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7章(2)
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「自分がなにを言っているのか、分かっておるのか?」
マーリンドは首元の短剣に怯えながら、メルフェリーゼに叫んだ。
メルフェリーゼは一切怯まない。まっすぐにマーリンドを見つめて、うなずく。
「ええ、分かっております。もし私の告発が嘘であったなら、その時は私を縛り首して城壁に吊るしでもすればいいでしょう」
ひゅっとアウストルが息を飲む音が聞こえた。短くなってしまったブロンドの髪を揺らしながら、メルフェリーゼは振り向いてアウストルを見る。
アウストルは相貌も分からぬほどに傷つけられている。この三日の間に彼の受けた仕打ちを考えるだけで、メルフェリーゼは胸が塞ぐような思いだった。降り続ける霧雨も、アウストルのわずかな体力を奪っているように見える。まずは拘束を解き、ゆっくり休ませなければ。
メルフェリーゼはアウストルから視線を外すと、固まったままのマーリンドを見やった。
「アウストル様を解放して、城内に場所を移しましょう」
「そんなことができると思うかね? あいつはすでに、罪人なんだよ」
「マーリンド様がアウストル様に行ったことのすべてを民に聞かれてもいいというのなら、無理にとは言いません」
マーリンドが答えに窮する。
メルフェリーゼはまるで自分が別人になってしまったかのように感じた。城に来てからの自分は、いつも目立たないように、アウストルの迷惑にならないように隠れて生きてきた。自分から進んで発言することや、王族の行動に異を唱えることもほとんどしてこなかった。
そんな自分が今は、アウストルを救うためにマーリンドに歯向かっている。危険を承知のうえで、自らここに飛び込んできた。
メルフェリーゼの力だけでは、到底なし得なかったことだ。カイリエンやハナ、ミハイ、ミライ。皆がいるからこそ、自分はここでマーリンドに立ち向かうことができる。
マーリンドが両手を頭上に挙げ、兵士に指示を出す。
「……アウストルの拘束を解け。執務室に場所を移す」
◇ ◇ ◇
メルフェリーゼは手ずからアウストルに水を飲ませ、小さく切り分けた蜂蜜漬けの桃を口内に押し込んだ。アウストルは咀嚼するのも難しいらしく、舐めるようにして小さな欠片を飲み込もうとしている。
血で固まった前髪を梳き、もったりと腫れ上がったまぶたを見た。傷が化膿しかけている。負傷した箇所は数えきれない。早く医師に見せなければ。アウストルは今まさに、生と死の狭間でさまよっているような状態であった。
アウストルの身体をソファーにもたせかけて、メルフェリーゼは立ち上がった。影のようにぴったりと、カイリエンもついてくる。
向かいにはマーリンドと、護衛の兵士が数人ほど。そして立会人として、普段はドゥアオロ王の身の回りを固めている重臣たちも執務室に詰めていた。広い執務室も少々手狭に感じるほどの人口密度だ。
「まず、お前の罪とやらを聞こう」
マーリンドは余裕たっぷりに切り出す。実際は虚勢を張っているだけかもしれないが、年相応の落ち着きを見せている。それとも、メルフェリーゼの告発など取るに足りないものだと確信しているのか。
「私は、アウストル様を毒殺しようとしました」
重臣たちがにわかにざわめき立つが、マーリンドの咳払いですぐにしんと静けさが戻ってくる。
「アウストルは病死で国葬が行われたはずだったがな……なぜ、夫を手にかけようと思ったのだ?」
「アウストル様は結婚してからの二年間、一度も私に触れることなく、私がいくら望んでも世継ぎの話すらしてくれませんでした。孤独を感じた私はツリシャ王国の近衛兵であるカイリエン様と親密になり、離縁を許されない私が彼と新しい人生を歩むためには、アウストル様を殺すしか道はないと思い至りました」
メルフェリーゼは淡々と、自分の思いを、考えを語る。今となってはなんて馬鹿なことをしたのだろうと思う。けれどあの時は、これが最善だと思ったのだ。自分の心を救うために、アウストルを手にかけようとしたのだ。
メルフェリーゼもまた、マーリンドと等しく正当に裁かれるべき身である。少なくとも、メルフェリーゼ自身はそう思っている。自分だけが裁きを逃れ、幸せに暮らしていくことなど許されない。
「それで、どのように殺そうとしたのだ?」
マーリンドはあからさまに楽しんでいる。メルフェリーゼにすべての罪を告白させ、弾劾の時を心待ちにしている。時折、重臣たちの顔色を窺う余裕すらある。
メルフェリーゼは記憶をたどるように、宙を見つめた。
「アウストル様がいつも就寝前に飲まれるお酒に、毒を混ぜました」
「その毒は、どこから?」
「カイリエン様が用意してくださったものです」
マーリンドの高笑いが響いた。重臣たちがぎょっとして、マーリンドを見る。メルフェリーゼを追い詰めれば追い詰めるほど、自身も破滅に向かっていることに、彼は気づいているのだろうか。
ひとしきり笑った後、マーリンドは侮蔑のこもった眼差しで、メルフェリーゼの後ろに控えているカイリエンを見る。
「そうか、共犯というわけか。ならば貴様も、メルフェリーゼとともに罰を受けてもらわねばなるまいな」
「お言葉ですが、マーリンド王子」
カイリエンの低音が、執務室に響いた。マーリンドはまだ笑みを隠さない。自分の喉元まで牙が迫っていることに気づいていない。
「俺はマーリンド王子、あなたにアウストル王子の暗殺を依頼されました」
後ろに控えた兵士や重臣たちの空気が変わる。マーリンドはまだ、余裕がある。
「戯言は控えよ。証拠でもあるのか?」
「あなたは俺にアウストル王子の暗殺を依頼した際、こう言いました。『その目のせいで以前の仕事ができぬというのなら、毒師を呼んでやろう』と。俺はあなたの言葉通り、毒師を求めた。そしてあなたの求めに応じて毒師が毒物を作り、マーリンド王子から俺に、俺からメルフェリーゼ様に渡り、アウストル王子の口に届くところだった」
マーリンドは鼻で笑った。カイリエンを蔑むような目で見る。
「そのような話があったことをお前以外に証明できる者はいない。証明できる者がいないということは、すべてお前の妄想だったということだ」
「証明できる人間なら、います」
「なに?」
にわかに、風向きが変わった。マーリンドがはじめて焦りの表情を見せる。
こちらを見たカイリエンに向かって、メルフェリーゼはひとつうなずいた。
カイリエンが踵を返して、執務室の扉に手をかける。扉を引き開けながら、カイリエンはマーリンドに向き直った。
深い緑のワンピースに身を包んだ黒髪の少女と、フードを目深に被った少年が執務室の面々を見回す。
「ユルハ城まで毒物を運んだ侍女のハナと、マーリンド王子から依頼を受けた毒師のミハイだ」
マーリンドは首元の短剣に怯えながら、メルフェリーゼに叫んだ。
メルフェリーゼは一切怯まない。まっすぐにマーリンドを見つめて、うなずく。
「ええ、分かっております。もし私の告発が嘘であったなら、その時は私を縛り首して城壁に吊るしでもすればいいでしょう」
ひゅっとアウストルが息を飲む音が聞こえた。短くなってしまったブロンドの髪を揺らしながら、メルフェリーゼは振り向いてアウストルを見る。
アウストルは相貌も分からぬほどに傷つけられている。この三日の間に彼の受けた仕打ちを考えるだけで、メルフェリーゼは胸が塞ぐような思いだった。降り続ける霧雨も、アウストルのわずかな体力を奪っているように見える。まずは拘束を解き、ゆっくり休ませなければ。
メルフェリーゼはアウストルから視線を外すと、固まったままのマーリンドを見やった。
「アウストル様を解放して、城内に場所を移しましょう」
「そんなことができると思うかね? あいつはすでに、罪人なんだよ」
「マーリンド様がアウストル様に行ったことのすべてを民に聞かれてもいいというのなら、無理にとは言いません」
マーリンドが答えに窮する。
メルフェリーゼはまるで自分が別人になってしまったかのように感じた。城に来てからの自分は、いつも目立たないように、アウストルの迷惑にならないように隠れて生きてきた。自分から進んで発言することや、王族の行動に異を唱えることもほとんどしてこなかった。
そんな自分が今は、アウストルを救うためにマーリンドに歯向かっている。危険を承知のうえで、自らここに飛び込んできた。
メルフェリーゼの力だけでは、到底なし得なかったことだ。カイリエンやハナ、ミハイ、ミライ。皆がいるからこそ、自分はここでマーリンドに立ち向かうことができる。
マーリンドが両手を頭上に挙げ、兵士に指示を出す。
「……アウストルの拘束を解け。執務室に場所を移す」
◇ ◇ ◇
メルフェリーゼは手ずからアウストルに水を飲ませ、小さく切り分けた蜂蜜漬けの桃を口内に押し込んだ。アウストルは咀嚼するのも難しいらしく、舐めるようにして小さな欠片を飲み込もうとしている。
血で固まった前髪を梳き、もったりと腫れ上がったまぶたを見た。傷が化膿しかけている。負傷した箇所は数えきれない。早く医師に見せなければ。アウストルは今まさに、生と死の狭間でさまよっているような状態であった。
アウストルの身体をソファーにもたせかけて、メルフェリーゼは立ち上がった。影のようにぴったりと、カイリエンもついてくる。
向かいにはマーリンドと、護衛の兵士が数人ほど。そして立会人として、普段はドゥアオロ王の身の回りを固めている重臣たちも執務室に詰めていた。広い執務室も少々手狭に感じるほどの人口密度だ。
「まず、お前の罪とやらを聞こう」
マーリンドは余裕たっぷりに切り出す。実際は虚勢を張っているだけかもしれないが、年相応の落ち着きを見せている。それとも、メルフェリーゼの告発など取るに足りないものだと確信しているのか。
「私は、アウストル様を毒殺しようとしました」
重臣たちがにわかにざわめき立つが、マーリンドの咳払いですぐにしんと静けさが戻ってくる。
「アウストルは病死で国葬が行われたはずだったがな……なぜ、夫を手にかけようと思ったのだ?」
「アウストル様は結婚してからの二年間、一度も私に触れることなく、私がいくら望んでも世継ぎの話すらしてくれませんでした。孤独を感じた私はツリシャ王国の近衛兵であるカイリエン様と親密になり、離縁を許されない私が彼と新しい人生を歩むためには、アウストル様を殺すしか道はないと思い至りました」
メルフェリーゼは淡々と、自分の思いを、考えを語る。今となってはなんて馬鹿なことをしたのだろうと思う。けれどあの時は、これが最善だと思ったのだ。自分の心を救うために、アウストルを手にかけようとしたのだ。
メルフェリーゼもまた、マーリンドと等しく正当に裁かれるべき身である。少なくとも、メルフェリーゼ自身はそう思っている。自分だけが裁きを逃れ、幸せに暮らしていくことなど許されない。
「それで、どのように殺そうとしたのだ?」
マーリンドはあからさまに楽しんでいる。メルフェリーゼにすべての罪を告白させ、弾劾の時を心待ちにしている。時折、重臣たちの顔色を窺う余裕すらある。
メルフェリーゼは記憶をたどるように、宙を見つめた。
「アウストル様がいつも就寝前に飲まれるお酒に、毒を混ぜました」
「その毒は、どこから?」
「カイリエン様が用意してくださったものです」
マーリンドの高笑いが響いた。重臣たちがぎょっとして、マーリンドを見る。メルフェリーゼを追い詰めれば追い詰めるほど、自身も破滅に向かっていることに、彼は気づいているのだろうか。
ひとしきり笑った後、マーリンドは侮蔑のこもった眼差しで、メルフェリーゼの後ろに控えているカイリエンを見る。
「そうか、共犯というわけか。ならば貴様も、メルフェリーゼとともに罰を受けてもらわねばなるまいな」
「お言葉ですが、マーリンド王子」
カイリエンの低音が、執務室に響いた。マーリンドはまだ笑みを隠さない。自分の喉元まで牙が迫っていることに気づいていない。
「俺はマーリンド王子、あなたにアウストル王子の暗殺を依頼されました」
後ろに控えた兵士や重臣たちの空気が変わる。マーリンドはまだ、余裕がある。
「戯言は控えよ。証拠でもあるのか?」
「あなたは俺にアウストル王子の暗殺を依頼した際、こう言いました。『その目のせいで以前の仕事ができぬというのなら、毒師を呼んでやろう』と。俺はあなたの言葉通り、毒師を求めた。そしてあなたの求めに応じて毒師が毒物を作り、マーリンド王子から俺に、俺からメルフェリーゼ様に渡り、アウストル王子の口に届くところだった」
マーリンドは鼻で笑った。カイリエンを蔑むような目で見る。
「そのような話があったことをお前以外に証明できる者はいない。証明できる者がいないということは、すべてお前の妄想だったということだ」
「証明できる人間なら、います」
「なに?」
にわかに、風向きが変わった。マーリンドがはじめて焦りの表情を見せる。
こちらを見たカイリエンに向かって、メルフェリーゼはひとつうなずいた。
カイリエンが踵を返して、執務室の扉に手をかける。扉を引き開けながら、カイリエンはマーリンドに向き直った。
深い緑のワンピースに身を包んだ黒髪の少女と、フードを目深に被った少年が執務室の面々を見回す。
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