知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

閑話19 立花里奈(エイン帝国軍所属)

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 エイン帝国の対オムカ王国最前線の砦。
 その最奥部にある作戦本部室。

 名前は派手だけど、その実態はただの兵舎にある小部屋。
 ただ、そこをこの軍の責任者が住処にしているので、そう呼ばれているだけとも言う。

 その扉を開ける。相応の怒りを伴って。

「ちょっと、いい加減にしてよ!」

 怒鳴り込んでみたものの、部屋の主の姿は見えなかった。

 いや、いた。
 奥のソファで開いた本を顔に乗せて暢気に昼寝の最中だった。

 その暢気さにイラっときて、私は外に出てバケツを手に取る。消火用の水が溜まったバケツだ。
 それをそいつにむかってぶちまけた。

「ぶへっ! 冷たっ! 痛っ! 臭っ! 寒っ!!」

 尾田張人おだはるとが飛び起きて椅子から転げ落ちる。

 ふぅ、ちょっとすっきりした。

「うわー、リーナちゃんこんなことする? いや、もう11月よ? 寒いよ? 心臓麻痺で死ぬよ? 本当、顔に似合わずお転婆なんだから」

「うるさい。暢気に寝てるのが悪いの」

「へーへー。って、あぁ! 帝都の人気作家ルートーの新作が水浸しじゃん! 最悪……っくしょ! あー、風邪ひいたかも。うわー誰かさんのせいだわー」

「そんなことより、本国から矢のように催促来てるんだけど。どうするつもり?」

 このままはぐらかされたらかなわないから、さっそく要件を切り出した。
 この砦の責任者は張人なのに、面倒な対外折衝は私に全部丸投げしたせいで、色々うるさいことになってる。

「えぇ、俺の体調を“そんなこと”扱い? 一応みんなの隊長よ? 隊長の体調……ぷぷ、あ、いや。なんでもない。だからとりあえずその殺気を抑えよう?」

「あんたが真面目にしてくれるなら」

「分かったよ。で? あぁ、また帝都のジジイ共が騒いでるわけ……マジ死んでくれないかな」

「これ、その爺様方からの手紙。毎日のようにつっついてくるんだから、ちゃんとした返答してよね」

「ふーん……リーナちゃん、これ読んだ?」

「まさか。私は取り次ぐだけ。判断は全部あんたに任せるって言ったでしょ」

「ま、いいけど。なんかね。帝都に使者が来たんだって、ドスガ王国の」

「ドスガって……確かオムカの向こう側にある国?」

「そ。もともと帝国領だった南郡自治領の1つ。とはいえオムカが独立してから、半ば独立したような形だけどね」

 正直、そこら辺の情勢はどうでもよかった。
 ただオムカが気になる。それだけ。

 明彦君に似た彼女。
 ずっと気になっていたけど、まさか敵国にのこのこ出歩くわけにもいかず、悶々とした日々を過ごしていた矢先のこれだ。

「で、その使者は何だって言うのよ」

「オムカの女王を奪い、軍の一部を南郡で包囲した。救援のための兵が出るからオムカ王都が手薄になる。落とすなら今だって。そんで帝都のジジイ共はさっさと出陣しろってうるさく言ってくるわけ」

「それは……行くの?」

 オムカを攻める。
 それは彼女のいる国を攻めるという事。
 彼女に出会えるかもしれない。そう思う反面、その国が滅んだらどうしようとも思う。

「んにゃ、やらね」

 だから張人が気だるそうにそう言った時には、残念と思う反面、ほっともした。

「んん? どうした、リーナちゃん? もしかして攻めたかった? 戦争したかった?」

「そ、そんなんじゃ、ない。ただ、ちょっとオムカが気になるだけ」

「ふーん、そ。そのちょっとが気になるけど、まぁ別に俺に関係ないことだし。いいや」

 先ほどよりも更にホッとした。
 この男に彼女のことを知られたら、何をされるか分かったものじゃないから。

 だから話題をそらす意味も込めて聞いてみる。

「でも何で攻めないの? チャンスじゃないの?」

「はぁ……リーナちゃんもジジイたちと同じかぁ。まぁそっち畑の人間じゃないからしょうがないけど」

「なに、その言い方」

「いや、気を悪くしないで欲しいよ。ただ、もうちょっと時勢に明るくなってほしいな、って思っただけ」

 なにそれ。時勢とか興味ないし。
 私はただ元の世界に戻れればいいだけ。
 そして今は彼女に会いたいだけ。
 それ以外のことはどうでもいい。

「ま、先にネタばらしをしてしまうとね。オムカの王都が手薄なんてとんでもない誤報だってことだよ」

「誤報?」

「誤報というか、情報が古いんだよね。3日前、オムカを探ってた偵察隊から報告が入った。オムカ王都にシータ王国の援軍3千が入ったって。だから攻めるのは難しい」

「たった3千が来たところでそんな状況は変わらないと思うけど」

「さっすが一騎当千のリーナちゃんは言うことが違うね」

「はぐらかさないで」

「そうじゃないそうじゃない。その3千は確かに数としてはそう多くはない。けどね、それが持つ意味は3千以上の価値があるんだよ」

「3千以上の価値?」

「そう、オムカ王都にシータ王国の軍があるってことは、それだけで1つの外交的効果を生み出すのさ。ビンゴ王国という効果をね」

 意味が分からない。
 この男は話が回りくどくて冗長だ。

 そのイライラを察知したのか、張人は少し肩をすくめた。

「ま、要はオムカ王国は本来、俺たちエイン帝国とビンゴ王国に備えなくちゃいけなかったんだ。俺たちが攻めて落とせなかった場合、ビンゴ王国は必ず出しゃばってくるだろうからね。停戦なんて平気で破ってオムカを攻め落とすだろう。ここまではわかるね?」

 何度も聞かされた話だ。
 私は小さく頷く。

「けどシータ王国の軍がオムカの王都に入ったことで状況がガラッと変わる。シータ王国とビンゴ王国は同盟国だ。その同盟国が守る国を、そうそう簡単に攻められるものじゃない。オムカとシータより長い年月、俺たちに対して手を結んだ2国だ。現場の判断でそうそう破棄できるものじゃないだろ」

「ふぅん? つまりオムカの敵が1つ減るってこと?」

「簡単に言えばね。そしてそれは俺たちの敵が1つ増えるということだ。これまでは漁夫の利を狙ってオムカに侵攻しようと考えてたビンゴ王国だけど、この状況になると、俺たちが出かけた瞬間、留守を狙ってこの砦を攻めるのは間違いない。彼らにとって、侵攻できるのはこっちしかないからね」

「だから動けないってわけ」

「そ。遠く帝都にいて安穏と暮らしているジジイ共にはそれが分かんないんだよ。今、危機にあるのはオムカじゃない。俺たちってこと。ま、こっちが動かない限り、あっちから攻めて来ることもないだろうしね」

 なるほど。
 細かい話はあまり分からなかったけど、こいつが色々考えているのは分かった。

「それから最近出陣ばっかで疲れちゃったし? きっと兵も同じだろうから、ちょっとお休みってことで」

「その本音は?」

「外は寒いから出たくない……っくし! あーマジで風邪ひいたかも。あ、爺たちには俺が風邪ひいたって返しておいて」

 もう一度水をぶっかけてやろうかと思ったけど、彼は彼なりに戦況を分析して、かつ兵たちを労わる気持ちを持とうとしているのだと思いぐっと堪えた。

 そういうことなら仕方ない。
 彼に似た彼女に会えないのは寂しいけど、まだ時間はそれなりにあると思う。
 自分という人格が壊れるまでには、もう少し時間はかかる。

 だから焦らずに行こう。
 下手に刺激して、彼を彼女を殺すことになる。そんな未来は嫌だったから。
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