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第3章 帝都潜入作戦
第11話 緒戦
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「両方ともプレイヤーかよ」
『古の魔導書』を片手に、ウォンリバーの川岸から対岸をにらみながらつぶやく。
敵の大将を調べている最中のことだ。
『古の魔導書』にはまったく何の反応もない。
それはつまり、敵の大将が俺と同じプレイヤーということを示す。どうやらプレイヤーにはこういったスキルが直接通じないらしく、相手を読めないのだ。
正直、それは承知していた。
きっと敵はあの尾田張人だ。
災害で疲弊したヨジョー地方を捨てきれないオムカを、あの男が黙って見ているわけがないのだ。
だからそれ自体は驚かない。
だが驚いたのがその副将、軍師格の人間。
南郡の戦いでのマツナガで痛い目にあったから、そっちの人間もまさかと思って調べたがまさにその通りだった。
『収乱斬獲祭』ではないだろう。
あれは野戦でこそ輝くスキルで、こういった渡河作戦には無意味だからだ。
船さえ沈めてしまえばスキルは意味を失うのだ。
となると俺が知らない相手。
プレイヤーが2人。
東西の戦線にも出張っているだろうに、こちらにも最低限その人数を振り分けてくる。エイン帝国の人的資源の豊富さと本気が垣間見えた。
この戦い、基本的には守りきる戦だ。
こちらから攻め入るほどの余裕はうちにはないのだから。
敵の本隊を渡河させない。
それが勝利条件。
渡河の難しさは去年のシータ王国での帝国攻めで嫌というほど思い知った。
だからなんとか守り切れるはず。
矢も鉄砲の球も補充は十分。災害による兵力の減少が痛いが、連れてきた2千を足して約1万3千。守り切るには十分すぎる。
だが今回キーになるのは、別地点からの渡河だろう。
シータ王国から攻めるのとは違う。ここの川幅は前回よりははるかに狭い。だからもう少し上流に行けば、船を使わなくても渡れるところもあるんじゃないかとみている。
そこに別動隊を置いて、こちらが敵船団に対応しているところに横撃をくらわすのが相手の策だろう。というか俺ならそうする。別動隊を作るほどの兵力差があって出来る芸当だけど、その兵力を相手は持っているのだ。
こちらはまだ来たばかりで周辺調査が完了していない。
どこが渡河地点か分からない以上、川上に別動隊を置いて敵がやってきたところを迎撃するしかない。
とりあえず『古の魔導書』のおかげででそれらしいところに検討はつけられてはいるが、あとは現場――ブリーダとクルレーンの判断にゆだねるしかなかった。
その2人を派遣したのは一気に敵を壊滅させないと横撃をくらう以上、瞬間的な火力が必要とされるため鉄砲隊がまず選ばれる。
そして機動力があり、船に対しては全く無力な騎馬隊を遊ばせるわけにはいかないためのブリーダの人選だ。
ブリーダには、上流に敵船団を回された時のための保険でもある。しかし、2千弱の部隊でどこまで通用するか。先の地震で馬の被害もかなり多かったのが痛い。
これで現状打てる手は打った。
だが思ってしまうのだ。
「本当にそれだけなのか?」
言葉に出して自問自答する。
あの王都での攻防を思い出して、さらに悩む。
あれほどの攻囲戦を展開した尾田張人が、それだけのためにあんな軍を動かしたのか?
俺にはまだこの戦で見えていないことがあるんじゃないか。
たとえば1カ月前のあの無様な撤退。
あれが実は偽装だとしたら……。別方向からの奇襲も十分ありうる。最悪、王都が攻撃にさらされる危険も――
「ジャンヌ様」
ジルが来た。
「最後の作戦会議に来ました」
「あ、ああ。そうだな」
俺たちは急場ごしらえの司令部で最後の詰めを行った。
基本兵力は1万。それを3段に分け、1段目が敵の弓に対する盾。2段目と3段目が弓で敵を攻撃して守る。
上流の伏兵の偽装工作として、クルレーンから100名ほど鉄砲隊を預かっており、それは本陣で俺が指揮することになる。
昔の中国のように、この世界にも『南船北馬(なんせんほくば)』という言葉はあるようだ。南には多くの川があり操船・造船技術が発達し、北は平地が多く良馬の産出や馬術が発達している。そのため、北国であるエイン帝国には操船技術はそこまで強くはないはず。だから真正面から敵が渡河してくるだけなら問題はない。
問題ない、のだが……。
「どうされましたか、ジャンヌ様?」
迎撃方針を語ったところでジルが聞いてきた。
よほど難しい顔をしていたのだろう。
とはいえ、隠し事をしても仕方ない。
俺は不安を語った。敵がこちらに渡って来ていて、王都を突くのではないかと。
「それは問題ないでしょう」
「けど――」
「王都にも十分な兵力を残しています。あとは総司令を信じましょう」
ジルにそう真顔で言われ、頭が冷えた思いだ。
そうだ。冷静になれ。地震の前からこの地方を徹底的に調べさせ、そんな怪しい集団がいるという報告もない。
それに万が一、数千の敵がいたとしても、王都には城壁がある。少し崩れたとしても堀と城門はまだ健在だし、ハワードの爺さんがいるのだから問題ない。
「うん、そうだな」
信じよう。
大陸全土を巻き込んだ決戦の時。俺1人でどうこうできる段階はすでに過ぎている。
俺が納得したところで、伝令の兵が飛び込んできた。
「敵に動きが見えます!」
「よし、じゃあしっかり守ろうか!」
「はい!」
外に出て対岸を眺める。
ドンドンとこちら側にも響く太鼓の音に送り出されるように、船団が動いているように見える。
「来る……」
野戦とはまた違った圧迫感を感じる。
初めての川沿いの戦いということで、皆も動揺しているように見える。
それを引き締める意味で、俺自身も前に出て鉄砲隊と共に船団をにらみつける。
向ってくるのはおよそ70隻、いやもう少し多いか。
1隻に200人乗るとして1万4千。
20分近く待つと、敵の船団が止まった。
彼我の距離は百メートルと少し。
太鼓の音。
そこから10隻が前に出た。それらは愚直に直進してくる。号令が放たれ、こちらから油を撒くための矢、そして火矢が飛ぶ。相手からも矢が飛んでくるが、その数多くはない。
大量の火矢に包まれ、1隻、いや2隻が火に包まれた。
乗っていた兵が水に飛び込むと、他の船に乗り込もうとしたり、取り付いたりと混乱が起きる。そこをさらに矢で射こむ。半数がそれを突破して岸の近くに船側をつけてきた。そこから兵が吐き出されてくる。
すでに浅瀬。膝下の水位なので敵も普通に進撃してくる。
それに対して1列目の盾を持った兵たちが、盾を捨てて剣を構える。
「第一隊、伏せ! 鉄砲隊、構え…………撃て!」
伏せた1列目の頭上を越すように、鉄砲が発射された。クルレーンが指揮しているわけではないが、そこはクルレーン仕込み。
浅瀬を渡ってくる敵がバタバタと倒れる。
「第一隊突撃! 決して岸に上がらせるな!」
そこにさらに矢が集中し、それが途切れると前列の剣を構えた兵たちが突撃し、川の深みに敵兵を落としていく。
鉄砲と矢によって怯んだところに突撃をくらったのだ。
さんざんに犠牲を出した後、鉦が打たれて敵が退いていく。炎に巻かれた船2隻は、操舵も失ったのか川に流れていった。
後方に待機していた他の船も、これまでと言わんばかりに退いた。
「私たちの勝ちです! 勝どきをあげよ!」
ジルが逃げていく敵船団を見て声をあげた。
それに応えるように、兵たちが歓呼をあげる。
緒戦は勝った。
だが、もちろんこれだけでは済まないだろう。
そんな気がしてならなかった。
『古の魔導書』を片手に、ウォンリバーの川岸から対岸をにらみながらつぶやく。
敵の大将を調べている最中のことだ。
『古の魔導書』にはまったく何の反応もない。
それはつまり、敵の大将が俺と同じプレイヤーということを示す。どうやらプレイヤーにはこういったスキルが直接通じないらしく、相手を読めないのだ。
正直、それは承知していた。
きっと敵はあの尾田張人だ。
災害で疲弊したヨジョー地方を捨てきれないオムカを、あの男が黙って見ているわけがないのだ。
だからそれ自体は驚かない。
だが驚いたのがその副将、軍師格の人間。
南郡の戦いでのマツナガで痛い目にあったから、そっちの人間もまさかと思って調べたがまさにその通りだった。
『収乱斬獲祭』ではないだろう。
あれは野戦でこそ輝くスキルで、こういった渡河作戦には無意味だからだ。
船さえ沈めてしまえばスキルは意味を失うのだ。
となると俺が知らない相手。
プレイヤーが2人。
東西の戦線にも出張っているだろうに、こちらにも最低限その人数を振り分けてくる。エイン帝国の人的資源の豊富さと本気が垣間見えた。
この戦い、基本的には守りきる戦だ。
こちらから攻め入るほどの余裕はうちにはないのだから。
敵の本隊を渡河させない。
それが勝利条件。
渡河の難しさは去年のシータ王国での帝国攻めで嫌というほど思い知った。
だからなんとか守り切れるはず。
矢も鉄砲の球も補充は十分。災害による兵力の減少が痛いが、連れてきた2千を足して約1万3千。守り切るには十分すぎる。
だが今回キーになるのは、別地点からの渡河だろう。
シータ王国から攻めるのとは違う。ここの川幅は前回よりははるかに狭い。だからもう少し上流に行けば、船を使わなくても渡れるところもあるんじゃないかとみている。
そこに別動隊を置いて、こちらが敵船団に対応しているところに横撃をくらわすのが相手の策だろう。というか俺ならそうする。別動隊を作るほどの兵力差があって出来る芸当だけど、その兵力を相手は持っているのだ。
こちらはまだ来たばかりで周辺調査が完了していない。
どこが渡河地点か分からない以上、川上に別動隊を置いて敵がやってきたところを迎撃するしかない。
とりあえず『古の魔導書』のおかげででそれらしいところに検討はつけられてはいるが、あとは現場――ブリーダとクルレーンの判断にゆだねるしかなかった。
その2人を派遣したのは一気に敵を壊滅させないと横撃をくらう以上、瞬間的な火力が必要とされるため鉄砲隊がまず選ばれる。
そして機動力があり、船に対しては全く無力な騎馬隊を遊ばせるわけにはいかないためのブリーダの人選だ。
ブリーダには、上流に敵船団を回された時のための保険でもある。しかし、2千弱の部隊でどこまで通用するか。先の地震で馬の被害もかなり多かったのが痛い。
これで現状打てる手は打った。
だが思ってしまうのだ。
「本当にそれだけなのか?」
言葉に出して自問自答する。
あの王都での攻防を思い出して、さらに悩む。
あれほどの攻囲戦を展開した尾田張人が、それだけのためにあんな軍を動かしたのか?
俺にはまだこの戦で見えていないことがあるんじゃないか。
たとえば1カ月前のあの無様な撤退。
あれが実は偽装だとしたら……。別方向からの奇襲も十分ありうる。最悪、王都が攻撃にさらされる危険も――
「ジャンヌ様」
ジルが来た。
「最後の作戦会議に来ました」
「あ、ああ。そうだな」
俺たちは急場ごしらえの司令部で最後の詰めを行った。
基本兵力は1万。それを3段に分け、1段目が敵の弓に対する盾。2段目と3段目が弓で敵を攻撃して守る。
上流の伏兵の偽装工作として、クルレーンから100名ほど鉄砲隊を預かっており、それは本陣で俺が指揮することになる。
昔の中国のように、この世界にも『南船北馬(なんせんほくば)』という言葉はあるようだ。南には多くの川があり操船・造船技術が発達し、北は平地が多く良馬の産出や馬術が発達している。そのため、北国であるエイン帝国には操船技術はそこまで強くはないはず。だから真正面から敵が渡河してくるだけなら問題はない。
問題ない、のだが……。
「どうされましたか、ジャンヌ様?」
迎撃方針を語ったところでジルが聞いてきた。
よほど難しい顔をしていたのだろう。
とはいえ、隠し事をしても仕方ない。
俺は不安を語った。敵がこちらに渡って来ていて、王都を突くのではないかと。
「それは問題ないでしょう」
「けど――」
「王都にも十分な兵力を残しています。あとは総司令を信じましょう」
ジルにそう真顔で言われ、頭が冷えた思いだ。
そうだ。冷静になれ。地震の前からこの地方を徹底的に調べさせ、そんな怪しい集団がいるという報告もない。
それに万が一、数千の敵がいたとしても、王都には城壁がある。少し崩れたとしても堀と城門はまだ健在だし、ハワードの爺さんがいるのだから問題ない。
「うん、そうだな」
信じよう。
大陸全土を巻き込んだ決戦の時。俺1人でどうこうできる段階はすでに過ぎている。
俺が納得したところで、伝令の兵が飛び込んできた。
「敵に動きが見えます!」
「よし、じゃあしっかり守ろうか!」
「はい!」
外に出て対岸を眺める。
ドンドンとこちら側にも響く太鼓の音に送り出されるように、船団が動いているように見える。
「来る……」
野戦とはまた違った圧迫感を感じる。
初めての川沿いの戦いということで、皆も動揺しているように見える。
それを引き締める意味で、俺自身も前に出て鉄砲隊と共に船団をにらみつける。
向ってくるのはおよそ70隻、いやもう少し多いか。
1隻に200人乗るとして1万4千。
20分近く待つと、敵の船団が止まった。
彼我の距離は百メートルと少し。
太鼓の音。
そこから10隻が前に出た。それらは愚直に直進してくる。号令が放たれ、こちらから油を撒くための矢、そして火矢が飛ぶ。相手からも矢が飛んでくるが、その数多くはない。
大量の火矢に包まれ、1隻、いや2隻が火に包まれた。
乗っていた兵が水に飛び込むと、他の船に乗り込もうとしたり、取り付いたりと混乱が起きる。そこをさらに矢で射こむ。半数がそれを突破して岸の近くに船側をつけてきた。そこから兵が吐き出されてくる。
すでに浅瀬。膝下の水位なので敵も普通に進撃してくる。
それに対して1列目の盾を持った兵たちが、盾を捨てて剣を構える。
「第一隊、伏せ! 鉄砲隊、構え…………撃て!」
伏せた1列目の頭上を越すように、鉄砲が発射された。クルレーンが指揮しているわけではないが、そこはクルレーン仕込み。
浅瀬を渡ってくる敵がバタバタと倒れる。
「第一隊突撃! 決して岸に上がらせるな!」
そこにさらに矢が集中し、それが途切れると前列の剣を構えた兵たちが突撃し、川の深みに敵兵を落としていく。
鉄砲と矢によって怯んだところに突撃をくらったのだ。
さんざんに犠牲を出した後、鉦が打たれて敵が退いていく。炎に巻かれた船2隻は、操舵も失ったのか川に流れていった。
後方に待機していた他の船も、これまでと言わんばかりに退いた。
「私たちの勝ちです! 勝どきをあげよ!」
ジルが逃げていく敵船団を見て声をあげた。
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だが、もちろんこれだけでは済まないだろう。
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