【完結】バウンティハンター凛月~警察庁匿名通報係の受難~

古都まとい

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Ⅰ.さらば、霞が関

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「ちょ、ちょっと待ってください!」

 四葉よつばは話は終わったとばかりに口をつぐむ上司に向かって叫んだ。

「私、希望は長官官房で出したはずなんですけど」

 初日の今日は、四葉の配属先が決まる大切な日でもあった。四葉が研修中に希望した部署は長官官房。その仕事内容は多岐に渡るが、主に警察庁内でも重要な事務を司る部署である。広報から予算に人事、はては国のあり方を左右する法令案の審査に関することまで、四葉のやりたいことのすべてが長官官房に詰まっているのだ。
 上司はちらりと四葉の顔を見下ろすと、大きなため息を吐いた。

「不満か? 生活安全局の仕事は、やりたくないと?」
「いえ、そういうわけでは……」

 新人が配属先に文句を言う権利などない。上司が言外に含めた意味を、四葉は苦労して飲み込んだ。
 希望の部署へ行けなかったからといって、夢が潰えたわけではない。長く勤めていれば、いつか異動の機会はやってくる。最初の二、三年は配属された部署で頑張るべきなのだろう。希望通りの配属じゃなかったからといってへそを曲げるようでは、社会人失格だ。
 それに希望の部署へ入れなかったとしても、警察庁は警察庁だ。国家公務員として霞が関の省庁で勤務する。自分が思い描いていた未来の大半は叶っている。
 恥ずかしさからうつむいた四葉の頭に、上司の言葉が降りかかってきた。

「生活安全局へ行ってこれからの指示を仰ぐように。質問は?」
「……ありません」

 四葉は頭を下げたまま、上司が遠ざかっていく足音を聞いていた。


◇ ◇ ◇


 長官官房のフロアを通り過ぎ、四葉は生活安全局にやってきた。
 所狭しと灰色のデスクが並んでいるが、そのほとんどは書類の山で埋もれて、山の隙間から人の顔が見えるといった有様だ。
 生活安全局とはその名の通り、人々の安全を守るのが仕事である。身近な犯罪、たとえば特殊詐欺や数年前から世間を騒がせている闇バイトとよばれる犯罪の予防のため、広報活動や各都道府県の警察と連携をしている。さらに交通事故を防ぐための啓発活動なども、生活安全局の仕事とされていた。
 間接的にとはいえ、国民の生活を守り、国の治安を維持する。やりがいのある仕事だろう。四葉のやりたかったこととはすこし離れているものの、生活安全局の仕事自体に不満があるわけではない。

「藤倉さん?」

 フロアの奥から女性の声に呼びかけられ、四葉はデスクの間を縫って声の主を探した。デスクに向かい、資料を繰っていた男性が数人、四葉のほうを振り向く。

「こっちこっち」

 女性はフロア全体を見渡せる位置にデスクを構え、四葉に手招きをしていた。警察庁の中では珍しい、女性職員だ。ストレートの黒髪を後ろでひとつに束ね、薄化粧ながら目がぱっちりと大きい。パンツスーツの四葉とは違い、女性らしいオフィスカジュアルな服装だ。
 それでも、男社会といわれる警察庁の中で出世してきた身である。女性の前に立つと、自然と背筋が伸び、四葉は緊張で肩を固まらせながら彼女の顔を見上げた。

「藤倉さんで間違いないわね?」
「はい。本日付けで生活安全局に配属になりました、藤倉四葉です。よろしくお願いいたします」

 四葉がぺこりと頭を下げると、女性はこらえきれなかったといった様子で忍び笑いを漏らした。

「そんな緊張しなくても大丈夫よ。私は浅見あさみ紗子さえこ。一応ここでは藤倉さんの上司ってことになるから、よろしくね」

 四葉は顔を上げ、浅見と目を合わせた。自然と意識が浅見の身長のほうへ向く。羨ましい。おそらく160センチ以上はあるだろうか? 女性にしては高身長の部類に見える。対して四葉は……150センチしかない。浅見とは10センチ以上も差があることになる。
 小さくて可愛い、と言われることはこれまで何度もあった。中学生の頃、背が低かったせいで小学生と間違われ、ファミレスで子ども用のスプーンを出されたこともある。可愛いと言われるたび、実年齢よりうんと低く見られるたび、四葉は苦い思いをしてきたのだ。身長が低くたって、役に立つことなどなにもない。
 私はもっと、背が高くてかっこいい人になりたかった。

 他の職種と比較して女性職員が少ないとされる警察庁への入庁を選んだのも、コンプレックスの裏返しのようなところがあった。男性に混じってバリバリ働きたい。四葉がほしいのは女性らしさではなく、かっこよさだ。たとえば、今目の前にいる浅見のような。浅見の顔には、男社会をまとめ上げる自信や凛々しさといったものが溢れていた。
「さて」と浅見が切り出して、意識が急速に引き戻される。
 浅見がこれからなにを言おうとしているか、四葉にはぼんやりとわかる。きっと初仕事についてだ。職員への挨拶回り? それとも早速なにか仕事をくれるのだろうか。

「藤倉さんの所属なんだけどね」

 期待を込めて浅見の顔を見上げる。緊張と期待がないまぜになって、四葉の胸を満たす。
 四葉の期待を一心に浴びながら、浅見はさらりと告げた。

「あなたには、匿名通報係として頑張ってもらうわ」

 匿名通報係? 聞き慣れない単語が飛び出し、四葉の頭の中をぐるぐると回る。
 各都道府県の警察には匿名通報制度がある。通報者は自分の名前も、電話番号も明かさずに通報できるというものだ。電話でなく、メールでも通報することができる。その匿名通報制度と関連するような仕事なのだろうか。
 四葉が色々な考えを巡らせているうちに、浅見は一枚のメモを差し出していた。意外にも下部にキャラクターのイラストが入った可愛いメモ用紙で、四葉は受け取りながらそこに書かれた住所をさっと記憶する。秋葉原電波会館。地下三階の、第二ボイラー室?

「まずはそこに行ってくれる? 行けばわかると思うから」

 四葉はメモを返しながら、きょろきょろと辺りを見回した。

「あの、先にデスクとロッカーの確認をしたいんですが……」

 外勤の前に、持ってきた荷物を整理したい。そう思ったが、浅見は肩をすくめただけだった。
 その時、四葉ははじめて浅見が同情的な目で自分のことを見ていることに気づいた。まさか、とは思うけれど。

「ごめんなさいね。藤倉さんのデスク、ここにはないの。その……仕事場所が、ここじゃないから」

 浅見は心底申し訳ないというように両手をすり合わせる。四葉はその瞬間、すべてを察した。
 ああ、さようなら霞が関。私の職場は、どうやら第二ボイラー室のようです。
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