22 / 39
5章(1)
しおりを挟む
なぜ、アウストルは生きているのか。なぜ、愛していないはずのメルフェリーゼを迎えに来たのか。なぜ、カイリエンと一緒に住んでいる家の場所を知っていたのか。そしてこの馬車は、どこに向かっているのか。
聞きたいことはたくさんあるものの、メルフェリーゼは口も聞けずに馬車に揺られていた。隣に座るアウストルからじんわりと体温が伝わり、彼が生きているという実感が増していく。
幻覚でも、幻聴でもない。たしかにアウストルは生きている。馬車に乗せられた時、アウストルはユルハ王国内ではアウストルもメルフェリーゼも亡くなったことになっていること、城には帰れないこと、メルフェリーゼが大人しくユルハに帰るならカイリエンを処罰するつもりはないことなどを報告書を読み上げるように話した。
カイリエンに処罰が下ることを望むわけがない。メルフェリーゼはアウストルに言われた通りに、大人しく馬車に乗り、彼に従った。
なにから尋ねるべきかも分からずに、メルフェリーゼは沈黙を守っている。そもそも、アウストルと二人きりで過ごしたことさえ、数えるほどしかない。いつもは距離を置いて座る彼が、ぴったりと太ももを寄せるようにして隣に座っていることも、メルフェリーゼが落ち着かない要因のひとつだった。
「あの……」
勇気を出して絞り出した声は、少し震えている。けれど、アウストルはメルフェリーゼの顔を一瞥しただけで先を促すように黙っている。
「この馬車は、どこに向かっているのですか」
ユルハ城へ帰れないのなら、自分は一体どこへ連れて行かれるのか。国葬まで行われて死んだことになっているアウストルは、今までどこに身を潜めていたのか。
アウストルの目が、なにかを思い出すように遠くへ向けられる。
「俺の母が住んでいた館に向かっている」
「お母様が?」
「俺とマーリンドは、腹違いだ。あいつの母親は王妃だが、俺の母は王の妾だった」
アウストルの冷え冷えとした視線が、メルフェリーゼの顔に注がれる。
「王は妾から男児を取り上げて、王位継承者として育てることにした。妾は子どもを取り上げられて、出生の秘密を漏らさぬように王の建てた館に死ぬまで幽閉された」
「そんな……」
「母は所詮、王にとってはただの玩具のようなものだったのだろうな」
アウストルはずっと、母親に会うことも叶わずに城で育てられたという。妾の子どもというだけで王妃からは疎まれ、兄であるマーリンドには蔑まれ、実の父親であるドゥアオロも、アウストルを「娼婦の子」と罵った。
幼い頃から味方のいないユルハ城で育ったがために、アウストルはこんなにも厭世的な顔をする人間になってしまったのだろうか。
あんなに遠かったアウストルが、今は少しだけ近くに感じる。だからといって、結婚してからの二年間を許せるはずはない。彼の事情を汲んだとしても、メルフェリーゼがアウストルの行いで傷ついたことはたしかなのだから。
「まだ着くまで時間がある。眠っておくといい」
アウストルが腕を回し、メルフェリーゼの肩を抱く。奇妙な優しさに、メルフェリーゼはざわざわと胸騒ぎがした。
アウストルに急に優しくされて、メルフェリーゼは彼への疑いを止められない。なにか裏があるのではないか。カイリエンの元から連れ出すために今は優しくしているだけで、目的地に着いたらメルフェリーゼは捨てられるのではないか。アウストルに捨てられてもおかしくないことを、メルフェリーゼはやったのだ。メルフェリーゼに優しく接している今のアウストルのほうが異常なのだ。
肩にアウストルの体温を感じながら、目をつむる。暗闇に浮かび上がってくるのは、あの日の赤黒く変色したアウストルの顔だ。眠れるわけがない。目を開けて、動悸を抑えるように深呼吸をする。
肩を抱くアウストルの手に、力がこもる。そっと視線を上げると、アウストルは見たこともないような表情でメルフェリーゼを見下ろしていた。
まるで迷子になった子どものような頼りない顔つきのアウストルを、メルフェリーゼはまじまじと見つめる。どうして彼が、そんな顔をするのか。
メルフェリーゼはこわごわとアウストルの肩に頭を寄せた。びくっとアウストルの身体が震える。顔を上げると、アウストルは戸惑うように視線をさまよわせる。
「すみません、離れますね」
離れようとしたメルフェリーゼの身体を、アウストルが引き寄せる。
「……いや、このままでいい」
沈黙の中に、馬車のガタガタとした揺れだけが響く。馬車の揺れとアウストルの体温に身を任せていると、ぼんやりと眠気が襲ってくるが、また悪夢を見るのではという恐れが、メルフェリーゼを引き止める。
アウストルに頭を預けたまま、メルフェリーゼは呟く。
「何度も、アウストル様の夢を見ました」
「……」
「当然の報いだと思いますが、苦しむアウストル様の顔が頭に焼きついて離れないのです」
「お前は、誰も殺してなどいない」
メルフェリーゼに調子を合わせるように、アウストルも呟いた。慰めにそんなことを言っているのだと分かっている。
メルフェリーゼの唇がゆるく弧を描く。
「それはアウストル様が生き返ったから、ということでしょうか? たとえ生き返ったのだとしても、私のしたことは消えない――」
「そうじゃない」
存外に強い口調で、アウストルはメルフェリーゼの懺悔を断ち切った。
「お前が見たのは、特殊な化粧を施した舞台役者だ。あれは俺じゃないし、そもそも毒も飲んでいない。苦しんでいるように見せる化粧と、演技をしただけだ」
「なぜ……」
メルフェリーゼの頭を新たな衝撃が襲う。なぜ、そこまで用意ができたのか。身代わりを立てて、毒を盛りに来たメルフェリーゼを逆に騙して――。
「いつかお前に殺されるだろうと、思っていた。殺されてもおかしくないことを、俺はお前にしてきたのだから」
聞きたいことはたくさんあるものの、メルフェリーゼは口も聞けずに馬車に揺られていた。隣に座るアウストルからじんわりと体温が伝わり、彼が生きているという実感が増していく。
幻覚でも、幻聴でもない。たしかにアウストルは生きている。馬車に乗せられた時、アウストルはユルハ王国内ではアウストルもメルフェリーゼも亡くなったことになっていること、城には帰れないこと、メルフェリーゼが大人しくユルハに帰るならカイリエンを処罰するつもりはないことなどを報告書を読み上げるように話した。
カイリエンに処罰が下ることを望むわけがない。メルフェリーゼはアウストルに言われた通りに、大人しく馬車に乗り、彼に従った。
なにから尋ねるべきかも分からずに、メルフェリーゼは沈黙を守っている。そもそも、アウストルと二人きりで過ごしたことさえ、数えるほどしかない。いつもは距離を置いて座る彼が、ぴったりと太ももを寄せるようにして隣に座っていることも、メルフェリーゼが落ち着かない要因のひとつだった。
「あの……」
勇気を出して絞り出した声は、少し震えている。けれど、アウストルはメルフェリーゼの顔を一瞥しただけで先を促すように黙っている。
「この馬車は、どこに向かっているのですか」
ユルハ城へ帰れないのなら、自分は一体どこへ連れて行かれるのか。国葬まで行われて死んだことになっているアウストルは、今までどこに身を潜めていたのか。
アウストルの目が、なにかを思い出すように遠くへ向けられる。
「俺の母が住んでいた館に向かっている」
「お母様が?」
「俺とマーリンドは、腹違いだ。あいつの母親は王妃だが、俺の母は王の妾だった」
アウストルの冷え冷えとした視線が、メルフェリーゼの顔に注がれる。
「王は妾から男児を取り上げて、王位継承者として育てることにした。妾は子どもを取り上げられて、出生の秘密を漏らさぬように王の建てた館に死ぬまで幽閉された」
「そんな……」
「母は所詮、王にとってはただの玩具のようなものだったのだろうな」
アウストルはずっと、母親に会うことも叶わずに城で育てられたという。妾の子どもというだけで王妃からは疎まれ、兄であるマーリンドには蔑まれ、実の父親であるドゥアオロも、アウストルを「娼婦の子」と罵った。
幼い頃から味方のいないユルハ城で育ったがために、アウストルはこんなにも厭世的な顔をする人間になってしまったのだろうか。
あんなに遠かったアウストルが、今は少しだけ近くに感じる。だからといって、結婚してからの二年間を許せるはずはない。彼の事情を汲んだとしても、メルフェリーゼがアウストルの行いで傷ついたことはたしかなのだから。
「まだ着くまで時間がある。眠っておくといい」
アウストルが腕を回し、メルフェリーゼの肩を抱く。奇妙な優しさに、メルフェリーゼはざわざわと胸騒ぎがした。
アウストルに急に優しくされて、メルフェリーゼは彼への疑いを止められない。なにか裏があるのではないか。カイリエンの元から連れ出すために今は優しくしているだけで、目的地に着いたらメルフェリーゼは捨てられるのではないか。アウストルに捨てられてもおかしくないことを、メルフェリーゼはやったのだ。メルフェリーゼに優しく接している今のアウストルのほうが異常なのだ。
肩にアウストルの体温を感じながら、目をつむる。暗闇に浮かび上がってくるのは、あの日の赤黒く変色したアウストルの顔だ。眠れるわけがない。目を開けて、動悸を抑えるように深呼吸をする。
肩を抱くアウストルの手に、力がこもる。そっと視線を上げると、アウストルは見たこともないような表情でメルフェリーゼを見下ろしていた。
まるで迷子になった子どものような頼りない顔つきのアウストルを、メルフェリーゼはまじまじと見つめる。どうして彼が、そんな顔をするのか。
メルフェリーゼはこわごわとアウストルの肩に頭を寄せた。びくっとアウストルの身体が震える。顔を上げると、アウストルは戸惑うように視線をさまよわせる。
「すみません、離れますね」
離れようとしたメルフェリーゼの身体を、アウストルが引き寄せる。
「……いや、このままでいい」
沈黙の中に、馬車のガタガタとした揺れだけが響く。馬車の揺れとアウストルの体温に身を任せていると、ぼんやりと眠気が襲ってくるが、また悪夢を見るのではという恐れが、メルフェリーゼを引き止める。
アウストルに頭を預けたまま、メルフェリーゼは呟く。
「何度も、アウストル様の夢を見ました」
「……」
「当然の報いだと思いますが、苦しむアウストル様の顔が頭に焼きついて離れないのです」
「お前は、誰も殺してなどいない」
メルフェリーゼに調子を合わせるように、アウストルも呟いた。慰めにそんなことを言っているのだと分かっている。
メルフェリーゼの唇がゆるく弧を描く。
「それはアウストル様が生き返ったから、ということでしょうか? たとえ生き返ったのだとしても、私のしたことは消えない――」
「そうじゃない」
存外に強い口調で、アウストルはメルフェリーゼの懺悔を断ち切った。
「お前が見たのは、特殊な化粧を施した舞台役者だ。あれは俺じゃないし、そもそも毒も飲んでいない。苦しんでいるように見せる化粧と、演技をしただけだ」
「なぜ……」
メルフェリーゼの頭を新たな衝撃が襲う。なぜ、そこまで用意ができたのか。身代わりを立てて、毒を盛りに来たメルフェリーゼを逆に騙して――。
「いつかお前に殺されるだろうと、思っていた。殺されてもおかしくないことを、俺はお前にしてきたのだから」
3
あなたにおすすめの小説
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する
藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。
彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。
そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。
フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。
だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。
柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。
三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
召喚先は、誰も居ない森でした
みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて──
次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず──
その先で、茉白が見たモノは──
最初はシリアス展開が続きます。
❋他視点のお話もあります
❋独自設定有り
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
【完結】いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!
大森 樹
恋愛
天使の生まれ変わりと言われるほど可愛い子爵令嬢のアイラは、ある日突然騎士のオスカーに求婚される。
なぜアイラに求婚してくれたのか尋ねると「それはもちろん、君の顔がいいからだ!」と言われてしまった。
顔で女を選ぶ男が一番嫌いなアイラは、こっ酷くオスカーを振るがそれでもオスカーは諦める様子はなく毎日アイラに熱烈なラブコールを送るのだった。
それに加えて、美形で紳士な公爵令息ファビアンもアイラが好きなようで!?
しかし、アイラには結婚よりも叶えたい夢があった。
アイラはどちらと恋をする? もしくは恋は諦めて、夢を選ぶのか……最後までお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる