気づいたら記憶喪失だった

或真

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序章

記憶喪失、大富豪になる。

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キラの大森林を出てから少し後、馬車の中で俺達は質問攻めに遭っていた。

「なんで全裸だったんだ?」
「光の剣はどこから出したのですか?」
「どこから出てきたのよ!あんた何者なの!?」

なぜか友達であるはずのアドまで相手側に回っているのはなぜだろうか?
3対1。形勢は絶望的なのである。

(この質問に答えろって言われてもな…)

何度も説明したはずなのが…俺は記憶喪失なんだよな。俺が誰か、どこから生まれてきたのか、自分でもよくわからないのだよ。光の剣だって、『欲しいと思ったら持ってた』って言っても信じてくれる訳ないもんな。だから俺は質問をどう流すべきかに脳をフル活用していた。

「いやぁー皆さんね、俺もそれが分かっていたら困っていない訳なんですよー!」

「あのですね、龍を一撃で殺せる奴が何者でないか分からないなんて訳はないんですよ。」

「いやいや、本当になんも分からないんですよー!」

「でも自分の名前は分かると?」

「お、おう…」

痛いところを突かれた。俺に唯一残っていたものが『アーサー』という名前だ。
自分自身、とにかく謎だらけなのである。

「確かにおかしいけどさぁ!世界の勢力図とかさ、何がどうなのか本当に知らないんだよ!」

「あーもう!全然埒が明かないわ!分からないっていうなら色々説明してあげるわ!アズル、説明を。」

なんでお前がアズルを顎で使ってるんだよ。カッコつけたにも関わらず、アド自身も世界のことをいまいち分かってないらしい。

「アドさん、なんであんたが俺に指図してるッー!」

アズルはアドの殺気に気圧されてしまった。アドの目は、『もう一言でも喋ったら殺すぞ』や『ゴミクズは黙れ』と言いたげな、恐ろしい目つきをしていた。アドには逆らってはいけない、そうアズルの本能は痛烈に伝えていた。

「わ、わかりましたぜ姉さん…」

アズルの話によると、この世界は主に六つの大きな勢力に分かれているという。北のテストラス帝国、東のキルガノン共和国、南のソギー教国、西のラプラ聖王国、そして、その四大国に囲まれるようにアズル達の出身であるパルテオ王国が世界の中心にあるという。そして、北のテストラス帝国とパルテオ王国の国境に位置するのが、アドが守っていたキラの大森林らしい。そして忘れてはならないのが、天空に浮かぶ深紅の城、魔王城である。

「魔王城は名前通りって感じだな。世界を脅かす魔王の居所さ。」

という感じで世界図は成り立っているらしい。

「なあ、お前達の国にとって一番の敵国は誰なんだ?」

シャルルが答えてくれた。
「魔王を除いて、一番の敵国は多分ソギー教国だと思います。あの国は頭が少々おかしいくせに武力だけは一級品ですからね。いつ攻め込まれてもおかしくないということです。」

どうやら、パルテオ王国の武力は高くないらしい。どちらかというと技術を売りにしている国だそうだ。

「なるほど、世界はこんなに広いものだったのか…」

「そうね、私も驚きだわ…」

そうやって感慨深くなっていたら、馬車が停車した。どうやら王国に着いたようだ。

「おっと、王国に着いたみたいですね。」

「ああ、いよいよだな。でがよ、王に会いにいくんだ、アーサーは着替えるべきだろう。」

確かに今の俺は腰に葉を一枚巻いただけの裸族にしか見えない。王に見せるべき姿では到底ないだろう。
という訳で、俺はどこから現れたのか、何人かの使用人の連れられて近くの衣服店に入ると、気づいたら鏡の前に立っていた。

初めて自分の姿を見たのだが、誤解を生みやすい理由がついに分かった気がする。俺には立派なムスコがついている上に、喋り方も男なんだが、見た目が美女なのである。煌めくような長い白髪に深い紫の目、整った顔立ち。のくせに体はゴツく、鍛え上げられているのだ。外見だけからしても、明らかに怪しい存在なのだ。しかも全裸ならば尚更誤解を生みやすいだろう。

そう考えている間にも、俺は瞬く間にスーツを着させられていた。我ながらなかなかキマってる。
下手したら男と女両方に口説かれそうだ。自分の顔が無意識に緩むのを感じる。

「何ニヤニヤしてるんだ?そんなにスーツが嬉しいか?」

「ち、ちげーよ!」

危ない危ない。自分自身に見惚れていたなんて言えないもんな。とにかく、俺はアズルに連れられて、王室の前まで案内されたのだった。

(す、すごいな…)

王だからもちろん豪華な王室を予想していたのだが、案内された場所は予想を遥かに超える外見をしていた。青を主調とした壁に、たくさんの金箔が散りばめられており、黄金の輝きを放っていた。そしてその壁には無数の絵画が架けられていた。どの絵画も街を一つ買えそうな程のオーラを放っている。王はどんな人物なのだろうか。暴君じゃないといいな。

「安心してください、王はとても常識的なお方です。」

アズルといい、シャルルといい、さっきから俺の思想が読まれっぱなしなのは気のせいだろうか。顔に出ちゃっているのかもしれないな。

ギギギという音とともに王室の扉ーというより門が兵士によって開かれた。先に王国勢が王室内に入り、それに続くようにしてアド、そして俺が入る。

「よく来てくれた、勇者殿。」

そう重々しい声で告げたのは、王座に鎮座する、優しそうなお爺さんである。彼は想像通りの王であった。白い髭、丸みを帯びた体、頭皮が眩しい頭ーを飾る金の王冠。そしてその怠慢な体から放たれる王たる者の威厳。一国を背負うだけの人物であることは間違いないと思う。そしてその両端に控えるのが王国最高戦力の二人である。それより、勇者?思わず首を傾げてしまった。

「謙遜がすぎるぞ、アーサー殿!貴殿は、禍々しい龍王を屈服させ、虹果実までも奪還したではないか!」

「いや本当に、俺は気づいたらそこに居ただけで、自己防衛っていうか…」

「はっはっは!面白い冗談だな!」

ダメだこの爺さん。すっごい誤解されてる。でも誤解を解く気にはならなかったので、放っておいた。
しかしそれが失敗だった。爺さんは調子に乗り始めて、

「その少女が龍なのだろう?全く無様な姿だな!はっはっは!」

そして煽られるアドはというと、ブチギレ寸前である。常人なら失神してしまいそうな殺気を当てられているのにも関わらず、こいつは全く気づかない。アズルとシャルルは青褪めている。龍のエネルギーの大半が失われたものの、龍の強さは健全なのだ。それを知っているアズル達は国が滅ぼされるのではないかと危惧した。

流石にまずいと判断したのか、シャルルが国王の耳元で何かを伝えた。その途端、国王はゴマを擦り始めた。

「いやぁしかしその強さと美貌は衰えることありませんね、っへへへ。」と冷や汗をかきながら言った。

「命拾いしたな…」と隣から恐ろしい声が聞こえた気がしたのだが気のせいだろう。

「と、とにかく、今日来てもらったのは、娘を助けてくれたことへのお礼をしたかったからだ。何か欲しい物はあるか?」

どうやらアドさんがくれた虹果実のスライスのお陰で娘が回復したそうだ。ちなみに虹果実の残りは現在アドさんが隠してあるらしい。

(こいつほんとはアドに助けられたのによくそんなこと言えたな…)

しかし何が欲しいと言われても、何があるかよく分かってないのだから、なんとも言えない。
すると突然、

「金よ!人生を遊んで暮らせる程の金をよこしなさい!」とアドさんが叫んだ。

金。確かに硬貨は下手な金品より価値はあるし、汎用性もある。金を使って、自分自身の情報を探すのもありか。

「俺も賛成だ。今俺たちが一番使えるのは金だろうからな。」

金があれば大抵なことはできる。当たり前のことだが、とても正しい。

「なるほど……よかろう。これくらいでどうだ?」

そう言うと、目の前に大きな宝箱が運ばれた。その中は、大量の金貨に埋め尽くされていた。

「シャルルさん、これってどんくらいの金額ですか?」

「100人を60年間以上養えるほどの金額でしょう…」

え?今100人を60年間養えるって?

どうやら、俺は生後0日で大富豪になってしまったようだ。
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