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恐怖!狸怪人(笑)
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「賃金安すぎるのよ!熊本県!」
Tシャツと短パン姿の女がエキサイトしていやがる。健康的かつ鍛えているのか、そこから見えるガタイの良さに、しっかり引き締まっているムチムチっとした体格の上から垂れ下がるもふもふダークブラウンヘアーと、写る瞳は大きく麗しい黒色に輝き、どこか子供っぽくもあるがまっすぐとした視線が魅力的な女の子風に擬態してこそいるが、本当の姿はもっとごつくてグロい。頭に血が登った彼女は、次に戦々恐々とした眼差しで睨みつけたグシャグシャに丸めた給与明細を壁に向かって勢いよく投げつけた。それがバウンドして俺の頬にぶち当たる。後頭部が2、3回クラクラっと揺れる。
西鉄と呼ばれる軌道式移動媒体のそばにあるボロ小屋が彼女のアジトであるが、それはそれはまあ見事に惨めなもので、見ているだけでもお涙頂戴してしまう惨憺な家屋なのだ。
まるで怪人あばれる君になったか如く、ぐるんぐるんあたり一面に当たり散らす彼女。かわいい顔して凶暴な振る舞いを披露するDQN怪人娘をやや冷ややか視線で10秒ほど見つめ、全くけしからんこのアホなテンションに少し感覚が慣れてきたところで、そこそこ重い腰をあげて球体と化した彼女の給与明細を拝見することにしよう。こんな荒れた状態だが、彼女は大のブランド好きという困ったヤツで、この前なんかバレンシアガの最新ダッグスニーカーを欲しいとかほざきやがった。定価なんと17万円也。ただのカジュアルスニーカーに17万とかやばすぎな金額なのだが、街に行くと若者がこぞって履いているようでどうやらそれに感化されたらしい。
どれどれ‥‥‥
一応大事な書類なので、破れないように丁寧に直しながら思案する。それは「なぜ彼女がここまで激おこプンプン丸なのか」という疑問ではあるが、手取り10万とかそんなもんだったのだろうか。たしかに、今月は芳しくなかった。具体的な仕事といえば、ちょいと大きな公園の小さなライブ会場に立ち、くまモンとかじゅうべいとかの地元のゆるキャラと一緒にステージに上がり、軽くじゃれて終了。勿論彼女は悪役だ。でなければ話にならない。なぜなら彼女はこれでも一応悪の秘密結社の一員。給料管理は社内のコンプライアンスで厳しく管理されている。「秘密結社社会管理労働法」というものがあるのだが、その中で、賃金は悪業を行わないと支給されないという困った法律がある。詳しくは割愛するが、おっと、そうこうしてるうちに復元できたので改めて拝見を試みるや
「!?、手取り2万4795円!」
俺はその時お口のチャックが壊れる音がはっきりと聴こえた。一体どれだけ天引きされてんだよ!って心の中でツッコミを一つ入れつつも、目の毒になることはもはや確定している天引きの明細に視点を合わせた。
「じゅ!?13万205円!!?」
何このまさかの展開は!?本来逆だろ!
「お、おいなんだよこの馬鹿げた天引きは!」
「うるさいわね!学費よ学費!デス・ショッカー総合大学、文学経済戦略学科4年に大学院2年で合計2400万!大半がそれの返済額よ!幹部に入れば年収1000万は余裕っていったから全部奨学金で借りたの!!」
あゝ、何ということだ。取らぬ狸の皮算用とは正にこの事である。つまりだ、彼女はまだ確定してもない将来に対してギャンブルともいえるほどの莫大な学費を借金し、毎月狂ったような額の返済に追われる債務者なのだ。まあ確かに、熊本の最低賃金は安い。時給715円也。まもなく720円へ引き上げされる予定だが、消費税も上がるので結局のところプラマイゼロ‥‥、いや、むしろマイナスなのである。それと、彼女のパイパー見切り発信に戦慄する他ないのも釈然たる事実なもので、まあこんなとんでもおバカさんが余りにも可哀想だから俺が付き添っている形なのだ。まあ、ボロではあるが一応は寮があるのがせめてもの救いか、なんだかんだ秘密結社も福利厚生は大事らしい。
ドサッ、
暴れ疲れたのだろうか、彼女は地面に身体を落として丸まってしまった。なんか下を向いてブツブツと独り言を唱えている。豪快に鼻水を啜るサウンドが、折角の美人を台無しにさせている。
「わぁらぁいなさいよ!大野ぉ~!」
今度はシクシク泣き始めてしまった。ここでまずは自己紹介と‥‥。俺の名前は大野剣友(おおの けんゆう)そして彼女は、世を忍ぶ仮の姿では荒尾 さくら(あらお さくら)だが、実は痛面ライダー第73話に初登場した恐怖の怪人「狸怪人」なのだ‥‥が!まさかまさかの大人の事情で、放送中止の幻の回になってしまったのだ。勿論これは知名度が命の怪人にとって壊滅的な痛手であり
①世間に対しての認知度がない。
②その直後、地方へ辞令が出て(即ち飛ばされて)しまった。
それに加え、
③奨学金返済地獄の大三元。
特に①が痛い。世間では"怪人"と認知されていないのは相当辛いのだ。怪人は言ってしまえばタレント業なのであり、タレントにとって大事なものは認知度なのである。それが全くといっていいほど無いのは大問題であって、(変身→街を徘徊→なんかの着ぐるみ?→無視)といったサイクルが必然的になる。そしてコイツの本来の姿、もとい怪人の形体が微妙なのである。怪人というより"ゆるキャラ"といった感じであり、悪役っぽい迫力に欠けるのだ。そんなこんなで、もう社会人デビューするや否やいきなり怪人生活積みゲーのトリプル死亡フラグを食らった、なんとも可哀想な女の子がここにいる。
「はぁぁ、まあ落ち着けよ。じゃなきゃ何も始まらないだろ?」
俺は彼女に寄り添い、暴れたのが疲れたのか、すっかり丸くなって正座して落ち込んでいる彼女の背中を優しくさすってやった。鼻をすする音が筋肉の動きと振動に変換される。彼女の背中からまるでテレパシーに近い周波数で気持ちが伝わってくるみたいだ。スゲー可愛いんで自我が崩れないか少し心配だが‥‥。
「あ、ありがとう大野」
「ああ、いいよ。これをされると落ち着くだろう?昔死んだばあちゃんにやってもらったっけ?」
俺は彼女に等身大で語り合う様に意識してカウンセリングを行う。彼女が荒れた時は大体いつもこんな感じだ。さっきまであれだけ乱れていた呼吸も大分落ち着いてきた。"気の乱れは呼吸から"というかどうかは置いといて、我ら生命体にとって呼吸が如何に重要か改めて感謝する。もう十分に落ち着いたようなのでそっと手を離そう、じゃなきゃそろそろ俺の自我が暴走しそうだ。大きな深呼吸を確認した時点で右手を弛緩させたその時、物凄いパワーで彼女は立ち上がり、
「おっしゃャャア!!みてなさい!今度こそ狸怪人の恐怖と真髄、とくと見せてくれるわ!!」
ガシャン!!
一瞬の動作に回避失敗した俺は右手もろとも後方へ吹き飛ばされた挙句、丸められた給与明細がバウンドした壁とほぼ同じ位置に激突した。流石怪人、パワーはマジで半端ない。
まるで頭の上に星が舞っている感覚とオーバーラップする。おもいっきり後頭部を痛打したので軽い脳しんとうを起こしたようだ。平衡感覚が悪くなった俺は千鳥足で立ち上がって、このナイーブな怪人を今度は別のアプローチで落ち着かれる。
「いきなり立つな、後頭部激突!興奮すんな、近所迷惑!先走るな、いつも失敗!だろ?」
今度は二人とも立った状態だ。俺とこのアホアホ怪人とは身長差が余りない。
「っるさいわねー!せっかく私がやる気出たんだから、あんたも協力しなさい!」
「勝手な事をペラペラペラペラと‥‥」
テンションの乱高下が激しい彼女は見ていて飽きこそしないが、疲れも取れない。俺は一応介護士として社会の為に汗を流している。ついさっきまで仕事だったのだ。現在21で入社2年目だが、既に1ブロック任せてもらっている。今年の4月に無事昇給し、給料面ではそれなりに満足しているが‥‥‥
未経験可とか、誰でも採用してもらえる程深刻な人手不足な介護士の仕事内容は、なんか安易にできそうとかヌルい感覚をする奴がたまにいるが、はっきりいって舐めすぎ。実際は大変なことばかりなのだ。例えば夜勤のワンオペは死ぬほど忙しい。とある夜勤は頭痛に襲われまともに眠れない中での仕事だったので、体内時計が狂っていた。しかもその日は利用者からのコールが病むことはなかったし、業務を終えた後、ずっと我慢していたトイレに駆け込み、手を洗っていた洗面器の正面にある鏡を見たら、まるでzombieみたいな自分がいたときにはっきりと戦慄が疾った。肌はドス黒く、目に立派なクマができていて、クマの部分をさすったら角質がぼろぼろと崩れ落ちた。
別の業務では、風呂では細心の注意を払って利用者の身体を洗ってゆく。寝たきり+大量の薬剤と抗生剤まみれにされた皮膚は驚くほど弱く、ほんのちょっとだけ力が入りすぎると皮ごとズリ向ける。モチロンやったら一発でオオゴトだ。俺じゃないが、同期のやつがやっちまって親族は当然、ケアマネジャー連中から集中砲火の嵐、その後も些細なミスを犯し続けてていたことが上部職員にロックオンされ、毎日ネチネチ扱いされた続けた結果、そいつは鬱病になり、今年の2月で退職した。
まあ、俺の台所事情なんで言っても女々しいだけだが、今は粋がってやがるクソ怪人をなんとかしたい。
「大野?何しらけた目で見てるのよ!はやく!さあここ座って!今からどんなことができるか考えるわよ!」
ピックアップの早い彼女は、瞬間移動するサイヤ人にも負けぬ程の俊敏な動きで翻弄し、気がついたら俺はパソコンデスクの椅子に座っていた。パソコンは一ヶ月前に図書館からもらってきた15年前の代物で、起動動作がテラ遅い。OSはぎりぎりメーカーサポート内のものであるものの、本来それに対応した使用ではないのでフリーズやバグなんてしょっちゅうだ。因みに、無料でネット回線が使えるのは秘密結社の福利厚生である。悪ながら素晴らしい!
椅子の真後ろに彼女が立って鼻息荒くして見ている。鼻息と胸がくすぐるように当たるので緊張してきた。次第に心臓の鼓動が大きくなっていく。
「で?次は何を企むんだ?」
「知らないわよ!あんた考えなさいよ!」
「少しは頭使えよ!」
「え~、めんど~、思いつかな~い」
「じゃあ今日は寝ろ。動かない頭に訊いても何も思いつかないだろ。明日も俺仕事だし、明日やろーぜ」
「駄目よ!絶対駄目!明日野郎は馬鹿野郎って言うじゃない!」
「‥‥‥へいへい」
いつも体たらくな癖に口だけは減らんと‥‥‥。
「お、大野!コレコレ!これなんかいいんじゃない?」
妙案でも思いついたのか?彼女ははしゃいでスクリーンのあるある広告サイトの一面を指差した。
「このやる気のなさそうな猫のリュックカワイイ!!開けるとやる気がある猫に大変身するのねー定価‥‥は、送料込みで5400円だって!月の給料が15万5000だからなんとか買える額よ!早速こうn‥‥」
「ちょっとまったたぁぁぁ!!おまえ天引きを無視して買おうとするな!今手元にいくらあると思ってるんだ!今日の給与振込2万4795円と、サイフに3267円、通帳に16円で合計2万8000ちょいしかない計算だぞ?そんなもん買う余裕はねえ!」
「えっ、昨日オシャレなTシャツがあったから買っただけよ。だから財布の中は小銭しかないわよ?でもいいの!欲しかったの!これは、今日頑張った自分のご褒美!」
どうも下着がしゃんとしてた訳だ。まあ下着姿でどんちゃん騒ぎするもんだから、今まで少し鼻の先を伸ばしてしまって甘くなっていたが、こいつ、大事なお金もまたも無駄遣いしやがった!ついに俺はカチンときて椅子から立ち上がり、回れ右して彼女の瞳に標準を合わせ睨みつけた。
「オマエは明日から財布の金全額没収だ!預金通帳とキャッシュカードもだ!いい加減にしろよ!財布出せ財布!もう観念ならん!今日からここの資産は俺が管理する!」
「イヤだー、イヤイヤ!!」
「『イヤ!』じゃない!子供が貴様は!このままだと生活すら営めん!財布出せ財布!」
日頃の多忙な業務と彼女の傍若無人な振る舞いにストレスが遂に爆発してしまった。まあ退屈な毎日よりエキサイトできて楽しいとかご想像する奴らがいるかもしれんが、度がすぎると全く快くない。
彼女はスペインの闘牛のように鼻息を荒くしてつっ立ってる。顔は怒ったり泣いたりで真っ赤っ赤だ。多分俺もお顔真っ赤っ赤である事はほぼ間違いない。
30秒ほどお互いの睨み合いが続いて、頭が少し冷えたので、もうヘトヘトな俺は遠慮することなく開口一番、
「‥‥俺、やっぱ寝るわ」
「この情無し!男の癖にだらしないわね!」
「へいへい、何度でもいいなまし~」
煎餅布団をパパッと広げで、倦怠感にさいなまれた身体を横にした。時刻は深夜2時、もういい加減に勘弁していただきたい。
「ちょっと起きなさいよ!おおn‥‥‥」
速攻で彼女の声が聞こえなくなってゆく。俺は深く、深く、落ちた‥‥‥。
その後俺は夢を見た。昭和ライダーのオープニングで流れる「誰々は改造人間である、謎の組織なんとかショッカーに改造手術を受け~」といったお決まりの展開だ。手術を受けていたのは俺を含めて3人。となりのにいちゃん達が「信彦!!!」「こ、光太郎!!!」とかなんとかいって叫んでいた。誰だよ?信彦と光太郎って。まあいい。だがしかし、その手術の夢はなんというか、あまりこういう表現はそぐわしくないのだろうが、とにかく気持ちよかったのである。まるで一流ホテルのマッサージ師にほくしてもらっている様だ。嗚呼、何という気持ち良さなんだ!おお素晴らしい!まさにパーフェクトだ!ショッカー一味の改造手術は気持ちいいとか、どこかの漫画家が描いていたが、実際に今がそうだからマジなのかもしれない。でも、結局は夢なんだろうがな。
翌日~
俺は不気味だったが、いい夢を見ていて気持ちよかった。今日は待ちに待った休日!最高に身体が軽い!朝一トップギアから更にいくつ載せることができるだろうか!ここで覚醒!大野剣友!
「おおおおおおおお!今日はやったるぜ!!!」
決まった!最高の朝だ。ラジオ体操抜きで最高の朝が迎えられるとはなんと素晴らしい!圧倒的優越感に包まれた俺は隣で寝ている怪人‥‥
「!?」
か、怪人のサービスショットだとぉぉぉ!けしからん、なんとけしからん!俺とあろうものが、ゴロンと横になって寝ていたタヌキ怪人の寝顔がキュート過ぎて目が泳ぐ。いかんいかん!しっかりしろ俺!朝一から俺は一体何を考えているのだ!だが、や、やばい、か、身体が勝手に‥‥、や、やばい!両手が!勝手に!?
「あ、大野、おはよう。何?いやらしい事考えたの?大野の癖になまいきよ」
セーフ!うわマジセーフ!やばかったぞ今のマジで!
「ところで大野?仕事行かなくていいの?」
「へ?仕事?イヤだなタヌちゃん!今日はお休m」
「何いってんのよ。あんた丸一日寝てたのよ?今だともうとっくに職場行ってる時間なんだけど」
悪寒が疾る。悪い冗談はよしてくれよと心でツッコンでニタニタしながら目覚まし時計の日付を見ると!
「げ!月曜日!しかも8時30!出社9時なんだけど!!や!ヤベエ!ってレベルじゃねぇぞ!!」
あちこちで足をぶつけ、きっちり90秒で支度した。「90秒で支度しな」を忠実に守ったラピュタのパズーの凄さがなんとなく感じた。
「うおー!!行ってきまーす!」
「‥‥‥変な大野」
彼女が訝しげに見ていた事は、いうまでもない。
だだ、彼は気付かなかったのだ。その後彼女が何を言ってたを‥‥‥。
「ふふっ、まぁ無理もないわね」
彼女は笑っていた。
猛ダッシュでチャリを飛ばしなんとか1分前に到着した俺。なのに呼吸がほとんど乱れてない。流石に丸一日も寝れば体力的にも随分違うものなんだな。
「遅いじゃないの!大野君。君は社会人としての自覚が足らないのよ!失礼だけどあなた今何歳?今まで何を学んできたの!全く、私の顔を潰す気?」
「まさか一日寝てしまうなんて思いませんでした!すみ」
「あんた年下の癖になまいきよ!言い訳なんで甚だしいのも大概にしなさいよ!そう、大野君いつもそう、謝りもしないで自分の言い訳ばかり!常識からしてなってないのよ!最初に言う事は謝ることでしょ!なんでそれができないの、社会人になって遅刻とか、本当に今まで手塩にかけて育ててくれた両親に顔向けできないわよ!だから今時の若者だらしないのよ!て大野君!聞いてるの?」
「すみません!本当に申し訳ございませんでした!全ては自分の管理不届きであります!大変申し訳ございませんでした!今回の件は深く反省しております!誠実に業務に尽くす社会人としての自覚が足りませんでした!本当に申し訳ございませんでした!!」
「はぁぁ、リップパフォーマンスは要らないわ。とにかく、これ以上バチの当たらない行動を取りなさい」
職場に着いたらセーフではない。着替えをしてシフト職員の管理表をチェックし、利用者ノートをしっかり把握してからタイムカードを押す規定が、俺の働く介護施設では定められている。そんで結局、四分遅れてしまったのを思いっきりうちのケアマネに見られてしまった!いつもピリピリしているぽっちゃりとしたうちのケアマネは恐らく50代前半程がもっぱらな噂だが、彼女こそ、この道に入り20年が経とうとしているベテランで、彼女にできぬ仕事はない。即ちここの施設の実質的なナンバーワンは彼女であり、ボスなのだ。うちのケアマネはとにかく正義感に溢れ、真面目で実直、曲がった事が大嫌いでとても厳しい人なのだ。今回は不慮の事態だったが、遅刻は一番嫌っていて絶対やってはいけないミスなのだ。丸一日寝てしまうとはいえ、失態は失態なので、社会人は実に厳しい。
「全く、施設長に挨拶はしたんでしょうね?」
「あ、いや」
「カァァァァ!してない!してないの!?あんたの常識はどこまで欠落してるの!私も行ってあげるから今から来なさい!」
完膚なきまで喝破された上に、更には、この間40過ぎになった鬼の施設長まで行かなかんのかぁ~。あの人はこのケアマネより苦手だなぁ。まあ流石にここのケアマネが見逃すはずないか‥‥。
俺は応接室に立たされていた。ケアマネはまだ怒りが収まっていないご様子でピリピリとした空気が支配する。
「施設長、大野君を連れてきました。失礼します」
エライ一日になったなこりゃ。穴があったら入りたいとはまさに今の事を言う。そこには施設長が鬼のような目で凝視している。ケアマネは先ず言いたいこというタイプだが、この人はマジで予測不可なのだ。身長こそ高くないが迫力がある。スキンヘッドに色付きメガネ。痩せてはいるものの、服から透けてみえる腕や胸をみると間違いなく鍛えてる。前職はヤ○ザじゃないかって思えるレベルだ。しかも、こういう事態で何をどこから切り出せばいいのか全く分からないのだ。マジでストレス性胃炎になりそう。この余りの威圧感にリバースした職員がいる程なので、ここはひとつ謝り通すしかないか。
「おまえ、遅刻とは偉くなったな?」
マズイ!施設長の通称"デスボイス"と恐れられている重低音ボイスが室内に反響する。先制パンチだ!
「施設長!すみません!遅刻などと大変情けない失態を犯してしまい。つきましては、周囲の職員方々、利用者様々に多大なご迷惑かけしてしまいました。大変申し訳ございませんでした!!」
ここで仕留めたい俺!
「で?」
うっ、追撃食らった!ひらがな一文字でこのダメージだと!馬鹿な!
「私は今日の失敗を挽回するため、利用者様々にいつも以上に」
「おいちょっとまで、いま何つった?」
どこがマズったのだ?やばい!バイタリティーが!
「私は今日の遅刻し皆様にご迷惑をおかけしましたので、職場に戻りましたら、利用者様々にいつも以上に誠意を持って尽くし‥‥‥」
「なんで詰まるんだよ‥‥」
脈拍数が急上昇し、嫌な脂汗が滲み出て服が染み付いてゆく。目が泳ぎ喉が渇く、90度頭を下げたせいか頭に血がのぼる。やばい!意識が朦朧としてきた!
ガシャャャャン!!
猛烈な音で机が蹴られた!
「なんで詰まるとんだテメエ!!まるで何も反省しとらんやんけ!アアン!!!誤っておけばいいだろうつう姑息な所が丸わかりなんじゃ!!だからお前には誠意が伝わらんのじゃ!!!お前、今月の精勤手当はナシだからな!つまり今日一日タダで働けや!それで誠意見せてみろ!」
俺、粉砕‥‥。四分の遅刻と、施設長に腹の内をひっぺがされ今日のサラリーが飛んだ。ああ、誠意とはなんと難儀なものよ‥‥‥。
慰めなのだろうか?ケアマネが昼休憩時に「飲みなさい。今朝は私も言いすぎたわ」と呟き、俺の大好きなBOSSZARUのカフェ・モカを奢ってくれた。ケアマネは厳しいだけではないのだ。これで結局、今日の給料はこの缶コーヒーだけとなった。とほほ‥‥まあ無いよりマシか。
昼過ぎ、先月入ったばかりの新人の女の子が泣きながら仕事をしていた。俺は彼女を励まそうとしたが良い言葉が思いつかない。とりあえず気配を消して近づき、そして肩を掴み「大丈夫?」って優しく囁いたら、コクコクっと顔を上下に動かすだけだった。隣では利用者の罵声が響いている。多分松永さん(88)だ。松永さんは根っからの問題児で、行く施設でトラブルが絶えず、他に受け入れ先がないのでウチで面倒を観る事になったのだ。
「松永さんに何か言われたの?」
「ううっっっ!!うっうっっっ!!」
すると彼女は地べたにしゃがみ出して声を出して泣き始めてしまった‥‥‥。後でケアマネが叱りながら励ましていた。
その後も俺が担当している吉村さん(94)がなかなか薬を飲んでくれなかったり、飯塚さん(100)がパニックを起こしたのでそれを鎮めるのに40分掛かった。まあ、分かってくれとは言わないが、介護施設も大変なのである。勿論、俺たちだって大変なのだが、年の功も通用しなくなりつつある社会なので、老人達も辛いのだろう。
「お疲れ様でした」
ウチは交代制なので、代わりの人が来れなくなった時以外はきっちり定時で帰れるのは利点だが、それでない時は「通し」と呼ばれる16時間ぶっ続けをする時もあるが、止むに止まれぬ事情がある際は、ケアマネないしサブマネにお願いし彼らが通しをする。故に、上部職員とて楽してはいられない。ここのケアマネ、サブマネは物凄い稼いでいると言われているが「いつ休むの?」てレベルで働いている。この施設で一番大変なのは無論、彼らなのだ。
「ただいまー」
久々に我が家に帰ってきた。最近あのアホ怪人の面倒見の為、職場とボロアジトを往来していたが、たまには思いっきり弛緩したいものだ。しかし、"異変"という名の陰キャラは忘れた頃に顔を出すものでありまして、奴が尻尾を出した時、俺はある異変に気づく事となった訳だな。
「疲れてない‥‥だと!」
そこには疲労感が全く存在しない自分の存在に戦慄する。いやいや冗談でござろうに、起きてからあれだけ色々あったんだぜ!そんな筈はありませんよね?それと思い返してみるが全くないと言っても過言ではないほど、"疲れ"とは無縁なのだ。改めて客観視してみると、不快なる乳酸・活性酸素による酸化ストレスが体内へ蓄積された感じがないし、細胞機能の低下やミトコンドリアにおけるATP産生能の低下も無いと言っても差し支えがあるまい。これも丸一日の寝た報酬なのだろうか?一方‥‥ではあるのだが、何となく自分の助平も酷くなったような気もする。
「妹よ~、お兄ちゃん帰ったぞ~、妹よ~」
「オヤジ~、オフクロさん?」
‥‥‥返事がない、ただの屍ハウスのようだ。
時刻は月曜日の午後7時、普段なら、多眠症の妹は襖一枚隔てて、小さなイビキをかいていて、テレビ地蔵と化した親は、対して面白そうでもない番組を食い入るように観ている筈である。
このまま沈黙を辛向いては気が滅入るので、おもむろにテレビの電源を立ち上げてみたが、映像も入らなければ、全く音が入らない。
全く、近頃のテレビとはだらしない。俺はのしのしとテレビへと近づき「元気ですかー?」と、テレビ君をコンコンと軽く2.3回ノックしてみたものの返事がない。辺りを見渡すが目立つ問題は存在しない。C-CASカード奥まで刺さっており、配線はきちんと行き渡っている故に、こいつ、故障か?こいつは買って確か8年だった筈だが、電化製品寿命のお約束、例のソニータイマーが起動しやがったのか?
動かないテレビではどうしようもないので、顔を下に向け、ポケットに入れてあったスマホを取り出し、時間潰ししようと右手を動かしたその時、
「ざんねんでした!ボクちゃん登場!はい顔上げて、はい顔あ~げよぉう!」
テレビの先ならなんやケッタイな奴の声が耳に触り始めた。誰だこいつマジで?
「はあい!ボクちゃんブルD!みんな知ってるよね?」
センスねえ芸名にうんざりしつつも、他に興味対象がないのでしらけ面でテレビに視点移動すると、右目の下、頬のあたりに何らかの紋章らしき入れ墨の入った小顔のハンサムな青年が、赤と白のチェッカー柄シルクハットに蛍光色のジャケット、ペパーミントグリーンのスラックスに身を包む、いかにもわざとらしいダサファッションでパントマイムをして踊っている。モーションが"ノーモア映画泥棒のカメラ男"似ていて、キレッキレのダンスを披露している。右手にはしろのステッキを振り回し、時折手品を披露している。泡沫候補の新手の芸人か?まあよう分からんが、テレビを普段見ない俺の答えなど最初から決まっている。
「‥‥知らねー」
「ええ~!ボクちゃんのこと知らないの?イヤだなぁ~、困ったなぁ~」
「おいちょっと待て!何故に会話が成立してるんだ!?可笑しいだろテレビだろこれ!」
「イヤだなぁ~、薄々感じてるでしょ?大野剣友君?いや、ケーンちゃん!」
「いやしかし、最初から家族いねーのは変だとはなんとなく感じてはいたんだが、こんなにもホシが早く尻尾をだすとはな。何が目的だ!」
俺はイライラが募ってきた。大体今日はなんなんだよ。朝から一日中寝てしまうやら、ケアマネと施設長に雷落とされるわ、職場荒れてるわ、帰ったら家族拉致られた(ほぼ確定)とか、アブノーマルすぎんだよ。大体普段はいやあの阿呆怪人の介護でヘトヘトだっつうのに!
「君だ。大野剣友~♪」
ヤツはニヤニヤ笑いで俺を指差した。コキゲンな調子でレスるブルDの笑顔は実に気持ち悪い。
「どうやらまだ無自覚のようだが、君って実は凄い逸材なんだ。是非とも僕たちの世界で働かないか?詳しくはこちらに来て話しをしよう。悪くはない交渉にするさ~」
すると間もなく次元の歪みを感じ、俺は意識を失った。
「‥‥‥‥ぅ、うん?」
「やあ!気がついたかい?」
ブルDが起こしにかかる。気付いたら俺は年期の入った王様が座るような玉座に座らされていた。周囲は壁も建物も全く存在せず、無音状態の空間の中、そこにいるのは俺とブルDと、二脚の椅子だけである。明るさは、俺たち二人がいる位置のみ明るく、その周囲は暗闇に満ちていて、下面では霧が充満していて何も見えない。
「いやぁ~!楽しみにしてたんだよ?じゃ、話を始めようか!」
とてもニコニコしていて上機嫌に見えるブルDも、俺と同じ作りの椅子に勢いよく体を落とし俺と対面状態で対談を開始した。しかしもっと動揺するかとも感じたが、俺はその時恐ろしく冷静でいた。
「家族はどうした?」
「それなら心配ない。今からこれにサインしてくれさえすればね!勿論、何も危害を加えてたりしないよ!」
ブルDはそう言うと指をパチンと一回鳴らし、二人の間にテーブルとその上に乗っているA4サイズの茶封筒が出現した。封筒を破って中身を取り出すと、そこには契約書やリーフレットなどが入っていた。
「申し遅れたけど、ボクちゃん、いや、ボクちゃん達は秘密結社をしていま~す!はいこれ名刺。ます言いたいのはね!あの頭の残念そうなタヌキの怪人!あの子を介護する君のひたむきな姿にボクちゃん心打たちゃった♡まあ、君の魅力はそれだけじゃないんだけどね!なんだか今の仕事場大変そうだし、ていうか、このままじゃ潰されてそうだしさぁ☆」
陽気な調子でズバズバ語るブルDは、一流マジシャンのトランプの手品ても披露するかのような動作で名刺を渡してきた。場は完全に面接会場と化していた。
「言いたい事は分かる。要するに俺を雇いたいんだな」
俺は猫背全開、足を組み肘をつき、頬をつきわざと高圧的に振る舞う。常識的に考えて、如何に相手に良い印象を与え、一緒に仕事をしたいとプロデュースする事が命題の面接だが、徹底的に逆の態度で対抗した。普通の面接会場ならば確実に締め出されるレベルだがここでは毛頭気にならない。普段絶対にできない振る舞いに少しばかりイイ気になっている一方で、この後何をされるか検討もつかない恐怖に苛まれていた。アンバランスな歪んだ時空間に誘うブルDがただただ不気味だ。
「まあ、そんな警戒しないで!とりあえずうちのパンフレット、見てよ!」
ブルDは先程の不気味さを全く消した純粋な笑顔をみせていた。感情表現の達人かこいつ?
「‥‥これか?」
するとブルDは「うんうん」と頷き、純粋な笑顔のままこっちを見ている。厚紙に印刷されたリーフレットをパラパラとめくると、とても秘密結社が刷ったとは思えない素晴らしい作りだった。社訓や事業内容、先輩たちの声はいいことも悪い事も包み隠さず書いてある。その他のコンテンツも非常に充実していて、細部までしっかり作り込まれて隙がない。別冊には会社紹介のブログや社内紹介の漫画にCD、ブルーレイまである周到ぶりだ。内容を軽く確認してみると、やりたい事をやりたいだけ追及するも良し、ルーティンワークにせいを出すもよしとなんとも自由度が高い。能力があれば部署移動も自由らしい。基本フレックスタイム制を導入していて、一日平均6時間程度で残業ほぼなし。不安な人用に各種部署見学や体験入社制度も一日から一年と恐ろしく充実している。しかも体験入社中でも正社員と同じく給料が一日からでも月給で支給され、半年以上働けばボーナスまで出るという信じられない様な内容だ。
「とても悪の組織が作ったものとは思えんな‥‥」
「でしょでしょ!それにねぇ、うちは第二新卒、中途採用にも積極的なのさ!君みたいに人間界で仕事をしてた人もいたし大歓迎だよ!人間界って本当に働き屋さんなんだ!一つ例を出そう。確か42でうちに来て今年定年だけど、まだ働きたいと言ってきたから今月半年更新する予定さ!なぜ半年かというと、リストラを敢行しやすくする為じゃなくて、その期間中に途中退職すると退職金が大幅に減っちゃうから、そんな悲しい事させないように任期を全うしてもらうためだよ!気になる給料の方はね、去年が870万!今年は900を超えそうな頑張りだよ!勿論、賃金は正真正銘日本円さ!」
「給料額開示してもいいのか?俺は抵抗あるが‥‥」
「うん!問題ないよ!彼にしっかり許可もらってるし。それにウチは紹介された社員には別報酬が出るから喜んでするのさ!それに彼はこうも言っているんだ『悪の組織だからってみんながみんな、悪いわけじゃない』ってね!ううっ、ボクちゃん涙が出てきちゃう?」
本当に涙が出てきてしまってたのは面食らったが、段々と面接をしていくうちにヤツに対する俺の感情も少しずつ揺らぎ始めていた。このブルDという男、ピエロかもしれないが本当に悪いやつなのだろうか?彼は実に良い意味で感情的でありユーモアだ。それに実際あれだけのマジックやダンスは人に見せたい、楽しませたいと強く思わなければできないレベルだ。
「どうしてあんたはそこまでするんだ。悪の組織なんだろ?やり方が矛盾してるぞ」
そしたらさっきまでシクシク泣いていたブルDは血相を変えて怒り出した。
「ひどいよ!そんな言い方ないじゃないか!!何その『悪の組織のくせに』みたいな言い方!悪は悪なりに頑張っているんだ!!ボクちゃん達はね!そこまでしなきゃ気が済まないの!毎日悪者を演じ、悪事を働く事によってヒーローに倒される。すると子供達、いや、今は大きなお兄ちゃん達にも喜んででもらってる!それが誇りだし嬉しいのさ!」
本気で怒っているようだったが、およそ悪とは思えぬ爽やかな怒りのオーラに包まれいた。ブルDという人物。話せば話すほど良い意味で人間臭く感じる。それはとてもシンプルで真っ直ぐで、暖かい優しさを感じる。
「信じるか信じないかは君次第だけどさ。まあいいや、これがボクちゃんが一番言いたかったんだけどさ、人生なんて正直絞りカス程度の時間しかないの、殆どの奴らはきちんと自覚しないのさ。ボクちゃんはその気になれば何回かは歳を遡る能力があるから、擬似的な不死身体質ともいえる。だが、人間共はどうだ?一方通行の人生にある先に待っているのは死ぬ事だ」
「なんだ、偉く真っ当な事いうんだな」
「ふふふ、真摯に訊いてくれてありがとう♡やはりボクちゃんは君を欲しがっているみたいだ。では話を続けようか?人間共には100%例外なく罹る病気がある。それはなんでしょおー?」
皮肉った調子でブルDは俺に訊いてきた。
「老いだろ」
「そ!ご名答!まあこれは簡単だよね。だが、その老化のスピードは驚くほど早い。人間は兼ね、産まれてから五才までに言語をマスターしたり立って歩くといったような高度な知的技術を天才的な学習スピードで習得する。謂わば、その期間が一番美味しい時間でもあるのさ。ほら、脳が一つの無地の世界地図だとすれば一気に書き込まれてゆく様な感覚だ。そこで困った問題も併発する。その年頃に自ら選んで創りあげた脳の神経ネットワークはそれ以上発達しない。即ち、その後の30年どう使うかが大事になっとくるわけだか。その前に18才ごろで骨の成長が止まり、25を過ぎた辺りから緩やかに白筋から順に筋肉細胞が死滅、劣化してくる。即ち、瞬発力が試されるプロアスリートは、この辺りがピークともいえる。その間僅か7~8年しかない。では肉体の老化について理解ができたところで脳の話に戻そう。人間は35を過ぎた辺りからその描かれていた地図が次第に剥離、欠損してゆく。そうなっては新しい事にチャレンジする事が難しくなる。現在の日本では技術や覚える事が必要な職種では、採用基準を概ね35歳をボーダーラインとしているのはこの事が大きな理由なんだ。故に、それに対する防衛反応として備わっているものこそが『現状維持バイアス』さ。だからそれまでの自分でいようとし、更に成長を阻害し、困難にする。成長というのはつまり『変わる』ことであり、それは君とて例外ではないのさ。つまり君が今20ならば学習能力の劣化が始まるまでに15年しかなく、肉体的劣化が始まるまでたったの5年しかない」
「随分と熱く語ってくれるじゃないの。しかし、35歳過ぎた辺りから、なんか夢なさ過ぎしゃねぇか。年取って成功した奴らなんてごまんといるぜ」
ブルDは息を吐く。
「おやおや、ちょっと失望したよ?ちがうね、『後咲』と呼ばれている連中は、ブレイクするその歳になるずっと前から幸運にも、努力する事が許される環境下にあって、その時間を有効活用できたからなのさ。しかし大方人間の現実は甘くない。全部が全部やりたい事に使える時間なんてどこにもないからね!まず休む為に寝なきゃ行けない。オンタイムでも家事世話時、通勤通学に、やりたい仕事や勉強と逆の事もするだろうし、人間は弱いから付き合いも必要だろう。それらをさっ引いた僅かな時間だけが自分だけの時間。その時間を如何にフルで使い切れる?それが一週間、一ヶ月、一年と、マクロで見れば見る程時間という存在がどこまでも尊いかが分かるだろ?もうここまでくれば、時間こそが人間共が本当に崇拝すべき存在、即ち『神』なのさ。そしてその神に最も誠意を示す者から夢への道は拓ける。ボクちゃんは君の素質を垣間見た。はっきり言って、ボクちゃんクラスの秘密結社は、人間を面接採用する事は何度かあったけど、ヘッドハンティングをするなんて滅多にない。だって多次元かつ宇宙規模でみればよい人材などいくらでも見つけられるからだ。いいかい?普通採用をヘッドハンティング採用では待遇面が桁違いさ!いうまでもなく報酬とかね。これは劇レアを通り越して幻の企業案件なのさ。これは一度しか訪れない金の糸に舞い降りたのさ、どうする?掴むか?切るか?」
俺は焦燥した心の揺らぎを制御できかね始めていた。奴の言う通り、時間は恐ろしく限られている。今この時は奴が時間の定義を捻じ曲げているかもしれないが。どの道現実世界へ引き戻されるだろう。その中で最大源に有効活用できたのだらうか?答えは否だろう。てか、世の中の99,99999999%の人間がそう感じる悩みのはずだ。でなければ後悔の概念そのものが危うくなる。
「ちょ、ちょっとまってくれ。そこまで俺に惚れ込む理由はなんだ?それに、あのタヌキが働いている組織はどうなんだ?あまり褒められたもんじゃないぞ、あいつは今まさに生産性の無い現場で薄給であえいでさえいる」
「確かデスショッカーでしょ?あそこは今や弱小さ。第一彼らがブイブイいわせてたのは昭和時代でしょ?もう元号からして違うじゃん。それに彼らは三次元以上の空間を往来できないから、現在の不況の煽りをモロに食らってるのさ!ここで一つ、時間は有限である事の他に変化をもたらす。それも八卦、個人ではどうしようもないことなのさ!君に惚れた理由かあー、それは簡単さ!君は純粋にあの怪人に選ばれた存在であり、君もだ!それは単に彼女だけという訳ではないのさ。このボクちゃんにも選ばれし存在であるし、実はここだけの話、デスショッカーも一目置いている。ここまで波長の合う人間は古今東西そういない。君は今の今まで無自覚だったようだが、既に多くの秘密結社から注目株として認識されている訳さ!」
段々と飲み込めてきた。俺はあの怪人を選び、選ばれたということ。それは普段ありえないということである。俯瞰してブルDは「こちらの世界にも悪の組織は、普段の社会生活に完全に溶け込み外部からは判別できないし、同居以上の事をするなど普通ありえない」とさえ言っていた。何も違和感なく生活していた俺は、社会からみれば異端児であり、何らか特殊な潜在能力を内に秘めているのかもしれない。
「よし!もう大分と理解したような顔になったねら!じゃあ核心に入るよ!心して聴いてね!君は実はデスショッカーに一回拉致されている。それはいつかもう想像できるよね?その際君はある肉体及び精神の改造手術を受けた。それは‥‥‥」
その時であった。巨大な轟音と共にこの空間に地震が起きた。震度いくつか想像できない程の激しい揺れに俺はされるがまま霧に覆われた地面に放り出されてしまう。咄嗟に回避し、フワフワと空中に浮遊したブルDの表情は先程の陽気さは全くない。どうやら本気で怒っているようだ。ブルDは周囲をキョロキョロと見渡し、その目には殺気を滲ませる。
「ボクちゃん達の貴重な時間を奪ったのは誰?うーむ‥‥‥おっとそこにいるのかな?出ておいでよ?」
指を垂直に上げ、悪魔らしい狡猾な笑みを浮かべたブルDは、ある一点を指差し両眼が青白く光っていた。一気に張り詰めた空気の中、ブルDの両眼からレイザービームをぶっ放しそうな危険な匂いがプンプンしやがる。
「見つけたわよ!大野!あんたどこ行ってたの!あんたの薬天カードの番号分かんないから欲しかった猫のリュック取り逃がしたじゃないの!どーしてくれるのよ!」
現れたのはサクラだった。彼女の破壊力により、この空間の外壁が破壊された模様だが、一体どうして?
「おまえ、何でここに来れたんだ!」
真っ当な返しをぶつけた。もう正直何が何だかメチャクチャなので、それ以上あれこれ考える気力が無い。
10メートル程後方で、ブルDは体操不機嫌な顔でこちらを見ている。
「デスショッカーめ、さては多次元の窓に穴を」
「今時ネットがあるんだからちょっと調べれば出てくるわよ。あんた達の『次元の部屋』は内部ではとても堅牢に出来ているわ。しかし、外圧に対しては弱い。そのきっかけをチョイと壊してやっただけよ」
「やってくれたねえ~、もうちょっとで彼と雇用契約していたものを~おのれぃ!」
「ギャャャァァァァア!!!」
ブルDは雄叫びを上げて本来の姿に変身した。
「ふふっ、そう来なくっちゃねー。久しぶりに本気が出せそうね」
「キュンキュ~ン!タヌキュ~ン!メイクアップ!」
毎回見てもセー○ームー○ーかよ?って突っ込みたくなる変身シーンだ。だがそれがいい。途中でもれなくスッポンポンのポンが拝み倒せるのだ。こんなVIP席で。彼女は、変身するとタヌキ怪人本来の姿「タヌキラー」となる。
「覚悟なさい!ブルDとやら!」
異形の怪物に対して、ホントこっちはゆるキャラだ。迫力からして足らない。一方的なワンサイドゲームの火蓋が切って落とされた。先制攻撃はタヌキ怪人のメガトンパンチが一発。だが速度が遅い。ブルDは右後方にジャンプ、流し目で避けられる。避けられた先にいるブルDをタヌキラーは睨みつける。
「やる気だねえ~。いいよ適当に遇らって潰してあげるよ。ボクちゃん、同業者には、容赦ないから」
「アンタ!大野を弄び、あまつさえそちらの配下にせんと試みるとは、何たる悪、成敗してくれる!」
「悪の組織の一員の癖にどの口叩く訳?謎すぎでしょ?ほら同じ同業者じゃないか?それよりこの空間を破壊した事と時間を弁償してもらうよーん☆」
早速どんぱちが始まった。CGやVFXだと見粉う迫力に総毛立つ、ただ茫然とは座視する事はしかできないまま、やはり怪人同士、戦闘力は生身の人がどうこうできるもんではない。こんなえげつない空間からは一目散に逃避したいものだ。てか、タヌキラーって見た目によらず機敏な動きをするもんだ。
「はい、お約束その一!下級怪人はボスキャラ級のこのボクちゃんにかないま‥‥せん!」
「ぐわっ!」
「お約束その二、下級怪人がボスキャラ級のこのボクちゃんにやられちゃったらその後は、どうなるか分かってるよ‥‥‥ね!」
「うぐっ、つ、強い‥‥‥」
「今ならまだ引っ込みが効くぞ?大野剣友をこちらに渡せ。さすれば君如き雑魚をここまでいたぶらなくて済む。大体弱いものイジメなんてボクちゃんの性じゃないのさ、君が立ち向かってくるから正当防衛も致し方なしだろ?それにもう十分力の差を感じたはずさ、チェックだよ?どうする?」
「舐めるな!そう安々と音を上げないぞ!ブルD!」
「あーあ、強がっちゃって、メリット無いよ?」
変身すると少したくましい性格になる気がするのは気のせいなのだろうか?自分も見習いものである。っと、呑気に構えている場合ではない。そろそろタヌキ怪人がやろれそうだ。ブルDは最初から幹部クラスだと予想していたが、ボス級だとは対戦となると完全に部が悪い。パワー、スピード、頭脳、テクニック、どれをとっても何枚も上手だ。タヌキ怪人は限界カツカツって所なのに、奴は余裕ぶっこいてやがる。このままでは奴の命が危うい。
「サクラ!とりあえず今は引け、お前が敵う相手じゃない。ブルD!分かった!俺はあんたの配下になるから落ち着いてくれ!」
「駄目だ!私だって大野が必要だ!じゃないと誰がアンタにご飯食べさせてやるのよ!
「逆だろ!俺が食わせてんだろ!なんで俺がお前にオンブにダッコの設定なの?納得いかないんですけど!?つか今立場分かって言ってんの?絶体絶命にしかみえないんですけどお!!」
「そーだよー、ホントボッコ死するよ~?そろそろご諦めちゃいなよ?じゃないと‥‥‥」
ブルDは身体全体から湯気を出し始め、毛とゆう毛が全て刃物に変わって行き、刃の切っ先は赤白く光っている。もうここまでゆくと、下手に避けても直パン貰っても地獄行きである。
「ならば奥の手を使うまで、大野!私に力を貸しなさい!私を力一杯抱いきなさい。さすれば今の十倍の力を出せる!」
なんで抱くんだよ、例えゆるキャラっぽくなった事を差っ引いても絶対セクハラだ!下手したら逮捕されっぞ!断固として
「お断りだ!」
「何よ!この非常時の際に!?」
「いやだって後が怖いじゃん!」
「うるさい!お咎め無しにするから早くヤンなさいよ!!」
「潤むなよ!そんなに辛かったらここらで降参してけ!」
「イヤ!」
「何で!?」
「お喋りが多いのはこの世界じゃ良くある事だけどさ、そろそろ終いにさせて貰うよ!」
耐えかねたブルDは、タヌキラーに向かって両手に生える刃となった手をクロスさせ、シャキーン、シャキーンと鳴らせながら歩き出した。明確な殺意の元突き進む彼の瞳からは、先程の陽気なピエロの風貌はどこにも無かった。心臓が握り潰されてそうな重苦しい重圧。
「ううっ!仕方ねえ!」
チクショー!こうなったらヤケだコンチクショー!コイツはマジでタヌキラーは斬殺されかねん!腐れ縁だが、純粋で諦めない性格の彼女に折れた形となった俺は奴を助けるために、全力で彼女に向かって走った。抱いた暁には免罪にしろよ神様!マジよろ!
俺は、その時、境界線を、越えた‥‥‥
「きゃー!!スケベ!痴漢!最低!ゲス男!死ね!ど変態!バカ、アホ、最低!!」
「はっ、ハメやがったな!」
パァァァァォ!!
俺は後方に弾き飛ばされ、銅色に輝く後光に包まれた。
「う~ん?ここは『馬鹿な!何が起こったというのだ!?』と、いうものなのかねえ~」
「待たせたな。お仕置きの時間だ」
Tシャツと短パン姿の女がエキサイトしていやがる。健康的かつ鍛えているのか、そこから見えるガタイの良さに、しっかり引き締まっているムチムチっとした体格の上から垂れ下がるもふもふダークブラウンヘアーと、写る瞳は大きく麗しい黒色に輝き、どこか子供っぽくもあるがまっすぐとした視線が魅力的な女の子風に擬態してこそいるが、本当の姿はもっとごつくてグロい。頭に血が登った彼女は、次に戦々恐々とした眼差しで睨みつけたグシャグシャに丸めた給与明細を壁に向かって勢いよく投げつけた。それがバウンドして俺の頬にぶち当たる。後頭部が2、3回クラクラっと揺れる。
西鉄と呼ばれる軌道式移動媒体のそばにあるボロ小屋が彼女のアジトであるが、それはそれはまあ見事に惨めなもので、見ているだけでもお涙頂戴してしまう惨憺な家屋なのだ。
まるで怪人あばれる君になったか如く、ぐるんぐるんあたり一面に当たり散らす彼女。かわいい顔して凶暴な振る舞いを披露するDQN怪人娘をやや冷ややか視線で10秒ほど見つめ、全くけしからんこのアホなテンションに少し感覚が慣れてきたところで、そこそこ重い腰をあげて球体と化した彼女の給与明細を拝見することにしよう。こんな荒れた状態だが、彼女は大のブランド好きという困ったヤツで、この前なんかバレンシアガの最新ダッグスニーカーを欲しいとかほざきやがった。定価なんと17万円也。ただのカジュアルスニーカーに17万とかやばすぎな金額なのだが、街に行くと若者がこぞって履いているようでどうやらそれに感化されたらしい。
どれどれ‥‥‥
一応大事な書類なので、破れないように丁寧に直しながら思案する。それは「なぜ彼女がここまで激おこプンプン丸なのか」という疑問ではあるが、手取り10万とかそんなもんだったのだろうか。たしかに、今月は芳しくなかった。具体的な仕事といえば、ちょいと大きな公園の小さなライブ会場に立ち、くまモンとかじゅうべいとかの地元のゆるキャラと一緒にステージに上がり、軽くじゃれて終了。勿論彼女は悪役だ。でなければ話にならない。なぜなら彼女はこれでも一応悪の秘密結社の一員。給料管理は社内のコンプライアンスで厳しく管理されている。「秘密結社社会管理労働法」というものがあるのだが、その中で、賃金は悪業を行わないと支給されないという困った法律がある。詳しくは割愛するが、おっと、そうこうしてるうちに復元できたので改めて拝見を試みるや
「!?、手取り2万4795円!」
俺はその時お口のチャックが壊れる音がはっきりと聴こえた。一体どれだけ天引きされてんだよ!って心の中でツッコミを一つ入れつつも、目の毒になることはもはや確定している天引きの明細に視点を合わせた。
「じゅ!?13万205円!!?」
何このまさかの展開は!?本来逆だろ!
「お、おいなんだよこの馬鹿げた天引きは!」
「うるさいわね!学費よ学費!デス・ショッカー総合大学、文学経済戦略学科4年に大学院2年で合計2400万!大半がそれの返済額よ!幹部に入れば年収1000万は余裕っていったから全部奨学金で借りたの!!」
あゝ、何ということだ。取らぬ狸の皮算用とは正にこの事である。つまりだ、彼女はまだ確定してもない将来に対してギャンブルともいえるほどの莫大な学費を借金し、毎月狂ったような額の返済に追われる債務者なのだ。まあ確かに、熊本の最低賃金は安い。時給715円也。まもなく720円へ引き上げされる予定だが、消費税も上がるので結局のところプラマイゼロ‥‥、いや、むしろマイナスなのである。それと、彼女のパイパー見切り発信に戦慄する他ないのも釈然たる事実なもので、まあこんなとんでもおバカさんが余りにも可哀想だから俺が付き添っている形なのだ。まあ、ボロではあるが一応は寮があるのがせめてもの救いか、なんだかんだ秘密結社も福利厚生は大事らしい。
ドサッ、
暴れ疲れたのだろうか、彼女は地面に身体を落として丸まってしまった。なんか下を向いてブツブツと独り言を唱えている。豪快に鼻水を啜るサウンドが、折角の美人を台無しにさせている。
「わぁらぁいなさいよ!大野ぉ~!」
今度はシクシク泣き始めてしまった。ここでまずは自己紹介と‥‥。俺の名前は大野剣友(おおの けんゆう)そして彼女は、世を忍ぶ仮の姿では荒尾 さくら(あらお さくら)だが、実は痛面ライダー第73話に初登場した恐怖の怪人「狸怪人」なのだ‥‥が!まさかまさかの大人の事情で、放送中止の幻の回になってしまったのだ。勿論これは知名度が命の怪人にとって壊滅的な痛手であり
①世間に対しての認知度がない。
②その直後、地方へ辞令が出て(即ち飛ばされて)しまった。
それに加え、
③奨学金返済地獄の大三元。
特に①が痛い。世間では"怪人"と認知されていないのは相当辛いのだ。怪人は言ってしまえばタレント業なのであり、タレントにとって大事なものは認知度なのである。それが全くといっていいほど無いのは大問題であって、(変身→街を徘徊→なんかの着ぐるみ?→無視)といったサイクルが必然的になる。そしてコイツの本来の姿、もとい怪人の形体が微妙なのである。怪人というより"ゆるキャラ"といった感じであり、悪役っぽい迫力に欠けるのだ。そんなこんなで、もう社会人デビューするや否やいきなり怪人生活積みゲーのトリプル死亡フラグを食らった、なんとも可哀想な女の子がここにいる。
「はぁぁ、まあ落ち着けよ。じゃなきゃ何も始まらないだろ?」
俺は彼女に寄り添い、暴れたのが疲れたのか、すっかり丸くなって正座して落ち込んでいる彼女の背中を優しくさすってやった。鼻をすする音が筋肉の動きと振動に変換される。彼女の背中からまるでテレパシーに近い周波数で気持ちが伝わってくるみたいだ。スゲー可愛いんで自我が崩れないか少し心配だが‥‥。
「あ、ありがとう大野」
「ああ、いいよ。これをされると落ち着くだろう?昔死んだばあちゃんにやってもらったっけ?」
俺は彼女に等身大で語り合う様に意識してカウンセリングを行う。彼女が荒れた時は大体いつもこんな感じだ。さっきまであれだけ乱れていた呼吸も大分落ち着いてきた。"気の乱れは呼吸から"というかどうかは置いといて、我ら生命体にとって呼吸が如何に重要か改めて感謝する。もう十分に落ち着いたようなのでそっと手を離そう、じゃなきゃそろそろ俺の自我が暴走しそうだ。大きな深呼吸を確認した時点で右手を弛緩させたその時、物凄いパワーで彼女は立ち上がり、
「おっしゃャャア!!みてなさい!今度こそ狸怪人の恐怖と真髄、とくと見せてくれるわ!!」
ガシャン!!
一瞬の動作に回避失敗した俺は右手もろとも後方へ吹き飛ばされた挙句、丸められた給与明細がバウンドした壁とほぼ同じ位置に激突した。流石怪人、パワーはマジで半端ない。
まるで頭の上に星が舞っている感覚とオーバーラップする。おもいっきり後頭部を痛打したので軽い脳しんとうを起こしたようだ。平衡感覚が悪くなった俺は千鳥足で立ち上がって、このナイーブな怪人を今度は別のアプローチで落ち着かれる。
「いきなり立つな、後頭部激突!興奮すんな、近所迷惑!先走るな、いつも失敗!だろ?」
今度は二人とも立った状態だ。俺とこのアホアホ怪人とは身長差が余りない。
「っるさいわねー!せっかく私がやる気出たんだから、あんたも協力しなさい!」
「勝手な事をペラペラペラペラと‥‥」
テンションの乱高下が激しい彼女は見ていて飽きこそしないが、疲れも取れない。俺は一応介護士として社会の為に汗を流している。ついさっきまで仕事だったのだ。現在21で入社2年目だが、既に1ブロック任せてもらっている。今年の4月に無事昇給し、給料面ではそれなりに満足しているが‥‥‥
未経験可とか、誰でも採用してもらえる程深刻な人手不足な介護士の仕事内容は、なんか安易にできそうとかヌルい感覚をする奴がたまにいるが、はっきりいって舐めすぎ。実際は大変なことばかりなのだ。例えば夜勤のワンオペは死ぬほど忙しい。とある夜勤は頭痛に襲われまともに眠れない中での仕事だったので、体内時計が狂っていた。しかもその日は利用者からのコールが病むことはなかったし、業務を終えた後、ずっと我慢していたトイレに駆け込み、手を洗っていた洗面器の正面にある鏡を見たら、まるでzombieみたいな自分がいたときにはっきりと戦慄が疾った。肌はドス黒く、目に立派なクマができていて、クマの部分をさすったら角質がぼろぼろと崩れ落ちた。
別の業務では、風呂では細心の注意を払って利用者の身体を洗ってゆく。寝たきり+大量の薬剤と抗生剤まみれにされた皮膚は驚くほど弱く、ほんのちょっとだけ力が入りすぎると皮ごとズリ向ける。モチロンやったら一発でオオゴトだ。俺じゃないが、同期のやつがやっちまって親族は当然、ケアマネジャー連中から集中砲火の嵐、その後も些細なミスを犯し続けてていたことが上部職員にロックオンされ、毎日ネチネチ扱いされた続けた結果、そいつは鬱病になり、今年の2月で退職した。
まあ、俺の台所事情なんで言っても女々しいだけだが、今は粋がってやがるクソ怪人をなんとかしたい。
「大野?何しらけた目で見てるのよ!はやく!さあここ座って!今からどんなことができるか考えるわよ!」
ピックアップの早い彼女は、瞬間移動するサイヤ人にも負けぬ程の俊敏な動きで翻弄し、気がついたら俺はパソコンデスクの椅子に座っていた。パソコンは一ヶ月前に図書館からもらってきた15年前の代物で、起動動作がテラ遅い。OSはぎりぎりメーカーサポート内のものであるものの、本来それに対応した使用ではないのでフリーズやバグなんてしょっちゅうだ。因みに、無料でネット回線が使えるのは秘密結社の福利厚生である。悪ながら素晴らしい!
椅子の真後ろに彼女が立って鼻息荒くして見ている。鼻息と胸がくすぐるように当たるので緊張してきた。次第に心臓の鼓動が大きくなっていく。
「で?次は何を企むんだ?」
「知らないわよ!あんた考えなさいよ!」
「少しは頭使えよ!」
「え~、めんど~、思いつかな~い」
「じゃあ今日は寝ろ。動かない頭に訊いても何も思いつかないだろ。明日も俺仕事だし、明日やろーぜ」
「駄目よ!絶対駄目!明日野郎は馬鹿野郎って言うじゃない!」
「‥‥‥へいへい」
いつも体たらくな癖に口だけは減らんと‥‥‥。
「お、大野!コレコレ!これなんかいいんじゃない?」
妙案でも思いついたのか?彼女ははしゃいでスクリーンのあるある広告サイトの一面を指差した。
「このやる気のなさそうな猫のリュックカワイイ!!開けるとやる気がある猫に大変身するのねー定価‥‥は、送料込みで5400円だって!月の給料が15万5000だからなんとか買える額よ!早速こうn‥‥」
「ちょっとまったたぁぁぁ!!おまえ天引きを無視して買おうとするな!今手元にいくらあると思ってるんだ!今日の給与振込2万4795円と、サイフに3267円、通帳に16円で合計2万8000ちょいしかない計算だぞ?そんなもん買う余裕はねえ!」
「えっ、昨日オシャレなTシャツがあったから買っただけよ。だから財布の中は小銭しかないわよ?でもいいの!欲しかったの!これは、今日頑張った自分のご褒美!」
どうも下着がしゃんとしてた訳だ。まあ下着姿でどんちゃん騒ぎするもんだから、今まで少し鼻の先を伸ばしてしまって甘くなっていたが、こいつ、大事なお金もまたも無駄遣いしやがった!ついに俺はカチンときて椅子から立ち上がり、回れ右して彼女の瞳に標準を合わせ睨みつけた。
「オマエは明日から財布の金全額没収だ!預金通帳とキャッシュカードもだ!いい加減にしろよ!財布出せ財布!もう観念ならん!今日からここの資産は俺が管理する!」
「イヤだー、イヤイヤ!!」
「『イヤ!』じゃない!子供が貴様は!このままだと生活すら営めん!財布出せ財布!」
日頃の多忙な業務と彼女の傍若無人な振る舞いにストレスが遂に爆発してしまった。まあ退屈な毎日よりエキサイトできて楽しいとかご想像する奴らがいるかもしれんが、度がすぎると全く快くない。
彼女はスペインの闘牛のように鼻息を荒くしてつっ立ってる。顔は怒ったり泣いたりで真っ赤っ赤だ。多分俺もお顔真っ赤っ赤である事はほぼ間違いない。
30秒ほどお互いの睨み合いが続いて、頭が少し冷えたので、もうヘトヘトな俺は遠慮することなく開口一番、
「‥‥俺、やっぱ寝るわ」
「この情無し!男の癖にだらしないわね!」
「へいへい、何度でもいいなまし~」
煎餅布団をパパッと広げで、倦怠感にさいなまれた身体を横にした。時刻は深夜2時、もういい加減に勘弁していただきたい。
「ちょっと起きなさいよ!おおn‥‥‥」
速攻で彼女の声が聞こえなくなってゆく。俺は深く、深く、落ちた‥‥‥。
その後俺は夢を見た。昭和ライダーのオープニングで流れる「誰々は改造人間である、謎の組織なんとかショッカーに改造手術を受け~」といったお決まりの展開だ。手術を受けていたのは俺を含めて3人。となりのにいちゃん達が「信彦!!!」「こ、光太郎!!!」とかなんとかいって叫んでいた。誰だよ?信彦と光太郎って。まあいい。だがしかし、その手術の夢はなんというか、あまりこういう表現はそぐわしくないのだろうが、とにかく気持ちよかったのである。まるで一流ホテルのマッサージ師にほくしてもらっている様だ。嗚呼、何という気持ち良さなんだ!おお素晴らしい!まさにパーフェクトだ!ショッカー一味の改造手術は気持ちいいとか、どこかの漫画家が描いていたが、実際に今がそうだからマジなのかもしれない。でも、結局は夢なんだろうがな。
翌日~
俺は不気味だったが、いい夢を見ていて気持ちよかった。今日は待ちに待った休日!最高に身体が軽い!朝一トップギアから更にいくつ載せることができるだろうか!ここで覚醒!大野剣友!
「おおおおおおおお!今日はやったるぜ!!!」
決まった!最高の朝だ。ラジオ体操抜きで最高の朝が迎えられるとはなんと素晴らしい!圧倒的優越感に包まれた俺は隣で寝ている怪人‥‥
「!?」
か、怪人のサービスショットだとぉぉぉ!けしからん、なんとけしからん!俺とあろうものが、ゴロンと横になって寝ていたタヌキ怪人の寝顔がキュート過ぎて目が泳ぐ。いかんいかん!しっかりしろ俺!朝一から俺は一体何を考えているのだ!だが、や、やばい、か、身体が勝手に‥‥、や、やばい!両手が!勝手に!?
「あ、大野、おはよう。何?いやらしい事考えたの?大野の癖になまいきよ」
セーフ!うわマジセーフ!やばかったぞ今のマジで!
「ところで大野?仕事行かなくていいの?」
「へ?仕事?イヤだなタヌちゃん!今日はお休m」
「何いってんのよ。あんた丸一日寝てたのよ?今だともうとっくに職場行ってる時間なんだけど」
悪寒が疾る。悪い冗談はよしてくれよと心でツッコンでニタニタしながら目覚まし時計の日付を見ると!
「げ!月曜日!しかも8時30!出社9時なんだけど!!や!ヤベエ!ってレベルじゃねぇぞ!!」
あちこちで足をぶつけ、きっちり90秒で支度した。「90秒で支度しな」を忠実に守ったラピュタのパズーの凄さがなんとなく感じた。
「うおー!!行ってきまーす!」
「‥‥‥変な大野」
彼女が訝しげに見ていた事は、いうまでもない。
だだ、彼は気付かなかったのだ。その後彼女が何を言ってたを‥‥‥。
「ふふっ、まぁ無理もないわね」
彼女は笑っていた。
猛ダッシュでチャリを飛ばしなんとか1分前に到着した俺。なのに呼吸がほとんど乱れてない。流石に丸一日も寝れば体力的にも随分違うものなんだな。
「遅いじゃないの!大野君。君は社会人としての自覚が足らないのよ!失礼だけどあなた今何歳?今まで何を学んできたの!全く、私の顔を潰す気?」
「まさか一日寝てしまうなんて思いませんでした!すみ」
「あんた年下の癖になまいきよ!言い訳なんで甚だしいのも大概にしなさいよ!そう、大野君いつもそう、謝りもしないで自分の言い訳ばかり!常識からしてなってないのよ!最初に言う事は謝ることでしょ!なんでそれができないの、社会人になって遅刻とか、本当に今まで手塩にかけて育ててくれた両親に顔向けできないわよ!だから今時の若者だらしないのよ!て大野君!聞いてるの?」
「すみません!本当に申し訳ございませんでした!全ては自分の管理不届きであります!大変申し訳ございませんでした!今回の件は深く反省しております!誠実に業務に尽くす社会人としての自覚が足りませんでした!本当に申し訳ございませんでした!!」
「はぁぁ、リップパフォーマンスは要らないわ。とにかく、これ以上バチの当たらない行動を取りなさい」
職場に着いたらセーフではない。着替えをしてシフト職員の管理表をチェックし、利用者ノートをしっかり把握してからタイムカードを押す規定が、俺の働く介護施設では定められている。そんで結局、四分遅れてしまったのを思いっきりうちのケアマネに見られてしまった!いつもピリピリしているぽっちゃりとしたうちのケアマネは恐らく50代前半程がもっぱらな噂だが、彼女こそ、この道に入り20年が経とうとしているベテランで、彼女にできぬ仕事はない。即ちここの施設の実質的なナンバーワンは彼女であり、ボスなのだ。うちのケアマネはとにかく正義感に溢れ、真面目で実直、曲がった事が大嫌いでとても厳しい人なのだ。今回は不慮の事態だったが、遅刻は一番嫌っていて絶対やってはいけないミスなのだ。丸一日寝てしまうとはいえ、失態は失態なので、社会人は実に厳しい。
「全く、施設長に挨拶はしたんでしょうね?」
「あ、いや」
「カァァァァ!してない!してないの!?あんたの常識はどこまで欠落してるの!私も行ってあげるから今から来なさい!」
完膚なきまで喝破された上に、更には、この間40過ぎになった鬼の施設長まで行かなかんのかぁ~。あの人はこのケアマネより苦手だなぁ。まあ流石にここのケアマネが見逃すはずないか‥‥。
俺は応接室に立たされていた。ケアマネはまだ怒りが収まっていないご様子でピリピリとした空気が支配する。
「施設長、大野君を連れてきました。失礼します」
エライ一日になったなこりゃ。穴があったら入りたいとはまさに今の事を言う。そこには施設長が鬼のような目で凝視している。ケアマネは先ず言いたいこというタイプだが、この人はマジで予測不可なのだ。身長こそ高くないが迫力がある。スキンヘッドに色付きメガネ。痩せてはいるものの、服から透けてみえる腕や胸をみると間違いなく鍛えてる。前職はヤ○ザじゃないかって思えるレベルだ。しかも、こういう事態で何をどこから切り出せばいいのか全く分からないのだ。マジでストレス性胃炎になりそう。この余りの威圧感にリバースした職員がいる程なので、ここはひとつ謝り通すしかないか。
「おまえ、遅刻とは偉くなったな?」
マズイ!施設長の通称"デスボイス"と恐れられている重低音ボイスが室内に反響する。先制パンチだ!
「施設長!すみません!遅刻などと大変情けない失態を犯してしまい。つきましては、周囲の職員方々、利用者様々に多大なご迷惑かけしてしまいました。大変申し訳ございませんでした!!」
ここで仕留めたい俺!
「で?」
うっ、追撃食らった!ひらがな一文字でこのダメージだと!馬鹿な!
「私は今日の失敗を挽回するため、利用者様々にいつも以上に」
「おいちょっとまで、いま何つった?」
どこがマズったのだ?やばい!バイタリティーが!
「私は今日の遅刻し皆様にご迷惑をおかけしましたので、職場に戻りましたら、利用者様々にいつも以上に誠意を持って尽くし‥‥‥」
「なんで詰まるんだよ‥‥」
脈拍数が急上昇し、嫌な脂汗が滲み出て服が染み付いてゆく。目が泳ぎ喉が渇く、90度頭を下げたせいか頭に血がのぼる。やばい!意識が朦朧としてきた!
ガシャャャャン!!
猛烈な音で机が蹴られた!
「なんで詰まるとんだテメエ!!まるで何も反省しとらんやんけ!アアン!!!誤っておけばいいだろうつう姑息な所が丸わかりなんじゃ!!だからお前には誠意が伝わらんのじゃ!!!お前、今月の精勤手当はナシだからな!つまり今日一日タダで働けや!それで誠意見せてみろ!」
俺、粉砕‥‥。四分の遅刻と、施設長に腹の内をひっぺがされ今日のサラリーが飛んだ。ああ、誠意とはなんと難儀なものよ‥‥‥。
慰めなのだろうか?ケアマネが昼休憩時に「飲みなさい。今朝は私も言いすぎたわ」と呟き、俺の大好きなBOSSZARUのカフェ・モカを奢ってくれた。ケアマネは厳しいだけではないのだ。これで結局、今日の給料はこの缶コーヒーだけとなった。とほほ‥‥まあ無いよりマシか。
昼過ぎ、先月入ったばかりの新人の女の子が泣きながら仕事をしていた。俺は彼女を励まそうとしたが良い言葉が思いつかない。とりあえず気配を消して近づき、そして肩を掴み「大丈夫?」って優しく囁いたら、コクコクっと顔を上下に動かすだけだった。隣では利用者の罵声が響いている。多分松永さん(88)だ。松永さんは根っからの問題児で、行く施設でトラブルが絶えず、他に受け入れ先がないのでウチで面倒を観る事になったのだ。
「松永さんに何か言われたの?」
「ううっっっ!!うっうっっっ!!」
すると彼女は地べたにしゃがみ出して声を出して泣き始めてしまった‥‥‥。後でケアマネが叱りながら励ましていた。
その後も俺が担当している吉村さん(94)がなかなか薬を飲んでくれなかったり、飯塚さん(100)がパニックを起こしたのでそれを鎮めるのに40分掛かった。まあ、分かってくれとは言わないが、介護施設も大変なのである。勿論、俺たちだって大変なのだが、年の功も通用しなくなりつつある社会なので、老人達も辛いのだろう。
「お疲れ様でした」
ウチは交代制なので、代わりの人が来れなくなった時以外はきっちり定時で帰れるのは利点だが、それでない時は「通し」と呼ばれる16時間ぶっ続けをする時もあるが、止むに止まれぬ事情がある際は、ケアマネないしサブマネにお願いし彼らが通しをする。故に、上部職員とて楽してはいられない。ここのケアマネ、サブマネは物凄い稼いでいると言われているが「いつ休むの?」てレベルで働いている。この施設で一番大変なのは無論、彼らなのだ。
「ただいまー」
久々に我が家に帰ってきた。最近あのアホ怪人の面倒見の為、職場とボロアジトを往来していたが、たまには思いっきり弛緩したいものだ。しかし、"異変"という名の陰キャラは忘れた頃に顔を出すものでありまして、奴が尻尾を出した時、俺はある異変に気づく事となった訳だな。
「疲れてない‥‥だと!」
そこには疲労感が全く存在しない自分の存在に戦慄する。いやいや冗談でござろうに、起きてからあれだけ色々あったんだぜ!そんな筈はありませんよね?それと思い返してみるが全くないと言っても過言ではないほど、"疲れ"とは無縁なのだ。改めて客観視してみると、不快なる乳酸・活性酸素による酸化ストレスが体内へ蓄積された感じがないし、細胞機能の低下やミトコンドリアにおけるATP産生能の低下も無いと言っても差し支えがあるまい。これも丸一日の寝た報酬なのだろうか?一方‥‥ではあるのだが、何となく自分の助平も酷くなったような気もする。
「妹よ~、お兄ちゃん帰ったぞ~、妹よ~」
「オヤジ~、オフクロさん?」
‥‥‥返事がない、ただの屍ハウスのようだ。
時刻は月曜日の午後7時、普段なら、多眠症の妹は襖一枚隔てて、小さなイビキをかいていて、テレビ地蔵と化した親は、対して面白そうでもない番組を食い入るように観ている筈である。
このまま沈黙を辛向いては気が滅入るので、おもむろにテレビの電源を立ち上げてみたが、映像も入らなければ、全く音が入らない。
全く、近頃のテレビとはだらしない。俺はのしのしとテレビへと近づき「元気ですかー?」と、テレビ君をコンコンと軽く2.3回ノックしてみたものの返事がない。辺りを見渡すが目立つ問題は存在しない。C-CASカード奥まで刺さっており、配線はきちんと行き渡っている故に、こいつ、故障か?こいつは買って確か8年だった筈だが、電化製品寿命のお約束、例のソニータイマーが起動しやがったのか?
動かないテレビではどうしようもないので、顔を下に向け、ポケットに入れてあったスマホを取り出し、時間潰ししようと右手を動かしたその時、
「ざんねんでした!ボクちゃん登場!はい顔上げて、はい顔あ~げよぉう!」
テレビの先ならなんやケッタイな奴の声が耳に触り始めた。誰だこいつマジで?
「はあい!ボクちゃんブルD!みんな知ってるよね?」
センスねえ芸名にうんざりしつつも、他に興味対象がないのでしらけ面でテレビに視点移動すると、右目の下、頬のあたりに何らかの紋章らしき入れ墨の入った小顔のハンサムな青年が、赤と白のチェッカー柄シルクハットに蛍光色のジャケット、ペパーミントグリーンのスラックスに身を包む、いかにもわざとらしいダサファッションでパントマイムをして踊っている。モーションが"ノーモア映画泥棒のカメラ男"似ていて、キレッキレのダンスを披露している。右手にはしろのステッキを振り回し、時折手品を披露している。泡沫候補の新手の芸人か?まあよう分からんが、テレビを普段見ない俺の答えなど最初から決まっている。
「‥‥知らねー」
「ええ~!ボクちゃんのこと知らないの?イヤだなぁ~、困ったなぁ~」
「おいちょっと待て!何故に会話が成立してるんだ!?可笑しいだろテレビだろこれ!」
「イヤだなぁ~、薄々感じてるでしょ?大野剣友君?いや、ケーンちゃん!」
「いやしかし、最初から家族いねーのは変だとはなんとなく感じてはいたんだが、こんなにもホシが早く尻尾をだすとはな。何が目的だ!」
俺はイライラが募ってきた。大体今日はなんなんだよ。朝から一日中寝てしまうやら、ケアマネと施設長に雷落とされるわ、職場荒れてるわ、帰ったら家族拉致られた(ほぼ確定)とか、アブノーマルすぎんだよ。大体普段はいやあの阿呆怪人の介護でヘトヘトだっつうのに!
「君だ。大野剣友~♪」
ヤツはニヤニヤ笑いで俺を指差した。コキゲンな調子でレスるブルDの笑顔は実に気持ち悪い。
「どうやらまだ無自覚のようだが、君って実は凄い逸材なんだ。是非とも僕たちの世界で働かないか?詳しくはこちらに来て話しをしよう。悪くはない交渉にするさ~」
すると間もなく次元の歪みを感じ、俺は意識を失った。
「‥‥‥‥ぅ、うん?」
「やあ!気がついたかい?」
ブルDが起こしにかかる。気付いたら俺は年期の入った王様が座るような玉座に座らされていた。周囲は壁も建物も全く存在せず、無音状態の空間の中、そこにいるのは俺とブルDと、二脚の椅子だけである。明るさは、俺たち二人がいる位置のみ明るく、その周囲は暗闇に満ちていて、下面では霧が充満していて何も見えない。
「いやぁ~!楽しみにしてたんだよ?じゃ、話を始めようか!」
とてもニコニコしていて上機嫌に見えるブルDも、俺と同じ作りの椅子に勢いよく体を落とし俺と対面状態で対談を開始した。しかしもっと動揺するかとも感じたが、俺はその時恐ろしく冷静でいた。
「家族はどうした?」
「それなら心配ない。今からこれにサインしてくれさえすればね!勿論、何も危害を加えてたりしないよ!」
ブルDはそう言うと指をパチンと一回鳴らし、二人の間にテーブルとその上に乗っているA4サイズの茶封筒が出現した。封筒を破って中身を取り出すと、そこには契約書やリーフレットなどが入っていた。
「申し遅れたけど、ボクちゃん、いや、ボクちゃん達は秘密結社をしていま~す!はいこれ名刺。ます言いたいのはね!あの頭の残念そうなタヌキの怪人!あの子を介護する君のひたむきな姿にボクちゃん心打たちゃった♡まあ、君の魅力はそれだけじゃないんだけどね!なんだか今の仕事場大変そうだし、ていうか、このままじゃ潰されてそうだしさぁ☆」
陽気な調子でズバズバ語るブルDは、一流マジシャンのトランプの手品ても披露するかのような動作で名刺を渡してきた。場は完全に面接会場と化していた。
「言いたい事は分かる。要するに俺を雇いたいんだな」
俺は猫背全開、足を組み肘をつき、頬をつきわざと高圧的に振る舞う。常識的に考えて、如何に相手に良い印象を与え、一緒に仕事をしたいとプロデュースする事が命題の面接だが、徹底的に逆の態度で対抗した。普通の面接会場ならば確実に締め出されるレベルだがここでは毛頭気にならない。普段絶対にできない振る舞いに少しばかりイイ気になっている一方で、この後何をされるか検討もつかない恐怖に苛まれていた。アンバランスな歪んだ時空間に誘うブルDがただただ不気味だ。
「まあ、そんな警戒しないで!とりあえずうちのパンフレット、見てよ!」
ブルDは先程の不気味さを全く消した純粋な笑顔をみせていた。感情表現の達人かこいつ?
「‥‥これか?」
するとブルDは「うんうん」と頷き、純粋な笑顔のままこっちを見ている。厚紙に印刷されたリーフレットをパラパラとめくると、とても秘密結社が刷ったとは思えない素晴らしい作りだった。社訓や事業内容、先輩たちの声はいいことも悪い事も包み隠さず書いてある。その他のコンテンツも非常に充実していて、細部までしっかり作り込まれて隙がない。別冊には会社紹介のブログや社内紹介の漫画にCD、ブルーレイまである周到ぶりだ。内容を軽く確認してみると、やりたい事をやりたいだけ追及するも良し、ルーティンワークにせいを出すもよしとなんとも自由度が高い。能力があれば部署移動も自由らしい。基本フレックスタイム制を導入していて、一日平均6時間程度で残業ほぼなし。不安な人用に各種部署見学や体験入社制度も一日から一年と恐ろしく充実している。しかも体験入社中でも正社員と同じく給料が一日からでも月給で支給され、半年以上働けばボーナスまで出るという信じられない様な内容だ。
「とても悪の組織が作ったものとは思えんな‥‥」
「でしょでしょ!それにねぇ、うちは第二新卒、中途採用にも積極的なのさ!君みたいに人間界で仕事をしてた人もいたし大歓迎だよ!人間界って本当に働き屋さんなんだ!一つ例を出そう。確か42でうちに来て今年定年だけど、まだ働きたいと言ってきたから今月半年更新する予定さ!なぜ半年かというと、リストラを敢行しやすくする為じゃなくて、その期間中に途中退職すると退職金が大幅に減っちゃうから、そんな悲しい事させないように任期を全うしてもらうためだよ!気になる給料の方はね、去年が870万!今年は900を超えそうな頑張りだよ!勿論、賃金は正真正銘日本円さ!」
「給料額開示してもいいのか?俺は抵抗あるが‥‥」
「うん!問題ないよ!彼にしっかり許可もらってるし。それにウチは紹介された社員には別報酬が出るから喜んでするのさ!それに彼はこうも言っているんだ『悪の組織だからってみんながみんな、悪いわけじゃない』ってね!ううっ、ボクちゃん涙が出てきちゃう?」
本当に涙が出てきてしまってたのは面食らったが、段々と面接をしていくうちにヤツに対する俺の感情も少しずつ揺らぎ始めていた。このブルDという男、ピエロかもしれないが本当に悪いやつなのだろうか?彼は実に良い意味で感情的でありユーモアだ。それに実際あれだけのマジックやダンスは人に見せたい、楽しませたいと強く思わなければできないレベルだ。
「どうしてあんたはそこまでするんだ。悪の組織なんだろ?やり方が矛盾してるぞ」
そしたらさっきまでシクシク泣いていたブルDは血相を変えて怒り出した。
「ひどいよ!そんな言い方ないじゃないか!!何その『悪の組織のくせに』みたいな言い方!悪は悪なりに頑張っているんだ!!ボクちゃん達はね!そこまでしなきゃ気が済まないの!毎日悪者を演じ、悪事を働く事によってヒーローに倒される。すると子供達、いや、今は大きなお兄ちゃん達にも喜んででもらってる!それが誇りだし嬉しいのさ!」
本気で怒っているようだったが、およそ悪とは思えぬ爽やかな怒りのオーラに包まれいた。ブルDという人物。話せば話すほど良い意味で人間臭く感じる。それはとてもシンプルで真っ直ぐで、暖かい優しさを感じる。
「信じるか信じないかは君次第だけどさ。まあいいや、これがボクちゃんが一番言いたかったんだけどさ、人生なんて正直絞りカス程度の時間しかないの、殆どの奴らはきちんと自覚しないのさ。ボクちゃんはその気になれば何回かは歳を遡る能力があるから、擬似的な不死身体質ともいえる。だが、人間共はどうだ?一方通行の人生にある先に待っているのは死ぬ事だ」
「なんだ、偉く真っ当な事いうんだな」
「ふふふ、真摯に訊いてくれてありがとう♡やはりボクちゃんは君を欲しがっているみたいだ。では話を続けようか?人間共には100%例外なく罹る病気がある。それはなんでしょおー?」
皮肉った調子でブルDは俺に訊いてきた。
「老いだろ」
「そ!ご名答!まあこれは簡単だよね。だが、その老化のスピードは驚くほど早い。人間は兼ね、産まれてから五才までに言語をマスターしたり立って歩くといったような高度な知的技術を天才的な学習スピードで習得する。謂わば、その期間が一番美味しい時間でもあるのさ。ほら、脳が一つの無地の世界地図だとすれば一気に書き込まれてゆく様な感覚だ。そこで困った問題も併発する。その年頃に自ら選んで創りあげた脳の神経ネットワークはそれ以上発達しない。即ち、その後の30年どう使うかが大事になっとくるわけだか。その前に18才ごろで骨の成長が止まり、25を過ぎた辺りから緩やかに白筋から順に筋肉細胞が死滅、劣化してくる。即ち、瞬発力が試されるプロアスリートは、この辺りがピークともいえる。その間僅か7~8年しかない。では肉体の老化について理解ができたところで脳の話に戻そう。人間は35を過ぎた辺りからその描かれていた地図が次第に剥離、欠損してゆく。そうなっては新しい事にチャレンジする事が難しくなる。現在の日本では技術や覚える事が必要な職種では、採用基準を概ね35歳をボーダーラインとしているのはこの事が大きな理由なんだ。故に、それに対する防衛反応として備わっているものこそが『現状維持バイアス』さ。だからそれまでの自分でいようとし、更に成長を阻害し、困難にする。成長というのはつまり『変わる』ことであり、それは君とて例外ではないのさ。つまり君が今20ならば学習能力の劣化が始まるまでに15年しかなく、肉体的劣化が始まるまでたったの5年しかない」
「随分と熱く語ってくれるじゃないの。しかし、35歳過ぎた辺りから、なんか夢なさ過ぎしゃねぇか。年取って成功した奴らなんてごまんといるぜ」
ブルDは息を吐く。
「おやおや、ちょっと失望したよ?ちがうね、『後咲』と呼ばれている連中は、ブレイクするその歳になるずっと前から幸運にも、努力する事が許される環境下にあって、その時間を有効活用できたからなのさ。しかし大方人間の現実は甘くない。全部が全部やりたい事に使える時間なんてどこにもないからね!まず休む為に寝なきゃ行けない。オンタイムでも家事世話時、通勤通学に、やりたい仕事や勉強と逆の事もするだろうし、人間は弱いから付き合いも必要だろう。それらをさっ引いた僅かな時間だけが自分だけの時間。その時間を如何にフルで使い切れる?それが一週間、一ヶ月、一年と、マクロで見れば見る程時間という存在がどこまでも尊いかが分かるだろ?もうここまでくれば、時間こそが人間共が本当に崇拝すべき存在、即ち『神』なのさ。そしてその神に最も誠意を示す者から夢への道は拓ける。ボクちゃんは君の素質を垣間見た。はっきり言って、ボクちゃんクラスの秘密結社は、人間を面接採用する事は何度かあったけど、ヘッドハンティングをするなんて滅多にない。だって多次元かつ宇宙規模でみればよい人材などいくらでも見つけられるからだ。いいかい?普通採用をヘッドハンティング採用では待遇面が桁違いさ!いうまでもなく報酬とかね。これは劇レアを通り越して幻の企業案件なのさ。これは一度しか訪れない金の糸に舞い降りたのさ、どうする?掴むか?切るか?」
俺は焦燥した心の揺らぎを制御できかね始めていた。奴の言う通り、時間は恐ろしく限られている。今この時は奴が時間の定義を捻じ曲げているかもしれないが。どの道現実世界へ引き戻されるだろう。その中で最大源に有効活用できたのだらうか?答えは否だろう。てか、世の中の99,99999999%の人間がそう感じる悩みのはずだ。でなければ後悔の概念そのものが危うくなる。
「ちょ、ちょっとまってくれ。そこまで俺に惚れ込む理由はなんだ?それに、あのタヌキが働いている組織はどうなんだ?あまり褒められたもんじゃないぞ、あいつは今まさに生産性の無い現場で薄給であえいでさえいる」
「確かデスショッカーでしょ?あそこは今や弱小さ。第一彼らがブイブイいわせてたのは昭和時代でしょ?もう元号からして違うじゃん。それに彼らは三次元以上の空間を往来できないから、現在の不況の煽りをモロに食らってるのさ!ここで一つ、時間は有限である事の他に変化をもたらす。それも八卦、個人ではどうしようもないことなのさ!君に惚れた理由かあー、それは簡単さ!君は純粋にあの怪人に選ばれた存在であり、君もだ!それは単に彼女だけという訳ではないのさ。このボクちゃんにも選ばれし存在であるし、実はここだけの話、デスショッカーも一目置いている。ここまで波長の合う人間は古今東西そういない。君は今の今まで無自覚だったようだが、既に多くの秘密結社から注目株として認識されている訳さ!」
段々と飲み込めてきた。俺はあの怪人を選び、選ばれたということ。それは普段ありえないということである。俯瞰してブルDは「こちらの世界にも悪の組織は、普段の社会生活に完全に溶け込み外部からは判別できないし、同居以上の事をするなど普通ありえない」とさえ言っていた。何も違和感なく生活していた俺は、社会からみれば異端児であり、何らか特殊な潜在能力を内に秘めているのかもしれない。
「よし!もう大分と理解したような顔になったねら!じゃあ核心に入るよ!心して聴いてね!君は実はデスショッカーに一回拉致されている。それはいつかもう想像できるよね?その際君はある肉体及び精神の改造手術を受けた。それは‥‥‥」
その時であった。巨大な轟音と共にこの空間に地震が起きた。震度いくつか想像できない程の激しい揺れに俺はされるがまま霧に覆われた地面に放り出されてしまう。咄嗟に回避し、フワフワと空中に浮遊したブルDの表情は先程の陽気さは全くない。どうやら本気で怒っているようだ。ブルDは周囲をキョロキョロと見渡し、その目には殺気を滲ませる。
「ボクちゃん達の貴重な時間を奪ったのは誰?うーむ‥‥‥おっとそこにいるのかな?出ておいでよ?」
指を垂直に上げ、悪魔らしい狡猾な笑みを浮かべたブルDは、ある一点を指差し両眼が青白く光っていた。一気に張り詰めた空気の中、ブルDの両眼からレイザービームをぶっ放しそうな危険な匂いがプンプンしやがる。
「見つけたわよ!大野!あんたどこ行ってたの!あんたの薬天カードの番号分かんないから欲しかった猫のリュック取り逃がしたじゃないの!どーしてくれるのよ!」
現れたのはサクラだった。彼女の破壊力により、この空間の外壁が破壊された模様だが、一体どうして?
「おまえ、何でここに来れたんだ!」
真っ当な返しをぶつけた。もう正直何が何だかメチャクチャなので、それ以上あれこれ考える気力が無い。
10メートル程後方で、ブルDは体操不機嫌な顔でこちらを見ている。
「デスショッカーめ、さては多次元の窓に穴を」
「今時ネットがあるんだからちょっと調べれば出てくるわよ。あんた達の『次元の部屋』は内部ではとても堅牢に出来ているわ。しかし、外圧に対しては弱い。そのきっかけをチョイと壊してやっただけよ」
「やってくれたねえ~、もうちょっとで彼と雇用契約していたものを~おのれぃ!」
「ギャャャァァァァア!!!」
ブルDは雄叫びを上げて本来の姿に変身した。
「ふふっ、そう来なくっちゃねー。久しぶりに本気が出せそうね」
「キュンキュ~ン!タヌキュ~ン!メイクアップ!」
毎回見てもセー○ームー○ーかよ?って突っ込みたくなる変身シーンだ。だがそれがいい。途中でもれなくスッポンポンのポンが拝み倒せるのだ。こんなVIP席で。彼女は、変身するとタヌキ怪人本来の姿「タヌキラー」となる。
「覚悟なさい!ブルDとやら!」
異形の怪物に対して、ホントこっちはゆるキャラだ。迫力からして足らない。一方的なワンサイドゲームの火蓋が切って落とされた。先制攻撃はタヌキ怪人のメガトンパンチが一発。だが速度が遅い。ブルDは右後方にジャンプ、流し目で避けられる。避けられた先にいるブルDをタヌキラーは睨みつける。
「やる気だねえ~。いいよ適当に遇らって潰してあげるよ。ボクちゃん、同業者には、容赦ないから」
「アンタ!大野を弄び、あまつさえそちらの配下にせんと試みるとは、何たる悪、成敗してくれる!」
「悪の組織の一員の癖にどの口叩く訳?謎すぎでしょ?ほら同じ同業者じゃないか?それよりこの空間を破壊した事と時間を弁償してもらうよーん☆」
早速どんぱちが始まった。CGやVFXだと見粉う迫力に総毛立つ、ただ茫然とは座視する事はしかできないまま、やはり怪人同士、戦闘力は生身の人がどうこうできるもんではない。こんなえげつない空間からは一目散に逃避したいものだ。てか、タヌキラーって見た目によらず機敏な動きをするもんだ。
「はい、お約束その一!下級怪人はボスキャラ級のこのボクちゃんにかないま‥‥せん!」
「ぐわっ!」
「お約束その二、下級怪人がボスキャラ級のこのボクちゃんにやられちゃったらその後は、どうなるか分かってるよ‥‥‥ね!」
「うぐっ、つ、強い‥‥‥」
「今ならまだ引っ込みが効くぞ?大野剣友をこちらに渡せ。さすれば君如き雑魚をここまでいたぶらなくて済む。大体弱いものイジメなんてボクちゃんの性じゃないのさ、君が立ち向かってくるから正当防衛も致し方なしだろ?それにもう十分力の差を感じたはずさ、チェックだよ?どうする?」
「舐めるな!そう安々と音を上げないぞ!ブルD!」
「あーあ、強がっちゃって、メリット無いよ?」
変身すると少したくましい性格になる気がするのは気のせいなのだろうか?自分も見習いものである。っと、呑気に構えている場合ではない。そろそろタヌキ怪人がやろれそうだ。ブルDは最初から幹部クラスだと予想していたが、ボス級だとは対戦となると完全に部が悪い。パワー、スピード、頭脳、テクニック、どれをとっても何枚も上手だ。タヌキ怪人は限界カツカツって所なのに、奴は余裕ぶっこいてやがる。このままでは奴の命が危うい。
「サクラ!とりあえず今は引け、お前が敵う相手じゃない。ブルD!分かった!俺はあんたの配下になるから落ち着いてくれ!」
「駄目だ!私だって大野が必要だ!じゃないと誰がアンタにご飯食べさせてやるのよ!
「逆だろ!俺が食わせてんだろ!なんで俺がお前にオンブにダッコの設定なの?納得いかないんですけど!?つか今立場分かって言ってんの?絶体絶命にしかみえないんですけどお!!」
「そーだよー、ホントボッコ死するよ~?そろそろご諦めちゃいなよ?じゃないと‥‥‥」
ブルDは身体全体から湯気を出し始め、毛とゆう毛が全て刃物に変わって行き、刃の切っ先は赤白く光っている。もうここまでゆくと、下手に避けても直パン貰っても地獄行きである。
「ならば奥の手を使うまで、大野!私に力を貸しなさい!私を力一杯抱いきなさい。さすれば今の十倍の力を出せる!」
なんで抱くんだよ、例えゆるキャラっぽくなった事を差っ引いても絶対セクハラだ!下手したら逮捕されっぞ!断固として
「お断りだ!」
「何よ!この非常時の際に!?」
「いやだって後が怖いじゃん!」
「うるさい!お咎め無しにするから早くヤンなさいよ!!」
「潤むなよ!そんなに辛かったらここらで降参してけ!」
「イヤ!」
「何で!?」
「お喋りが多いのはこの世界じゃ良くある事だけどさ、そろそろ終いにさせて貰うよ!」
耐えかねたブルDは、タヌキラーに向かって両手に生える刃となった手をクロスさせ、シャキーン、シャキーンと鳴らせながら歩き出した。明確な殺意の元突き進む彼の瞳からは、先程の陽気なピエロの風貌はどこにも無かった。心臓が握り潰されてそうな重苦しい重圧。
「ううっ!仕方ねえ!」
チクショー!こうなったらヤケだコンチクショー!コイツはマジでタヌキラーは斬殺されかねん!腐れ縁だが、純粋で諦めない性格の彼女に折れた形となった俺は奴を助けるために、全力で彼女に向かって走った。抱いた暁には免罪にしろよ神様!マジよろ!
俺は、その時、境界線を、越えた‥‥‥
「きゃー!!スケベ!痴漢!最低!ゲス男!死ね!ど変態!バカ、アホ、最低!!」
「はっ、ハメやがったな!」
パァァァァォ!!
俺は後方に弾き飛ばされ、銅色に輝く後光に包まれた。
「う~ん?ここは『馬鹿な!何が起こったというのだ!?』と、いうものなのかねえ~」
「待たせたな。お仕置きの時間だ」
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それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
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