知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第1章 オムカ王国独立戦記

第49話 自由の代価

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 サカキはまだか……。
 路地を歩きながら王宮を見るが、まだ大鐘楼だいしょうろうが身を震わすことはない。

 かれこれ最初の騒ぎから1時間近くが経過しようとしているが、成功の知らせもない。
 予想以上に抵抗が激しいのか、それともすでに逃亡していて身柄を確保できていないのか。
 派遣された軍が戻らないようこの時間を選んで蜂起したのだが、逆にこの時間帯がハカラに有利に働いている。つまり闇夜に紛れられると逃げられるということ。

 だからサカキには速攻を心がけるよう言いつけたし、ジルの北門封鎖だけでなく、俺たちが伏兵になるよう動いたのだ。

 大通りに出た。

「隊長殿、ご無事で」

「クロエ。そっちは問題ないか」

「はい、200ほどと遭遇しましたが、無事撃退しました」

「さすが。よし、ではここで待ち伏せしよう」

 大通りの中間点。
 南には王宮、北には北門となるこの大通りは静けさに包まれ――

「隊長殿、あれを!」

 クロエが指し示すのは北に延びる大通りの先。
 そこには北門があって、そこが何やら騒がしい。

 いや、戦闘の音だ。

 北門にはジルが向かっていた。
 兵数は不利とはいえ、不意をうてば一撃で潰走させるくらいのことはジルはやる。
 なのにまだ戦闘が続いているということは……。

「北門に行き、ジルを援護する!」

 旗を持ちながら駆け出す。
 先ほど切り裂かれたが、斬られたのは端だから旗としての機能には問題ない。

 だから行く。
 大通りは1キロほどで、俺のいる位置からならその半分もない。
 けれども体力のない俺の体のことだ。
 そのさらに半分ほどを行ったくらいで息が切れ始める。そもそもここに来るまでで随分体力を消費していたのもある。

「隊長殿、先に行きます!」

「頼む!」

 クロエたちが俺を追い抜いて前へ出る。
 数人が念のために俺のそばに残ったのみだ。

「隊長、あまり無理をなさらず」

「あぁ……」

 心配そうに声をかけてきてくれたサリナになんとか頷き返す。
 ああ、これが終わったらもう少し鍛えよう。これじゃあさすがに足手まといだ。

 どうやらジルは門を奪ったらしい。門を背にして戦闘をしている。

 そこを大通りを北上している敵と激突し戦闘に至ったようだ。ジルの兵力が1千、相手はそれより少し多いくらいか。

「ジャンヌ隊、推参!」

 そんな混戦の場に300人の増援、しかも背後からの強襲をされたのだから敵にとってはたまったものではない。

 一気に形勢が変わった。
 敵は浮足立ち、もはやこれまでと逃亡する者が出てきた。
 左右の民家や路地には兵を回していないので、そこから逃亡すれば生き延びられる公算は高い。

 そんな時だった。俺が戦場にたどり着いたのは。

 もはや敵は半分もいない。
 このまま押しつぶすか、逃亡を許してでも兵を惜しむか。そう考えていた時に、事は起こった。

「退却! 退却!」

 敵の将らしき男が声を枯らして叫ぶ。
 同時、戦闘音がこちらに近づいてきた。

 まさか、と思う間に敵がこちらに向かって来ていることに愕然とした。
 背後をジルに討たれてでも、300のこちらを突破する方が良いと判断したのだろう。
 馬鹿の部下はやはり馬鹿だ――が、悪い作戦ではない。

 舌打ちする。
 ジャンヌ隊だけで考えると、こちらの方が兵数は少ないのだ。真向からぶつかったら損害が出てしまうだろう。

 数人が前に出てくる。突破された。
 その先頭の人物を見て、俺は驚きの声をあげていた。

「ハカラ!」

「どけ、小僧!」

 まさかここにいたとは。俺のことに気づいた様子もなく、必死で剣を振りながら走ってくる。

 どうやらいち早く王宮の裏口から逃げ出して、北門から脱出しようとしたらしい。だが、北門を制圧したジルに阻まれ、さらに背後から強襲されたのだからたまったものじゃないのは分かる。

 けどどこに逃げるつもりだ。
 王宮にはサカキがいる。逃げるなら左右に逃げるべきだろう。

 だがそれをこいつはしなかった。
 見栄なのか驕りなのか、こそこそと野ネズミのように街を逃げるのは矜持きょうじが許さなかったのだろうか。

 ハカラが剣を振る。こちらも迎撃に振った旗が切断されて宙を舞う。木製だ。仕方ない。
 だから俺は旗の短くなった柄の部分を相手に向かって投擲しようとする。
 時間を稼げれば味方が来る。そう思っての攻撃だ。

 だが頭で考えたことを体は実行してくれなかった。
 たった1キロ走っただけで体はガタガタだった。それ以前の行軍も体力を奪っていた。

 だから足に力が入らなくなり、足がもつれてその場でたたらを踏んだ。

 それが致命傷。

 致命的な隙。

「死ねや!」

 ハカラが剣を突き出す。
 それは俺の胸を貫き、激痛と共に死出の旅立ちを約束する片道切符。

 だが――

「隊長!」

 衝撃。
 横から何かがぶつかってきた。
 足に力の入らない俺はいとも簡単に吹き飛ばされる。

 地面に投げ出された俺が見たのは、剣を突き出した状態のハカラ。その剣を体で受け止めたポニーテールの少女。

「ご無事で……」

「サリナ!」

 叫ぶ。
 けど彼女は苦痛に顔を歪めながらも決死の覚悟でハカラに身を寄せる。

「は、放せ下郎!」

「はな……しません……」

 サリナが胸を貫いた剣をがっしりと掴んで離さないので、ハカラが剣を抜こうとわめく。
 その光景に血が沸き立つ。

 立ち上がる。一歩踏み出す。なんだ歩けるじゃないか。ならなんで今は。死ぬべきは俺だった。彼女は死ななくてもよかった。なのに……惨めだ愚かだ馬鹿だ腰抜けだ遺憾だ弱者だ愚物だ怒りだ殺意だ怨念だ――復讐だ。

「ハカラぁぁぁぁぁ!」

「ひっ!」

 ハカラが何かに恐怖したように、剣から手を放し逃げようとする。
 その顔面に、旗の柄を叩きこんだ。

「ぐぴゅ……」

 鼻血が舞う。ハカラは逃げようとする。それを追う。

「だ、誰かわしを助けろ!」

 誰がお前を助けるか。
 殺してやる。お前のような、いるだけで害悪をまき散らす愚者は、俺が叩き殺してやる。

 頭が真っ白になり、視界がハカラしか見えない。
 逃げ惑う背中。それをどう潰してやろうか、それしか考えられない。
 独立とか平和とか、日本に帰るとかどうでもいい。
 俺はただこいつを――

「隊長殿!」

 背後から抱きしめられて、ハッと我に返る。
 進まない。
 仇がすぐそばにいるのに。
 いや、それも止まっている。

 見ればジルの部隊が完全に行く先を封鎖していた。
 ハカラは呆然とした様子で立ち尽くしている。

 そこに1人が出てきた。ジルだ。

「ジャンヌ様。貴女は救国の導き手となるお方。このような愚か者の血で汚れてはなりませぬ」

 ジルが剣を抜く。
 ハカラは小さく悲鳴をあげて周囲を見渡すが、もはや彼の仲間は誰もいない。地面に横たわり永遠の沈黙を強要されたか、大地を蹴り見果てぬ逃走に身を任せたかのいずれかだ。

「わ、わしを殺せばエイン帝国軍100万がこの地に攻め寄せるぞ!」

「存じている」

「わ、分かった。わしが取りなそう! 女王様は立派に国を治めていると、だからわしもお主らに力を貸そう!」

「断る」

「なら金か! 金ならあるぞ、いくら欲しい!? だからわしを見逃してくれ!」

「言語道断!」

 ジルの怒りに満ちた息が1つ。
 同時に剣が一直線にハカラを縦に切り裂いた。それは、俺の怒りをも斬り捨てるような鬼気の迫るほどの太刀筋だった。

 鮮血が舞う。

 日が暮れて夕闇が押し寄せていたから、それを綺麗とも汚いとも思わなかった。

「ジャンヌ様。逆賊を討ち果たしました」

「…………そうか。なら部隊を連れて触れ回ってくれ。皇帝の威を借り、暴虐に堕したハカラを皇帝の名もとに誅殺した、と。そして城内から帝国軍を駆逐……しろ」

「はっ!」

 ジルが礼をして部下に矢継ぎ早に支持を出して自身も走り去っていった。
 周囲から人の気配が少なくなった。

「隊長殿……」

 背後から俺を抱きしめるようにして止めてくれたのはクロエだった。

「大丈夫だ、クロエ。放してくれ。…………サリナのところに行かなくちゃ」

「サリナ?」

 クロエから解放されて、一瞬ふらつく。
 もはや頭を焦がすような怒りはない。
 あるのは虚無。
 転がった死体はハカラの部下が多いが、味方――ジャンヌ隊のものも少なからずある。
 みんな若かった。
 なのに死んでしまった。
 俺が戦いを始めたせいで、たきつけたせいで、指揮をとったせいで死んでしまった。
 彼らは俺を恨むだろう。死の原因たる俺を憎むだろう。

「たい、ちょう……」

 サリナはまだ生きていた。部下たちに囲まれて。

 いや、生きているだけだ。
 死相というのは見たことないが、かがり火に照らされた彼女の顔は、それだと分かるほどの変わりようだった。

「……ごめん」

 跪いて謝った。
 俺が生きてること、俺なんかのために身を投げ出したこと、俺のせいで死ぬこと。

「いいん、です……隊長、守る……それが……戦い、だから……よかった」

 サリナが手を差し伸べてきた。
 俺はそれをとった。冷たい。

「違う、そうじゃない。俺は……俺は……」

「隊長は、光、なんです。オムカを照らす。それを、守れた。嬉しい……」

 サリナは笑顔を見せる。
 だがそこから一筋の涙が流れ出た。

 痛いのか、違う。死にたくないのだ。当たり前だ。若いんだ。

 若かろうが年寄だろうが誰だって死にたくない。
 ハカラだって、死にたくなかったからああも惨めに命乞いをしたんだ。
 見苦しいと思ったが、それは当然なんだ。誰だって、死にたくない。

 それを刈り取る。
 戦争という名の死神が、躊躇ちゅうちょなく命を刈り取るんだ。

 ああそれなのにどうしてみんな俺をそんなに持ち上げるんだ。
 英雄だとか導き手だとか光だとか。
 俺はただの学生だ。
 喧嘩もしたことのない、一般市民だ。
 学生運動なんていつの時代だ。ふざけるな。
 それでも……それでも……。

「みんなを……国を、お願いします」

「分かった。約束する。俺がこの国を守る。だから、だから……」

 嫌だとは言えない。
 彼女にだけじゃない。誰にも言えない。
 もはやそんな状況に、俺はいるのだ。

 なんて悪人だ。

 それも当然か。
 俺は元の世界に戻るという欲望のために、この国の人たちを犠牲にしようとしている。
 それは言い換えれば、この国の、いやこの大陸の人たちの流れる血でもって、俺は平和の国に帰ろうとしているのだ。

 まるで悪魔の儀式だ。
 俺はあの女神、いや悪魔と契約した悪人なのだ。
 血は氷河のごとく冷たく、人の命を喰らって生きる最低の人間。

 なのになんで、頬を流れる涙はこんなに熱い。

「隊長に、会えて……よかった……」

 サリナの腕から力が抜けた。
 瞳から色が消えた。

 あぁ死んだ。
 死んでしまった。
 本来なら死ななくていいはずの命。
 本来なら俺が死ぬはずだったのに。
 最期の命の残滓を表すかのように、一筋の涙がサリナの頬を零れ落ちる。

 込み上げる熱く苦い思い。それを天に向かって解放する。

「うああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 慟哭どうこくが夕闇に木霊した。

 この日の戦闘はハカラを討ち取ることで終結した。
 ハカラの部下は9千のうち、4千が逃亡し、3千が投降した。

 ジルとサカキは王都に残った残敵を掃討しつつ防備を固めている。死傷者は500ほど。

 そしてジャンヌ隊300名。
 重傷者14名、軽傷者59名、死者――11名。

 作戦は成功した。
 ハカラを倒し、エイン帝国軍を追い払ってここに独立に向けた第一歩が刻まれた。

 だが、そのために支払った犠牲は何よりも重い。

 あまりに無能な結果に、俺は地面に拳を打ち付けた。
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