!』だって? 熱いところまだあるじゃないの」
う……この人にも伝わってたか。
まぁしょうがない。あんなことすればそうなる。
隊長殿が帰還される前日。
逃げて帰って来た人たちの中にサールがいた。
わんわん泣きわめく傷だらけの彼女を張ったおして理由を聞くと、隊長殿を途中まで守っていたが、彼女の兄であるフレールが死んだことを聞き半狂乱状態になってしまったらしい。
それで師団長に隊長殿を任せ、自分は敵に向かって暴れ回ったということだが。
『もう……殺してください。兄も、ジャンヌさんもいなくなって……生きていけない』
それでそんなことを言ってのけたサールに対して、カチンときて一発くらわして言ってやったわけだけど……。
「ま、ただ自棄になって変な気を起こすなってことだ。ジャンヌが戻った時、あいつが悲しむからよ」
「信じてるわけですか。隊長殿が戻ってくると」
「当然だろ。俺のジャンヌがこんなところで死ぬタマかよ。絶対生きて戻ってくる。だからそれまで、帰る場所を守らないとだろ。お前は、どうなんだ?」
言われ、気付いた。
そうだ。言われていた。
ここを守るように、隊長殿から。
忘れていたわけではない。
私が隊長殿のお言葉を忘れるわけがない。
てゆうかそれを認めるとこの人が隊長殿を信じていて、自分が信じていないということだから、やっぱりかなり混乱していたってことだ。そういうことにする。
てかそれを師団長とはいえナンバー2に指摘されるのが癪でならない。
そしてあのウィットにデカい面されたままというのも我慢ならない。
こうなったらクロエ・ハミニス。隊長殿の右腕として、ここから挽回するっきゃない!
「っしゃあ! やってやりますよ!」
頬を両手でパンと張って気合を注入。
「ん、その意気だ。ジャンヌも喜ぶだろ」
嬉しそうに笑う。
この人はやっぱり私を気にして来たのだろう。これまであまり話したこともなく、雲の上の存在だったけど、隊長殿のファンクラブを介してなんとなく距離が近くなったような気がする。
いや、距離が近くなったといえば……。
「あの、ちょっと聞いていいですか?」
「ん、どうした?」
さっきから気になっていた。
あまりに自然な会話の流れ過ぎて、スルーしてしまったけど、よくよく考えたらおかしい。
これまでのの師団長と違って、果てしなく違和感がある。
つまり――
「なんで隊長殿を呼び捨てなんですか」
「ん? おお、それか。いやー、それ聞いちゃうかー、でゅふふふ」
何やら目を輝かせて照れ笑いするオッサン1名。果てしなく気持ち悪かった。
「ふっふ。まぁ、俺もまた一皮むけたというか。もう昔の俺じゃないのさ」
「あ、分かりました。頭やっちゃったんですね。ご愁傷さまです」
「違ぁーう! そう、俺とジャンヌは、危機を一緒に乗り越えることによって一つになったのさ。もうちゃん付けなんて軽い気持ちで呼ばない。対等の立場で呼び合う関係……ふっ、そういう意味では男と女ってわけだな」
それは今年に入って一番の衝撃的発言だった。
一瞬頭が真っ白になり、これまでの会話を反芻して、それでもやっぱり信じられなくて、自慢げに話すこの男に対する怒りと不安と不信と、若干の殺意がないまぜになる。
「な、な、なななな! なんですとー!」
この男! なんてことを言いやがりましたか!
偉い人でも言っていい事と悪いことがあります!
「なんですか、それは! 許せません! ファンクラブの掟、第3条を忘れたんですか! 決してジャンヌ・ダルクと一線を越えるなかれ。彼女は崇拝対象であって、人ではない、と!」
「いや、お前も色々一線超えてる気がするが……」
「聞こえません! 何があったか話してください!」
「なんて都合の良い耳!? ふっ……けどよぉ。さすがにそればっかりは話せねぇなぁ。なんてったって、未来の妻のピロートークになるんだからな」
「つ、つつ、ツマ!?」
わけが分からない。一体何があったんだというのか。
でも隊長殿がこうも言わせるようなことをするはずが……いや、怪我で朦朧していたなら、いかに隊長殿とはいえガードが甘くなる。
そして既成事実を作ってしまって、あとはなし崩し的にゴールインする可能性もかなり高いと見た!
こうなったらこの男……埋めるしかない。
大丈夫。相手は猛将といえどこっちもあのニーアと対等に渡り合った使い手。
なら今。そっぽを向いて哀愁漂わせている相手なら、背後から襲って――
「恋バナの匂いがします!」
「きゃわっ!?」
突然の闖入者に思わず悲鳴を上げていた。
いつの間にか来たのか、リンドーが興味津々な顔で私たちの間に入り込んできた。
「お、リンドーちゃんも聞くかい? 俺とジャンヌの熱い語りを」
「な、なんと! 先輩が!? あれ、でも先輩ってあのジルって人のじゃなかったんですか?」
「ふっ、まだまだ青いなリンドーちゃんは。ジルなんかにジャンヌはもったいないのさ。そう、ジャンヌは俺のような男に似合う」
「嘘です! きっと隊長殿は怪我で熱に浮かされてたのです! そうでなきゃ、どうしてこんな筋肉ダルマ!」
「きっ、筋肉ダルマ……ええい、聞いていれば知ったような口を! お前、上官を敬うって言葉を知らんのか!」
「何が上官ですか! ファンクラブナンバー2のくせに! 軍でもナンバー2のくせに! もうこうなったら除名です! ファンクラブから永久追放です!」
「それがどうした。俺にはもうジャンヌと一緒になる未来が見える」
「ほぉー、ついに薬に手を出しちゃいましたか!? 幻覚が見れるなんて末期です!」
「お前に言われたくないわ!」
あーいえばこーいう。
本当に面倒ですね、この手合いは。
「ちょーーーーと待ったぁ!」
と、ヒートアップしていく私と師団長の隊長殿争奪戦に、リンドーが体ごと割り込んできた。
「お二人の気持ちはよーーく分かりました。先輩への想い。その深さに」
「当然でしょ。隊長殿は私の隊長殿なんですから」
「いーや。ここは生死を共にしたオレだろ」
「まぁ、それぞれ主張はあると思いますが……その前に、クロエさんは同性ですよね?」
「え? 愛に性別は関係ないでしょう?」
何を今さら。
そんな質問に何の意味があるのかまったくもって理解できない。
「そうだぜ、関係ない!」
「ううーん、確かにそういうのはありますけど……ん? そういえばなんでサカキさんまで同調するんですか?」
「え? あ……いや、それはなぁ。うん、ノリだ!」
急にどもる師団長。変な感じ。
ま、いいや。どうせ幻覚だろうし。
「まぁいいです! とにかくこの恋の三角関係ドキッ水着だらけの湯煙殺人事件はこの恋愛マスターのわたしが預かります!」
なんかリンドーがかなりノリノリだ。
けど言っている意味が1つも分からない。
師団長も同じらしく、共に首をかしげる。
「ともかく! これは先輩が回復してから、しっかり4人で話し合いましょう!」
「いや……それはそうなのかもしれないけど、なんでリンドーも?」
「私が恋愛マスターの称号を持っているからです! それが正義だからです!」
やっぱり意味が分からない。
けどそんな私たちを置き去りにして、リンドーはビシッとこちらに指をさし、
「というわけでここでの言い争いは終了です! いいですか? 私がいないところで勝手に話を進めちゃだめですよ!」
言いたい事だけ言って満足したのか、リンドーは踵を返すと颯爽と立ち去ってしまった。
「…………」
「…………」
残された私たちは言葉もなく、視線を合わせると、深く嘆息した。
「……ま、そうですね。隊長殿が回復してからにしますか」
「あぁ、そうだな……」
2人してどこかテンションが低くなっている。
あの圧倒的な熱量に当てられて、頭が冷えたのかもしれない。
「しっかし、元気だな。あのリンドーってのも、お前も」
「ま、それだけが取柄ですから」
「ふむ……じゃあ、ちょっと頼んでいいか?」
「隊長殿の仲を取り持つこと以外ならなんでも」
「蒸し返すなよ。そうじゃない。今後のことだ」
「今後?」
「あぁ、正直、今の状況はマズい。皆ジャンヌのことでがっくし来てる。今攻められたら負けるぞ」
「そうですね。でもそこをなんとかするのが師団長の手腕なのではないですか?」
「それはそうなんだけどな。俺も傷は癒えたが、正面きって戦うのはまだ少し時間かかる。だから今は正面からどうにかする場面じゃない。搦め手を使って時間を稼いで体力を回復させるんだ」
「確かにそうかもですが……それ隊長殿以外に誰ができるんですか」
「いるだろもう1人。ジャンヌと同じ、軍師格の男で、無傷じゃないがピンピンしてる野郎がよ」
あ、なるほど。
でも私もそれほど接点がないからなぁ……。
「頼むよ、あいつ。苦手なんだよ」
私だってそうだ。
けど、まぁ……仕方ないですね。ファンクラブナンバー1としては、こういうところで懐の深さを示さないと。
「分かりました。けどその代わり、隊長殿と何があったか聞かせてくださいよ」
「それは断る」
「なんで!?」
「なんでも断る」
それから、あーだこーだと言い合いをしているうちにめんどくさくなって、こちらから折れることになった。
あーもう、しょうがない。行くか!
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