知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

閑話4 時雨(シータ王国陸軍総大将)

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 勝てるとは思ってなかった。
 けど、ここでこうするしか未来はなかった。

 きっと人は自分のことを時勢の読めない裏切り者とさげすむのだろう。
 けど、後悔はない。たとえ処刑されたとしても、最後の最後まで生き切ったという想いがある。

 あるいは――見たくなかったのかもしれない。
 祖国の滅亡を。
 親父が愛した、国の滅びを。

 ビンゴ王国が滅亡するなんて思ってもみなかった。
 けど事実として滅んだ。
 滅ぶはずのない国が滅ぶ。ならば、シータ王国が滅ばない保証はないのだ。
 現に勢力のパワーバランスが崩れて、帝国一強の時代に突入する。そうなれば、後は滅びの道へ突き進むだけしかない。

 だから、反旗を掲げた。
 祖国が亡びるのを見たくないから。
 自分が死ぬか、オムカを滅ぼしてそして帝国と戦うか、それとも自分が祖国を滅ぼすか。

 その3つ。
 それしか自分には選択肢がなかった。なかったと思い込まされた。あの男に。

 いや、それも言い訳だ。ここまで来て、まだ自分は外聞にこだわるのか。それが、とても滑稽だった。

「ここまでか……」

 見下ろすカルゥム城塞の地には、今や祖国の旗とオムカの旗がひるがえっている。
 3万か4万。
 対してこちらは1千に満たない。他は死ぬか、降伏したのだろう。

 いくら城の中枢とはいえ、ここまで来たらもう裸城だ。
 敵軍の中にある孤立無援の城。
 そんなもので、防げるはずがない。

 何より援軍はないのだ。
 あの帝国から来たと言っていた男は援軍を約束した。
 しかしそれは来ない。あの男が嘘をついているのは、初めから分かっていた。
 それを分かって、勝てる算段があったから立った。だが、このざまだ。

「将軍……」

 幕僚たちが不安そうな顔をしている。
 明らかに敵に呑まれている。それも当然か。

「外に出る」

「それでは……」

「降伏ではないさ。少し、問答をしたい」

「は、はぁ……」

 あからさまに残念そうな表情を浮かべる幕僚たち。斬ってやろうかと思った。
 こいつらは何なのだ。謝れば許されると思っているのか? 死ぬ覚悟もなしに謀反を起こしたのか?

 いや、今さら言い募っても仕方ない。
 塔の最上階から降りて、テラスに出た。10メートルほどの高さで、眼下には敵の兵がひしめいている。

 今、矢か鉄砲を射かけられたら死ぬな。
 そう思うが、恐怖はなかった。むしろ、それを望んでいたのかもしれない。

 だが命令が徹底されているのか、自分の体を貫く凶器は来なかった。

「私はシータ王国四峰しほうの時雨だ! この名を前に恥じぬ者はいるか!」

 叫ぶ。
 敵に動きがあった。
 20メートルほど離れた位置にある旗が動き、それを通すために兵たちが道をあける。

 やはり、か。

 旗の下に馬に乗った女性が2人。
 水鏡、そして――

「ジャンヌ、ダルク……」

 あの少女。
 同盟が成ってシータに派遣されたオムカ王国の軍師。国王を始め、水鏡、あまつ元帥、淡英などは気に入ったようだが、自分はそんな感情を抱かなかった。
 この少女はいずれ我が国の害になる。そう確信したからだ。

 もしオムカと戦争になった時、自分はこの娘に勝てない。
 無念だけど、それは紛れもない事実だと気づかされた。だから除いておくべきだと思った。それが叶えられないから、ここでこうしているのだが。

「シータ王国四峰しほうが水鏡。話を聞こう」

 水鏡の声はそれほど張ったわけでもないのに、よく響く。

 正直、この人物を自分はあまり知らない。
 いつも国王の傍にいた女性で、軍を指揮しているところなど見たことがない。

 ただ今まで四峰になるのを辞退していたくらいだから、軍事能力としては抜群なのだろう。
 そしてそれは今、自分に対して証明されたわけだ。皮肉なことに。

 小さく深呼吸。
 見据える場所。それは間違えない。

「ならば聞こう、水鏡。なぜオムカと手を組む? なぜ帝国と事を構える? 帝国と共にオムカと南郡を切り取るのが最良の道ではなかったのか!?」

「帝国と結んで何の利益がある。帝国と共にオムカとビンゴを亡ぼしたら、奴らは喜んでこちらにとどめを刺しに来るぞ」

 水鏡の声。それは凍てつく氷のように鋭くとがっている。
 それが万を超えるの怨嗟えんさの瞳に押されそうな自分を目覚めさせる。

「だがそれはオムカと結んでも同じだろう! オムカがビンゴを併合し、北へ出れば国力では圧倒的に負ける!」

「だがそれでも勝算はゼロではない。帝国と組んだ場合はゼロだ。勝ち目はない。それにそもそも、帝国を倒した後は、オムカ王国とは恒久こうきゅうの和平を結ぶことになっている。帝国を倒した後に戦争はない」

「そんな都合のよい話があると本気で思っているのか。恒久の和平だと? 一体、どれだけ長い間、この大陸は戦争をしてきたと思っている? そもそもオムカは敵であった! それが今さら仲良くしろだなど、聞いて呆れる!」

 水鏡が沈黙する。
 兵たちに動揺の声が漏れる。

 あるいはここが分水嶺。
 崩せるとしたらここだ。

 だが、水鏡は不敵に笑うと、再び声をあげた。

「そんなこと、やってみないのに何故できないと決めつけるんだ?」

 嘲笑ちょうしょうを含んだ自信たっぷりの言葉。
 たったそれだけなのに、気持ちが押される。

「それは……これまでの歴史を見れば明らか――」

「ではないだろう? こうしてシータとオムカが連合して戦っている。そもそも歴史が過去のことを言うなら、同盟も運動会もすべてが歴史だよ。そして今。この瞬間。お前のくだらない反乱を叩き潰すために両国の兵が集まったこの瞬間。それを見れば何が明らかなのか、説明してもらおうか!」

「こ、これは一時のこと。帝国が倒れればすぐにでも――」

「だからやってみてからだ、時雨。いきなり恒久の和平と言っても誰もが納得しない。それは分かっている。だが、これまでの1か月。我らは共に戦った。ならばあと1か月続ける。それができたなら次。そしてら少し頑張って2か月と伸ばしてみる。そうやって少しずつ和平を続けていけば、いつの間にか恒久の平和になっているんじゃないか」

「そんなこと……夢物語だ。いや、水鏡。君が生きている間はそれでいいだろう。だがその後はどうする? 50年後、あるいは100年後。今いる人が死んだ後、何かの拍子で暴発することは大いにあるだろう!」

「ふん、そこまで責任は持てないよ。その時はその時だ。ここにいる皆の子供や孫に期待しようじゃないか。ただ何度も言うように、それを期待するには、今、やってみなくちゃ分からないんだよ」

 なんだそれは。理解ができない。

 そんなことでいいのか。
 そんな無責任で。
 そんな投げやりで。
 そんな無遠慮で。

「で、お前はどうする?」

 急に振られてどきりとした。
 自分がどうするか。

「ここでくだるなら、赦免しゃめんすると国王から言伝ことづてを受けているぞ」

 今度は自分と、その幕僚が動揺する番だ。

 いや、揺らぐな。

 自分たちを許す?
 甘い。甘すぎる。
 逆らった者を許していたら、どれだけ謀反が起こる事か。
 それは国を亡ぼす愚行だ。

 何より、水鏡が考えていることが何1つ理解できない。
 隣で俯き顔をしているジャンヌ・ダルクも同じ気持ちなのか。

「断固拒否する! 我々は最期まで戦いぬく!」

「…………そうか」

 水鏡はそれきりこちらに関心を失ったように俯いた。
 一度は勧告した。後はどうにでもしろということだろう。

「お前は!」

 水鏡の隣で黙っていたジャンヌ・ダルクが声を発した。
 それだけで自分の中にある警戒心がそそり立つ。

「お前は……本当にできると思ったのか? こんなところで、こんな時に、こんな風に、こんなことして、本気でオムカを滅ぼせると思ったのか!?」

 そんなこと、何度も自問した。
 そして、だからこそやらなければならないと思った。

「大事なのは結果ではない。何かをやろうとする意思。それが時として万を超える大軍に打ち勝つ!」

「本気で言ってのかよ!」

「当然だ! でなければ私はここにいない」

「この……大馬鹿野郎! そんなくだらない理由で、何人死んだと思っている!」

 彼女の言葉は、確実に自分の胸をえぐり抜いた。

 くだらない。
 そうなのかもしれない。
 国の滅びが見たくないのも、このジャンヌ・ダルクに対する劣等感も、すべてが私事。

 けどやらなければ。
 誰かが立たなければ、シータは滅びるのだ。
 それに、やってみなければ……。

「あっ……」

 これだ。水鏡が言っているのは。
 シータが滅びるかもしれないから立ってみた自分と、恒久の和平のために帝国に抗う水鏡。

 ……やっていることは、同じじゃないか。

 それに今さら気づくなんて……やはり自分は愚かだ。
 四峰だなんておだてられて、木にでも登ったつもりだったのか。情けない。

「これ以上の問答は不要! あとは存分に戦わせてもらおう!」

 これ以上、彼女らと話すのは無理だった。
 どこかで自分が折れかねない。
 最後の最後で、みっともない真似になりかねない。

 だから未練を断ち切るように背を向ける。

「時雨!」

 声。
 聞き間違えるはずがない。彼女の声だ。

 ちらと振り返る。
 水鏡、ジャンヌ・ダルク。その横に、他の人間には隠れてしまうほど小さな人影が、必死にこちらを見ようとしている。

 あぁ、やはり。
 それはそうだ。あれだけ砲撃を加えてきたのだ。
 彼女の部隊がいないはずがない。

 それもまた、未練だ。

 だからテラスを後にして、最上階へと再び登る。
 敵の総攻撃はすぐか、あるいは日没か明日か。
 いや、時間をかける必要はない。部隊をまとめたらすぐに来るだろう。

「迎撃の準備をするぞ。残っている者をかき集めよ!」

「く、降った方がよいのではないでしょうか? 今なら命までは取らないと」

「ありえん。首謀者は、つまり我々は処刑される。それが何故分からん!」

「し、しかし……」

「くどい!」

 この者たちはなんなのだ。
 自分の幕僚――違う。その時の気分で行動する風見鶏だ。
 反乱がよさそうだから加担して、許されそうだから降伏する。まったくもって醜悪しゅうあく。こんな人間に国を任せることなんてできない。ならば自分とともにここで滅んだ方がいい。

「我々はもう引き返せないところにいる。ならばせめて、最期にこの国のためになることを――」

 突如として、何かが来た。
 背中。入ってくる。激痛が走った。

「貴様!」

 振り返りざまに剣を抜き打ちにした。血しぶきが舞い、幕僚が倒れる。
 その奥で、他の将校たちは、剣を抜いてこちらに構えていた。

「……裏切るのか」

「わ、我々は……あなたのような人間に騙された。何が祖国のためだ。こんな同士討ちなど……意味がない!」

 そうか。そう見えるのか。
 ならば、彼らは何も分かっていないということだ。そんな奴らに担がれて、こんなことをしてしまった自分も自分だが。

「四峰の1人が……耄碌もうろくしたか」

「覚悟!」

 剣が来た。その前にこちらから近寄って剣を弾き、斬った。
 横。浅く斬られた。返す刀でそちらの将校に切りあげる。鮮血が舞う。だがわき腹に剣が来た。避けられない。ねじり込まれたような感覚。切り下げた。だが、剣が動かなくなった。

 雄たけびをあげた。斬る。再び剣が来た。胸。避けられない。衝撃。相手を斬った。
 だがもう体が動かない。息が吸えない。景色が一転した。親父。ごめん。仇を、討てなかった。国を守れなかった。不甲斐ない自分を許してくれ。

 暗転した。それきり、何も見えなくなった。
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