知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

閑話6 長浜杏(エイン帝国大将軍)

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「あーあ。煌夜こうやちん、いつまで待たせるつもりかなぁ」

 教会の一室。
 2階部分にある部屋の窓を開いて下を見れば、教会の玄関口に100を超える人間が集まっている。

 その中心にいる煌夜ちんは、人々の声を笑顔を浮かべて聞きながら受け答えをしている。

「ええ。来たる日には必ずパルルカ様は受肉され、この世に顕現なさいます。今が辛くとも、その時には皆さまは幸福に包まれるのです。それまで耐えて生きなければなりませんよ」

 人を呼び出しておいて説法を始めるとか意味わかんないけど、まぁそれが仕事だししょうがないかな。
 僕様、大人だし? そんなことじゃ怒りませんとも。

 ただ――うさんくさいんだよねぇ。
 宗教を信じない自分からすれば、そんなこと言われてもって感じ。

 けど下に集まっている人たちは煌夜ちんの言葉を聞くと泣いて平伏するのだ。
 人それぞれに思うものがあるのは別にいいけど、そこまでするか、という感じ。

 何より、煌夜ちんの目的が分からない。
 短い付き合いだけど、煌夜ちんはこんな状況に満足する人間じゃない。

 女神を殺す。
 そう言われてなるほど、面白いと思った。
 けどどこか、煌夜ちんはそれ以上のことを考えているのではないか。
 時々そう思うのだ。

「……ん?」

 ふと、見下ろす煌夜ちんの周囲に、意思の向きを感じた。
 スキル『神算鬼謀』が感じたそれは、まさしく殺意。

 4つの矢印が煌夜ちんを囲むようにしてじわじわと進んでいく。

 うーーーーん。どうしようかな。
 気づいてしまったのだから動くべきだろうけど、煌夜ちんならひとりでなんとかする気がする。

 いや、それでも我らが帝国プレイヤーのリーダーが襲われそうになってるのを助けるのが僕様たちのつとめ。
 決して面白そうだからとか、そんなわけないよ。

「よっ!」

 窓を開けると同時、腰に差した剣を抜く。
 そのまま2階分の高さを落ちる。
 人ごみの中だけど狙いはばっちり。

「ぐぇ!」

 狙った男の上に落ちた。
 この体。軽いとはいえ人が頭上から落ちてきたのだ。変な方向に首が曲がり、そのまま地面に倒れ伏す。

「ほいっと。煌夜ちん、2時と10時の方向!」

 言い放ちながら、地面に倒れた男の延髄に剣を突き刺して走り出す。

 悲鳴が上がった。
 パニックに陥った人たちが、我先に逃げようとする。

「はいはーい。美しすぎる大将軍様だよ。危ないから逃げてね」

 みんなが僕様から離れるように逃げ出す中で、それに逆らうように進む1つの矢印がある。
 そいつが残りの暗殺者だろう。

 逃げ惑う人々の矢印を避けながら、泳ぐようにその矢印に近づくと、

「ほいっと」

 すれ違い様にその首を切り裂いた。
 血しぶきが舞い、男は糸の切れた人形のように地面に倒れ伏す。

「さて、煌夜ちんは」

 逃げ惑う群衆の中、独り悠然と立つ男がいた。
 もちろん煌夜ちんだ。その足元には、1人の男が倒れている。煌夜ちんのことだ。衆人環視の中で殺しはしないだろう。

 対峙する最後の相手は腰が定まっていないようで、彼の発する矢印が徐々に後ろへと移るのが見えた。

「ん、煌夜ちん。そいつ逃げようとしてる」

「問題ありません……峻厳ゲブラーから栄光ホドに至る。すなわち吊るされた男の道である」

 煌夜ちんが右手をかざして唱えると、その手の平から何かが飛び出した。
 光るロープのようなものだ。それは男に一直線に飛び、男に絡みつく。

 がんじがらめになった男は、ハムみたいに体の自由を失って地面に転がった。
 拘束術。
 予知といい、洗脳といい、拳法といい、この男はどれだけ能力を持ってるんだろうか。今一つ底が見えないこの男。やっぱ敵に回すものじゃないね。

「皆さん、落ち着いてください。くせ者は我らが大将軍が討ち果たしました」

 煌夜ちんが大声でそう呼ばわると、周囲のパニックが一瞬にして沈黙に変わった。そして喝采があがる。

「おお、さすが大将軍様!」

 周囲に崇められて悪い気はしない。ふっふーんって感じ。
 てかちゃんと僕様の活躍も喧伝する辺りが人使いうまいよね。

「きょ、教皇様! お怪我は!?」

「ええ。問題ありません。ありがとう」

 周囲の心配する声にいちいち笑顔で応対する煌夜ちん。
 たった今、暗殺者に狙われたことなどもう覚えていないかのようだ。

「すみません、この者たちを教会に運んでいただけますか」

「は、はっ! この捕まえた者たちをですね!」

「いえ、亡くなった人たちも含めてです。彼らも大陸に住む人間。パルルカ様の祝福を受けるべき人間だったのです。すれ違いからこのような次第になってしまったのですが、せめて私の手でパルルカ様の元へと送ってあげましょう」

「おぉ……このような敵にも……なんて寛大なお方なんだ」

「教皇様! バンザーイ!」

「教皇様! 教皇様!」

 群衆が感涙にむせび泣き、煌夜ちんを褒め称える。
 何か見てらんないよねー、こういうの。

 というわけで剣を収めた僕様はさっさと退散。
 再び教会の2階の部屋で待つこと10分。

「お待たせしました。そして感謝いたします。暗殺者の手から、私を守っていただいて」

「煌夜ちんならあれくらい余裕だったでしょ。てか何、あのスキル。僕様の知ってる煌夜ちんのスキルじゃないんだけど」

「そうですね。少しだけお話ししましょうか。私のスキルについて」

 お、珍しい。
 煌夜ちんが自分を語るなんて、明日は槍が降るかな。

「タロットカードはご存じですか?」

「ん? あの占いの?」

「ええ。占いで使われているタロットですが、その中の22枚の大アルカナは、人間の生長について描かれていると言います。『愚者』という人生の始まりから、『世界』という終焉に至るまで、様々な困難や事物を乗り越えて成長するという。その過程は、カバラにおける『セフィロトの樹』にも結び付けられています。この『セフィロトの樹』、最初は『王冠ケテル』というセフィラから始まり、様々なセフィラを通って『王国マルクト』のセフィラに至るとされるのですが、そこまでの経路、すなわちセフィラとセフィラをつなぐ小径パスこそがそれぞれ22のアルカナに対応しているというので――」

「待った待った待った、煌夜ちんストップ!」

 なに? アルカナ? 愚者? 成長? カバラ? セフィロト? ケテル?
 もう意味わかんないんですけど。

「つまりどういうこと?」

「そうですね。簡単に言ってしまえば、私の運命定めるデスティニーズ生命の系統樹・セフィロトは、その小径パスに対応するアルカナの能力を使えるわけです。今回の『吊るされた男』ならば束縛のスキル。予知は魔術師、洗脳は月といったようにね」

「はぁ……つまり22のスキル持ってるってことじゃん。ずりー」

「いえ、一度通った小径パスは完走するまで使えないなど色々と制限があり……まぁ使うのはとっても面倒なのですよ。ですから虎形拳こけいけんで戦えるくらいには体を鍛えています」

 あの拳法は自前かよ。
 フリーダムに最強だろ、この教皇様!

「そういうわけで、本題に入ってよいでしょうか?」

 あぁ、そういえば本題があるのか。
 そりゃそうでもなけりゃ、大将軍である僕様をこんなところに呼び出さないよな。

「ん、で何? 話って? どうせ軍のことだろうけど。何? ついに攻める? オムカ?」

「いえ、そうなれば話が早いのですが……北です」

「北かぁぁぁぁぁ……ほんと性懲しょうこりもなく、めんどくさいなぁ」

 北には帝国とは違った民族がいる。
 元はこの大陸を支配していた民族だが、200年ほど前に現在の帝国に敗れてからは北のせた土地で逼塞ひっそくして暮らしている。ただその戦闘力は高く、かつての栄光を取り戻そうと南下してくることが多々あるのだ。
 その侵攻に帝国が色々と苦慮していたところを救ったのが、我らが元帥とこの僕様なわけで。

「ええ。帝国がオムカに負けたということで、彼らも勢いを取り戻そうとしているようで」

「はいはい、僕様が負けたのがいけないんだよねぇ……ええ、責任感じてますとも? 本当、めんどい連中だよ。根絶やしにしてやろうかな」

「それはいけません。彼らもまたパルルカ教の信徒なのですから」

「じゃあ言ってあげてよ。煌夜ちんは一番偉い人でしょ」

「残念ながら、まだ私を認めない者も多く……交渉のテーブルにもつけない有様で」

 やれやれ、色々大変だねぇ。言葉が通じないなら、とりあえず武力で黙らせる、か。

「ちぇー、せっかくビンゴを滅ぼしたからオムカをやっつけようって話になると思ったのに」

「西は西で大変なのですよ。少なくとも落ち着くにはあと半年はかかるでしょう」

「ん、てか西って誰がいるの? 元帥はもう戻って来てるよね」

「引き続き、れん蓮華れんげのお二人にお願いしています」

「げっ、あの変態双子!?」

 その名前を聞いて、僕様の顔はゆがみに歪んだ。

「懸念は分かります。あの2人はどこか常軌を逸しているところがあります。それゆえか、私の予知でもよく見えないのですよ」

 煌夜ちんに常軌を逸しているとか言われるなんて、どれだけだよって思うけど、まぁ同感だから何も言わない。

 あの2人、彼&彼女いわく『私たちは2人で1人。それ以外はナメクジ以下の存在です』とのことだけど、まぁそんなこと言ってる時点で変態だ。
 それ以上にあの2人は……思い出すだけでもおぞましい。

「それでもあの者たちの統率能力は素晴らしい。下手なプレイヤー以外の文官を送り込むより、効果があるのではと思いましてね」

「はぁ……まぁそれはそうなのかな」

「安心してください。諸人もろひとさんとキッドさんにも行ってもらってますので。監視です」

「うわーあの2人か……西はカオスだなぁ」

 正直あんま近づきたくないな。
 うん、僕様は少し北で気晴らしすることにしよう。

「それから堂島さんからの推挙で、1人。後方支援の役割で行ってもらっています」

「あぁ、聞いたことあるよ。元帥の個人的なお友達だって。なんだか最近またプレイヤー増えだした? 新しい人が見つかってるんでしょ?」

「ええ。何名か発見されていて、もう少しすれば帝都に一度集まる予定です。その時に皆さんに顔合わせしてもらいましょう」

「ふーん。てか5人かぁ。かなり西に寄るね」

「当然。あの者がビンゴをそのまま放置するわけがありませんから」

 煌夜ちんが意味深につぶやく。
 意地悪いなぁ、本当。

「ジャンヌ・ダルク、ね」

 やっぱり来るか。
 そりゃそうだよね。ビンゴを帝国に収められたら、北と西、二方面から攻められる。そんな状態になる前に、ビンゴに出兵するのは当然といえば当然。

 うーん、あの子が来るのか……。
 そーかそーか。

「ねぇ、それだけいるなら僕様も――」

「いえ、あなたには北をお願いします。何せこれまで幾度も彼らを打ち破った常勝将軍なのですから。適材適所です」

 前言撤回した僕様の言葉にかぶせるように煌夜ちんが笑顔のまま言い放つ。
 その顔、その言い方。ほんと意地悪いなぁ。

「それって遠回しに負ける可能性があるところにはやらないってことだよねぇ。煌夜ちんのそういうとこ、意地悪でうざったらしくて好きなんだけどさ」

「ええ。私もそんな遠慮のないあなたが好きですよ」

「そりゃどうも。誉め言葉として受け取っておくよ」

 ま、とりあえずは北で我慢しようか。

 複雑な心境だけど、月並みなセリフだけど、ここはジャンヌ・ダルクを応援しておこうか。

 僕様に殺されるまで、あんな双子に殺されるなよってさ。
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