53 / 627
第1章 オムカ王国独立戦記
第49話 自由の代価
しおりを挟む
サカキはまだか……。
路地を歩きながら王宮を見るが、まだ大鐘楼が身を震わすことはない。
かれこれ最初の騒ぎから1時間近くが経過しようとしているが、成功の知らせもない。
予想以上に抵抗が激しいのか、それともすでに逃亡していて身柄を確保できていないのか。
派遣された軍が戻らないようこの時間を選んで蜂起したのだが、逆にこの時間帯がハカラに有利に働いている。つまり闇夜に紛れられると逃げられるということ。
だからサカキには速攻を心がけるよう言いつけたし、ジルの北門封鎖だけでなく、俺たちが伏兵になるよう動いたのだ。
大通りに出た。
「隊長殿、ご無事で」
「クロエ。そっちは問題ないか」
「はい、200ほどと遭遇しましたが、無事撃退しました」
「さすが。よし、ではここで待ち伏せしよう」
大通りの中間点。
南には王宮、北には北門となるこの大通りは静けさに包まれ――
「隊長殿、あれを!」
クロエが指し示すのは北に延びる大通りの先。
そこには北門があって、そこが何やら騒がしい。
いや、戦闘の音だ。
北門にはジルが向かっていた。
兵数は不利とはいえ、不意をうてば一撃で潰走させるくらいのことはジルはやる。
なのにまだ戦闘が続いているということは……。
「北門に行き、ジルを援護する!」
旗を持ちながら駆け出す。
先ほど切り裂かれたが、斬られたのは端だから旗としての機能には問題ない。
だから行く。
大通りは1キロほどで、俺のいる位置からならその半分もない。
けれども体力のない俺の体のことだ。
そのさらに半分ほどを行ったくらいで息が切れ始める。そもそもここに来るまでで随分体力を消費していたのもある。
「隊長殿、先に行きます!」
「頼む!」
クロエたちが俺を追い抜いて前へ出る。
数人が念のために俺のそばに残ったのみだ。
「隊長、あまり無理をなさらず」
「あぁ……」
心配そうに声をかけてきてくれたサリナになんとか頷き返す。
ああ、これが終わったらもう少し鍛えよう。これじゃあさすがに足手まといだ。
どうやらジルは門を奪ったらしい。門を背にして戦闘をしている。
そこを大通りを北上している敵と激突し戦闘に至ったようだ。ジルの兵力が1千、相手はそれより少し多いくらいか。
「ジャンヌ隊、推参!」
そんな混戦の場に300人の増援、しかも背後からの強襲をされたのだから敵にとってはたまったものではない。
一気に形勢が変わった。
敵は浮足立ち、もはやこれまでと逃亡する者が出てきた。
左右の民家や路地には兵を回していないので、そこから逃亡すれば生き延びられる公算は高い。
そんな時だった。俺が戦場にたどり着いたのは。
もはや敵は半分もいない。
このまま押しつぶすか、逃亡を許してでも兵を惜しむか。そう考えていた時に、事は起こった。
「退却! 退却!」
敵の将らしき男が声を枯らして叫ぶ。
同時、戦闘音がこちらに近づいてきた。
まさか、と思う間に敵がこちらに向かって来ていることに愕然とした。
背後をジルに討たれてでも、300のこちらを突破する方が良いと判断したのだろう。
馬鹿の部下はやはり馬鹿だ――が、悪い作戦ではない。
舌打ちする。
ジャンヌ隊だけで考えると、こちらの方が兵数は少ないのだ。真向からぶつかったら損害が出てしまうだろう。
数人が前に出てくる。突破された。
その先頭の人物を見て、俺は驚きの声をあげていた。
「ハカラ!」
「どけ、小僧!」
まさかここにいたとは。俺のことに気づいた様子もなく、必死で剣を振りながら走ってくる。
どうやらいち早く王宮の裏口から逃げ出して、北門から脱出しようとしたらしい。だが、北門を制圧したジルに阻まれ、さらに背後から強襲されたのだからたまったものじゃないのは分かる。
けどどこに逃げるつもりだ。
王宮にはサカキがいる。逃げるなら左右に逃げるべきだろう。
だがそれをこいつはしなかった。
見栄なのか驕りなのか、こそこそと野ネズミのように街を逃げるのは矜持が許さなかったのだろうか。
ハカラが剣を振る。こちらも迎撃に振った旗が切断されて宙を舞う。木製だ。仕方ない。
だから俺は旗の短くなった柄の部分を相手に向かって投擲しようとする。
時間を稼げれば味方が来る。そう思っての攻撃だ。
だが頭で考えたことを体は実行してくれなかった。
たった1キロ走っただけで体はガタガタだった。それ以前の行軍も体力を奪っていた。
だから足に力が入らなくなり、足がもつれてその場でたたらを踏んだ。
それが致命傷。
致命的な隙。
「死ねや!」
ハカラが剣を突き出す。
それは俺の胸を貫き、激痛と共に死出の旅立ちを約束する片道切符。
だが――
「隊長!」
衝撃。
横から何かがぶつかってきた。
足に力の入らない俺はいとも簡単に吹き飛ばされる。
地面に投げ出された俺が見たのは、剣を突き出した状態のハカラ。その剣を体で受け止めたポニーテールの少女。
「ご無事で……」
「サリナ!」
叫ぶ。
けど彼女は苦痛に顔を歪めながらも決死の覚悟でハカラに身を寄せる。
「は、放せ下郎!」
「はな……しません……」
サリナが胸を貫いた剣をがっしりと掴んで離さないので、ハカラが剣を抜こうとわめく。
その光景に血が沸き立つ。
立ち上がる。一歩踏み出す。なんだ歩けるじゃないか。ならなんで今は。死ぬべきは俺だった。彼女は死ななくてもよかった。なのに……惨めだ愚かだ馬鹿だ腰抜けだ遺憾だ弱者だ愚物だ怒りだ殺意だ怨念だ――復讐だ。
「ハカラぁぁぁぁぁ!」
「ひっ!」
ハカラが何かに恐怖したように、剣から手を放し逃げようとする。
その顔面に、旗の柄を叩きこんだ。
「ぐぴゅ……」
鼻血が舞う。ハカラは逃げようとする。それを追う。
「だ、誰かわしを助けろ!」
誰がお前を助けるか。
殺してやる。お前のような、いるだけで害悪をまき散らす愚者は、俺が叩き殺してやる。
頭が真っ白になり、視界がハカラしか見えない。
逃げ惑う背中。それをどう潰してやろうか、それしか考えられない。
独立とか平和とか、日本に帰るとかどうでもいい。
俺はただこいつを――
「隊長殿!」
背後から抱きしめられて、ハッと我に返る。
進まない。
仇がすぐそばにいるのに。
いや、それも止まっている。
見ればジルの部隊が完全に行く先を封鎖していた。
ハカラは呆然とした様子で立ち尽くしている。
そこに1人が出てきた。ジルだ。
「ジャンヌ様。貴女は救国の導き手となるお方。このような愚か者の血で汚れてはなりませぬ」
ジルが剣を抜く。
ハカラは小さく悲鳴をあげて周囲を見渡すが、もはや彼の仲間は誰もいない。地面に横たわり永遠の沈黙を強要されたか、大地を蹴り見果てぬ逃走に身を任せたかのいずれかだ。
「わ、わしを殺せばエイン帝国軍100万がこの地に攻め寄せるぞ!」
「存じている」
「わ、分かった。わしが取りなそう! 女王様は立派に国を治めていると、だからわしもお主らに力を貸そう!」
「断る」
「なら金か! 金ならあるぞ、いくら欲しい!? だからわしを見逃してくれ!」
「言語道断!」
ジルの怒りに満ちた息が1つ。
同時に剣が一直線にハカラを縦に切り裂いた。それは、俺の怒りをも斬り捨てるような鬼気の迫るほどの太刀筋だった。
鮮血が舞う。
日が暮れて夕闇が押し寄せていたから、それを綺麗とも汚いとも思わなかった。
「ジャンヌ様。逆賊を討ち果たしました」
「…………そうか。なら部隊を連れて触れ回ってくれ。皇帝の威を借り、暴虐に堕したハカラを皇帝の名もとに誅殺した、と。そして城内から帝国軍を駆逐……しろ」
「はっ!」
ジルが礼をして部下に矢継ぎ早に支持を出して自身も走り去っていった。
周囲から人の気配が少なくなった。
「隊長殿……」
背後から俺を抱きしめるようにして止めてくれたのはクロエだった。
「大丈夫だ、クロエ。放してくれ。…………サリナのところに行かなくちゃ」
「サリナ?」
クロエから解放されて、一瞬ふらつく。
もはや頭を焦がすような怒りはない。
あるのは虚無。
転がった死体はハカラの部下が多いが、味方――ジャンヌ隊のものも少なからずある。
みんな若かった。
なのに死んでしまった。
俺が戦いを始めたせいで、たきつけたせいで、指揮をとったせいで死んでしまった。
彼らは俺を恨むだろう。死の原因たる俺を憎むだろう。
「たい、ちょう……」
サリナはまだ生きていた。部下たちに囲まれて。
いや、生きているだけだ。
死相というのは見たことないが、かがり火に照らされた彼女の顔は、それだと分かるほどの変わりようだった。
「……ごめん」
跪いて謝った。
俺が生きてること、俺なんかのために身を投げ出したこと、俺のせいで死ぬこと。
「いいん、です……隊長、守る……それが……戦い、だから……よかった」
サリナが手を差し伸べてきた。
俺はそれをとった。冷たい。
「違う、そうじゃない。俺は……俺は……」
「隊長は、光、なんです。オムカを照らす。それを、守れた。嬉しい……」
サリナは笑顔を見せる。
だがそこから一筋の涙が流れ出た。
痛いのか、違う。死にたくないのだ。当たり前だ。若いんだ。
若かろうが年寄だろうが誰だって死にたくない。
ハカラだって、死にたくなかったからああも惨めに命乞いをしたんだ。
見苦しいと思ったが、それは当然なんだ。誰だって、死にたくない。
それを刈り取る。
戦争という名の死神が、躊躇なく命を刈り取るんだ。
ああそれなのにどうしてみんな俺をそんなに持ち上げるんだ。
英雄だとか導き手だとか光だとか。
俺はただの学生だ。
喧嘩もしたことのない、一般市民だ。
学生運動なんていつの時代だ。ふざけるな。
それでも……それでも……。
「みんなを……国を、お願いします」
「分かった。約束する。俺がこの国を守る。だから、だから……」
嫌だとは言えない。
彼女にだけじゃない。誰にも言えない。
もはやそんな状況に、俺はいるのだ。
なんて悪人だ。
それも当然か。
俺は元の世界に戻るという欲望のために、この国の人たちを犠牲にしようとしている。
それは言い換えれば、この国の、いやこの大陸の人たちの流れる血でもって、俺は平和の国に帰ろうとしているのだ。
まるで悪魔の儀式だ。
俺はあの女神、いや悪魔と契約した悪人なのだ。
血は氷河のごとく冷たく、人の命を喰らって生きる最低の人間。
なのになんで、頬を流れる涙はこんなに熱い。
「隊長に、会えて……よかった……」
サリナの腕から力が抜けた。
瞳から色が消えた。
あぁ死んだ。
死んでしまった。
本来なら死ななくていいはずの命。
本来なら俺が死ぬはずだったのに。
最期の命の残滓を表すかのように、一筋の涙がサリナの頬を零れ落ちる。
込み上げる熱く苦い思い。それを天に向かって解放する。
「うああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
慟哭が夕闇に木霊した。
この日の戦闘はハカラを討ち取ることで終結した。
ハカラの部下は9千のうち、4千が逃亡し、3千が投降した。
ジルとサカキは王都に残った残敵を掃討しつつ防備を固めている。死傷者は500ほど。
そしてジャンヌ隊300名。
重傷者14名、軽傷者59名、死者――11名。
作戦は成功した。
ハカラを倒し、エイン帝国軍を追い払ってここに独立に向けた第一歩が刻まれた。
だが、そのために支払った犠牲は何よりも重い。
あまりに無能な結果に、俺は地面に拳を打ち付けた。
路地を歩きながら王宮を見るが、まだ大鐘楼が身を震わすことはない。
かれこれ最初の騒ぎから1時間近くが経過しようとしているが、成功の知らせもない。
予想以上に抵抗が激しいのか、それともすでに逃亡していて身柄を確保できていないのか。
派遣された軍が戻らないようこの時間を選んで蜂起したのだが、逆にこの時間帯がハカラに有利に働いている。つまり闇夜に紛れられると逃げられるということ。
だからサカキには速攻を心がけるよう言いつけたし、ジルの北門封鎖だけでなく、俺たちが伏兵になるよう動いたのだ。
大通りに出た。
「隊長殿、ご無事で」
「クロエ。そっちは問題ないか」
「はい、200ほどと遭遇しましたが、無事撃退しました」
「さすが。よし、ではここで待ち伏せしよう」
大通りの中間点。
南には王宮、北には北門となるこの大通りは静けさに包まれ――
「隊長殿、あれを!」
クロエが指し示すのは北に延びる大通りの先。
そこには北門があって、そこが何やら騒がしい。
いや、戦闘の音だ。
北門にはジルが向かっていた。
兵数は不利とはいえ、不意をうてば一撃で潰走させるくらいのことはジルはやる。
なのにまだ戦闘が続いているということは……。
「北門に行き、ジルを援護する!」
旗を持ちながら駆け出す。
先ほど切り裂かれたが、斬られたのは端だから旗としての機能には問題ない。
だから行く。
大通りは1キロほどで、俺のいる位置からならその半分もない。
けれども体力のない俺の体のことだ。
そのさらに半分ほどを行ったくらいで息が切れ始める。そもそもここに来るまでで随分体力を消費していたのもある。
「隊長殿、先に行きます!」
「頼む!」
クロエたちが俺を追い抜いて前へ出る。
数人が念のために俺のそばに残ったのみだ。
「隊長、あまり無理をなさらず」
「あぁ……」
心配そうに声をかけてきてくれたサリナになんとか頷き返す。
ああ、これが終わったらもう少し鍛えよう。これじゃあさすがに足手まといだ。
どうやらジルは門を奪ったらしい。門を背にして戦闘をしている。
そこを大通りを北上している敵と激突し戦闘に至ったようだ。ジルの兵力が1千、相手はそれより少し多いくらいか。
「ジャンヌ隊、推参!」
そんな混戦の場に300人の増援、しかも背後からの強襲をされたのだから敵にとってはたまったものではない。
一気に形勢が変わった。
敵は浮足立ち、もはやこれまでと逃亡する者が出てきた。
左右の民家や路地には兵を回していないので、そこから逃亡すれば生き延びられる公算は高い。
そんな時だった。俺が戦場にたどり着いたのは。
もはや敵は半分もいない。
このまま押しつぶすか、逃亡を許してでも兵を惜しむか。そう考えていた時に、事は起こった。
「退却! 退却!」
敵の将らしき男が声を枯らして叫ぶ。
同時、戦闘音がこちらに近づいてきた。
まさか、と思う間に敵がこちらに向かって来ていることに愕然とした。
背後をジルに討たれてでも、300のこちらを突破する方が良いと判断したのだろう。
馬鹿の部下はやはり馬鹿だ――が、悪い作戦ではない。
舌打ちする。
ジャンヌ隊だけで考えると、こちらの方が兵数は少ないのだ。真向からぶつかったら損害が出てしまうだろう。
数人が前に出てくる。突破された。
その先頭の人物を見て、俺は驚きの声をあげていた。
「ハカラ!」
「どけ、小僧!」
まさかここにいたとは。俺のことに気づいた様子もなく、必死で剣を振りながら走ってくる。
どうやらいち早く王宮の裏口から逃げ出して、北門から脱出しようとしたらしい。だが、北門を制圧したジルに阻まれ、さらに背後から強襲されたのだからたまったものじゃないのは分かる。
けどどこに逃げるつもりだ。
王宮にはサカキがいる。逃げるなら左右に逃げるべきだろう。
だがそれをこいつはしなかった。
見栄なのか驕りなのか、こそこそと野ネズミのように街を逃げるのは矜持が許さなかったのだろうか。
ハカラが剣を振る。こちらも迎撃に振った旗が切断されて宙を舞う。木製だ。仕方ない。
だから俺は旗の短くなった柄の部分を相手に向かって投擲しようとする。
時間を稼げれば味方が来る。そう思っての攻撃だ。
だが頭で考えたことを体は実行してくれなかった。
たった1キロ走っただけで体はガタガタだった。それ以前の行軍も体力を奪っていた。
だから足に力が入らなくなり、足がもつれてその場でたたらを踏んだ。
それが致命傷。
致命的な隙。
「死ねや!」
ハカラが剣を突き出す。
それは俺の胸を貫き、激痛と共に死出の旅立ちを約束する片道切符。
だが――
「隊長!」
衝撃。
横から何かがぶつかってきた。
足に力の入らない俺はいとも簡単に吹き飛ばされる。
地面に投げ出された俺が見たのは、剣を突き出した状態のハカラ。その剣を体で受け止めたポニーテールの少女。
「ご無事で……」
「サリナ!」
叫ぶ。
けど彼女は苦痛に顔を歪めながらも決死の覚悟でハカラに身を寄せる。
「は、放せ下郎!」
「はな……しません……」
サリナが胸を貫いた剣をがっしりと掴んで離さないので、ハカラが剣を抜こうとわめく。
その光景に血が沸き立つ。
立ち上がる。一歩踏み出す。なんだ歩けるじゃないか。ならなんで今は。死ぬべきは俺だった。彼女は死ななくてもよかった。なのに……惨めだ愚かだ馬鹿だ腰抜けだ遺憾だ弱者だ愚物だ怒りだ殺意だ怨念だ――復讐だ。
「ハカラぁぁぁぁぁ!」
「ひっ!」
ハカラが何かに恐怖したように、剣から手を放し逃げようとする。
その顔面に、旗の柄を叩きこんだ。
「ぐぴゅ……」
鼻血が舞う。ハカラは逃げようとする。それを追う。
「だ、誰かわしを助けろ!」
誰がお前を助けるか。
殺してやる。お前のような、いるだけで害悪をまき散らす愚者は、俺が叩き殺してやる。
頭が真っ白になり、視界がハカラしか見えない。
逃げ惑う背中。それをどう潰してやろうか、それしか考えられない。
独立とか平和とか、日本に帰るとかどうでもいい。
俺はただこいつを――
「隊長殿!」
背後から抱きしめられて、ハッと我に返る。
進まない。
仇がすぐそばにいるのに。
いや、それも止まっている。
見ればジルの部隊が完全に行く先を封鎖していた。
ハカラは呆然とした様子で立ち尽くしている。
そこに1人が出てきた。ジルだ。
「ジャンヌ様。貴女は救国の導き手となるお方。このような愚か者の血で汚れてはなりませぬ」
ジルが剣を抜く。
ハカラは小さく悲鳴をあげて周囲を見渡すが、もはや彼の仲間は誰もいない。地面に横たわり永遠の沈黙を強要されたか、大地を蹴り見果てぬ逃走に身を任せたかのいずれかだ。
「わ、わしを殺せばエイン帝国軍100万がこの地に攻め寄せるぞ!」
「存じている」
「わ、分かった。わしが取りなそう! 女王様は立派に国を治めていると、だからわしもお主らに力を貸そう!」
「断る」
「なら金か! 金ならあるぞ、いくら欲しい!? だからわしを見逃してくれ!」
「言語道断!」
ジルの怒りに満ちた息が1つ。
同時に剣が一直線にハカラを縦に切り裂いた。それは、俺の怒りをも斬り捨てるような鬼気の迫るほどの太刀筋だった。
鮮血が舞う。
日が暮れて夕闇が押し寄せていたから、それを綺麗とも汚いとも思わなかった。
「ジャンヌ様。逆賊を討ち果たしました」
「…………そうか。なら部隊を連れて触れ回ってくれ。皇帝の威を借り、暴虐に堕したハカラを皇帝の名もとに誅殺した、と。そして城内から帝国軍を駆逐……しろ」
「はっ!」
ジルが礼をして部下に矢継ぎ早に支持を出して自身も走り去っていった。
周囲から人の気配が少なくなった。
「隊長殿……」
背後から俺を抱きしめるようにして止めてくれたのはクロエだった。
「大丈夫だ、クロエ。放してくれ。…………サリナのところに行かなくちゃ」
「サリナ?」
クロエから解放されて、一瞬ふらつく。
もはや頭を焦がすような怒りはない。
あるのは虚無。
転がった死体はハカラの部下が多いが、味方――ジャンヌ隊のものも少なからずある。
みんな若かった。
なのに死んでしまった。
俺が戦いを始めたせいで、たきつけたせいで、指揮をとったせいで死んでしまった。
彼らは俺を恨むだろう。死の原因たる俺を憎むだろう。
「たい、ちょう……」
サリナはまだ生きていた。部下たちに囲まれて。
いや、生きているだけだ。
死相というのは見たことないが、かがり火に照らされた彼女の顔は、それだと分かるほどの変わりようだった。
「……ごめん」
跪いて謝った。
俺が生きてること、俺なんかのために身を投げ出したこと、俺のせいで死ぬこと。
「いいん、です……隊長、守る……それが……戦い、だから……よかった」
サリナが手を差し伸べてきた。
俺はそれをとった。冷たい。
「違う、そうじゃない。俺は……俺は……」
「隊長は、光、なんです。オムカを照らす。それを、守れた。嬉しい……」
サリナは笑顔を見せる。
だがそこから一筋の涙が流れ出た。
痛いのか、違う。死にたくないのだ。当たり前だ。若いんだ。
若かろうが年寄だろうが誰だって死にたくない。
ハカラだって、死にたくなかったからああも惨めに命乞いをしたんだ。
見苦しいと思ったが、それは当然なんだ。誰だって、死にたくない。
それを刈り取る。
戦争という名の死神が、躊躇なく命を刈り取るんだ。
ああそれなのにどうしてみんな俺をそんなに持ち上げるんだ。
英雄だとか導き手だとか光だとか。
俺はただの学生だ。
喧嘩もしたことのない、一般市民だ。
学生運動なんていつの時代だ。ふざけるな。
それでも……それでも……。
「みんなを……国を、お願いします」
「分かった。約束する。俺がこの国を守る。だから、だから……」
嫌だとは言えない。
彼女にだけじゃない。誰にも言えない。
もはやそんな状況に、俺はいるのだ。
なんて悪人だ。
それも当然か。
俺は元の世界に戻るという欲望のために、この国の人たちを犠牲にしようとしている。
それは言い換えれば、この国の、いやこの大陸の人たちの流れる血でもって、俺は平和の国に帰ろうとしているのだ。
まるで悪魔の儀式だ。
俺はあの女神、いや悪魔と契約した悪人なのだ。
血は氷河のごとく冷たく、人の命を喰らって生きる最低の人間。
なのになんで、頬を流れる涙はこんなに熱い。
「隊長に、会えて……よかった……」
サリナの腕から力が抜けた。
瞳から色が消えた。
あぁ死んだ。
死んでしまった。
本来なら死ななくていいはずの命。
本来なら俺が死ぬはずだったのに。
最期の命の残滓を表すかのように、一筋の涙がサリナの頬を零れ落ちる。
込み上げる熱く苦い思い。それを天に向かって解放する。
「うああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
慟哭が夕闇に木霊した。
この日の戦闘はハカラを討ち取ることで終結した。
ハカラの部下は9千のうち、4千が逃亡し、3千が投降した。
ジルとサカキは王都に残った残敵を掃討しつつ防備を固めている。死傷者は500ほど。
そしてジャンヌ隊300名。
重傷者14名、軽傷者59名、死者――11名。
作戦は成功した。
ハカラを倒し、エイン帝国軍を追い払ってここに独立に向けた第一歩が刻まれた。
だが、そのために支払った犠牲は何よりも重い。
あまりに無能な結果に、俺は地面に拳を打ち付けた。
3
あなたにおすすめの小説
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる