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第2章 南郡平定戦
閑話10 マツナガ(ドスガ王国 宰相)
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「なんの音!?」
獅子吼と言われ恐れられている怒声が、兵の間を駆け抜ける。その中には首をすくめる兵がいる。
愚かな。そんなところを見とがめられれば、その場で打ち首だということが分かっているのでしょうか。
まぁそうなったらなったで、その兵は運がなかったというだけのこと。私には関係ありませんし。
「敵が30名ほど、こちらに向かって鉄砲を射かけてきました!」
伝令が来て告げる。
横目で見ると、ドスガ大王のこめかみに青い筋が出来るのが見えた。
あぁ、これはまずいですね。
「ふん、30名だと。そんな小勢押しつぶしてしまえ!」
「大王、いくら鉄砲隊とはいえ少なすぎます。これは誘いという可能性も」
「ふん、マツナガよ。貴様の悪い癖が出たな。降伏した3国にやらせろ。そうすれば我らの損害も少ない」
「なるほど。確かにそれは合理的」
「よし、フィルフの軍を前に出せ! 他は敵が出てきたら叩く準備をしろ!」
大王の号令に伝令がすっ飛んでいく。
一見、ひどいように見えるが、降伏した相手の忠誠心を見るためには仕方ないこと。後ろに置いておいて裏切られたら事ですし。
この野獣のような獰猛さに合理性が備わった恐ろしい男。普通の人からすれば恐怖そのものだが、自分には合っていると思う。
呼吸が合うというか、馬が合うというか。
それは自分が獰猛で合理的な側面があるからなのか、それとも正反対だからこそなのかは分からない。
この大王、これだけの気概を持ちながらドスガなどという小国に生まれたのが運の尽きだった。
エイン帝国の圧力を受けて屈した先代の王、もとい彼の父親に愛想をつかし、一時は出奔したという。だが次第にエイン帝国の圧力が弱まると、自らの父親を追放し王座に就いた。
そして虎視眈々と牙を磨き、オムカ王国の独立によりエイン帝国とのラインが切れると一気に軍備を増強。北に流れる川を伝って、シータ王国の貿易港で鉄砲を大量に仕入れたりもした。まだ槍や弓が一般的な世界で、新兵器の鉄砲に目をつけるとはさすがの一言ですね。
そしてスーン王国に先手は取られたものの、その侵攻をはねのけると、怒涛のごとき勢いで3カ国を制圧してしまった。
見せしめのためにトロン王国の王族を皆殺しにしたのが効いたらしい。
まさに見事。
力、手腕だけでなく、果断さ、非情さが備わったまさに王者の風格。
だからこの男に近づいた。
そしてすぐに重用された。
家風なのか風土なのか、政治家、策謀家といった人種が育っていなかったからですが、まぁ当然でしょう。
大王の元で人には言えない後ろ暗いこともやりました。自ら手を染めたこともあるし、そもそも先王の追放も自分がほとんどお膳立てしたようなもの。
後悔はありません。
この手で王の中の王――覇王を育てて大陸を制覇する。
これに勝る遊びはないでしょう?
この王の覇気、四天王の武、この南郡の土地。
そこに自分のスキル『トロイの木馬』を組み合わせれば、負けなどありえない。
――はずでした。
「想定より1日早い到着でしたね」
「オムカ軍か? 所詮1万ほどの援軍だろう。我らとそう大差ない」
「ええ。ですがそれが城に籠られると厄介です。城攻めには3倍の兵力が必要と言いますし」
「聞いたことがないな、そんな理屈は。もしそうだとしても、あんな城壁。鉄砲と大砲を撃ちまくればすぐに破壊できるだろう」
「確かに。城壁を崩すだけでしたら問題はないでしょう。しかし敵にはあのエイン帝国10万を打ち破ったと言われる軍師がいるという噂です」
「あぁ、あの。確かジャン、ジャン……」
「ジャンヌ・ダルクという名前です」
「うむ、ジャンだかジョンだか知らんがそんな奴、吹き飛ばしてしまえば問題あるまい?」
「しかしこの鉄砲隊もその軍師の仕業でしょう。敵も火薬について知っているのであれば、その対策もしてくるのでは?」
「ふむ……お前がそこまで言うということは、何か懸念があるというのか?」
「ご明察でございます。おそらく相手の狙いはこちらの内部崩壊。我が大王の威の元に下った3国ですが、向こうに利があると見れば内通することもあるでしょう。人質は取っているとはいえ、国の大事となればなりふり構わないところも出て来るでしょうし」
「裏切り者は殺す、それだけだ」
「その通りでございます。ただ裏切られた後ではそれも叶いますまい」
「マツナガよ。本当に敵がそうしてくるのか? それは憶測だろう?」
「似ているのでありますよ、ジャンヌ・ダルクと私は。だから自分がジャンヌ・ダルクなら間違いなくそうする。それを確信しているのです」
「そうか。ならばどう対処するのだ?」
こういうところで我を押し通さず、こちらの意見をちゃんと聞いてくれるのはこの王の数少ない美点だ。だからやりやすい。
「四天王のうち3人に部隊を率いさせ、それぞれの国の軍に軍監としてお目付け役を入れさせませい。そうすれば裏切りに対する抑止力にもなりましょう」
「分かった。すぐに手配しよう」
「それから各国の軍を離しましょう。3国が同時に裏切ることはありえないですが、そうしておけば連合もできず、この本隊に攻め入るのも距離があれば迎撃の態勢は整います」
「うむ。それもそうしよう」
「あとは敵の内通に対しては動かないことが最良です。動かなければ、裏切るタイミングが見つからずに膠着します。それに我々には時間が味方します。オムカとて何か月もここに籠城というわけにはいかないでしょう。本国の守りを手薄にしているわけですし」
「む……そうか。動いてはならんか」
この人は攻めるの大好き人間ですからね。
攻めるな、と言われれば口惜しいのでしょう。
「逆に言えば勝負所で裏切らせなければ良いのです。すでに我がトロイの木馬は着々と侵攻しております。わが軍が攻める刹那に城門が開けば、裏切るも何もなく共に攻めるしかなくなるでしょう。そうすればあのワーンス王都を屍で埋め尽くすのもわけのないことでございます」
「ふっふっふ。そうだ。屍を積み上げよ。その量が多ければ多いほど、我が武威は天下を揺るがし、やがては天下を制する力となるのだ」
あぁ、やはり恐ろしい。
それ以上に、美しい。
だからこんなところでこの人に躓いてもらっては困る。
ジャンヌ・ダルクが自分と似ている。
ならば自分はジャンヌ・ダルクに似ているということ。
つまり相手が使う手はこちらも使う手。
ならばこちらが裏切りを使っても問題あるまい?
さぁ顔も知らぬプレイヤーよ。
我が毒を喰らえ。
獅子吼と言われ恐れられている怒声が、兵の間を駆け抜ける。その中には首をすくめる兵がいる。
愚かな。そんなところを見とがめられれば、その場で打ち首だということが分かっているのでしょうか。
まぁそうなったらなったで、その兵は運がなかったというだけのこと。私には関係ありませんし。
「敵が30名ほど、こちらに向かって鉄砲を射かけてきました!」
伝令が来て告げる。
横目で見ると、ドスガ大王のこめかみに青い筋が出来るのが見えた。
あぁ、これはまずいですね。
「ふん、30名だと。そんな小勢押しつぶしてしまえ!」
「大王、いくら鉄砲隊とはいえ少なすぎます。これは誘いという可能性も」
「ふん、マツナガよ。貴様の悪い癖が出たな。降伏した3国にやらせろ。そうすれば我らの損害も少ない」
「なるほど。確かにそれは合理的」
「よし、フィルフの軍を前に出せ! 他は敵が出てきたら叩く準備をしろ!」
大王の号令に伝令がすっ飛んでいく。
一見、ひどいように見えるが、降伏した相手の忠誠心を見るためには仕方ないこと。後ろに置いておいて裏切られたら事ですし。
この野獣のような獰猛さに合理性が備わった恐ろしい男。普通の人からすれば恐怖そのものだが、自分には合っていると思う。
呼吸が合うというか、馬が合うというか。
それは自分が獰猛で合理的な側面があるからなのか、それとも正反対だからこそなのかは分からない。
この大王、これだけの気概を持ちながらドスガなどという小国に生まれたのが運の尽きだった。
エイン帝国の圧力を受けて屈した先代の王、もとい彼の父親に愛想をつかし、一時は出奔したという。だが次第にエイン帝国の圧力が弱まると、自らの父親を追放し王座に就いた。
そして虎視眈々と牙を磨き、オムカ王国の独立によりエイン帝国とのラインが切れると一気に軍備を増強。北に流れる川を伝って、シータ王国の貿易港で鉄砲を大量に仕入れたりもした。まだ槍や弓が一般的な世界で、新兵器の鉄砲に目をつけるとはさすがの一言ですね。
そしてスーン王国に先手は取られたものの、その侵攻をはねのけると、怒涛のごとき勢いで3カ国を制圧してしまった。
見せしめのためにトロン王国の王族を皆殺しにしたのが効いたらしい。
まさに見事。
力、手腕だけでなく、果断さ、非情さが備わったまさに王者の風格。
だからこの男に近づいた。
そしてすぐに重用された。
家風なのか風土なのか、政治家、策謀家といった人種が育っていなかったからですが、まぁ当然でしょう。
大王の元で人には言えない後ろ暗いこともやりました。自ら手を染めたこともあるし、そもそも先王の追放も自分がほとんどお膳立てしたようなもの。
後悔はありません。
この手で王の中の王――覇王を育てて大陸を制覇する。
これに勝る遊びはないでしょう?
この王の覇気、四天王の武、この南郡の土地。
そこに自分のスキル『トロイの木馬』を組み合わせれば、負けなどありえない。
――はずでした。
「想定より1日早い到着でしたね」
「オムカ軍か? 所詮1万ほどの援軍だろう。我らとそう大差ない」
「ええ。ですがそれが城に籠られると厄介です。城攻めには3倍の兵力が必要と言いますし」
「聞いたことがないな、そんな理屈は。もしそうだとしても、あんな城壁。鉄砲と大砲を撃ちまくればすぐに破壊できるだろう」
「確かに。城壁を崩すだけでしたら問題はないでしょう。しかし敵にはあのエイン帝国10万を打ち破ったと言われる軍師がいるという噂です」
「あぁ、あの。確かジャン、ジャン……」
「ジャンヌ・ダルクという名前です」
「うむ、ジャンだかジョンだか知らんがそんな奴、吹き飛ばしてしまえば問題あるまい?」
「しかしこの鉄砲隊もその軍師の仕業でしょう。敵も火薬について知っているのであれば、その対策もしてくるのでは?」
「ふむ……お前がそこまで言うということは、何か懸念があるというのか?」
「ご明察でございます。おそらく相手の狙いはこちらの内部崩壊。我が大王の威の元に下った3国ですが、向こうに利があると見れば内通することもあるでしょう。人質は取っているとはいえ、国の大事となればなりふり構わないところも出て来るでしょうし」
「裏切り者は殺す、それだけだ」
「その通りでございます。ただ裏切られた後ではそれも叶いますまい」
「マツナガよ。本当に敵がそうしてくるのか? それは憶測だろう?」
「似ているのでありますよ、ジャンヌ・ダルクと私は。だから自分がジャンヌ・ダルクなら間違いなくそうする。それを確信しているのです」
「そうか。ならばどう対処するのだ?」
こういうところで我を押し通さず、こちらの意見をちゃんと聞いてくれるのはこの王の数少ない美点だ。だからやりやすい。
「四天王のうち3人に部隊を率いさせ、それぞれの国の軍に軍監としてお目付け役を入れさせませい。そうすれば裏切りに対する抑止力にもなりましょう」
「分かった。すぐに手配しよう」
「それから各国の軍を離しましょう。3国が同時に裏切ることはありえないですが、そうしておけば連合もできず、この本隊に攻め入るのも距離があれば迎撃の態勢は整います」
「うむ。それもそうしよう」
「あとは敵の内通に対しては動かないことが最良です。動かなければ、裏切るタイミングが見つからずに膠着します。それに我々には時間が味方します。オムカとて何か月もここに籠城というわけにはいかないでしょう。本国の守りを手薄にしているわけですし」
「む……そうか。動いてはならんか」
この人は攻めるの大好き人間ですからね。
攻めるな、と言われれば口惜しいのでしょう。
「逆に言えば勝負所で裏切らせなければ良いのです。すでに我がトロイの木馬は着々と侵攻しております。わが軍が攻める刹那に城門が開けば、裏切るも何もなく共に攻めるしかなくなるでしょう。そうすればあのワーンス王都を屍で埋め尽くすのもわけのないことでございます」
「ふっふっふ。そうだ。屍を積み上げよ。その量が多ければ多いほど、我が武威は天下を揺るがし、やがては天下を制する力となるのだ」
あぁ、やはり恐ろしい。
それ以上に、美しい。
だからこんなところでこの人に躓いてもらっては困る。
ジャンヌ・ダルクが自分と似ている。
ならば自分はジャンヌ・ダルクに似ているということ。
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ならばこちらが裏切りを使っても問題あるまい?
さぁ顔も知らぬプレイヤーよ。
我が毒を喰らえ。
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