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第1章 オムカ王国独立戦記
第59話 王都バーベル防衛戦5日目・城門破壊
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籠城5日目。相変わらずの晴天。
昨日1日休めたとはいえ、精神的な疲労もありさすがに完全とは言えない。
あとこれが何日続くか分からないが、今日が勝敗を占う日になるのは間違いないと思う。
昨日、夕方ごろに相手の編成が変わったと報告が来て、4つの門を巡り、相手の陣を見た。
やはり容易ならざる相手だ。
まず西門と南門に、それぞれ5千近い敵が増えていた。
偵察によると北から来た1万というから、元ハカラの軍を呼び寄せたのだろう。
しかもその1万を前衛に並べている辺り、敵の大将の非道さがにじみ出ている。
戦っていない元気のある部隊を先鋒にした、と言えば聞こえが良いが、あれは完全に捨て駒扱い、死兵だ。
つまり今日は城門の攻防が激しくなるし、そこを抜いても中門で多くの犠牲が出ると見た敵は、自分の部下ではなくハカラの部下を捨て駒にしたのだ。
だがそんな扱いを受けてもハカラの部下はノーとはいえない。
逃げようとすれば後ろから矢を撃たれる配置だからだ。
それだけでも暗い気持ちになるが、さらなる問題は東門だ。
東門を攻めていた部隊が城攻めを放棄して、ハワードの爺さんに対して部隊を展開させたのだ。
兵力差はほぼないとなれば、ハワードも簡単には動けない。
つまり城攻めの部隊の後背を襲い、隙を見て場内からも兵を出して挟撃する掎角の計は完全に封じられたのだ。
だがそれでも血気盛んなサカキなんかは、
「あの後ろを襲えばそのキカクってやつになるだろ。俺を出させてくれ!」
としつこく訴えてきた。
確かにそれは可能だが、あからさまに襲ってくださいと言わんばかりの部隊がいかにもくさい。
敵が遠すぎるのだ。
敵の背後を襲いに行く途中に、北門か南門から来た部隊に横槍を入れられたり背後を襲われたら失敗どころか、その部隊自体が危うくなる。
好餌に釣られて全滅の憂き目に遭う可能性が捨てきれなかった。
だからそれを口酸っぱくサカキに言い含め、渋々ながらも了承させた。
それにしても増援と東門の放棄という2手で、俺の策を潰しに来た敵の大将はやはりあなどれない。
どんなスキルを持っているのか分からないが、今日はかなり辛い戦いになるだろうことは予想できる。
唯一の救いは、東門の脅威が少なくなったので、見張りだけ残してジルを西門に配置できたことだ。
城壁が半壊しているとはいえまだ城門も健在だし、ニーアもまだ復帰できない状態だったところにジルがいけば、とりあえず今日1日はなんとかなると思う。
「隊長殿、敵が来ます!」
クロエの声に思考を現実に引き戻す。
今日は先陣が残りの堀を埋め立てて城門に取り付くところから始まる。
城門は厚さ1メートル近くもある鉄板だ。閂も鉄製だからそう簡単に動かせるものではない。
しかも新たに攻城兵器を出す気配もない以上、そう簡単には破られないだろう。
敵の先陣が来た。鉄板を担いできているのは頭上からの防御のためだ。
その後ろに弓兵も布陣しているから、そちらに弓で応射しつつ、真下の城門に取り付いた敵兵を岩で潰す基本的な戦いになりそうだ。
金属が打ち合う音が聞こえ始めた。
敵が城門を槌で壊し始めたらしい。
そこへありったけの石を落とすが、鉄板に遮られて効果は薄い。
一応、手持ちである以上は人力なわけで、衝撃を何度も与えれば支える人間が参って倒れることもあったが、大きな戦果にはならないのだ。
しばらくそんな単調な防衛戦が続く。
もうすぐ昼になる。
まだ城門は耐えている。
いつもならそろそろ相手は兵を引き始める時刻だが……。
「あ、隊長殿。敵が退き始めました!」
クロエの言葉通り、盾に守られながら城門に取り付いた部隊が退き始める。
後方にいた弓兵も先陣が退ききると、弓を収めて少し下がった。
「さすが鉄壁の城門ですね。あれくらいじゃ1週間経っても破れませんよ」
「あぁ……そうだ――ん?」
あまりに単調な攻めと呆気ない撤退に違和感を覚えて、城壁から地上を見下ろしたその時、
「あれは、なんだ?」
城壁と堀の間には2メートルほどの陸地がある。
そこに城壁にぴったりと背中をつけるようにした敵兵が、城門の左右に1人ずついる。2人が持っているのはロープのようなもの。それは城門の方へ伸びていて――
「弓隊! あの2人を射ろ! 岩を落としてもいい!」
叫ぶ。だが圧倒的に遅すぎた。
敵兵はロープに着火するとその場から離れる。火はロープを伝って城門の方へと、蛇のように進んでいく。油が染み込んだロープなのだろう。火は消えずに勢いを増して炎の蛇となる。
その終着点は城門にある小さな箱。
何が入っているか分からない。だが、敵が何をしようとするかを考えた時、その中身に思いが至ったのだ。
「全員、衝撃に備えろ! 何かにつかまれ!」
俺の声に応じた兵がどれだけいたか。
次の瞬間、大地と鼓膜を揺るがす大爆発が起きた。
身を揺るがすほどの激しい揺れに、ショック防御をしていない兵が何人か空を飛び、そして城壁から消えていった。
揺れは収まったが、鼓膜の痺れと地上から巻き起こる土煙は収まっていない。
くそ、爆弾だ。まさか敵が使ってくるなんて……。
いや、俺自身も使ったぐらいだから、知識さえあればそれは不可能ではない。
敵の大将は俺と同じ現代人なのだから、それくらいやってくるだろうと予測を立てるべきだった。
だが堀を土で埋めたり、投石機を持ち出したりと古代や中世の城攻めをしていた相手だから、そんなものは使ってこないと思い込んでしまった。
さらにこれまで敵が昼には撤退していったことから、午前の戦闘は終了したと思い込ませる手の込みようだ。
となるとこの次は――
「ぎゃあ!」
悲鳴が聞こえた。
矢が下から飛んできたのだ。
「物陰に隠れろ! 煙が収まり次第、敵に向かって応射と岩の準備!」
指示を出しながら岩壁に身をひそめる。頭の後ろで矢が壁に突き刺さる音がする。ヒヤッとした。
そこへ身をかがめながら伝令が来る。
西門と南門も同じようなことが起きたらしい。
東門は相変わらず静かだ。
いや、その静かさが気になる。
土煙はまだ収まらない。が、どうやら門を完全に破壊するには至ってないらしい。城内側に身を乗り出し、城門の裏側を見てみるが無事だ。
さもなければ今頃、城壁を破った敵が内門に殺到しているはずだ。
しかし、あれだけ伏線を張って、たったこれだけの成果で満足する敵だろうか。
ここが敵にとっての勘所だというなら、乾坤一擲の勝負を仕掛けてくるはず。
そのポイントはどこか。
思考が巡る。
相手は一番の弱いところを狙ってくるはずだ。それはここじゃない。南でもない。なら西か。いや、西はこの半日持ちこたえたし、ジルが硬く守っている。なら残るは――
「弓隊! 今すぐここを降りろ! 援護へ向かえ! クロエ! 今すぐ彼らを率いて東門へ向かえ!」
「え、東門でありますか!? しかしここは――」
「ここは囮だ。西門も南門も全部! 東門が狙われてる! 城門が無事なら城壁で、突破されてたら内門で迎え撃て!」
「は、はい!」
クロエが弓隊を率いて降りていく。
俺は残った兵に身を隠しながら岩を落とすよう指示。
さらにまだ残っていた伝令に対し、他の門からも東に援軍を送るよう頼んだ。
それが済むと、頭を抱え込んだ。
幸い土煙がこの辺りにも来て視界は悪い。兵に見られる心配もない。
完全にしてやられた。
今頃東門も爆破されているだろう。しかもこことは比べ物にならないくらいの火薬で。
そこへ敵が突っ込んでくれば城門は落ちる。その兵はおそらくさっき退いていった北門の兵だろう。土煙に紛れて東門に殺到しているに違いない。
偽撃転殺の計。
わざと一方の攻めを弱めておいて、隙を見て一気呵成に攻撃する作戦だ。
カルゥム城塞の戦いではそれに対し余裕をもって虚誘掩殺を仕掛けられたから撃退出来たが、今回は相手からの仕掛けに対して後手に回っての対応だ。
間に合うか……。
祈るようにして目を瞑る。
やがて土煙が晴れてきた。
目を開けて城門から乗り出す。
すでに敵は引き上げている最中で、その数は少ない。予想通りだった。
城門も穴は開いているが貫通はしていないらしく、過大な期待はできないがとりあえず無事だ。
そこへ再び伝令が来た。
「東の城門は完全に破壊。内門に敵が取り付きましたがクロエ殿が間に合い、敵に痛撃を与えました」
まさかと一瞬覚悟したが、その内容に安堵のため息をつく。
だがその後が問題だった。
「さらにサカキ隊長が到着し、内門を開いて一気に敵に突撃。城門を出てさらに追撃をかけました!」
「あの馬鹿!」
俺は伝令を放り出し、城門から駆け落ちるように地上に降り立つと、傍につないであった馬に乗る。
ここで外に出てどうする。
撃退されて敵につけ入られたら(退却する味方にぴったりとくっついて、一緒に城門になだれ込む作戦)、それこそこの城は落ちるぞ。さらに敵にはあのチート級がいるんだ。
「なんでそれを分からない!」
吐き捨てながらもひたすら駆け通して、数分後には東門にたどり着いた。内門は閉じていて、その前にクロエがいた。
「隊長殿!」
「内門を開け!」
俺の命令にクロエは迅速に従った。
開いた内門を通り抜け、下3分の1ほどが見事に破壊し尽くされた城門を抜けると外に出る。
久々に城外に出た感慨もなく、周囲に視線を走らせる。
軍が動いている様子はない。
いや、来た。
あれは――
「サカキ!」
後ろに1千ほどの歩兵を連れ、悠然と引き上げている。
敵の追撃はなさそうだ。
「馬鹿! なんで打って出た!」
だがここは強く出るところ。勝手に動かれてはこの後に障りがでる。
きっとサカキもへらへらとした調子でごまかすに違いない。そう思った。
だが、
「それで勝てんのか」
「え?」
「守って守って守って、それで勝てんのかよ」
「そ、それは……」
いつになく険しい顔のサカキに、思わずどもってしまう。
それでもここで押し負けるわけにはいかない。
サカキの後ろには1千の兵がいる。
「勝つさ。でもお前が外に出て、万が一があって城に戻って来た時に、敵についてこられたらこの城は落ちる。みんな死ぬんだぞ!」
「そん時は門を閉めればいい」
「馬鹿! お前らを見殺しにできるか!」
「しろって言ってんだよ!」
急に怒鳴られて、一瞬心に空白ができる。
「あのな、ジャンヌちゃんがどう思ってるか知らねぇけど、俺ら軍人はそのためにいるんだよ。守りたい国のために、守りたい人のために死ぬ。それが俺たちだ」
その気迫に1千の兵が「応っ!」と応える。
「別にジャンヌちゃんが悪いとか言ってるわけじゃねぇ。けどよ、ここが勘所だろ。だから敵も勝負をかけてきた。それなのにずるずるとこっちは何もせずに後手後手に回ってる。このままじゃ出血多量で死ぬぞ」
「けど、今は無理だ。外に出てくのは更に出血を早めるだけだ。城を出て戦う策はない」
情けないがこれが現実だ。
少なくとも今日は完全に後手に回っているのを否定しきれない。
いくら知力99とはいえ、それを発案する人間が雑魚だったら無意味だという証左だ。
圧倒的な兵力差を埋める策は、俺には思いつかないのだ。
だがそれをサカキは一笑した。
「あんだろうがよ。でっけぇ策が。キカクの計とかって言ってたよな」
「何度も言っただろ、あれは無理だ。この戦況になった時点で不可能なんだよ」
「だからやらせろっつってんだよ。ジャンヌちゃんは頭が良い。けど頭が良いから、失敗が先に見えちまう。けどよ、俺からすれば笑止千万だよ。何もやらねーうちから結果が分かるなんて、神様にでもなったつもりかってな」
「そんなことは……」
「あのなぁ。俺を誰だと思ってんだよ。俺はあれだぞ、守備隊の副将様だぞ。偉いんだぞ」
「いや、それは知ってるけど」
「だから俺がイエスと言えばそれは決定なんだよ。ジャンヌちゃんがなんて言おうと俺はもうやるって決めた」
「で、でも! 失敗したらどうするんだよ!」
「そんときゃさっぱりと死ぬさ」
今日の晩御飯を聞いた時のように、あっさりとしたその返事に、俺はもう何も言えなくなった。
サカキは俺の横に馬を寄せて、小さく言った。
「きっと色々考えてるんだろ。手も打ってるんだろ。でも負けないだけじゃダメなんだ。どっかで大きく動かさなきゃ、勝負には勝てないんだぜ」
「でも……」
「いいんだよ。ジャンヌちゃんはもっと俺らを頼ってくれ。死ねと命令してくれ。そうすりゃ勇気百倍、10万の敵とだって戦えらぁ」
その言葉を聞いて思い出す言葉があった。
『あんな奴らは死んで来いって言うくらいがちょうどいいんじゃ。そうすれば喜んで突っ込んで生きて帰ってくるんだからの』
ハワードに言われた。もっと他を頼れと。死んで来いと言うくらいがちょうどいいと。
ありがたいと思う。同時に情けないとも思う。
そんな選択肢しか選べない状況を作ってしまったことに。
けどそれをサカキに言うのは憚られた。
だって、サカキの覚悟に水をさすなんて真似は、そんな覚悟もできない俺はできない――してはいけないのだ。
だから、無理に笑う。
笑って送り出してやるしかないのだ。
「生意気だ……サカキのくせに」
上手く笑えたか分からない。
それでもサカキはいつもみたいに豪快に笑みを浮かべて、
「へへ、いっつもジーンばっかだからな。俺にもちょっとは格好つけさせろよ」
ポンッと頭に手が乗る。
武骨な、大きい手。
その手のひらが伝える熱に、俺は何を言っても無駄なんだと思った。
「……うん」
俺は小さく頷き――涙をこぼした。
昨日1日休めたとはいえ、精神的な疲労もありさすがに完全とは言えない。
あとこれが何日続くか分からないが、今日が勝敗を占う日になるのは間違いないと思う。
昨日、夕方ごろに相手の編成が変わったと報告が来て、4つの門を巡り、相手の陣を見た。
やはり容易ならざる相手だ。
まず西門と南門に、それぞれ5千近い敵が増えていた。
偵察によると北から来た1万というから、元ハカラの軍を呼び寄せたのだろう。
しかもその1万を前衛に並べている辺り、敵の大将の非道さがにじみ出ている。
戦っていない元気のある部隊を先鋒にした、と言えば聞こえが良いが、あれは完全に捨て駒扱い、死兵だ。
つまり今日は城門の攻防が激しくなるし、そこを抜いても中門で多くの犠牲が出ると見た敵は、自分の部下ではなくハカラの部下を捨て駒にしたのだ。
だがそんな扱いを受けてもハカラの部下はノーとはいえない。
逃げようとすれば後ろから矢を撃たれる配置だからだ。
それだけでも暗い気持ちになるが、さらなる問題は東門だ。
東門を攻めていた部隊が城攻めを放棄して、ハワードの爺さんに対して部隊を展開させたのだ。
兵力差はほぼないとなれば、ハワードも簡単には動けない。
つまり城攻めの部隊の後背を襲い、隙を見て場内からも兵を出して挟撃する掎角の計は完全に封じられたのだ。
だがそれでも血気盛んなサカキなんかは、
「あの後ろを襲えばそのキカクってやつになるだろ。俺を出させてくれ!」
としつこく訴えてきた。
確かにそれは可能だが、あからさまに襲ってくださいと言わんばかりの部隊がいかにもくさい。
敵が遠すぎるのだ。
敵の背後を襲いに行く途中に、北門か南門から来た部隊に横槍を入れられたり背後を襲われたら失敗どころか、その部隊自体が危うくなる。
好餌に釣られて全滅の憂き目に遭う可能性が捨てきれなかった。
だからそれを口酸っぱくサカキに言い含め、渋々ながらも了承させた。
それにしても増援と東門の放棄という2手で、俺の策を潰しに来た敵の大将はやはりあなどれない。
どんなスキルを持っているのか分からないが、今日はかなり辛い戦いになるだろうことは予想できる。
唯一の救いは、東門の脅威が少なくなったので、見張りだけ残してジルを西門に配置できたことだ。
城壁が半壊しているとはいえまだ城門も健在だし、ニーアもまだ復帰できない状態だったところにジルがいけば、とりあえず今日1日はなんとかなると思う。
「隊長殿、敵が来ます!」
クロエの声に思考を現実に引き戻す。
今日は先陣が残りの堀を埋め立てて城門に取り付くところから始まる。
城門は厚さ1メートル近くもある鉄板だ。閂も鉄製だからそう簡単に動かせるものではない。
しかも新たに攻城兵器を出す気配もない以上、そう簡単には破られないだろう。
敵の先陣が来た。鉄板を担いできているのは頭上からの防御のためだ。
その後ろに弓兵も布陣しているから、そちらに弓で応射しつつ、真下の城門に取り付いた敵兵を岩で潰す基本的な戦いになりそうだ。
金属が打ち合う音が聞こえ始めた。
敵が城門を槌で壊し始めたらしい。
そこへありったけの石を落とすが、鉄板に遮られて効果は薄い。
一応、手持ちである以上は人力なわけで、衝撃を何度も与えれば支える人間が参って倒れることもあったが、大きな戦果にはならないのだ。
しばらくそんな単調な防衛戦が続く。
もうすぐ昼になる。
まだ城門は耐えている。
いつもならそろそろ相手は兵を引き始める時刻だが……。
「あ、隊長殿。敵が退き始めました!」
クロエの言葉通り、盾に守られながら城門に取り付いた部隊が退き始める。
後方にいた弓兵も先陣が退ききると、弓を収めて少し下がった。
「さすが鉄壁の城門ですね。あれくらいじゃ1週間経っても破れませんよ」
「あぁ……そうだ――ん?」
あまりに単調な攻めと呆気ない撤退に違和感を覚えて、城壁から地上を見下ろしたその時、
「あれは、なんだ?」
城壁と堀の間には2メートルほどの陸地がある。
そこに城壁にぴったりと背中をつけるようにした敵兵が、城門の左右に1人ずついる。2人が持っているのはロープのようなもの。それは城門の方へ伸びていて――
「弓隊! あの2人を射ろ! 岩を落としてもいい!」
叫ぶ。だが圧倒的に遅すぎた。
敵兵はロープに着火するとその場から離れる。火はロープを伝って城門の方へと、蛇のように進んでいく。油が染み込んだロープなのだろう。火は消えずに勢いを増して炎の蛇となる。
その終着点は城門にある小さな箱。
何が入っているか分からない。だが、敵が何をしようとするかを考えた時、その中身に思いが至ったのだ。
「全員、衝撃に備えろ! 何かにつかまれ!」
俺の声に応じた兵がどれだけいたか。
次の瞬間、大地と鼓膜を揺るがす大爆発が起きた。
身を揺るがすほどの激しい揺れに、ショック防御をしていない兵が何人か空を飛び、そして城壁から消えていった。
揺れは収まったが、鼓膜の痺れと地上から巻き起こる土煙は収まっていない。
くそ、爆弾だ。まさか敵が使ってくるなんて……。
いや、俺自身も使ったぐらいだから、知識さえあればそれは不可能ではない。
敵の大将は俺と同じ現代人なのだから、それくらいやってくるだろうと予測を立てるべきだった。
だが堀を土で埋めたり、投石機を持ち出したりと古代や中世の城攻めをしていた相手だから、そんなものは使ってこないと思い込んでしまった。
さらにこれまで敵が昼には撤退していったことから、午前の戦闘は終了したと思い込ませる手の込みようだ。
となるとこの次は――
「ぎゃあ!」
悲鳴が聞こえた。
矢が下から飛んできたのだ。
「物陰に隠れろ! 煙が収まり次第、敵に向かって応射と岩の準備!」
指示を出しながら岩壁に身をひそめる。頭の後ろで矢が壁に突き刺さる音がする。ヒヤッとした。
そこへ身をかがめながら伝令が来る。
西門と南門も同じようなことが起きたらしい。
東門は相変わらず静かだ。
いや、その静かさが気になる。
土煙はまだ収まらない。が、どうやら門を完全に破壊するには至ってないらしい。城内側に身を乗り出し、城門の裏側を見てみるが無事だ。
さもなければ今頃、城壁を破った敵が内門に殺到しているはずだ。
しかし、あれだけ伏線を張って、たったこれだけの成果で満足する敵だろうか。
ここが敵にとっての勘所だというなら、乾坤一擲の勝負を仕掛けてくるはず。
そのポイントはどこか。
思考が巡る。
相手は一番の弱いところを狙ってくるはずだ。それはここじゃない。南でもない。なら西か。いや、西はこの半日持ちこたえたし、ジルが硬く守っている。なら残るは――
「弓隊! 今すぐここを降りろ! 援護へ向かえ! クロエ! 今すぐ彼らを率いて東門へ向かえ!」
「え、東門でありますか!? しかしここは――」
「ここは囮だ。西門も南門も全部! 東門が狙われてる! 城門が無事なら城壁で、突破されてたら内門で迎え撃て!」
「は、はい!」
クロエが弓隊を率いて降りていく。
俺は残った兵に身を隠しながら岩を落とすよう指示。
さらにまだ残っていた伝令に対し、他の門からも東に援軍を送るよう頼んだ。
それが済むと、頭を抱え込んだ。
幸い土煙がこの辺りにも来て視界は悪い。兵に見られる心配もない。
完全にしてやられた。
今頃東門も爆破されているだろう。しかもこことは比べ物にならないくらいの火薬で。
そこへ敵が突っ込んでくれば城門は落ちる。その兵はおそらくさっき退いていった北門の兵だろう。土煙に紛れて東門に殺到しているに違いない。
偽撃転殺の計。
わざと一方の攻めを弱めておいて、隙を見て一気呵成に攻撃する作戦だ。
カルゥム城塞の戦いではそれに対し余裕をもって虚誘掩殺を仕掛けられたから撃退出来たが、今回は相手からの仕掛けに対して後手に回っての対応だ。
間に合うか……。
祈るようにして目を瞑る。
やがて土煙が晴れてきた。
目を開けて城門から乗り出す。
すでに敵は引き上げている最中で、その数は少ない。予想通りだった。
城門も穴は開いているが貫通はしていないらしく、過大な期待はできないがとりあえず無事だ。
そこへ再び伝令が来た。
「東の城門は完全に破壊。内門に敵が取り付きましたがクロエ殿が間に合い、敵に痛撃を与えました」
まさかと一瞬覚悟したが、その内容に安堵のため息をつく。
だがその後が問題だった。
「さらにサカキ隊長が到着し、内門を開いて一気に敵に突撃。城門を出てさらに追撃をかけました!」
「あの馬鹿!」
俺は伝令を放り出し、城門から駆け落ちるように地上に降り立つと、傍につないであった馬に乗る。
ここで外に出てどうする。
撃退されて敵につけ入られたら(退却する味方にぴったりとくっついて、一緒に城門になだれ込む作戦)、それこそこの城は落ちるぞ。さらに敵にはあのチート級がいるんだ。
「なんでそれを分からない!」
吐き捨てながらもひたすら駆け通して、数分後には東門にたどり着いた。内門は閉じていて、その前にクロエがいた。
「隊長殿!」
「内門を開け!」
俺の命令にクロエは迅速に従った。
開いた内門を通り抜け、下3分の1ほどが見事に破壊し尽くされた城門を抜けると外に出る。
久々に城外に出た感慨もなく、周囲に視線を走らせる。
軍が動いている様子はない。
いや、来た。
あれは――
「サカキ!」
後ろに1千ほどの歩兵を連れ、悠然と引き上げている。
敵の追撃はなさそうだ。
「馬鹿! なんで打って出た!」
だがここは強く出るところ。勝手に動かれてはこの後に障りがでる。
きっとサカキもへらへらとした調子でごまかすに違いない。そう思った。
だが、
「それで勝てんのか」
「え?」
「守って守って守って、それで勝てんのかよ」
「そ、それは……」
いつになく険しい顔のサカキに、思わずどもってしまう。
それでもここで押し負けるわけにはいかない。
サカキの後ろには1千の兵がいる。
「勝つさ。でもお前が外に出て、万が一があって城に戻って来た時に、敵についてこられたらこの城は落ちる。みんな死ぬんだぞ!」
「そん時は門を閉めればいい」
「馬鹿! お前らを見殺しにできるか!」
「しろって言ってんだよ!」
急に怒鳴られて、一瞬心に空白ができる。
「あのな、ジャンヌちゃんがどう思ってるか知らねぇけど、俺ら軍人はそのためにいるんだよ。守りたい国のために、守りたい人のために死ぬ。それが俺たちだ」
その気迫に1千の兵が「応っ!」と応える。
「別にジャンヌちゃんが悪いとか言ってるわけじゃねぇ。けどよ、ここが勘所だろ。だから敵も勝負をかけてきた。それなのにずるずるとこっちは何もせずに後手後手に回ってる。このままじゃ出血多量で死ぬぞ」
「けど、今は無理だ。外に出てくのは更に出血を早めるだけだ。城を出て戦う策はない」
情けないがこれが現実だ。
少なくとも今日は完全に後手に回っているのを否定しきれない。
いくら知力99とはいえ、それを発案する人間が雑魚だったら無意味だという証左だ。
圧倒的な兵力差を埋める策は、俺には思いつかないのだ。
だがそれをサカキは一笑した。
「あんだろうがよ。でっけぇ策が。キカクの計とかって言ってたよな」
「何度も言っただろ、あれは無理だ。この戦況になった時点で不可能なんだよ」
「だからやらせろっつってんだよ。ジャンヌちゃんは頭が良い。けど頭が良いから、失敗が先に見えちまう。けどよ、俺からすれば笑止千万だよ。何もやらねーうちから結果が分かるなんて、神様にでもなったつもりかってな」
「そんなことは……」
「あのなぁ。俺を誰だと思ってんだよ。俺はあれだぞ、守備隊の副将様だぞ。偉いんだぞ」
「いや、それは知ってるけど」
「だから俺がイエスと言えばそれは決定なんだよ。ジャンヌちゃんがなんて言おうと俺はもうやるって決めた」
「で、でも! 失敗したらどうするんだよ!」
「そんときゃさっぱりと死ぬさ」
今日の晩御飯を聞いた時のように、あっさりとしたその返事に、俺はもう何も言えなくなった。
サカキは俺の横に馬を寄せて、小さく言った。
「きっと色々考えてるんだろ。手も打ってるんだろ。でも負けないだけじゃダメなんだ。どっかで大きく動かさなきゃ、勝負には勝てないんだぜ」
「でも……」
「いいんだよ。ジャンヌちゃんはもっと俺らを頼ってくれ。死ねと命令してくれ。そうすりゃ勇気百倍、10万の敵とだって戦えらぁ」
その言葉を聞いて思い出す言葉があった。
『あんな奴らは死んで来いって言うくらいがちょうどいいんじゃ。そうすれば喜んで突っ込んで生きて帰ってくるんだからの』
ハワードに言われた。もっと他を頼れと。死んで来いと言うくらいがちょうどいいと。
ありがたいと思う。同時に情けないとも思う。
そんな選択肢しか選べない状況を作ってしまったことに。
けどそれをサカキに言うのは憚られた。
だって、サカキの覚悟に水をさすなんて真似は、そんな覚悟もできない俺はできない――してはいけないのだ。
だから、無理に笑う。
笑って送り出してやるしかないのだ。
「生意気だ……サカキのくせに」
上手く笑えたか分からない。
それでもサカキはいつもみたいに豪快に笑みを浮かべて、
「へへ、いっつもジーンばっかだからな。俺にもちょっとは格好つけさせろよ」
ポンッと頭に手が乗る。
武骨な、大きい手。
その手のひらが伝える熱に、俺は何を言っても無駄なんだと思った。
「……うん」
俺は小さく頷き――涙をこぼした。
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ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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