知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

文字の大きさ
7 / 627
第1章 オムカ王国独立戦記

第7話 無償の好意

しおりを挟む
「やっぱあの女神殺す……ふぅぅぅぅぅ」

 などと物騒な言葉を呟くも、体の脱力は否めない。
 小さい湯船に肩まで浸かると、もうどうでもよくなってしまう。これぞ紀元前から脈々と受け継がれてきた、入浴という精神脱力方法。あぁ、山を駆け巡った筋肉にお湯が沁みるねぇ……。

 いやいやいやいや、良くはない。これほど大きな問題はない。
 まさか性別が“女”に指定されていたなんて、誰が思うか。唯一の救いは上玉と呼ばれるほどの外見の良さだが、それが救いになるとは限らない。

 まず第1にスキルやパラメータと全くかみ合わない。
 いくら見た目が良かろうが、知力99とは全く関係ないし、相手を調べることができるスキルにも何ら影響しない。

 第2に俺は女性の生活なんて知らない。
 俺が19年という長くもない人生で出会った女友達というのは里奈くらいだし、その里奈とも深い関係になる前に死に別れてしまった。

 彼女の家にも行ったことないから、どういう生活をすればいいのか分からない。化粧の仕方なんて知らないし、月のものも知識として知っているだけでどうすればいいのか知らない。
 そして何より1番の問題が――

「ここで生き延びたとして、まさかこの姿のまま元の世界に戻されないよな?」

 そう、そこが問題だ。
 俺がこの世界での唯一のモチベーションは『写楽明彦という男のまま元の世界に戻る』であって、断じて女として戻りたいわけではない。

 まさか里奈と女の俺とでめくるめく百合ワールドに突入するわけにもいかないだろう。里奈のために元の世界に戻ったのに、その里奈がいなくなってしまうなんて本末転倒だ。

「参ったなぁー」

 風呂場に響く声も、いつもより若干高い。
 とりあえずのぼせる3歩手前でお風呂を出ると、脱衣所で体を拭く。その時にちょっとだけ、ほんのちょっとだけ色々と興味が湧いたりしたけど、自分の体という背徳感を覚えて煩悩を追い払った。

 着替えはおばあさんのものでぴったりだった。
 女ものの下着を着るのには抵抗があったが、そもそもさっきも着ていたんだ、と自分に言い訳して身に着けた。ブラジャーもあったがどうやって付けたらよいか分からないし、そもそもサイズが合わなかったのでやめておいた。布の服はそもそもが厚めにできているから、万が一ということもないだろう。

 そうやってお風呂での珍騒動を終えて居間に戻ると、良い匂いが漂ってきた。

「おやおや、随分長風呂だったね。というか大丈夫かい? 何か叫んでたみたいだけど」

「あ、あははは。ちょっと素敵なお風呂に驚いちゃって。いや、ありがとうございます。とても気持ちよかったです」

「そうかいそうかい。じゃあご飯にしようか」

「…………」

 おじいさんが無言で視線を1つの空席を示す。
 おそるおそると俺はその視線に従って腰を下ろす。

「それじゃあお祈りをしようか。天におられる我らが神よ。今ここに晩の食事をいただくことを感謝します」

 おばあさんが、そしておじいさんも両手を顔の前に合わせて目を閉じたので、慌てて俺もそれにならった。

「さ、いただきましょう」

 夕飯は質素だが温かいものだった。
 野菜の入ったスープにパン、それにロールキャベツみたいな野菜の一品。それだけ。

「ふふ、どうかしら。うちの畑でとれた野菜なのよ」

「とても美味しいです。こんなおいしい野菜、食べたことないです」

 それは本心だった。
 今までの食生活がどれだけ偏っていたかという話になりそうだけど。

「…………」

「あら、そんなに照れなくてもいいじゃない、あなた」

 おばあさんがおじいさんを見て言う。
 まったく表情の変化がないのに、どうして照れたのが分かったのだろう。これが夫婦の年季か。

「ところで、ここはどこなんですか。随分森の奥なんですけど、そこにたった2人で住んでるというのも大変でしょう」

 食事も終わりに近づいた時、情報収集を兼ねて俺は少し聞いてみた。

「あら、もしかして違う国から来たのかしら」

「ええ、まあ」

 異世界だから違う国といっても差し支えないだろう。

「そう、ここはオムカ王国の端っこよ」

 オムカ。やはり聞いたことはない。

「いえ、今はエイン帝国領と言った方がいいのよね」

「エー帝国?」

「エイン帝国。本当はね、オムカは大陸の中央にありながら50もの城を持ち広大な土地を支配する強大な国だったの。でも50年前の内乱を期に、四方から攻められて、今やお城2つを残してエイン帝国に従属してしまったの。ごめんなさいね、ちょっと前ならもっと良いおもてなしができたんだけど、税が重くて今はこれくらいしかできないわ」

「いえ、ありがたいくらいです」

「本当にね。エイン帝国に従属してからは段々暮らしぶりが厳しくなって……昔が懐かしいわ」

 カタっと少し乱暴なコップと机が鳴らす音が響いた。

「…………」

「ええ、そうよね。ここはずっとオムカ国よね。分かってるわ」

「もしかしておじいさんは……」

「そうよ。この人はお国のために帝国と戦ってきた人なの。そして、私の息子も……」

 その息子がどうなったのか。いくら鈍感な俺でもそれくらいは気づいた。ここに今いない。それが全てだろう。

「すみません。変なことを聞いて」

「いいのよ。そこの席もあの子がいた席なの。今日は楽しかったわ。あの子が帰って来たみたいで」

「…………」

 おばさんが涙ぐみ、おじいさんがゆっくりとスープをすする。
 かけられる言葉は見つからない。いや、ここはかけてはいけないのかもしれない。
 なぜなら俺は部外者だから。そして戦争も経験したことのないただの若造の言葉なんて、逆に無礼にあたるのではないだろうか。

 だから黙り、ふと何かに気づいた。

 それが何か――部屋を見回して気づいた。
 棚に置かれた胸当てと肩あて。それが青い布の上に置いてある。
 だがその青はただの布ではなく、軍の所属を表すインナーだったら?

 そして今聞いた言葉。

『この人はお国のために帝国と戦ってきた人なの』

 それが意味することはつまり、おじいさんがオムカという国の軍にいて、その軍の色は青色だということだ。

「どうしたの、いきなり怖い顔して?」

「え、あ……いえ」

 言いながらも思考は回る。
 青色の軍。それは先ほど崖の上から見た。
 青色の軍が、赤色の軍に完膚なきまでに負けるのを。

 その戦場から、この場所はどれだけ離れている?
 結構歩いたとはいえ、今の俺の体力では実はそう離れていないのでは?

 そして歴史を紐解くまでもなく、戦争に勝った軍が行うのは2つ。

 破壊と略奪。

 もともとこの辺りは外れとはいえオムカ国に属しているという。
 そのオムカ国の軍が負けたということは、外敵にこの周囲を奪われるということ。

 そしてその対象は――

「今すぐここから逃げてください!」

「ど、どうしたのいきなり」

「…………?」

 おばあさんが目を丸くし、おじいさんは顔色は変えていないけどどこか怪訝そうな視線をこちらに向ける。

「俺は見たんです。近くの平地で赤色の軍と青色の軍が戦って、そして青色の軍が負けるのを」

「青色って……まさかオムカの? 赤色は確か……」

「ビンゴ王国っていうんじゃないですか。きっと四方のどこかの敵国」

 先ほどのキザ男がそんな国にいると書いてあった。ならば相手はそこだろう。

「ええ、ええそうよ。確かにそうだわ」

 最悪だ。
 どんどん状況が最悪に向かっていくのが分かる。

「戦争に勝った軍がやることは略奪です。おそらく離れているといっても1日もない場所。早く退避を!」

「で……でも……」

 おばあさんがおろおろしている。
 それもそうだ。こんないきなり人生の急転を味わされて戸惑わない方がどうかしてる。経験者は語るのだ。

「…………」

 おじいさんは無言で目を閉じたまま腕組みをしている。

「お、おじいさんどうしましょう」

「…………」

「おじいさん?」

「…………!」

 カッと目が飛び出んばかりに見開いたおじいさんは、おばあさん――ではなく俺を見た。
 その目は何かを伝えたいように思えるほど熱を帯びていたが、やはり何も言ってくれないと分からない。

「おじいさん……そうね。そうだわ」

 おばあさんはそれを汲み取ったように何度も頷く。

「行きなさい。あなたは捕まったらどうなるか分からないのだから」

「そういうわけには。逃げるならみんなで――」

「いいのよ。私たちも歳だから逃げるのも難しい。きっと抵抗しなければきっと命までは取らないでしょう。それにここは――わたしたちの家ですから」

「だけど!」

「あなたはまだ若いわ。だから“いきなさい”。きっと大丈夫だから」

 行きなさい。
 生きなさい。
 同じ音で2つのことを言われた気がした。

 2人の目を見る。
 もう説得は無理だ。ならばやるべきことは1つ。

「ありがとうございます。平和になったら、必ずまた来ます。だからその時まで……お元気で」

「ありがとうね。また会いましょう。あらやだ、こんなに涙が。もう歳かしら」

「…………」

 おじいさんが手を出してくる。
 握手なのだろうと思い握り返す。武骨ながら大きくて頼もしい手だ。反して俺は華奢で折れそうなほど細い手。

 その手が引っ張られた。

「お、ちょ!」

「…………」

 おじいさんは無言で俺を引っ張ると玄関のドアをあけ放つ。
 夜の静かな森。その中にわずかに喚声が聞こえるような気がした。

 肩を叩かれた。
 見上げればおじいさんの指が右手の方を指している。

「あっちがオムカ国の王都よ。少し距離があるけど、まっすぐ進めば夜明け前には着けるはずだから」

 その情報はありがたい。あとは体力の問題。

「…………」

 無言でおじいさんが小さな袋を俺に渡してきた。
 開けてみると、暗闇にも光る小さな粒が10個くらい入っていた。

「これは……」

「少なくて申し訳ないけど、持っていきなさい。私たちにはあまり必要のないものだから」

 まさか助けてもらって着るものをもらってお風呂に入らせてもらってご飯もいただいて。さらにお金までもらうなんて、どれだけこの2人は“いい人”なんだ。
 そこまでされる筋合いなんてないのに。見も知らずの、得体のしれない俺のためにそんなことを。重すぎる。

 断ろうとしたのを察したのか、おじいさんが無言で袋を俺の胸に押し付けた。

「…………」

 おじいさんの口が開く。
 その口内から初めて言葉が漏れる――

「…………」

 わけではなかった。
 だがそこには柔らかな笑みが浮かんでいる。大きな手のひらが俺の頭に乗る。武骨だけど力強くて優しく信頼に満ちた手。

 不意に涙が出そうになった。
 これほど無償の好意を向けられたことはない。この手は、この人は、この家は暖かすぎた。なにより、こんな素敵な人たちを見捨てていかなければならない自分の無力さに腹が立った。

「お世話になりました。お元気で」

 2人に深く頭を下げ、そのまま歩き出す。
 振り返りはしない。それはきっと、あの2人も望んでいないから。

 だから行く。

 だから行く。
 温かい場所を振り切って、月明かりのみが照らす、深淵の森の中に。



//////////////////////////////////////
読んでいただき、大変ありがとうございます。
いいねやお気に入りをいただけると大変励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界亜人熟女ハーレム製作者

†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です 【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

処理中です...