知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

回想5 忍者!?

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 営舎に戻るころには日が暮れていた。

「あーーーーーーーーーーつっかれたぁぁぁぁぁぁ」

 思いっきり息を吐くと営舎の机に突っ伏した。
 後からジルとサカキ、ブリーダが続々と入ってくる。

 この国の政策方針を決めるために連日メルと半徹の資料作成して、そのあとすぐにこのビンゴの侵攻だ。
 まったく体も頭も休める暇がない。

 上に立つ者がこんな情けない姿を見せるべきではないと思うけど、今はいいんだ。だって部下は誰もいないから。それに俺、頑張ったもん。

「お疲れさまでした、ジャンヌ様」

「うん疲れた」

 ジルの言葉にから返事で答えると、さらにブリーダが続く。

「しかし軍師殿の言う通りだったっすね。あいつら、マジで攻めて来るところだったっすよ」

 独立してからブリーダは俺のことを軍師殿と呼ぶようになった。
 まぁ間違ってはいないんだけど、なんかこそばゆい。

「ジャンヌ様、いつ気づいたのです? 道を枯らし……でしたっけ?」

「道を借りて草を枯らす、だよ」

 元ネタは三国志演義で、荊州けいしゅう(今のオムカのような大陸の中心)を支配した劉備りゅうびに対し、呉の都督である周瑜しゅうゆが実行した策だ。

 柵の内容は益州えきしゅう(荊州を挟んで呉の反対側にある国)を攻めるために、大陸の中心である荊州けいしゅうを通過させて欲しい、という要望を劉備りゅうびに出しておいて、もし油断していたらそのまま滅ぼしてしまえ、準備していたらそのまま益州えきしゅうに攻め込んでしまえ、という一挙両得のものだ。

 だが俺は先ほど言ったように、これは愚策だと思っている。
 理由は先に述べた通り、だまし討ちが成功したとしても、その後の外交感情の悪化は避けられない。そのまま益州えきしゅうに攻め込んで天下二分の計を実行できるならまだしも、現実的にそんな大遠征は不可能だ。
 また補給が追い付かない。中華大陸の端から端に、自動車も飛行機もない時代に武器や食料を送るんなど不可能。そもそもその間に敵か味方か定かでない劉備がいるのだからなおさらだ。

 さらに本国から離れた土地を支配したところで、飛び地の支配がそう上手くいくはずがない。
 遠交近攻えんこうきんこうの原則にも反しており各個撃破の的になるだけだ。

 ただ、そんな策を呉が実行したかというと定かではない。
 時期的には北の曹操そうそう赤壁せきへきで敗北したとはいえ、大陸の3分の1強を支配している時だ。そんな時に呉の大黒柱であり、赤壁せきへきの英雄である周瑜しゅうゆがそんな博打に近い作戦を行うわけないと俺は考えている。
 もちろん死病に侵され焦っていたとか、曹操そうそうに対抗するのはこれしかないという思いはあったのかもしれないが。
 なにより三国志演義では諸葛亮孔明しょかつりょうこうめいに策を見破られ、そのせいで心労が祟って死んでしまうという何とも情けない最期を迎えているが、これも蜀びいきの三国志演義の創作だろう。

 ま、あくまで個人的な見解だとは言い訳しておくけど。

 閑話休題。

「似たような話を知ってただけだよ」

「さすがっすねー、軍師殿は。俺は何も考えてなかったすよ」

「私も少し違和を感じましたが、そこまでとは」

「俺も俺もー」

 3人のお気楽な意見に頭が痛くなる。
 たとえ良くない策でも、やられる側としては滅ぼされるかどうかの瀬戸際だったのは間違いないわけで。それを何も考えないというのはどうしたものか。

 いや、仕方ないと言えば仕方ない。
 これは政略を含めた謀略の部類だ。いち武将の彼らにそれを読み解けというのが無理な話なのだ。

 でも思ってしまうのだ。

「てか軍事も政治も全部俺がやってない?」

 俺の政治力は39だって言ってるのに。苦手分野を押し付けないで欲しいとは俺がいいたい。人材不足が否めない。てか俺が倒れたら本当に立ち行かなくなるぞ、この国。

「よし、ジャンヌちゃん。なら俺が疲れもぶっ飛ぶマッサージ――おぼぉっ! 旗!? ジャンヌちゃんの旗が飛んできた!?」

「うわー……痛そうっす」

「疲れてるから、それで許してやる」

「いやー、優しいなぁジャンヌちゃんは。……普通にパンチ食らうより10倍痛いんだけど」

「男だろ、我慢しろよ」

 もはや相手するのもしんどい。だから雑な対応になる。

「そうだぞサカキ。それで済ませるジャンヌ様の優しさに感謝しろ」

「そっすサカキ師団長は贅沢っす。俺なんか軍師殿に一度しかぶたれたことないんすよ」

「え、ブリーダそれは何の自慢? てか俺が悪いの?」

 はぁ、本当に疲れた。このまま寝てしまおうか。
 いや、お風呂に入ろう。
 お風呂に入ると入らないじゃ、疲れの取れ具合がまるで違う。
 大学に入る前はよく寝落ちしてたけど、そうなると体中がバキバキのまま全然疲れが取れなくて翌日に響いたりしていた。

「隊長殿、ジャンヌ隊および新兵は解散させました。死傷者なし、1名ほど過労のために休ませていますが問題ないでしょう」

「ナイスタイミング、クロエ。今日疲れたから大浴場に寄ってくから」

 今や我が家の料理担当に収まったクロエだ。戻りが遅くなるのであればそれは伝えるべきだった。
 もちろん家にも風呂があるけど、今から沸かす気力もないし、思いっきり伸びができるほど広くはない。
 だから市街地にある大浴場なら、何も気にせずゆっくりできるのだ。

「あ、はい。そうですか、大浴場ですか……浴場」

 クロエが何か考え込むようにして呟く。
 そして急に腕をぐるぐる回し始め、

「あー、きょうもつかれたなー。あせもかいたしー。どこかでながしたほうがいいかなー。このままじゃーおりょうりにもえいきょうしちゃうしー。でもどうしようかなー。いえのおふろはせまいしなー」

 …………えっと、これってあれだよな。
 この棒読みのセリフ、ちらちらと俺に向けてくる視線、何かを期待するような仕草。

「……あー、一緒に行くか?」

「え、よろしいんですか、隊長殿! いや、さすがです。私がお風呂入りたいとよく分かりましたね! ではすぐに準備をしましょう。隊長殿の荷物もすぐにまとめますので少々お待ちを!」

 いや、今の大根芝居も大概だぞ。
 とはいえウキウキとして嬉しそうなクロエに水を差すのも憚られたので黙っておく。

「いいなー、ジャンヌちゃん。じゃあ俺も行くー」

「サカキ、お前は私と一緒に総司令殿に報告です」

「げー、あの爺さんかよー」

 ナイス、ジル。
 これ以上疲れるのは要らないぞ。

「あ、じゃあ俺は遊撃隊のところに戻るっす。お疲れさんでしたー」

「あぁ、お疲れブリーダ」

 机に突っ伏しながらひらひらと手を振ってブリーダを見送る。

 よく考えたら俺たちって軍隊なんだよなぁ。
 それにしちゃこんな緩い感じでいいのか。ま、嫌いじゃないし、楽だからいいけど。

 実戦ではちゃんとびしっとするし、あの地獄の調練を考えれば……あれ、そういえば昨日の彼は大丈夫だろうか。
 今日は戦闘という戦闘はなかったとはいえ、結構な強行軍をしてもらったのだ。

「ちょっと練兵所見てから帰るよ」

「はい、では我々は総司令殿に報告に向かいます。お疲れさまでした、ジャンヌ様」

 ジルとサカキが出ていくと、俺も机に預けた体を起こして行動を開始する。
 疲れた体を引きずって練兵所に出た。

 誰もいない。
 クロエが解散させたというのだからそりゃそうか。

 夏も盛り、外は蒸し暑いが陽が落ちた今、夜風が気持ちいい。
 だからクロエが来るまで少し散歩の気分で練兵所を歩くと、

 ――派手に転んだ。

「いつつつ……なんだ……って、なんかこの感じ、デジャヴ」

 足に何か引っ掛けたらしい。
 それが激しくデジャヴで、転んだ地点にあるものを見て確信に変わった。

「おーい、大丈夫か?」

「…………」

 返事がない、ただの行き倒れのようだ。
 ……じゃなく。

「おい、また過呼吸とかなってないよな!?」

 昨日、過呼吸で倒れていた男だ。
 あおむけで普通に寝ころがっているから呼吸に影響はないと思うけど。てか気配なさすぎだろ。

「…………え、あ……はい」

 良かった、という安堵と同時になんだか不安がもたげてくる。

「こんなところで何やってるの? 今日は解散って聞いたぞ」

「あ……その…………えっと、はい。ですけど。足、引っ張るの……嫌なんで……自主練、です」

 うぅ、このテンポの遅さ。ちょっとイラつく。
 いや我慢だ。ちょっと空を見て深呼吸。よし落ち着いた。

 ふむ、なるほど。どうやら真面目な性格みたいだ。
 その心意気やよし、だが。

「そうか。でもほどほどにな。無茶して倒れても逆に……ん?」

 再び地面に視線を向ける。だがいない。
 今の一瞬で? どこに行った?

「はい、すみません」

「うわぉ!」

 馬鹿みたいな声を出してしまった。
 だって、思っていたのと反対側から声が聞こえたから。
 男は上体を起こして、こちらを不思議そうに見上げている。

「……いつからそこに?」

「え……ずっとですが」

 本当か?
 だとすると俺が普通に勘違いしたのか?

 年齢は今の俺より少し上。15か16くらい。黒い短い髪とは対照的な白い肌。だがマリアやシータのあまつのような美しい白ではなく、病的な方の白だ。また印象に残りにくい平面的な顔、中肉中背とした特徴のなさ、うつむきがちな様子、そしてか細くスローテンポな発生からどうも存在が希薄に感じる。

「あぁ……よくあるんです。俺、こんなだから。普通に話してても……びっくりされることあって」

「そ、それは大概だな」

「点呼の時もスルーされるし……前を歩いてたのに気づかれずにぶつかられるし、倒れてもきづかれないし、今日も……置いてきぼりにされそうだったんで……」

 いやどんだけだよ!
 てかこんな奴が軍にいるとか間違ってない?
 この気配の薄さを活かした仕事、もっと他にあるだろ。

 ……えっと、いや、すぐには考え付かないけど。
 そうだなぁ……忍者とか?

 ん? 忍者?

 その時、俺の頭でピースが1つ合致した。

「なんで軍に入ったんだ?」

「えっと……俺、生まれたところをなくして。それでさ迷ってたんですけど……それで、ここに来て。なんか誘われて」

 随分流されたなぁ。
 でも生まれた国をなくして、というのは同情する。俺もそうだからだ。

「なら軍にいたいのか? もっと他の仕事してみたいとかない?」

「他……ですか。……いや、分かんないです。俺……どこでも忘れられるんで……。仕事してても、気づかれなかったり……。それに比べて……軍隊は、結果が出るので……死ぬのは、怖いですけど。衣食住もつくし」

 そりゃひどい話だ。まぁそりゃ軍も合ってるか微妙だけどな。
 けどそれがまたいいんじゃないか。

「分かった。じゃあ最後に聞こう。俺の手足になるつもりはないか?」

「え……? ジャンヌ隊長の?」

 もともと構想はあった。
 そしてクロエに頼んでいたが、期待薄だった構想。

 そう、諜報機関の設立だ。

 戦争は情報戦だ。
 さっきのビンゴの策謀も、ゾーラ平原から王都に向かっている部隊がいると知れなければ危ういところだった。
 このように1つの情報を得たかどうかが生存に直結するほど、情報の価値は重い。

 何より電話とかパソコンといった情報手段がない世界では、迅速な情報というのも更に価値が高まるのだ。

 さっきこの男を忍者と思ったのだが、戦国時代の忍者も諜報の任務が主で戦闘は二の次だ。間者(スパイ)としての側面の方が強い。
 さらに言えば、優秀な忍者の条件は『一般人に交じって違和感がないこと』だ。
 敵地に潜入して怪しいと思われたら、その時点で命が危ない。
 その点に関して言えば、この男の特異性は見事に合致している。なにせいるかどうか分からないし、記憶に残りにくい。だから間者スパイとしてかなり一流になれるんじゃないかと思ったのだ。

「えっと……自分が……? その……」

 男の声は明らかに戸惑っているが、それがあまり顔に出ないのだからこれまた特異な技能だと思う。

「いや、ごめん。話を急ぎすぎた。やってもらいたいのは諜報機関の設立なんだけど。給料も上がるし、住む家も用意する。こうやってしごかれることもなくなるし、忘れ去られることもない。ただ自らの判断で動かなければならない時もあるし、命の危険はある。そこは覚悟していてくれ。できれば俺がシータから戻ってくるころには答えを聞きたいんだが」

「…………はぁ」

 反応うっす!
 ま、しょうがないか。いきなり言われてもピンとこないだろうし。

「そういえばまだ名前聞いてなかったな」

「あ、いえ、その……い……があ、です」

「い、がぁ? イッガー? 風変りな名前だな」

 伊賀忍軍の伊賀っぽくて分かりやすくていいけど。

「あ、それはその……違くて……」

「違う? じゃあなんて言うんだ?」

「えっと、いや、それは……イッガーです」

 なんだったんだよ。
 ま、しょうがない。
 今後、諜報を担ってくれるようになるなら、この喋りにもなれなくちゃいけない。

 だから俺は精いっぱいの笑みを浮かべて、彼に手を差し伸べた。

「じゃあよろしく、イッガー」
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