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第3章 帝都潜入作戦
第23話 帝都散策
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「ホントに……大丈夫です?」
イッガーが心配そうに聞いてくる。
宿舎を出て少し道を行ったところで、別行動を取ろうと持ち掛けたのだ。
「あぁ、何とかなるだろ。一応変装したし」
といってもウィッグをつけただけだ。
今は茶髪で胸元までのロングになっている。それでも十分ニュアンスは変わるらしい。
「それにほら、これ見てみろよ」
「これは……なんかのボールです……?」
「唐辛子爆弾だな。ちょっと衝撃を加えると中身が飛び散って、相手は悶絶するって護身グッズだ」
武器の持てない俺なりの対策だった。
「はぁ……当たればいいですけど」
「お前、たまに失礼だよな? それくらいなんとでも……なる、よな」
とはいえ不安になってきた。
筋力1だし。コントロールに自信があるかといえば……ううん。
「とりあえず人通りの多いところを選ぶさ」
「そうです、か……何かあったら、叫んでください。耳は良い方なんで、頑張ってかけつけ、ます」
「男の俺が悲鳴ってのもなぁ……ま、気持ちは受け取っておくよ」
というわけで独りになった俺は、大通りをまっすぐ行く。
それだけでもオムカ王国と技術レベルの差に驚くばかりだ。
まず通りでよく見かける交通手段として馬車が見られるが、それ以上に見るのが自転車だ。もちろん変速ギアとか電動設備もないし、フレーム部分は木製だったりかなり原始的なものだが、それでも大変な技術革新だ。
蒸気機関の開発も行われているというし、もし蒸気機関車なんかができたら大変なことになる。
簡単に大兵力をいたるところに送れることが、広大な土地を支配するエイン帝国にとってはかなりのメリットとして働くのだ。
両方とも鉄砲が出てから数百年は時代が違う。
それを推し進めたのはプレイヤーという外的要因のせいか。広大な国土を持ち、資源や人口に余力のある帝国ならではの技術革新だ。
ならうちもやればいいと言ったところで、オムカが蒸気機関車を手に入れてもさしたる効果はないのが問題だ。
オムカの周囲には川や山岳が多く、平地となる部分が少ない。ビンゴ方面に行くと稜々たる山脈があり、鉄道を通すのは一苦労だし、シータ方面へは川が伸びているから水運を使った方が速いし安い。
そう考えると、エイン帝国というのはかなり立地に恵まれたところにあると言っても良い。広大な大地はそれだけ人の住むエリアが拡大するし、田畑の生産も向上するだろう。人口の増加と生産の拡大は、軍備の増強に直結する。技術的なところだけではなく、そういった物量も用意できる大帝国。強いわけだ。
「それを覆してこその軍師、ってことなのかな。それにしてもこの差はキツイけどな」
まったく、気が滅入る。
水鏡たちは否定していたけど、こうして直に見てみると帝国軍200万と言っても過言ではないように思えるぞ。
「とりあえず後は宮殿を見てから、その蒸気機関の開発がどんなものかを見て回るか」
そう思い、遠くに見える――それでもなお巨大に見える5,6階建ての建物――を目印に歩き出したその時。
「あーーー! それじゃないって!」
声が響いた。
ふと見ると、右隣りのお店の前で少女が叫んでいた。
店頭には小さいながらも様々な洋菓子風の商品が並んでいる。
少女はそのお菓子に額をくっつんばかりに凝視しながら叫んでいた。
「この右から2番目と5番目って言ってんじゃん! なに聞いてたんだよー、もう! あ、そっちのはそのブルーベリーが1個多いヤツ!」
どうやら並んだお菓子の中から、買うものを指定して購入しているようだ。
しかもブルーベリーが1個多いのって……セコイというか、迷惑な客だ。
「うん、それでオッケー。もちろん良いものを取ったからって値段は同じだよね。それで値上げするようだったら、表示法違反として取り締まるからね?」
うわーえげつないこと言うなー。
てか取り締まるって、もしかして警察とか軍の人? まさかとは思うが、その白地の上下に文様の入ったマントを羽織っているのだから軍人、しかもちょっと偉い人っぽい。
スカートをはいているから、うんやっぱり女の子だろうけど、こんな少女が……。
いや、俺が言うのもなんだけどさ。
「ん? なに見てんの?」
なんて見てたら因縁つけられた。
ヤバい、若干殺気。てか怖い。
「あ、てか僕様のせいか。ごめんね、ちょっと甘いものには目がなくってさ」
が、すぐに表情を戻してあははと笑う。
目がないというか、超熱中してたよな。てか僕様?
「ふーん、君。帝都の人間じゃないね?」
心臓が止まるかと思った。
敵の軍人に正体がバレたら何をされるか分かったものじゃない。
「ふふ、僕様の制服を見て、というよりこの文様を見て物珍しそうに見ているからね」
確かにマントには文様がある。
円に『へ』の字が3つ重なっている不思議な文様だ。
「てことは観光客かな? ほら、これをあげよう。帝都名物。オリコリンゴのシュークリームだ。美味しいよ! さっき厳選したからね。中身もパンパンに詰まった一品さ」
「あ……はぁ……厳選?」
「そう。素人目には同じに見えるかもだけど、スイーツ歴10年の僕様にかかればこんなもの造作もないね。……てか君、めっちゃ可愛いね!? なに? 天使? ちょっと、一緒にお茶しない?」
なんだ、このぐいぐい来る感じ。ニーアとかとはまた違った感じで、ちょっと困る。
「……って、あっちゃぁ、この後会議だったんだー。というわけでごめんね。僕様はアン。帝国元帥府所属の大将軍のアンだ。困ったらこの名前を出せばよいよー。じゃ、そういうわけで!」
俺が反応するより早く、アンは俺の手にシュークリームらしきものを1つ押し付けると、お菓子が詰まっている紙袋をもって、そのまま走り去っていってしまった。
なんだったんだ……。
それでも周囲の人が特に関心を払わないということは、もしかして日常の光景ということだろうか……。
てか大将軍って言ったよな。
あれが、敵のトップ……? いや、元帥府ってことは元帥がいるのか? よく分からない。
緊張感がなくなるというか、やりづらくなったというか。
気になることがあったから路地に入って『古の魔導書』を開く。
もらったシュークリームも口に入れる。甘かった。
帝国元帥府、大将軍、アン……やっぱりか。
データが出てこない。ついでに元帥という言葉も調べてみた。同じだった。
つまりアンって少女と元帥はプレイヤーってことだ。
参ったな。
どんなスキルかは知らないが、あの歳で大将軍に抜擢されるくらいだから相当に強力なスキルなのだろう。
それ以上に、敵の顔を知るというのは辛い。
ほんの少し会話をしただけだが、人となりを知ってしまえばやりづらい。
これから、彼女と殺し合いをするというのを知るともう……。
「…………考えるな」
そう、ここは、ここだけは考えちゃいけない。
俺の世界を守るため、相手のことを考えていたら……けどそれはとても悲しい話で、竜胆に言われたみんな揃って元の世界に戻る方法を放棄しているわけで。
どうやら相当に混乱しているようだ。
それもそうだ。いきなり敵のトップに出会うなんて誰が思う。
とりあえず頭を冷やそう。
そう思い、あてもなく帝都の街をぶらつく。
だが、俺はこれ以上の驚きを知ることになる。
宮殿から少し離れた場所に、ふらっと立ち寄った時。
誰かを見た。
何かを見た。
どこかで見たような、どこかで会ったような、どこかで話したような、そんな人物。
誰だ?
思考が答えを導き出すより早く、体が、本能がその人物の名前を呼んでいた。
「…………里奈?」
まさか、という感情が追い付いたのはその直後だ。
一瞬しか見なかった。
だから本当に彼女なのか分からない。
けど、頭のどこかで確信している。
あれは里奈だと。
けど、なんでここに?
ここは帝都。いや、それ以前に死者の来る場所だ。
分からない。
分からないから、追いかけていた。
人混みをかき分け、その人物の影を追う。
影が曲がった。
10秒ほど遅れて俺も曲がった。
「おっと、ここは通行止めだぜ」
だが前を塞がれた。
目の前にガラの悪そうな10代の少年が3人。俺の行く手を遮っている。
いつもの俺なら即座に回れ右だろう。
けどその確信に近い感覚が、俺を危地へと進ませる。
「おいおい、無視していこうなんてつまんねーこと言うなよな?」
ぐっと肩を掴まれた。
同時、ポケットに入れたボールをそちらに投げる。
破裂した。
「ぐ……ぎゃあああああ、痛ぇ、目が、目がぁぁぁ!」
唐辛子の粉が飛び散る。飛び散った飛沫が他の2人も襲う。
咄嗟に服の袖で顔を隠さなかったら自分もヤバかった。
だが今はそんなことはどうでもいい。
俺が必要なのは彼女の行方だけ。
路地を抜ける。
見渡す。いない。
見失った?
それほどタイムラグはなかったはず。
いや、1か所だけある。
右手に見える巨大な建物。
教会だ。
十字があるわけではないが、その荘厳な雰囲気と中から聞こえるオルガンの音がそう思わせた。
ならば――
扉を開けた。
木製の古い少し大きな扉だ。
オルガンの音が更に大きく鳴り響く。
中にはまさに日本で見たことあるような長椅子が並んで、かなり多くの人たちが跪いて熱心に祈りをささげている。
その中央に一本の道が通っていて、その奥に祭壇があった。もちろん宗教が違うのだから何を祀っているのかはよく分からない。
そもそも無神論者の俺としては、こういうところに入るのも1度か2度くらいしかなく、そういった芸術方面とも隔絶した人生を送っていたから、特に興味を覚えるものはない。そう思っていた。
だが、
「…………はぁ」
圧倒されていた。
腹の底、心の奥底に響くオルガンの音を皮切りに、何メートルあるのか分からないほど高い天井、ステンドグラスから差し込む色とりどりの光、壮大な石造りの建物が作り出す荘厳な雰囲気。
去年、行った戴冠式の会場である議事堂とはまた違う迫力。何より『祈る』というだけの行為をこうも熱心に行っている人々の熱気に俺は圧倒された。
「どうかされましたか?」
ふと、声をかけられて我に返る。
それほど長い時間、俺は入り口でぼうっとしていたのだろうか。
見れば細い目を更に細くしてほほ笑む神父(?)がすぐそばにいた。
黒のワンピース型の詰襟の法衣姿で……大きい。いや、俺が小さいんだ。身長は170、いや180あるか。ただ全体的になよっとした感じで、ジルより細身かもしれない。白というよりグレーの髪は長く伸ばすことなく、きっちりと短く刈り揃えられている。
整った顔立ちだが、ただ何よりの特徴はその目だ。
開いているのか、と疑いたくなるほどに細い目。それゆえに奥でどんなことを考えているのか分からず、逆に何もかも見透かしたような視線を感じる。どこかプレッシャーを感じてしまう。
「あ、いえ……こういうのは初めてで。圧倒されてしまって」
何とか言葉を絞り出す。
緊張している。それもそうだ。ここは敵地のど真ん中だ。あるいはと考えても仕方ない。
「そうですか。外国から来られたのですね。商用でしょうか。それとも観光? これもパルルカ様のお導きでしょう。もしよろしければ私が中のご案内をしましょうか?」
声色に怪しいものはない。
怪しまれてもいないと思う。
――いや、待て。
ただの子供に対して商用とか観光って言うか?
まずは迷子かどうか迷うのが普通じゃないのか?
怪しい。
怪しくない態度が、逆に怪しい。
「案内はその、大丈夫、です」
口内が乾ききって上手く声が出ない。
「そうですか。ぜひパルルカ様を祀ったこの教会をご紹介したかったのですが」
「……その、パルルカ様ってのは何なんですか?」
今すぐ逃げるべきだろうと思う。
けれど、それもタイミングを計りたい。
だからこそ、関係ない話題を作ってそれを見極めることにした。
「パルルカ様はこの世界をお創りになった創造神です。パルルカ様によって我々人間は生まれたのです。ですから我々はそのことに感謝して、パルルカ様を祀り、感謝する必要がある。そのためのパルルカ教なのです」
ただの唯一神教ってことか。
そう思うが、この神父の言葉には何か違った意味が含まれていそうだった。
「言い伝えにあります。パルルカ様は異界の神官たちの力を得て、受肉を果たしこの世に顕現する時。世界は幸福に包まれるといいます、受肉の時はもうそこまで来ております。どうですか? 貴女も一緒にパルルカ様が顕現するのを祈り、讃えようではありませんか」
世界の創造、そして再臨と信者の幸福。
ありがちな宗教のうたい文句だ。
「これまで、神様を信じたことはないので」
……いや、約1名知ってるけど。あれは神というか悪魔だ。
「そうですか。いえ、それも構いません。我が教会の門はいついかなる時にでも万人に開いております。入信なさりたいときは、この門をお開けください」
「……ええ、その時があったら」
それで神父とは別れた。
結局名前も聞かなかった。
教会を出て、来た道の別のルートを行く。
ただただそこから離れたいかの如く、小走りで街を走り抜ける。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息が切れていた。
手のひらを開く。握りしめすぎて、汗で濡れていた。
気圧されていた。
それ以上に、何が起きても間違いはなかった。
イッガーを呼ぶ暇もない。
やはりどこか不穏な空気を感じた。
俺に対して対等以上、大人として扱うような対応はやはり不自然だ。
それにあの男の表情。どこまでも読み切れない以上に、どこか圧を感じたのは確か。
例の教皇とまではいかないまでも、その部下のプレイヤーの1人とは思ってもいいのかもしれない。
そして何より里奈。
見てはいないが、あの教会にいるという俺の直感は揺るがない。
とはいえ戻る気力はない。わざわざ徒手空拳で虎穴に入るほど愚かではない。それくらいの理性は残っていた。
だからとりあえず今は戦略的撤退だ。
落ち着け。
まだ里奈と決まったわけじゃない。
考えろ。
とりあえず敵の本拠地を知れただけで収穫だ。
行動しろ。
「…………ふぅ」
家屋にもたれかかって息を整える。
やるべきことは決まった。
幸いにして今の俺は1人じゃない。
俺1人ではどうしようもないが、彼らの手を借りれたら、きっと何か動かせるだろう。
だから今はもう戻るべきだ。
気が急くが、どうしようもないことなのだから。
そう、自分を無理やり納得させて、宿への道を取った。
イッガーが心配そうに聞いてくる。
宿舎を出て少し道を行ったところで、別行動を取ろうと持ち掛けたのだ。
「あぁ、何とかなるだろ。一応変装したし」
といってもウィッグをつけただけだ。
今は茶髪で胸元までのロングになっている。それでも十分ニュアンスは変わるらしい。
「それにほら、これ見てみろよ」
「これは……なんかのボールです……?」
「唐辛子爆弾だな。ちょっと衝撃を加えると中身が飛び散って、相手は悶絶するって護身グッズだ」
武器の持てない俺なりの対策だった。
「はぁ……当たればいいですけど」
「お前、たまに失礼だよな? それくらいなんとでも……なる、よな」
とはいえ不安になってきた。
筋力1だし。コントロールに自信があるかといえば……ううん。
「とりあえず人通りの多いところを選ぶさ」
「そうです、か……何かあったら、叫んでください。耳は良い方なんで、頑張ってかけつけ、ます」
「男の俺が悲鳴ってのもなぁ……ま、気持ちは受け取っておくよ」
というわけで独りになった俺は、大通りをまっすぐ行く。
それだけでもオムカ王国と技術レベルの差に驚くばかりだ。
まず通りでよく見かける交通手段として馬車が見られるが、それ以上に見るのが自転車だ。もちろん変速ギアとか電動設備もないし、フレーム部分は木製だったりかなり原始的なものだが、それでも大変な技術革新だ。
蒸気機関の開発も行われているというし、もし蒸気機関車なんかができたら大変なことになる。
簡単に大兵力をいたるところに送れることが、広大な土地を支配するエイン帝国にとってはかなりのメリットとして働くのだ。
両方とも鉄砲が出てから数百年は時代が違う。
それを推し進めたのはプレイヤーという外的要因のせいか。広大な国土を持ち、資源や人口に余力のある帝国ならではの技術革新だ。
ならうちもやればいいと言ったところで、オムカが蒸気機関車を手に入れてもさしたる効果はないのが問題だ。
オムカの周囲には川や山岳が多く、平地となる部分が少ない。ビンゴ方面に行くと稜々たる山脈があり、鉄道を通すのは一苦労だし、シータ方面へは川が伸びているから水運を使った方が速いし安い。
そう考えると、エイン帝国というのはかなり立地に恵まれたところにあると言っても良い。広大な大地はそれだけ人の住むエリアが拡大するし、田畑の生産も向上するだろう。人口の増加と生産の拡大は、軍備の増強に直結する。技術的なところだけではなく、そういった物量も用意できる大帝国。強いわけだ。
「それを覆してこその軍師、ってことなのかな。それにしてもこの差はキツイけどな」
まったく、気が滅入る。
水鏡たちは否定していたけど、こうして直に見てみると帝国軍200万と言っても過言ではないように思えるぞ。
「とりあえず後は宮殿を見てから、その蒸気機関の開発がどんなものかを見て回るか」
そう思い、遠くに見える――それでもなお巨大に見える5,6階建ての建物――を目印に歩き出したその時。
「あーーー! それじゃないって!」
声が響いた。
ふと見ると、右隣りのお店の前で少女が叫んでいた。
店頭には小さいながらも様々な洋菓子風の商品が並んでいる。
少女はそのお菓子に額をくっつんばかりに凝視しながら叫んでいた。
「この右から2番目と5番目って言ってんじゃん! なに聞いてたんだよー、もう! あ、そっちのはそのブルーベリーが1個多いヤツ!」
どうやら並んだお菓子の中から、買うものを指定して購入しているようだ。
しかもブルーベリーが1個多いのって……セコイというか、迷惑な客だ。
「うん、それでオッケー。もちろん良いものを取ったからって値段は同じだよね。それで値上げするようだったら、表示法違反として取り締まるからね?」
うわーえげつないこと言うなー。
てか取り締まるって、もしかして警察とか軍の人? まさかとは思うが、その白地の上下に文様の入ったマントを羽織っているのだから軍人、しかもちょっと偉い人っぽい。
スカートをはいているから、うんやっぱり女の子だろうけど、こんな少女が……。
いや、俺が言うのもなんだけどさ。
「ん? なに見てんの?」
なんて見てたら因縁つけられた。
ヤバい、若干殺気。てか怖い。
「あ、てか僕様のせいか。ごめんね、ちょっと甘いものには目がなくってさ」
が、すぐに表情を戻してあははと笑う。
目がないというか、超熱中してたよな。てか僕様?
「ふーん、君。帝都の人間じゃないね?」
心臓が止まるかと思った。
敵の軍人に正体がバレたら何をされるか分かったものじゃない。
「ふふ、僕様の制服を見て、というよりこの文様を見て物珍しそうに見ているからね」
確かにマントには文様がある。
円に『へ』の字が3つ重なっている不思議な文様だ。
「てことは観光客かな? ほら、これをあげよう。帝都名物。オリコリンゴのシュークリームだ。美味しいよ! さっき厳選したからね。中身もパンパンに詰まった一品さ」
「あ……はぁ……厳選?」
「そう。素人目には同じに見えるかもだけど、スイーツ歴10年の僕様にかかればこんなもの造作もないね。……てか君、めっちゃ可愛いね!? なに? 天使? ちょっと、一緒にお茶しない?」
なんだ、このぐいぐい来る感じ。ニーアとかとはまた違った感じで、ちょっと困る。
「……って、あっちゃぁ、この後会議だったんだー。というわけでごめんね。僕様はアン。帝国元帥府所属の大将軍のアンだ。困ったらこの名前を出せばよいよー。じゃ、そういうわけで!」
俺が反応するより早く、アンは俺の手にシュークリームらしきものを1つ押し付けると、お菓子が詰まっている紙袋をもって、そのまま走り去っていってしまった。
なんだったんだ……。
それでも周囲の人が特に関心を払わないということは、もしかして日常の光景ということだろうか……。
てか大将軍って言ったよな。
あれが、敵のトップ……? いや、元帥府ってことは元帥がいるのか? よく分からない。
緊張感がなくなるというか、やりづらくなったというか。
気になることがあったから路地に入って『古の魔導書』を開く。
もらったシュークリームも口に入れる。甘かった。
帝国元帥府、大将軍、アン……やっぱりか。
データが出てこない。ついでに元帥という言葉も調べてみた。同じだった。
つまりアンって少女と元帥はプレイヤーってことだ。
参ったな。
どんなスキルかは知らないが、あの歳で大将軍に抜擢されるくらいだから相当に強力なスキルなのだろう。
それ以上に、敵の顔を知るというのは辛い。
ほんの少し会話をしただけだが、人となりを知ってしまえばやりづらい。
これから、彼女と殺し合いをするというのを知るともう……。
「…………考えるな」
そう、ここは、ここだけは考えちゃいけない。
俺の世界を守るため、相手のことを考えていたら……けどそれはとても悲しい話で、竜胆に言われたみんな揃って元の世界に戻る方法を放棄しているわけで。
どうやら相当に混乱しているようだ。
それもそうだ。いきなり敵のトップに出会うなんて誰が思う。
とりあえず頭を冷やそう。
そう思い、あてもなく帝都の街をぶらつく。
だが、俺はこれ以上の驚きを知ることになる。
宮殿から少し離れた場所に、ふらっと立ち寄った時。
誰かを見た。
何かを見た。
どこかで見たような、どこかで会ったような、どこかで話したような、そんな人物。
誰だ?
思考が答えを導き出すより早く、体が、本能がその人物の名前を呼んでいた。
「…………里奈?」
まさか、という感情が追い付いたのはその直後だ。
一瞬しか見なかった。
だから本当に彼女なのか分からない。
けど、頭のどこかで確信している。
あれは里奈だと。
けど、なんでここに?
ここは帝都。いや、それ以前に死者の来る場所だ。
分からない。
分からないから、追いかけていた。
人混みをかき分け、その人物の影を追う。
影が曲がった。
10秒ほど遅れて俺も曲がった。
「おっと、ここは通行止めだぜ」
だが前を塞がれた。
目の前にガラの悪そうな10代の少年が3人。俺の行く手を遮っている。
いつもの俺なら即座に回れ右だろう。
けどその確信に近い感覚が、俺を危地へと進ませる。
「おいおい、無視していこうなんてつまんねーこと言うなよな?」
ぐっと肩を掴まれた。
同時、ポケットに入れたボールをそちらに投げる。
破裂した。
「ぐ……ぎゃあああああ、痛ぇ、目が、目がぁぁぁ!」
唐辛子の粉が飛び散る。飛び散った飛沫が他の2人も襲う。
咄嗟に服の袖で顔を隠さなかったら自分もヤバかった。
だが今はそんなことはどうでもいい。
俺が必要なのは彼女の行方だけ。
路地を抜ける。
見渡す。いない。
見失った?
それほどタイムラグはなかったはず。
いや、1か所だけある。
右手に見える巨大な建物。
教会だ。
十字があるわけではないが、その荘厳な雰囲気と中から聞こえるオルガンの音がそう思わせた。
ならば――
扉を開けた。
木製の古い少し大きな扉だ。
オルガンの音が更に大きく鳴り響く。
中にはまさに日本で見たことあるような長椅子が並んで、かなり多くの人たちが跪いて熱心に祈りをささげている。
その中央に一本の道が通っていて、その奥に祭壇があった。もちろん宗教が違うのだから何を祀っているのかはよく分からない。
そもそも無神論者の俺としては、こういうところに入るのも1度か2度くらいしかなく、そういった芸術方面とも隔絶した人生を送っていたから、特に興味を覚えるものはない。そう思っていた。
だが、
「…………はぁ」
圧倒されていた。
腹の底、心の奥底に響くオルガンの音を皮切りに、何メートルあるのか分からないほど高い天井、ステンドグラスから差し込む色とりどりの光、壮大な石造りの建物が作り出す荘厳な雰囲気。
去年、行った戴冠式の会場である議事堂とはまた違う迫力。何より『祈る』というだけの行為をこうも熱心に行っている人々の熱気に俺は圧倒された。
「どうかされましたか?」
ふと、声をかけられて我に返る。
それほど長い時間、俺は入り口でぼうっとしていたのだろうか。
見れば細い目を更に細くしてほほ笑む神父(?)がすぐそばにいた。
黒のワンピース型の詰襟の法衣姿で……大きい。いや、俺が小さいんだ。身長は170、いや180あるか。ただ全体的になよっとした感じで、ジルより細身かもしれない。白というよりグレーの髪は長く伸ばすことなく、きっちりと短く刈り揃えられている。
整った顔立ちだが、ただ何よりの特徴はその目だ。
開いているのか、と疑いたくなるほどに細い目。それゆえに奥でどんなことを考えているのか分からず、逆に何もかも見透かしたような視線を感じる。どこかプレッシャーを感じてしまう。
「あ、いえ……こういうのは初めてで。圧倒されてしまって」
何とか言葉を絞り出す。
緊張している。それもそうだ。ここは敵地のど真ん中だ。あるいはと考えても仕方ない。
「そうですか。外国から来られたのですね。商用でしょうか。それとも観光? これもパルルカ様のお導きでしょう。もしよろしければ私が中のご案内をしましょうか?」
声色に怪しいものはない。
怪しまれてもいないと思う。
――いや、待て。
ただの子供に対して商用とか観光って言うか?
まずは迷子かどうか迷うのが普通じゃないのか?
怪しい。
怪しくない態度が、逆に怪しい。
「案内はその、大丈夫、です」
口内が乾ききって上手く声が出ない。
「そうですか。ぜひパルルカ様を祀ったこの教会をご紹介したかったのですが」
「……その、パルルカ様ってのは何なんですか?」
今すぐ逃げるべきだろうと思う。
けれど、それもタイミングを計りたい。
だからこそ、関係ない話題を作ってそれを見極めることにした。
「パルルカ様はこの世界をお創りになった創造神です。パルルカ様によって我々人間は生まれたのです。ですから我々はそのことに感謝して、パルルカ様を祀り、感謝する必要がある。そのためのパルルカ教なのです」
ただの唯一神教ってことか。
そう思うが、この神父の言葉には何か違った意味が含まれていそうだった。
「言い伝えにあります。パルルカ様は異界の神官たちの力を得て、受肉を果たしこの世に顕現する時。世界は幸福に包まれるといいます、受肉の時はもうそこまで来ております。どうですか? 貴女も一緒にパルルカ様が顕現するのを祈り、讃えようではありませんか」
世界の創造、そして再臨と信者の幸福。
ありがちな宗教のうたい文句だ。
「これまで、神様を信じたことはないので」
……いや、約1名知ってるけど。あれは神というか悪魔だ。
「そうですか。いえ、それも構いません。我が教会の門はいついかなる時にでも万人に開いております。入信なさりたいときは、この門をお開けください」
「……ええ、その時があったら」
それで神父とは別れた。
結局名前も聞かなかった。
教会を出て、来た道の別のルートを行く。
ただただそこから離れたいかの如く、小走りで街を走り抜ける。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息が切れていた。
手のひらを開く。握りしめすぎて、汗で濡れていた。
気圧されていた。
それ以上に、何が起きても間違いはなかった。
イッガーを呼ぶ暇もない。
やはりどこか不穏な空気を感じた。
俺に対して対等以上、大人として扱うような対応はやはり不自然だ。
それにあの男の表情。どこまでも読み切れない以上に、どこか圧を感じたのは確か。
例の教皇とまではいかないまでも、その部下のプレイヤーの1人とは思ってもいいのかもしれない。
そして何より里奈。
見てはいないが、あの教会にいるという俺の直感は揺るがない。
とはいえ戻る気力はない。わざわざ徒手空拳で虎穴に入るほど愚かではない。それくらいの理性は残っていた。
だからとりあえず今は戦略的撤退だ。
落ち着け。
まだ里奈と決まったわけじゃない。
考えろ。
とりあえず敵の本拠地を知れただけで収穫だ。
行動しろ。
「…………ふぅ」
家屋にもたれかかって息を整える。
やるべきことは決まった。
幸いにして今の俺は1人じゃない。
俺1人ではどうしようもないが、彼らの手を借りれたら、きっと何か動かせるだろう。
だから今はもう戻るべきだ。
気が急くが、どうしようもないことなのだから。
そう、自分を無理やり納得させて、宿への道を取った。
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僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
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俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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