女将はおっかあ 卯月

麗姫

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女将はおっかあ

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袋小路の路地裏にぽつんと佇む藁葺き屋根の純日本家屋 右手にこじんまりした庭園を眺めつつ石畳を歩いて暖簾をくぐれば今日もそこに女将の姿 「おかえり」「ただいま」そう ここは我が家
女将はおっかあなのだ。お店ではないから看板も何も無い なのに私が座ると必ず隣に客が来て物語が始まる。
今宵も四季折々の料理とお酒を愉しみながら…。

今日も無事1日やりきった~(ということにして)帰路に着く手前で神経質そうな人に出会う 胃が弱ってんちゃう なんか お疲れさん 「ただいま」「おかえり」「先にお風呂いってくるわ」玄関入って右が私の指定席 逆コの字型のカウンターになってて奥が通路、母屋に繋がってる。私は浴衣に着替え「はぁ~磯のええ匂い」と言い乍ら指定席に座る「なんやえらい疲れた感じの人に会ったわ」私の後ろでガラリと戸があく「いらっしゃい」私は振り返る「あー!!この人や」私の席一つ空けて左隣に腰掛けた。「なんやめっちゃ疲れとるやん」客ではない お金はもらわんのやから私は遠慮なくしゃべる「なんや肝臓も弱っとる感じやん」私と同じ…か、少し年下にも見えたけど私は敢えて親しみを込めて兄ちゃんと呼んだ。「どうぞ」女将が楕円形のギザのついた白い皿をコトリと置いた。「今日の一品目はレンコンの青海苔チップです」あっ磯のええ匂いは青海苔やったか~ 薄~く切った蓮根を胡麻油で揚げ焼きして青海苔振ってあるんやー で抹茶塩かかってパリパリで美味しいわ~桜の花びらを模った箸置きで箸が用意してあるのに手で食べたから おっかあに叱られた。ビールをグイッと呑みながら蓮根チップをつまむ その様子を見ながら私は「兄ちゃん もしかして事務員さん??」と訊いてみた。え!?とビールを吹き出しそうになりながら「よぅわかったな~」と目を丸くする「どんな仕事でも気ィ使うし大変やけど兄ちゃん細かそうやもん経理してんの?」どうやら図星らしく目を丸めたまま うんうんと頷いた。「給料も社員一人一人違うやん 今月頑張ったのにこんだけ?来月は上げといてな~って俺よりようけもろとんのに上げれるなら自分の給料上げるわ!!」ほんまやな~と私は笑った。「自分の仕事だけしとりゃええってもんでもなくてな 俺、病院で経理してるんやけど何号室の電球切れた トイレの水流れへん~とかな雑用もせなあかんの 電話かかってきたら飛んでかなあかん せっかく計算終わるとこやったのにどこまでしたかわからんようになって また電卓叩き直しや」大変やな~と私はまた笑った。
「はい」女将は着物の袂に手を添え今度は黒い小鉢をコトリと置く これはあしたばと人参の山葵醤油和えか~ 私はここで初めて箸を使った 兄ちゃんは気に入ったのか うんうんと頷いてビールを呑み干した。「さっきの蓮根はね~」と女将が云う「胃腸の粘膜を強くするムチンが入っててね 蓮根は咳止めとかにもいいの 明日葉はダイエットやなんや言われるけどミネラル ビタミンとか26種類の栄養素が入ってるんやて スゴイね」
「ちょっと食べにくいけど…」と淡いみかん色の大皿をカタリと置く。春キャベツとアスパラとしじみのパスタが3品目「しじみの味噌汁とか、面倒がって男の人は身を食べへんらしいけど ちゃんと食べてね」と女将がウインクした「もうビールは終わりね」言い乍ら そら豆の豆乳スープを温め直す「ビールは… そうねぇ 中瓶1本まで お腹は八分目」女将が強い口調で言うので、まだ呑みたいしまだ食べられるとは…言えなかった。でも少なそうに見えたパスタもしじみの身をちまちま外し熱めのスープをふうふうしてたら な~んかストレスも消えてお腹も満足したわ 
美味しいもの頂いて健康にもなれてストレス発散して大満足やのにお代要りませんやて「私の勝手な考えですけど…」と女将が続けた。どのような方も健康が一番です 私は野菜づくりにもこだわっています 蓮根やしじみはご近所の方にいただいたもので買い物にもあまり行きません 今回 胃と肝臓の強化と題材を決め食材を決め注文なく調理いたしました もっと呑みたかったであろうビールも中瓶1本で終了 謂わば健康の押し売りです、と口に手を当て笑う。
私のお料理は自分ちで採れた野菜がメイン なるべくお肉や卵 乳製品などの動物性食品は使わないよう心がけております。それでも美味しいと食べていただけたのなら幸いです ありがとうございました。と言い乍ら深く頭を下げる。
私は清々しい気持ちでのれんをくぐり石畳を歩く
ふと振り返ると、もう家は無く袋小路の路地裏の行き止まりになっていた。
でも、もう少し食べたかったなぁ~とニヤリと笑う。姿勢を正して大股で颯爽と足早に歩く なんかこのままずっと歩いてたい気がしてきた
そして、さっき別れたばかりの女将と娘にもう逢いたいなぁと想っていた。
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