知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第1章 オムカ王国独立戦記

第41話 謁見という名の茶番劇

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 湯あみと着替えをしてさっぱりすると、疲れた体を引きずりながらも王宮に向かう。

 その道中に見た、街並みの変化は激しい物だった。

 あれだけ騒がしかった大通りには数えるほどしか人がおらず、見回りらしいハカラの部下たちが目立つ。

 さらにリンの一件のようなことが、そこかしこで見て取れる。
 暴行、恐喝、略奪、破壊だ。

 人の形をした災害と化した彼らを、オムカの人たちは息をひそめながらも激しい敵愾心を燃やしている。それが過疎に拍車をかけ、一気にさびれたような景色になっているのだ。

 俺も王宮までの短い距離で何度か因縁つけられたが、ハカラの使いと告げてなんとか事なきを得た。

「長くないな」

「え、何がでしょうか、隊長殿?」

 王宮の門の衛兵に待たされている間に呟いた俺の言葉を、クロエは律儀に拾った。

「民衆を力で抑圧する政治は長く続かない。しかも同じ国の人じゃなく、他国の人間となると猶更だね」

「はぁ……そういうものですか」

「そういうものだよ」

 驕れる者は久しからず。
 民をないがしろにした王朝が反乱に遭い、築き上げた栄華を失う事例は歴史を紐解けば数えきれないほどある。

 それなのになぜ、人は権力を握るとそうなってしまうのだろう。
 自分だけは大丈夫と高を括っているのだろうか。
 それともそんなことにも頭が回らないのだろうか。

 あるいは――そんなことすらどうでもいいほどに、権力の蜜は甘く、人を変えてしまうのか?

 分からない。
 俺は彼らじゃないし、権力を持とうとも思わない。

 だってめんどくさいじゃないか。少しでも不満があったら突き上げられ、かといって抑圧すれば暴君と罵られ権力の座から引きずり降ろされる。まったくもって気の休む時もないし、安定などほど遠い。

 だが俺が今からしようとしているのはその道だ。
 俺がトップに立つわけじゃないけど、友人をその位置に押し上げようとしているのだ。

 彼女がそれを望んでいるのだからそれは問題ないのだが、その時に俺はどうする?
 手前味噌だが、独立が成功した時の俺の功績は大きいはずだ。そうなったら俺は権力を持ち、支配する側に立つことになる。

 俺はそんなものが欲しかったのか?
 違う。それは断言できる。
 俺の望みは元の世界に戻って、里奈と再び出会うことだ。だが、そのためにはオムカを大国に成長させないとならない。

 仮にそれが成功した時に、俺は一体どんな立場にある?
 権力の中枢にいて、俺はそれでも今の望みを持っていられるのだろうか。
 顔が似ている。それに妥協して彼女と共に新たな人生をこの世界で暮らすという選択肢も――

「隊長殿? 通行の許可が出ましたが?」

「あ、ああ。すまない。ちょっと考えごとをしてた」

 最悪だ。
 こんなこと想像するなんて、里奈だけでなくマリアをも侮辱するようなものだ。

 俺は変わらない。
 権力を得ようが、力を持とうが変わらない。
 ただひたすらに、元の世界に戻るためだけにここでの人生をかける。
 それだけは変わってやるものか。

 王宮に入る。
 そこも外と同様に静かだった。

 いや、もともとそんなに賑やかなところではないのだが、それにしては人の生活感がない。
 誰もが息を殺して気配を絶っているようだ。

 わずか1カ月弱留守にしていただけでここまで変わるものか……。

 なんて思いを抱きながら長い廊下を歩いていると、

「あ、帰って来たー! あたしのおっぱい!」

 馬鹿が来た。
 一直線に突進してきたニーアの頭に、デコピンをカウンター気味に食らわせてやった。

「ぎゃう! ……ふっ、あたしの飛び込みにカウンターくらわせるなんて、できるようになったわね。でもあたしのおっぱいは渡さないよ!」

「誰がお前のだ!」

「そうです、いい加減にしてください教官殿! 隊長殿のお胸はみんなのものです!」

「……クロエ?」

「あ…………いえ、その……なんでもありませんよ!?」

 ブルータスお前もか、再び。
 なんで俺の周りはこんなんばっかなんだ。

 ため息を紛れに話題を変える。

「マリアはいる? 帰還の報告をしたい。積もる話はその後」

「あ、今は謁見の間にいるけど……」

「分かった。じゃあちょっと行ってくる」

「え、いや、だから……」

 ニーアが何か言う前に俺は、ふかふかの絨毯を踏みにじって王宮の奥へと進む。
 お馴染みの謁見の間にたどり着くと、扉の前には2人の衛兵が直立不動で立っていた。

「ジャンヌだ。カルゥム城塞から戻って来たので、帰還の連絡を女王様にしたい」

「はっ、どうぞ。宰相もいらしてお待ちしております」

 はきはきとした様子で衛兵が扉を開ける。
 その仕草が自然すぎて、その中にある不自然を見落とした。

 謁見の間に入る。
 いつもより人が少なく広い印象を受ける。

 玉座の近くに数えるほどしかおらず、そのどれもが鎧を着て武装した兵――ハカラの部下だ。
 奥に2つの人影。
 1つは玉座に座ったマリア、そしてそのわきにハカラ。以上。

 違和感。いつもは向かって右にいたハカラが左に位置している。
 それだけの違いなのに、胸騒ぎがするほどの違和感を与えてくる。

 そういえばさっき衛兵はなんて言っていた?

『はっ、どうぞ。宰相もいらしてお待ちしております』

 宰相って誰だ?
 宰相はロキンだ。
 いや、違う。ロキンは死んだ。殺された。
 そして今、玉座の周囲にいるのは2人しかいない。この国のトップたる王女マリアと、そのわきを固めるハカラ将軍――いや、ハカラ宰相だ。

「これはこれは、よく戻ってきたな小娘」

 ハカラが大得意に胸を反らせて見下ろすように俺をねめつけてくる。

 相変わらず不快な男だ。
 だが今は動揺を外に見せてはいけない。何より注意しないといけないのが、宰相兼将軍となったハカラに対し下手な受け答えは命取りになるということ。

「ご報告いたします。カルゥム城塞へ赴き第1師団長ハワードに書を届けただ今帰還しました。カルゥム城塞に滞在中、シータ軍の攻撃を2度受けましたが、1度目は野戦で撃退。2度目は籠城の末、奇襲にて敵を撃退しました。ハワード師団長は防備を固め、シータ軍を一歩も通さぬ気概を燃やしております。詳細は報告書にて提出しますので、そちらをご確認ください」

 とりあえず任務について、当たり障りのないことを報告する。

「うむ。さすがはハワードよ。奴がいる限りシータはここには出てこれまい」

 ハカラが満足そうに頷いた。
 機嫌が良さそうなのを見て、もう一歩踏み込んでみる。

 ハカラに向かって頭を下げて、

「ハカラ将軍、いえ、宰相となられたとか」

「はっはっは! さすがに知っておったか。そうよ、ロキンの失脚によりわしが宰相兼将軍となったのだ」

「なるほど。それはまことに――お気の毒でございます」

「お気の毒!? どういうことだ!」「なんだと!? 将軍に向かって無礼な!」「将軍、処断の許可を。女子供とはいえ見過ごせば御身の威光に差しさわります!」

 傍にいるハカラの部下たちが騒然とする。
 殺気が俺の体をいくつも刺し、胃をきゅっとさせる。

 それを余裕を持った仕草でハカラは制した。

「どういうつもりだ、小娘?」

 ハカラの目に怒りの色が浮かぶ。声も低く、棘があるよう。

 仮にも一国の代表になった男だ。それに対する威圧に歯を食いしばり耐えると、頭を下げて拱手をしながら再び口を開く。

「誤解させてしまいましたら申し訳ありません。ただハカラ将軍はただでさえ国防に励み西へ東へと奔走するお忙しい身。それにもかかわらず宰相などという国政を預かる役職ながらも責任だけ増大して利が少ないものを兼務するなど。いかに才気あふれるハカラ将軍とて御身は1つ。その身が持たないと、卑賎ひせんの身で恐縮ではございますが、我が小さな胸は心配を訴えております」

 もしここに洗面所があったら唾を吐き捨てていただろう。
 口に汚水が流れ込んだように気持ち悪いおべっかだ。

「ふむ、ふむ。なるほど。そういうことか。いや、心配ないぞ。確かに宰相と将軍を兼任することは大変だ。だがわしにはできる。なぜならわしだからな!」

 どのツラぶらさげてそんなことを言う。
 頭を下げていてよかった。思いっきりしかめっ面してたから、それがばれないで済んだのは幸いだ。

「しかし、将軍の迅速な行動により大した混乱も見られず安心しました。王都が乱れればビンゴとシータも勇躍して攻めてくるでしょうが、この状況では手も出せないでしょう」

「うむ。まあ計画を練ったのはあの男だが、それを実行し治安を維持しているのはわしの功績だからな。まったく、あの男め。言うだけ言って消えおって。おかげでわしが苦労しなければならん。あ、いや。全然苦労してないぞ!? それに今回のこともすべてわしが考えた。そうだろう、お前ら?」

 話を振られた部下たちが追従の言葉をあげる中、俺はひそかにほくそえんでいた。

 やはり、だ。
 ハカラに知恵をつけた者がいたが、今はどこかへ行ってしまったらしい。

 その男の真意は分からない。
 だがそういった知恵者がいないとなれば、ハカラは相変わらずで、くみしやすいのはありがたいことだ。
 ハカラが何かくだらないことを言っているが、俺の頭の中では次々とハカラを追い落とす策があふれ出てくる。

「…………」

 ふと目が合った。マリアだ。
 見たことがないほど憔悴している。ハカラの専横のせいだろう。

 今考えれば、ロキン宰相とハカラという組み合わせは絶妙だったのだろう。
 短慮で暴走しがちなハカラをロキン宰相が押さえていたから今まで順当に政治は回っていた。

 その関係をハカラが壊した。
 たがの外れたハカラが暴走して彼女に無理難題を吹っ掛けているのは見れば分かる。

 俺を見て何かを訴えかけるような悲し気な顔をしているマリアに、俺は心を痛めた。
 里奈に、いやマリアにこんな表情をさせるなんて許せない。ふつふつと燃える心の炎。

 だが事を起こすのは今ではない。
 それを伝えるために、俺はマリアに小さく笑ってみせた。心配はいならい。そのことを示すために。
 マリアは一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、次いで安堵の笑みを浮かべた。

「ん、どうした? わしの話が面白かったのか?」

「は、はい。ハカラ将軍は豪胆かつ勇気溢れるだけでなくユーモアがあるのが意外でした」

「ふむ、そうか。ではもっと聞かせてやろう。どうだ、今夜わしの屋敷に来んか?」

「い、いえ。俺――私はこの後も勤めがありますので」

「そうか。まぁいい。今やわしはこの国の支配者だ。いつでもわしの寝屋を尋ねるがよいぞ」

 誰がてめぇなんかと!
 っと危ない危ない。

「はっ、吉日を選んで伺わせていただきます」

 待っていろハカラ。
 俺とマリア、そしてみんなを困らせた報いは受けてもらう。
 ……近いうちに。必ず。
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