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エピローグ

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 逃走を図った日之出が900kmも離れた他県で逮捕されたという情報が四葉の耳に届いたのは、朱里が児童相談所に保護されてから2週間が経過した頃だった。凛月とミウが潜伏先を突き止めたというのだから、彼らは立派に仕事を果たしたといえる。日之出は逃走先で捜査員を突き飛ばしたことによる、公務執行妨害での現行犯逮捕だったらしい。

 未成年の実の娘を自身が経営する風俗店で働かせていたことによる風営法違反、児童福祉法違反はこれから立件される見込みだという。立件の証拠には、四葉が事務所から拝借した朱里のエントリーシートが役に立った。四葉は「違法に入手した証拠は証拠として認められないのではないか」と凛月に尋ねたが、彼は一言「難しいことは知らん」と言っただけだった。
 朱里の母親は、あろうことか彼女の引き取りを拒否した。朱里のことを思うと胸が痛む。母親はすでに別の男性と同棲していて、その男性との子どもを妊娠していることが朱里を引き取れない理由らしかった。

「これが、正解だったんですかね」

 四葉は第二ボイラー室の壁一面に広がるホワイトボードを眺めながら、ぽつりと呟いた。
 朱里はたしかに違法な労働からは救われたかもしれない。けれど実の父親は逮捕され、母親からは一緒に住めないと突き放される。日之出は逮捕された後も黙秘を貫いており、立件するにはしばらくかかりそうだという。
 自分はたしかに与えられた仕事をきちんとこなしたと思う。しかし、そこに待ち受けていた結末は惨憺さんたんたるものだった。こんなことをしたところで、誰も幸せにならない。

「藤倉様の言いたいこともわかりますわ」

 パイプベッドに腰掛けていたミウが、四葉に寄り添うように囁いた。ぼんやりとパソコンのモニターを眺めていた凛月が鼻を鳴らす。

「ここに来た奴はだいたいそう言うんだよな。小説みたいな大捕物でハッピーエンドなんて、現実に存在するわけねぇだろ」

 凛月の言っていることも理解できる。別に自分の手で日之出を捕まえたかったとか、そういうことを言っているのではない。やりがいがない、とまでは言わないが仕事を終えた後の気分としてはなんともいまいちだ。達成感よりも、もっと違う方法で彼女を救うことができたのではないか、という後悔のほうが大きい。
 時間を巻き戻せるとしたら、自分はどうするだろう。しかしいくら考えても、途中の行動を変えても、結局同じ結末に行き着くような気がした。
 四葉はそこで、ふと気になっていたことを切り出した。

「そもそも朱里ちゃんがあの店で働かされているって匿名で通報したの、誰なんでしょう?」
「知るかよ。名前も電話番号も明かさずに通報できるのが匿名通報なんだから」
「そうですよね……」

 そうだ、名前も顔も知っていたら匿名通報ではない。

「わたくしは、通報者に心当たりがありますわ」

 ミウのほうを振り向くと、彼女はパイプベッドの上で慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。まるで聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるようなゆったりとした口調で、四葉の疑問に答える。

「通報したのはきっと、朱里様のお母様ではないかとわたくしは思いますわ。離婚して離れ離れになっても、一緒に住むことができなくても――お母様にとっては大切な自分の娘ですもの」
「都合のいい妄想だろ、そんなの」
「ええ、そうですわ」

 凛月の嘲笑にミウは寂しそうに笑って、胸を張った。父親に家から追い出されたと噂される彼女が、家族の絆を語る。ミウの言っていることは本当ではないのかもしれない。凛月の言うように、ただの妄想なのかもしれない。
 それでも自分のしたことにすくなからず傷ついてた四葉の心には、ミウの言葉がすっと染み込んでいった。
 モニターから目を離した凛月が盛大なため息を吐く。彼の胡乱げな視線が自分に向けられていることに気づき、四葉は感傷を押し隠して目を合わせた。

「いちいち細かいことまで考えてたら死ぬぞ、お前」
「悪かったですね。凛月さんみたいに、神経が図太い人間ではないので」
「言い返せる元気があんなら心配ないな」

 唇を吊り上げた凛月の表情に、一瞬陰りが見えた。ほんの一瞬、四葉の顔を通り越して遠いものを見るかのような目。

「いつまでもぼーっと立ってないで、お前も次の仕事の準備くらいしろよ」

 大きく伸びをして立ち上がった凛月が軽口を叩く。自分の見間違いだったのだろうか。見上げた先には、いつもと変わらない皮肉をぶら下げたような凛月の顔がある。いつの間にかミウも隣へやってきている。
 今はきっと、受け入れるしかないのだ。この日光の差さない職場も、不条理に身を浸すような仕事も。
 彼が指差すほうへ、四葉はびっしりと匿名通報の情報が書かれたホワイトボードへ目を向けた。


「次の事案は――」






―完―
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