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第5章 帝国決戦
閑話3 椎葉達臣(エイン帝国プレイヤー)
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帝都に居を構えるようになって約半年。
ただほんの少し前まで遠征に出ていたので、帝都にいたのは実質その半分以下なわけだけど。
その間に得た感覚。
それは戸惑いだった。
帝都の住民が静かすぎるのだ。
おとなしい、無関心というべきか。
ビンゴ王国を滅ぼした時もさしたる戦勝ムードにはならず、ビンゴ王国から撤退してきた時も特に責められもせず、ヨジョー城を攻めきれず敗北した時もさして落胆は得なかったと聞く。
自分はまだいなかったが、ジャンヌ・ダルクが帝都に潜入してきた時にちょっとした騒ぎが起きたが、それでも翌日にはケロッとしていたというのだから。
感性が鈍いのか、危機感がないのか、楽観的なのか、何も考えてないのか。
それを1週間以上見続けた。
それを1週間以上考え続けた。
それを1週間以上分析し続けた。
そして――
「答えは出たかな、椎葉達臣クン?」
教会の奥にある一室で待っていると赤星煌夜が顔を出した。
隣には無表情&無言の少女、蒼月麗明がいる。
彼女のことは最低限聞いているから、あえて何も言わない。
「何の話だい?」
「帝都の人間がどうしてこうも何も考えない愚物ばかりか、ということだよ」
「そこまでは言っていない。感受性が乏しいんじゃないかと思ったくらいだよ」
「しっかり覚えているじゃあないか、達臣。そのことさ」
煌夜との会話はちょっとした知的ゲームの一環のように思える。
明彦との討議とはまた違ったスリルが味わえるといったところか。
まぁ、すべてにおいて劣っている自分が、彼らに敵うわけはないと思っているわけで、負け前提のゲームなわけだけど。
「そうだね。一応答えは出たと思う」
「なら聞こうじゃないか。さぁ、麗明も聞こう。あの丹姉弟も認めた大軍師、椎葉達臣クンの講演会だ」
嬉々とした様子で対面のソファに座り、麗明をその横へといざなう。
「そこまで大きくされると逆に困るんだが」
「困ることはないだろう。君と私の仲だ。たとえ君がまったく見当違いの暴論を吐いたとしても、ここにいる私たちしか知らない。まさか説教で全国民に流布することがないのは、君も重々承知の上だろう?」
「……まぁ、な」
煌夜とは堂島元帥に引っ張り出された時に、一晩語り明かした。
その結果、どこか打ち解けたものがあって、今ではこのようにざっくばらんに話すことができる。煌夜も教皇という立場を捨て、話し方も随分と砕けている。
「では聞こうか、達臣。帝国民がどうしてここまで危機意識が欠如しているかの問題点とその打開策について、を」
まるで講演だな。
しかも対策までも考えられていると期待されている。
あるいは彼はその問題点と対策について気づいているのかもしれない。そのうえで自分の意見を聞いているのだ。
値踏みをされている。その印象が強かった。
やれやれ。
さすがは帝国民に絶大な影響を誇る教皇様だ。油断も何もあったものじゃない。
ただここまで言われて退くのは、煌夜の好意を裏切るようで心苦しい。
だから望まぬにせよ、僕の意見を披露するしかなかった。
「問題点、それは2つある」
「うん、何かな?」
「1つは皇帝。そしてもう1つは――」
一度言葉を切る。
煌夜は先を促すように、笑みを浮かべたまま頷く。
その笑みが怖い。
なんでもお見通しだと目が言っているのだ。
ただそれは逆に言えば、言っても言わなくても見破られているのだ。
そう考えると気持ちが楽になり、続く言葉を紡いだ。
「君だよ、煌夜」
「私、かい?」
「ああ。君がいるから帝都民は安心してしまっている。しきってしまっている。何かあっても教皇の言うことを聞けば大丈夫だ。きっと教皇が何とかしてくれる。宗教に依存しきってしまった人間の持つ、思考放棄の一種だな」
「なんとまぁ」
しらじらしく驚いて見せる煌夜。
隣の麗明の顔は変わらない。
ただ、若干発する圧が変わったような気がした。
「それでも相変わらず帝室、特に貴族たちだな。奴らは特権階級で守られると高を括っている。帝都では表立って声出すものは少ないけど、僕のいたヴィー地方では皇帝なんてくそくらえって状態だから。貴族の義務もない、ただ搾取して浪費するだけの人間に尊敬など集まるわけがない。本当なら反乱の1つや2つ起きてもおかしくない状態だよ」
結局、貴族というものは、武力で平民を守る代わりに税を納めてもらうという特権階級だ。
そこに外敵がいなくなれば(もちろん教育や裁判といった内向きの仕事もあるが)やることのない、ただ税を搾取するだけの存在が残る。
短期間なら我慢できるかもしれないが、それが長期にわたり何ら改善もされないとなれば、恨み言の1つや2つ言いたくなるだろう。
それ以上の恨みを抱くものも出てくるだろう。
そして小さな悪意が澱となって積み重なっていけば、いずれはどす黒く変色する。
そうやって長く続いた貴族社会は、やがて民衆の反発を受けて崩壊するのだ。
まぁ明彦の受け売りだけど、この帝国というのはまさにその末期だ。
ただそれが現在の帝国で起きないのは1つの理由がある。
「そう、君がいなければね」
「私かい?」
「そう。宗教を心のよりどころにすることによって、彼らは毒気を抜かれているのさ。君の教義にもあるだろう? 隣人を愛しなさい的なことが。それが貴族たちへの反感を薄めているんだ」
「それでは私のせいだと? 貴族たちを守り、民衆の牙を抜いて大人しくしてしまっているのは?」
「さぁ、な。君が牙を抜いたのか、それとも隠しただけなのかは知らないけどね」
それに煌夜は答えなかった。
ただ口元だけで満足そうに笑っただけだ。
「では皇帝の方は?」
煌夜が話を戻した。
帝都民が情勢の変化に無関心な理由。
その皇帝側の問題点だ。
「ああ、そっちの方はもっと簡単だ。簡単な故に性質が悪い。あの皇帝には何も期待できないから、騒いでも無駄だ、という諦念の気持ちだよ」
「あっははははは。なるほど。それは面白い」
珍しく本気の笑みを見せる煌夜に、少し面食らった。
煌夜の感情がここまで出るのを見るのはあるいは初めてだった。
「皇帝が無能で、私が有能だから人々は危機感を持たない、か。麗明、これはまた新しい意見だな」
聞く人が聞けば、不敬罪と騒ぎ立てるようなことを簡単に言う。
こう見えて煌夜は自信過剰気味なところがある。
普段は仮面で隠しているが、こういう場ではそれが出てくることがあった。
「人の上に立つものとして、少しは自重しろと言いたいけど……」
「いいじゃないか、ここでは君と二人きりだ。あぁ麗明は私と一心同体だからね」
「…………」
この2人の関係も聞く以上のことは分からない。
けどあえて踏み込むこともないだろう。
「それにちゃんと衆人の前では仮面をかぶっているとも。それほど簡単にボロは出さない」
そう認識したうえで、それをやり遂げるのだからこの男も大概だ。
しかし、こうも赤裸々に隠し事を公開されると戸惑いも出てくる。
あるいはそういう野心があって、僕にそれをやれと暗に言っているのか。そんな気もしてくる。
けど当て推量で動くのは危険だ。
だから一石投じてみる。
「仮にもし。今、皇帝に対して教皇が立ち上がれば……きっと全国民が納得した上での無血革命になるだろうね」
「ふふっ、それは万が一もあり得ないよ。私は何もしない。求める声があったとしても、私は立ち上がらない。なぜなら皇帝と教皇はコインの表裏。どちらかが欠けても、この帝国という体制では生存できないのさ」
なるほど、それは真実だろう。
だが今、煌夜は嘘を言った。いや、嘘というか方便を使ったということか。
帝国という体制下においては、皇帝を廃することはできないという。
ならば帝国という体制を変えてしまえばいい。
教皇による、宗教国家にしてしまえば話は別ということ。
だがそれを彼の立場からは言えないだろうし、自分は立ち上がらないと明言しておくことは重要ということか。
意外と彼も、俗世のしがらみにとらわれていると見える。
「だが、それでいいのか?」
もう一歩、踏み込む。
去年末。
一時期、煌夜が部屋に引きこもった時期があった。僕たちがビンゴ王国から撤退してきたばかりの時だ。
それから数日して。部屋から出てきた煌夜は、僕たちプレイヤーを前にしてこう語った。
『このままでは終わりません。まずは勝つ。そのためには力が必要なのです。どうかその時は皆さんのお力を貸してもらいたい』
いったい何のことかわからない。
けど、煌夜が何かを企んでいることが分かった。
そしてその第一段階として、皇帝を排除しようとしているということも。
そのために色々とこうして呼び出されているわけだけど。
「何のことかな?」
煌夜はにこりと笑みを崩さず答える。
まだ語るべきではない、その時ではない、ということか。
「話は分かったよ。なんでもない。忘れてくれ」
「そうしよう、お互いにね」
「まったくだ」
「ああ、ところで達臣」
ふいに煌夜が、明日の天気をするようにさらっと話題を変えてきた。
「君から献策された、オムカ王国に人を送って、武器弾薬を貯蔵していざという時に反乱を起こす計画だけどね。バレてしまったようだよ」
「あぁ、あれか。まぁ僕が考えた策だ。期待はしていなかったさ。失った物資も微々たるものだろう?」
「それで上層部はかなり厳戒態勢を敷いたらしい。王都はかなりピリピリしているみたいだよ」
「ならいいじゃないか。こっちが失った物資と、あっちの思考と行動の鈍化、警備体制の見直しの時間、それによる出費。相対的に見ればあっちの大損だ」
「それ、本気で言ってるかい?」
どういうことだろうか。
そんな当然レベルの話、煌夜が聞き返すのは珍しい。
「それはそうさ。あんなもの、献策したうち最もローコストで成果も期待できないものだよ。まったく、誰もかれも頭がいい化け物ばかりで嫌になる。僕ほど劣ってる人間からすれば羨ましい限りだ」
「……それ、本気で言ってるかい?」
煌夜が同じ言葉を繰り返すのは珍しい。
ただ若干ニュアンスが違う。
どこか呆れの交じった感慨。
それでも答えは変わらない。
「それはそうさ。僕ほど劣った人間を、僕以外に見た覚えはないからね」
「……そうか」
煌夜は苦笑交じりの、諦め半分の笑顔を浮かべたのち、
「わずかふた月で100近くの敵国を陥れる策を披露して一部を実行に移し、失敗しても相手に損害を与えることを考えつく頭を持つ人間のどこが劣っているのか。しかもビンゴ領では敗北を最小限にとどめ、将軍の後任としてわずかな時間で部下の信頼を勝ち取り、副官を魅了して一時はジャンヌ・ダルクを瀕死にまで追い込んでしまう。君も十分に化け物だよ。知らぬは本人ばかりだね」
やれやれ。
本当に、買い被りが過ぎる。
自分はただの凡人以下に過ぎないのに、ただの学生で、死にたくないから必死に生きているだけなのに。
煌夜はそうやって要求レベルを上げるつもりだ。
まったく、この世界は凡人には厳しい。
「ところで、先日話した件だけど――」
煌夜がさらに別の話題へと飛翔する。
それだけで何を言いたいかはなんとなくわかった。
「ああ。御親征のことかい? 皇帝陛下直々に出陣するという」
「そう、それだ。正直もうどうしようもないところまで来ていてね。皇帝自らオムカをつぶすと言って聞かないんだ。おそらく春先にはそうなるんじゃないかな」
「それはご愁傷様」
皇帝が軍を引き連れたところでどうなるものか。
あのジャンヌ・ダルクはそれほど甘い敵じゃない。
「他人事と言わないで一緒に考えてくれ。これでも大勢の国民の命がかかっているんだ」
「それは教皇としての民衆の命を心配した言葉かい? それともプレイヤーとして駒の数を気にした言葉かな?」
「もちろん前者だよ」
笑みを浮かべたまま即答する。
うさんくさい。
けど、まぁ確かに。下手に負けて帰ってこられても困る。
「まぁ、分かったよ。考えてみるさ。こんな僕の頭でいいなら、君のために役立てよう。それで、兵はどれくらい?5万? 10万?」
その時まで、まだ自分は帝国の底力をなめていたのかもしれない。
あの皇帝にそれほどの力があるとは思えなかったわけで。
あるいは本当に、と思えてしまうほどのものだった。
「30万だよ」
ただほんの少し前まで遠征に出ていたので、帝都にいたのは実質その半分以下なわけだけど。
その間に得た感覚。
それは戸惑いだった。
帝都の住民が静かすぎるのだ。
おとなしい、無関心というべきか。
ビンゴ王国を滅ぼした時もさしたる戦勝ムードにはならず、ビンゴ王国から撤退してきた時も特に責められもせず、ヨジョー城を攻めきれず敗北した時もさして落胆は得なかったと聞く。
自分はまだいなかったが、ジャンヌ・ダルクが帝都に潜入してきた時にちょっとした騒ぎが起きたが、それでも翌日にはケロッとしていたというのだから。
感性が鈍いのか、危機感がないのか、楽観的なのか、何も考えてないのか。
それを1週間以上見続けた。
それを1週間以上考え続けた。
それを1週間以上分析し続けた。
そして――
「答えは出たかな、椎葉達臣クン?」
教会の奥にある一室で待っていると赤星煌夜が顔を出した。
隣には無表情&無言の少女、蒼月麗明がいる。
彼女のことは最低限聞いているから、あえて何も言わない。
「何の話だい?」
「帝都の人間がどうしてこうも何も考えない愚物ばかりか、ということだよ」
「そこまでは言っていない。感受性が乏しいんじゃないかと思ったくらいだよ」
「しっかり覚えているじゃあないか、達臣。そのことさ」
煌夜との会話はちょっとした知的ゲームの一環のように思える。
明彦との討議とはまた違ったスリルが味わえるといったところか。
まぁ、すべてにおいて劣っている自分が、彼らに敵うわけはないと思っているわけで、負け前提のゲームなわけだけど。
「そうだね。一応答えは出たと思う」
「なら聞こうじゃないか。さぁ、麗明も聞こう。あの丹姉弟も認めた大軍師、椎葉達臣クンの講演会だ」
嬉々とした様子で対面のソファに座り、麗明をその横へといざなう。
「そこまで大きくされると逆に困るんだが」
「困ることはないだろう。君と私の仲だ。たとえ君がまったく見当違いの暴論を吐いたとしても、ここにいる私たちしか知らない。まさか説教で全国民に流布することがないのは、君も重々承知の上だろう?」
「……まぁ、な」
煌夜とは堂島元帥に引っ張り出された時に、一晩語り明かした。
その結果、どこか打ち解けたものがあって、今ではこのようにざっくばらんに話すことができる。煌夜も教皇という立場を捨て、話し方も随分と砕けている。
「では聞こうか、達臣。帝国民がどうしてここまで危機意識が欠如しているかの問題点とその打開策について、を」
まるで講演だな。
しかも対策までも考えられていると期待されている。
あるいは彼はその問題点と対策について気づいているのかもしれない。そのうえで自分の意見を聞いているのだ。
値踏みをされている。その印象が強かった。
やれやれ。
さすがは帝国民に絶大な影響を誇る教皇様だ。油断も何もあったものじゃない。
ただここまで言われて退くのは、煌夜の好意を裏切るようで心苦しい。
だから望まぬにせよ、僕の意見を披露するしかなかった。
「問題点、それは2つある」
「うん、何かな?」
「1つは皇帝。そしてもう1つは――」
一度言葉を切る。
煌夜は先を促すように、笑みを浮かべたまま頷く。
その笑みが怖い。
なんでもお見通しだと目が言っているのだ。
ただそれは逆に言えば、言っても言わなくても見破られているのだ。
そう考えると気持ちが楽になり、続く言葉を紡いだ。
「君だよ、煌夜」
「私、かい?」
「ああ。君がいるから帝都民は安心してしまっている。しきってしまっている。何かあっても教皇の言うことを聞けば大丈夫だ。きっと教皇が何とかしてくれる。宗教に依存しきってしまった人間の持つ、思考放棄の一種だな」
「なんとまぁ」
しらじらしく驚いて見せる煌夜。
隣の麗明の顔は変わらない。
ただ、若干発する圧が変わったような気がした。
「それでも相変わらず帝室、特に貴族たちだな。奴らは特権階級で守られると高を括っている。帝都では表立って声出すものは少ないけど、僕のいたヴィー地方では皇帝なんてくそくらえって状態だから。貴族の義務もない、ただ搾取して浪費するだけの人間に尊敬など集まるわけがない。本当なら反乱の1つや2つ起きてもおかしくない状態だよ」
結局、貴族というものは、武力で平民を守る代わりに税を納めてもらうという特権階級だ。
そこに外敵がいなくなれば(もちろん教育や裁判といった内向きの仕事もあるが)やることのない、ただ税を搾取するだけの存在が残る。
短期間なら我慢できるかもしれないが、それが長期にわたり何ら改善もされないとなれば、恨み言の1つや2つ言いたくなるだろう。
それ以上の恨みを抱くものも出てくるだろう。
そして小さな悪意が澱となって積み重なっていけば、いずれはどす黒く変色する。
そうやって長く続いた貴族社会は、やがて民衆の反発を受けて崩壊するのだ。
まぁ明彦の受け売りだけど、この帝国というのはまさにその末期だ。
ただそれが現在の帝国で起きないのは1つの理由がある。
「そう、君がいなければね」
「私かい?」
「そう。宗教を心のよりどころにすることによって、彼らは毒気を抜かれているのさ。君の教義にもあるだろう? 隣人を愛しなさい的なことが。それが貴族たちへの反感を薄めているんだ」
「それでは私のせいだと? 貴族たちを守り、民衆の牙を抜いて大人しくしてしまっているのは?」
「さぁ、な。君が牙を抜いたのか、それとも隠しただけなのかは知らないけどね」
それに煌夜は答えなかった。
ただ口元だけで満足そうに笑っただけだ。
「では皇帝の方は?」
煌夜が話を戻した。
帝都民が情勢の変化に無関心な理由。
その皇帝側の問題点だ。
「ああ、そっちの方はもっと簡単だ。簡単な故に性質が悪い。あの皇帝には何も期待できないから、騒いでも無駄だ、という諦念の気持ちだよ」
「あっははははは。なるほど。それは面白い」
珍しく本気の笑みを見せる煌夜に、少し面食らった。
煌夜の感情がここまで出るのを見るのはあるいは初めてだった。
「皇帝が無能で、私が有能だから人々は危機感を持たない、か。麗明、これはまた新しい意見だな」
聞く人が聞けば、不敬罪と騒ぎ立てるようなことを簡単に言う。
こう見えて煌夜は自信過剰気味なところがある。
普段は仮面で隠しているが、こういう場ではそれが出てくることがあった。
「人の上に立つものとして、少しは自重しろと言いたいけど……」
「いいじゃないか、ここでは君と二人きりだ。あぁ麗明は私と一心同体だからね」
「…………」
この2人の関係も聞く以上のことは分からない。
けどあえて踏み込むこともないだろう。
「それにちゃんと衆人の前では仮面をかぶっているとも。それほど簡単にボロは出さない」
そう認識したうえで、それをやり遂げるのだからこの男も大概だ。
しかし、こうも赤裸々に隠し事を公開されると戸惑いも出てくる。
あるいはそういう野心があって、僕にそれをやれと暗に言っているのか。そんな気もしてくる。
けど当て推量で動くのは危険だ。
だから一石投じてみる。
「仮にもし。今、皇帝に対して教皇が立ち上がれば……きっと全国民が納得した上での無血革命になるだろうね」
「ふふっ、それは万が一もあり得ないよ。私は何もしない。求める声があったとしても、私は立ち上がらない。なぜなら皇帝と教皇はコインの表裏。どちらかが欠けても、この帝国という体制では生存できないのさ」
なるほど、それは真実だろう。
だが今、煌夜は嘘を言った。いや、嘘というか方便を使ったということか。
帝国という体制下においては、皇帝を廃することはできないという。
ならば帝国という体制を変えてしまえばいい。
教皇による、宗教国家にしてしまえば話は別ということ。
だがそれを彼の立場からは言えないだろうし、自分は立ち上がらないと明言しておくことは重要ということか。
意外と彼も、俗世のしがらみにとらわれていると見える。
「だが、それでいいのか?」
もう一歩、踏み込む。
去年末。
一時期、煌夜が部屋に引きこもった時期があった。僕たちがビンゴ王国から撤退してきたばかりの時だ。
それから数日して。部屋から出てきた煌夜は、僕たちプレイヤーを前にしてこう語った。
『このままでは終わりません。まずは勝つ。そのためには力が必要なのです。どうかその時は皆さんのお力を貸してもらいたい』
いったい何のことかわからない。
けど、煌夜が何かを企んでいることが分かった。
そしてその第一段階として、皇帝を排除しようとしているということも。
そのために色々とこうして呼び出されているわけだけど。
「何のことかな?」
煌夜はにこりと笑みを崩さず答える。
まだ語るべきではない、その時ではない、ということか。
「話は分かったよ。なんでもない。忘れてくれ」
「そうしよう、お互いにね」
「まったくだ」
「ああ、ところで達臣」
ふいに煌夜が、明日の天気をするようにさらっと話題を変えてきた。
「君から献策された、オムカ王国に人を送って、武器弾薬を貯蔵していざという時に反乱を起こす計画だけどね。バレてしまったようだよ」
「あぁ、あれか。まぁ僕が考えた策だ。期待はしていなかったさ。失った物資も微々たるものだろう?」
「それで上層部はかなり厳戒態勢を敷いたらしい。王都はかなりピリピリしているみたいだよ」
「ならいいじゃないか。こっちが失った物資と、あっちの思考と行動の鈍化、警備体制の見直しの時間、それによる出費。相対的に見ればあっちの大損だ」
「それ、本気で言ってるかい?」
どういうことだろうか。
そんな当然レベルの話、煌夜が聞き返すのは珍しい。
「それはそうさ。あんなもの、献策したうち最もローコストで成果も期待できないものだよ。まったく、誰もかれも頭がいい化け物ばかりで嫌になる。僕ほど劣ってる人間からすれば羨ましい限りだ」
「……それ、本気で言ってるかい?」
煌夜が同じ言葉を繰り返すのは珍しい。
ただ若干ニュアンスが違う。
どこか呆れの交じった感慨。
それでも答えは変わらない。
「それはそうさ。僕ほど劣った人間を、僕以外に見た覚えはないからね」
「……そうか」
煌夜は苦笑交じりの、諦め半分の笑顔を浮かべたのち、
「わずかふた月で100近くの敵国を陥れる策を披露して一部を実行に移し、失敗しても相手に損害を与えることを考えつく頭を持つ人間のどこが劣っているのか。しかもビンゴ領では敗北を最小限にとどめ、将軍の後任としてわずかな時間で部下の信頼を勝ち取り、副官を魅了して一時はジャンヌ・ダルクを瀕死にまで追い込んでしまう。君も十分に化け物だよ。知らぬは本人ばかりだね」
やれやれ。
本当に、買い被りが過ぎる。
自分はただの凡人以下に過ぎないのに、ただの学生で、死にたくないから必死に生きているだけなのに。
煌夜はそうやって要求レベルを上げるつもりだ。
まったく、この世界は凡人には厳しい。
「ところで、先日話した件だけど――」
煌夜がさらに別の話題へと飛翔する。
それだけで何を言いたいかはなんとなくわかった。
「ああ。御親征のことかい? 皇帝陛下直々に出陣するという」
「そう、それだ。正直もうどうしようもないところまで来ていてね。皇帝自らオムカをつぶすと言って聞かないんだ。おそらく春先にはそうなるんじゃないかな」
「それはご愁傷様」
皇帝が軍を引き連れたところでどうなるものか。
あのジャンヌ・ダルクはそれほど甘い敵じゃない。
「他人事と言わないで一緒に考えてくれ。これでも大勢の国民の命がかかっているんだ」
「それは教皇としての民衆の命を心配した言葉かい? それともプレイヤーとして駒の数を気にした言葉かな?」
「もちろん前者だよ」
笑みを浮かべたまま即答する。
うさんくさい。
けど、まぁ確かに。下手に負けて帰ってこられても困る。
「まぁ、分かったよ。考えてみるさ。こんな僕の頭でいいなら、君のために役立てよう。それで、兵はどれくらい?5万? 10万?」
その時まで、まだ自分は帝国の底力をなめていたのかもしれない。
あの皇帝にそれほどの力があるとは思えなかったわけで。
あるいは本当に、と思えてしまうほどのものだった。
「30万だよ」
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単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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